第43話 模擬戦闘訓練⑥

「おーい、どこいったー。出てこないと王都サントゥアリオの外周100周追加するぞー」


 ヴァレンタが俺たちを探し、屋根の上をテクテクと歩く。

 どこからでもかかってこいと言わんばかりの、脱力した様子で。


 ……さて、そろそろいい頃合いか。

 俺は覆面で口元を覆うと、でわざとらしく大きく飛び上がり、屋根の上に着地する。

 さっきリリーが指差した、灰色の屋根をした民家の上に。


「……」


「そこで戦う、ってことか。いいだろう、誘いに乗ってやる」


 ヴァレンタはこちらの目論見に薄々気付いている様子だが、その上で屋根の上までやってくる。

 大層な自信だ。


「アルニトの報告書は読ませてもらった。お前と戦うのを楽しみにしていたぞ。名は……確かラクーンと言ったか?」


「……ああ、俺の名はラクーンだ。別に覚えておかなくていい」


「そうもいかん。曲がりなりにも大事な教え子だからな。それに……高等魔族を倒したその実力、気にするなという方が無理だろう」


 とてもウキウキワクワクとした楽し気な顔で、俺を見つめてくるヴァレンタ。

 まったく度し難い戦闘狂だな、この女は。


「さあさあ見せてくれ。お前の腕前、この目でしかと確かめさせてもらう」


 ヴァレンタは左手に神器パリィングダガー、右手に細剣レイピアを構え、細剣レイピアの切っ先を俺へと向けてくる。

 俺相手には手を抜き過ぎない、ということらしい。


「俺には初めから細剣レイピアを抜くのか。『監督官チーフ』が生徒を差別するんだな」


「これは差別ではなく区別だ。喜べ、お前は特別に優遇してやる」


 ヴァレンタの細剣レイピアがユラリと揺れる。

 来ないのならばこちらから行くぞ、と言うように。


 ――ああ、いいだろう。

 せいぜい時間稼ぎ・・・・をしてやるさ。

 リリーの準備が整うまでな。

 それに丁度いい機会だ、試させてもらおう。


「……〝神器顕現じんきけんげん〟」


 唱える。

 そして金色の光が俺の手に現れるが――それは右手だけではない。

 左手にも同様の光が現れ、併せて二振りの神器ダークナイフを形作った。


 〝双剣〟。

 俺は両手に神器ダークナイフを握り、構える。


 アルニトでの戦いの後くらいから〝出せる【神器じんき】の数に制限はあるのだろうか?〟という素朴な疑問を抱いていたのだが、中々試す機会がなかった。

 しかし、どうやら制限はないらしい。

 頭の中で2本の神器ダークナイフをイメージしたら、その通りに現れてくれた。

 これはまた活用の幅が増えそうだな。

 俺は二振りの神器ダークナイフを逆手に構え――


「では――行くぞ!」


 飛び込む。

 ヴァレンタの胸目掛け。

 斬撃、斬撃、斬撃――神器ダークナイフ神器パリィングダガー神器ダークナイフ細剣レイピアが斬り結ぶ。

 刃と刃が交わって火花が飛び、双剣同士の攻防が繰り広げられる。


 だが、俺の攻撃はどれも華麗に受け流される。

 攻撃が通る気配はまるでない。

 俺の【神器】は〈速度型スピード〉だ。

 攻撃速度はさることながら、身体能力まで速さ重視で引き上げてくれる。

 それに自画自賛ではないが、俺本来の身のこなしだってうすのろではない。


 傍から見れば、俺の攻撃は常人の目で追うのもやっとなのだろうが――それなのに、ヴァレンタには刃が届かない。

 まるで遊ばれているようだ。


「どうした!? 大方、お前の【神器】は〈速度型スピード〉だろう! 動け動け! まるで止まっているようだぞ!」


「言ってくれるな……っ」


 戦いながら指導とは、まったく余裕だな。

 やはり1対1では勝ち目はないか。


 だが、まだ〝神技しんぎ〟は使えない。

 〝縮地ゼロ・シフト〟ならば不意を突けるだろうが、一度見せればすぐに対処される。

 ヴァレンタほどの戦士ならできるはずだ。

 だから無駄打ちはできない。


 今はただ全力で、時間を稼ぐのみ!

