第42話 模擬戦闘訓練⑤

「す……凄い強さです、マスター・ヴァレンタ……」


「ああ、しかも驚くことに、ほとんど【神器】の能力に頼ってない。常人の身で魔族と戦う部隊を指揮していたというには、伊達じゃないってことだな」


 俺とリリーは物陰から戦闘の始終を覗き見て、開いた口が塞がらずにいた。


 ……アルニトで肥えた化物ファット・アーマーと戦ったからこそ、よくわかる。

 なんの異能も持たない常人で魔族と戦おうなど、狂気の沙汰だ。

 自殺行為に他ならない。


 だが、世の中にはその狂気すら飲み込んでしまう人間がいる――そういうことなのだろう。

 ヴァレンタは屋根の崩れた家屋から飛び上がり、他の屋根に飛び乗ると、キョロキョロと周りを見渡す。


「さぁーて、残りの奴らはどこいったー?」


 気が付けば、サツキとクリードの姿が見えなくなっていた。

 彼らからすれば、この訓練は再挑戦リベンジマッチの機会でもある。

 逃す手はないだろうが……


 そう思った刹那――ヴァレンタのいる屋根の下から、サツキとクリードが飛び出した。

 片やヴァレンタの前方から、片や背後から。

 今までチャンスを伺い、下の道を移動していたらしい。

 これは――挟撃だ。


「クリード殿! 合わせられよ・・・・・・!」


「うるせえ! 俺に命令すんじゃねえ!」


 タイミングを合わせ、互いに渾身の一撃を狙う2人。

 彼らの【神器】は〈速度型スピード〉ではないが、攻撃速度はそれに準ずるほど速い。

 奇襲による前後同時攻撃ならば、如何にヴァレンタと言えど回避しきれないはずだ。これは考えたな。


「工夫をしてきたな。努力に免じて――コイツを抜いてやろう!」


 2人の奇襲を見たヴァレンタは、右手で腰の細剣レイピアに手をかける。

 そして2人が斬りかかる瞬間に抜刀し――神器パリィングダガーでサツキの神器カタナを、細剣レイピアでクリードの神器バスタードソードを受けた。


 いや――それは〝受けた〟というより〝受け流した〟といった方が正確かもしれない。

 サツキの斬撃の軌道を上に、クリードの斬撃の軌道を下にずらし、刃と刃の隙間を背面飛びでもするかのように背中を反らして、しなやかに回避して見せたのだ。


 驚異的、という他ない。細剣レイピアは品質こそ最上であろうが、刃はあくまで人工によるもの。

 【神器】と鍔迫り合わせれば、容易く叩き折れてしまう可能性が高い。

 故に〝受け流した〟のだろうが、そのためには2人の剣筋を僅かな誤差すらないほど完璧に見切るか、そうでもなければ目でも腕でも増やすしかない。


 彼女は――ヴァレンタは、紛れもない剣術の達人にして、見切りパリィの天才だ。

 おそらく、世界に2人といない逸材だろう。

 そんな彼女に攻撃を回避されたサツキとクリードは勢いを殺し切れず、〝ゴツン!〟と互いの額を正面衝突させる。


「うごぁ!」


「むう……!」


 そのままバタリと倒れ落ち、気を失う2人。

 クリードに至ってはこれで2度目の失神だ。気の毒に。


「おめでとう、私に細剣レイピアを抜かせることに成功したな。しかし、そんなところで寝ると風邪をひくぞ、半熟勇者共。……よぅし、残るは――」


 ペロリと舌なめずりをするヴァレンタ。そう、もう残っているのは俺とリリーだけだ。


『リリー、聞こえるか?』


『はい、良好です。それで、私たちだけ残ってしまいましたが……』


『よし、降参して帰ろう。やるだけ時間の無駄だ』


『え、ええ!? なに言ってるんですかラクーン!? そんなのダメですよ!』


 頭の中にリリーの声が鳴り響き、鼓膜を刺激されていないはずなのにキーンという耳鳴りを覚える。


『いいか、よく聞け。結論から言えば、ヴァレンタは俺たちより強い。圧倒的にな。このまま俺たちだけで挑んでも、すぐやられるのは目に見えてる。俺は無駄な争いは嫌いだ。面倒くさい』


『で、ですが……そんなのはいけません! せっかくマスターが指導してくださっているのですから、負けるとしても戦わないと!』


『しかしだな、意味もなく手の内を見せるのは――』


『ラクーンがやらなくても、私はやりますから! 見ていてください!』


『……わかった、やる。俺も戦うから、少し落ち着け』


 勢いに任せて飛び出そうとするリリーを、俺はなんとか押し留める。

 まったく生真面目なことだ。彼女の良い所でもあり悪い所でもある。


 どちらにせよ、訓練だろうがなんだろうが俺はリリーが傷付く所を見たくない。

 ヴァレンタなら相応に手加減してくれるだろうが、万が一ということもある。

 とはいえ、あんな化物よりも化物らしい女相手に俺の〝神技しんぎ〟が、〝縮地ゼロ・シフト〟が通用するのか――いや、正面からは絶対に無理だろうな。


 あらゆる攻め方を思案していた時――俺はふと気が付く。

 いつの間にか訓練に没頭し、俺たちは『レギーナ城』から離れて〝ベロウ・ポート市場〟の近くまでやって来ていた。

 時間はまだ昼過ぎなので、今頃市場は賑わいを見せている頃だろう。

 ほとんど全ての店が開いているはずだ。

 俺は――ある作戦・・・・を思い付く。


『……リリーは王都サントゥアリオの生まれだったな。地勢には詳しいか?』


『え? ええ、まあ多少は……』


『この辺りに空き家はあるか? できれば廃家が望ましい』


『廃家、ですか? うーん……最近の王都サントゥアリオは人の流入が激しいですから、あまり多くは……あ、でもこの辺りでしたら、あの家がそうですね』


 リリーはとある家屋を指差す。如何にも古ぼけた、灰色の屋根をした民家だ。市場からもあまり離れていない。


『あの家は、たしか取り壊される予定だったはずです。もう何年も人が住んでいませんから……』


『そうか、よし……これなら一泡吹かせられるかもしれん』


『! なにかいい作戦を思いついたのですね! アルニトの時のように!』


『……いい作戦、ではないだろうがな。それじゃあリリー、さっそくだが――〝買い物〟を頼まれてくれないか?』




鎖鎌チェイン・シックル】の神器性能スペック

 速度型スピード/ランク〈C〉

 種類:投擲武器

 全長:3m

 重量:3kg

 神 格:C ■■■

 攻撃力:C ■■■

攻撃範囲:A ■■■■■

攻撃速度:B ■■■■

 生存率:D ■■


カマノスケの〈加護〉:『忍び不忍ハイド・オア・エクスポージャー

 任意発動型アクティブ。隠蔽率が上がり、見つからないように幸運POWが向上する。姿が露見している間は筋力STR敏捷性DEXが向上する。

カマノスケの〈神技〉:『鎖渦牢チェイン・ボルテックス

 無限に伸びる鎖が渦の牢獄となって敵対象を閉じ込める。

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