第44話 模擬戦闘訓練⑦

 合図した――その刹那、屋根の中央が突如弾ける・・・

 それは間欠泉の噴出が如く、下から上へと岩盤を貫くように。


 ――リリーの神器モーニングスターだ。

 巨大化した鉄球スパイクヘッドが、廃家の中から飛び出したのである。


「な……っ!」


 自身の背後に突然現れた巨大鉄球スパイクヘッドに、流石のヴァレンタも驚きの表情を見せる。

 しかし鉄球スパイクヘッドは屋根を貫くとヴァレンタに襲い掛かることはなく、金色の光を放ってそのまま姿を消した。


「!? しま――っ」


 気付いたか。

 だが、もう遅い!

 俺は神器ダークナイフを構えてヴァレンタに飛び掛かり、刃の切っ先を突き込む。

 しかし、彼女は寸でのところでガード。

 刃が届くことはない。

 これも予想通りだ。


「はあッ!」


 俺は勢いを殺さず、ヴァレンタの身体に掴み掛る。

 流石にこれは予想外だったらしく、彼女は俺に捕まったまま後ろへとバランスを崩す。


 そして――俺諸共、鉄球スパイクヘッドで空いた〝屋根の穴〟へと落ちていった。


「この――ぐあッ!」


 廃家は二階建てで、斜めに落下した俺たちは2階の床へと叩きつけられる。

 落ちた一室はやや狭い居間のようだが、屋根を壊した拍子に大量の砂埃が舞い上がったらしく、俺とヴァレンタの視界は一瞬失われる。


『だ、大丈夫ですか、ラクーン!?』


 1階にいるであろうリリーから、俺を心配する声が響く。


『平気だ! それより例の物を穴に投げろ! タイミングを合わせて、こっちで掴む!』


『は、はい! せぇ――の!』


 リリーの声と前後して、二階の床に空いた穴に四角い物体が投げ込まれた。

 その影を見た俺はすかさず身体を起こし、穴の上を跳躍するようにしてキャッチ。

 おつかい・・・・に頼んだ物を確認する。


 ――完璧パーフェクトだ。

 布で括られて、きちんと必要な物が揃ってる。


『いいぞ! 後は俺がやる! すぐに脱出しろ!』


『わ、わかりました! 無茶しないでくださいね……!』


 ドタドタドタ、と下の方で走る足音が聞こえた。

 リリーが廃家から出たのだろう。

 俺は急いで布を解き、準備をする。


「く……そ……。やってくれるな、これは一本取られた」


 穴の反対側で、人影が起き上がる。

 ヴァレンタだ。

 屋根から落ちた程度では、あの女には大したダメージにはなるまい。


 だが――コイツ・・・はどうかな――?