 攻めの手を緩めず、かと言って踏み込み過ぎない。

 大きな手に打って出れば、必ずカウンターを食らう。

 こちらは隙を見せず、相手にも反撃の隙を与えない小刻みな連撃をひたすらに繰り返す。


「……時間の無駄だな」


 ヴァレンタが細剣レイピアを大きく振るい、俺を弾き飛ばす。

 俺は屋根の端まで追い詰められ、ヴァレンタが歩くような速さで少しづつ近づいてくる。


「いつまで茶番に付き合わせるつもりだ? その感じだとさしずめお前が猟犬ハウンド・ドッグで、シスターが狩人ハンターってところか? なら、早く私を仕留めて見せろ。お前らならできるかもしれんぞ?」


 ……やはりバレていたか。想定内ではあったが、見抜くのが早い。

 俺自身も、相応に攻めていたつもりなのだが。


猟犬ハウンド・ドッグか……俺はそんな高尚なモンじゃない。それに俺もリリーも、アンタを倒せるほど強くはない。買い被りだ」


「謙遜だな。それじゃあ負けを認めて降参するとでも? 私を失望させるなよ」


 ふぅ、とヴァレンタはため息を吐き、構えを解いて俺を見据える。


「私にはわかるぞ。お前からは〝血の匂い〟がする。いくら研鑽を詰めど身に着けることのできない、幾多の死線を潜り抜けてきた強者モサの匂いがな。隠し通せると思わんことだ」


「……」


「お前は真っ当な戦士ではあるまい。だが身体に染み付いた血の匂いは、あらゆる辛苦艱難しんくかんなんを乗り越えてきた証拠に他ならない。魔族が現れる今この時代、お前みたいなのが必要なんだ。だから、私はそれを評価しよう。だから、私はお前を区別し得るのだ」


 ヴァレンタの口から出る言葉は、俺自身の肯定。

 彼女は、俺が元暗殺者アサシンであることに気付いているのかもしれない。

 あるいはリリーが知っていたように、『ラオグラフィア』の報告書でも読んだのか。


 ……確かに、評価されるのは悪い心地ではない。

 俺がこれまで積み上げてきた血塗れた技術を否定せず、無駄ではないと言ってくれるのだから。

 俺の過去を理解した上で、必要としてくれるのだから。

 そう――確かに悪い気はしないが――


「……俺は戦士ではない。俺自身は、強者である必要性はないと思っている。俺の強さが〝血の匂い〟に裏打ちされているというのなら、尚更な。それに〝勝利〟こそが戦いの目的であるならば、強さイコール勝利とは限らない」


「詭弁だな。強くなければいくさに勝てない。矛盾しているだろう」


「……いいや、矛盾などしていない。個の強さなど、勝利という結果を得るための過程の1つに過ぎん。重んじるべきはただ結果のみ。そして結果の為に必要なのは、あらゆる状況を把握し、利用し、自らが勝利できる状態を整えることだ。その間の過程なぞ、どうだっていい」


「見解の相違だ。私には戯言にしか聞こえん」


「ああ、そうだ。アンタに理解してもらおうとは思わん。だが……戯言かどうかは、すぐにわかる」


 ――時間稼ぎは、終わりだ。

 俺が足元の下に気配を感じ取った時、


『ラ、ラクーン! お待たせしました、いつでもいけます!』


 〝通唱石つうしょうせき〟を介して、俺の頭の中にリリーの声が響き渡った。


『いいぞ! やれ、リリー!』




破城槌バッティング・ラム】の神器性能スペック

 防御型ディフェンス/ランク〈D〉

 種類:鈍器

 全長:1.8m

 重量:30kg

 神 格:E ■

 攻撃力:S ■■■■■■

攻撃範囲:E ■

攻撃速度:E ■

 生存率:E ■


チャドの〈加護〉:『肉体強化マッスル・アーツ

 任意発動型アクティブ。発動している間は筋力STRが大幅に向上。

チャドの〈神技〉:『城門破り《キャッスルゲート・ブリーチング》』

 強烈な打突攻撃を与える。攻撃対象の防御力が高ければ高いほど威力が向上する。

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