「閉所で近接戦闘に持ち込もうって寸法か? だが、室内なら戦えないと思ったら大間違――――っ!」


 ヴァレンタに気付かれるよりも早く、俺は解いた荷物の1つを彼女に投げつける。

 当然のように彼女はそれを斬り捨てるが、その瞬間に大量の白い粉・・・が宙に舞った。


「!? なんだ!? 小麦――粉――?」


 当たりだ。

 だが、もう手遅れだな。


 リリーが用意してくれた物は、全部で3つ。

 大量の小麦粉が入った紙袋、圧気発火器ファイヤー・ピストン、高度数のアルコール

 これらは全てベロウ・ポート市場で手に入る物だ。


 そして今、小麦粉が振り撒かれた。

 半密室に充満する小麦粉と砂埃、適度な気温と湿度、こんな状況で〝火の手〟を起こせばどうなるか。


 俺は瓶に入ったアルコールを一杯口に含むと、炭化布チャークロスの詰まった圧気発火器ファイヤー・ピストンを一気に押し込む。

 断熱圧縮によりほんの僅かに点火した炭化布チャークロスを確認すると――そこに、口の中のアルコールを思い切り吹きかけた。


 大きく燃え上がった火の手は、瞬くよりも早く部屋中の粉に引火する。

 聡い者なら、この現象を一度は耳にしたことがあるだろう。


 そう――これが〝粉塵爆発ダスト・エクスプロージョン〟ってヤツだ。



 ――――雷音らいおんにも似た衝撃波が、爆発の轟音となって木霊した。



 廃家の2階は跡形もなく吹っ飛び、赤熱の爆炎は天高く燃え上がる。

 爆発の衝撃は地震のように王都サントゥアリオ全域を揺らし、ガラスの窓を震わせる。

 遠目から見れば、さぞ派手な花火が上がったように見えたはずだ。


『ラ…………ラクーン!? 生きてますか!? 無事ですよね!?』


『無事に決まってるだろう。自分ごと吹っ飛ばすバカがどこにいる』


 頭の中で激しく狼狽するリリーの声に、俺はため息を交えつつ答えを返す。

 リリーは吹っ飛んだ廃家の前でバタバタと狼狽えており、俺はそんな彼女の後姿を見下ろしている。


『ふぇ……? よ、よかった……では、今どちらに?』


『後ろを向いて、屋根の上を見てみろ』


 そう言ってやると、リリーはくるりと俺の方を向く。

 そして俺と目が合うや、安心したような笑顔を見せた。


『上がってこれるか?』


『はい! 今行きます!』


 リリーは高らかに跳躍すると、俺の隣に着地する。

 すると今度は一転して俺の両頬をペタペタと触りながら、


「ラクーン、怪我はありませんか!? どこかに火傷とか切り傷とか……!」


「……【神器使い】なら大抵の怪我が治ると言ったのは、リリーだったと思うが。大丈夫だ、どこにも怪我はない」


「そ、それはそうですが……。ところで、どうやってあの爆発の中から抜け出したんです? ラクーンが出て行くところは見えませんでしたけれど……」


「〝神技しんぎ〟だよ。〝縮地ゼロ・シフト〟を使って、爆発の直前にここまで瞬間移動した。コレを会得してなければ使えん手だったな」


 そう、この一手のために〝縮地ゼロ・シフト〟は無駄打ちできなかった。

 俺が一定の場所から場所へ瞬時に移動できることが知られれば、粉塵爆発ダスト・エクスプロージョンに気付かれるのももっと早かっただろう。

 そうすれば、俺の状況作りシチュエーション・メイクは破綻していた。


 俺とリリーが屋根の上で話していると、爆発を見たり聞いたりした王都サントゥアリオの住民たちが集まって野次馬化してくる。

 流石に少しやりすぎたか?

 とはいえヴァレンタの注意も口だけだったし、廃家の1つくらい組織ラオグラフィアがどうとでもしてくれるだろう。


「それにしても凄い爆発でしたね……。マスターも脱出できたんでしょうか?」


「さあ? 知らん。俺は見てない」


「え……えぇ!? そ、それじゃマスターは、あの爆発に巻き込まれたってことですか!?」


「落ち着け。あんな爆発で命を落とすような上官なら、ハナからいないほうがマシだ。魔族は手なんぞ抜いてくれないんだからな。ま、せめて火傷の1つでもしていてくれると――」


 ――やった甲斐もあるんだがな。

 と言おうとしたところで、俺は言葉を詰まらせて頭を抱えた。


 何故なら――気配・・を察知したからだ。それも、俺たちの背後に。


「――うむ、そうだな。少しばかり髪が焦げたぞ?」


「マ――マスター!」


 リリーと一緒に、俺も振り向く。

 そこには、言葉通りほんの少しだけ髪や衣服を黒く焦がしたヴァレンタが腕を組み、仁王立ちしていた。


「あの戦術は良かったぞ、ラクーン、リリー。私でなければ本当に死んでいるところだ。だが……ラクーンの言う結果を出せたと言えるかな?」


「ハイハイ、俺の負けでいい。アンタの言う強さが正しいんだろ。これでいいか」


「ハハハ、そう肩を落とすな。……お前は十分証明したよ。認めよう、私は一太刀入れられた。お前らの今日の訓練は、これで終了だ」




【パリィングダガー】の神器性能スペック

 防御型ディフェンス/ランク〈A〉

 種類:刀剣

 全長:35cm

 重量:0.6kg

 神 格:B ■■■■

 攻撃力:E ■

攻撃範囲:E ■

攻撃速度:S ■■■■■■

 生存率:A ■■■■■


ヴァレンタの〈加護〉:『刃避けの鋭感パリィング・シックス・センス

 常時発動型パッシブ。半径2m以内の敵対象による攻撃を知覚・予測できるようになり、回避の成功率が大幅に上昇する。これは目視の有無を問わない。

ヴァレンタの〈神技〉:『致命の反撃クリティカル・ヒット

 攻撃を受け流し、敵対象に一撃必殺のカウンターを突き入れる。この攻撃は相手の鎧や魔術バフによる防御力を無視する。

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