第33話 サントゥアリオ②

「どうでしたか、ラクーン。【勇者】としての自覚が出てきたでしょう?」


 相変わらず通りを歩きながら、ニコニコとした笑顔でリリーが聞いてくる。

 対する俺だが、たぶん傍から見るとげっそりとやつれた顔をしてる、ように見えるんじゃないだろうか。

 たぶん。


 実は、彼女を慕う者たちに囲まれて〝新しい【勇者】です〟〝命の恩人です〟と紹介されたのは、あの1回きりではなかった。

 あの後も少し歩く度にリリーは声をかけられ、人溜まりを作った。

 おそらくほとんどが『フォルミナ聖教会』の信者たちなのだろうが、それにしてもリリーの交友関係の広さには舌を巻く。


 ……で、そんな人溜まりを作る度に、彼女は皆に俺を紹介したのだ。

 つまりその都度、俺は様々な人物に顔を見せびらかしたのである。

 俺はもう、生きた心地がしなかった。


「ああ……やっぱり俺は【勇者】に向いてないってことがわかったよ……頼むから俺を人前に出さないでくれ……」


「まったく、もう……。いけませんよ、これからはもっと多くの人々に羨望の眼差しを向けられることになるんですから」


「【勇者】ってだけで、もう国民的英雄ヒーローっスからね~。それにぶっちゃけ、そう悪い気はしなかったんじゃないっスか?」


 茶化すような感じでチャットに聞かれる。

 ……確かに、あの感覚は今まで感じたことはなかった。

 暗殺の仕事も基本的には暗殺者ギルドを通して受けるから、クライアントと直に接することはない。

 だからどんな事情があったとしても、感謝されることはないのだ。

 それに暗殺者アサシンは多くが単独スタンドアローンでの仕事を好むから、常に孤独でいることがほとんどだ。


 ああやって大勢に囲まれ、誰も彼もが笑顔であったことなど、これまでの人生で一度だってあったろうか。

 そう言う意味では新鮮で――悪い気は、しなかった……かもしれない。


「……どうだろうな。よくわからん」


「そんなこと言って~、素直じゃないんスから~♪ ――おっと、そろそろ到着っスね」


 そうこうしている内に、俺たちは目的地に着いたらしい。

 俺が顔を見上げると――そこにあったのは巨大な城と、天空までそびえ立つ大木。

 王都サントゥアリオに入る直前、馬車の中からも見えた場所だ。

 つまり、ここが広大な敷地面積を誇る王都サントゥアリオの中央ということだろう。

 俺たちは城の入り口――つまり城門の前で立ち止まり、


「ここは……」


「これが国家の中心であり、王都サントゥアリオの象徴でもある『レギーナ城』ですよ。〝レギーナ〟というのは神代の言葉で〝女王〟を意味するらしくって、言葉通り〝女王の城〟って意味になるらしいです。実際、国家の全てを司る女王様クイーンもここで暮らしておられます」


 リリーが解説してくれる。

 『レギーナ城』は広大な王都サントゥアリオの中でもひときわ大きな建造物で、その広さも並外れている。

 ざっと見回すだけでも、どこからどこまでが〝城〟なのかわからない。


 人の10倍以上はあろうかという高さの城壁が1段、2段、3段と分けて建てられ、侵入者の攻城を効率よく阻害する構造になっている。

 その上にようやく主塔を含めた主な居住区角があるようだが、城門位置からそこまではどれほどの高低差があるのか想像もできない。


 そしてなによりも目を引くのが――陶器を思わせるほどの〝白〟。

 城のほぼ全域が白色を基調とした石で組まれており、日光が反射して眩しく光り輝く。

 おそらく大理石や花崗岩が使われているのだろう。


「いつ見ても美しいっスよねぇ、『レギーナ城』は。圧巻とはこのこと! そう思わないっスか?」


「俺には醜美の感覚はよくわからん。だが、守りが堅牢な城だということはわかる」


 俺は周囲を見渡し、城壁上の通路にも目を向ける。

 ――近衛兵の人数、配置場所、巡回経路、そして城壁塔による死角の排除……どこを見ても、かなり効率的で無駄がない。

 もし内部の人間と伝手がない状態で侵入しようとすれば、酷く骨が折れるだろう。

 実際、『レギーナ城』の中で暗殺が行われた話は聞いたことがない。

 ……それにしても、


「それにしても、あのバカでかい樹・・・・・・は一体なんだ? 雲の上まで伸びているが……」


 俺が尋ねると、リリーが不思議そうに首を傾げる。


「あら、ご存知ないです? これまで王都サントゥアリオには来たことがあると……」


「それは先代に――いや、師匠に付き添って来ただけだ。もう10年近く前の話だし、その頃の俺は世の中に興味などなかったからな」


「今でも十分興味ないように見えますが……。ええと、アレは〝マナの神木〟と呼ばれています」


「マナの神木……?」


 改めて、俺は大木へと目を向ける。

 ウォールナットのように深い茶色の樹皮をしており、肉眼では幹しか見ることができない。

 その直径は目測だけでも55ヤード50mを超えており、かなり老齢な樹木と推測できる。

 天を突き破るように佇むその姿はとても自然界に存在する物には見えないが、かといって人工建造物にはもっと見えない。


 『レギーナ城』の中心に――いや、おそらく王都サントゥアリオ全体があの大樹から放射状に発展していったのだろう。

 王都サントゥアリオ最大の建造物たる『レギーナ城』の中にあって、その存在感は他の何物にも勝っている。


「天上へと伸びるマナの神木は『地上グラン・ワールド』と『天界アッパー・レギオン』を結んでいると伝わっていて、同じモノが世界に5本現存しています。〈神魔大戦レギオンズ・ウォー〉後、生き残った神々もマナの神木を通じて『地上グラン・ワールド』に降り立ったという伝説もあるのですよ」


「それだけじゃないっスよ。マナの神木は魔族を『深淵ジ・アビス』に封印するために大事な役割を担っているとされていて、この木が全て枯れ果てると封印も解かれるって言われてるっス! だから魔族もマナの神木を狙ってるんスよ! 最近じゃ、極夜ともなにか関係があるって説が有力視されてまス!」


「〝10の神木が全て枯れる時、陽の光は地上に届くこと叶わず。空は漆黒に染まりて、終わりなき夜が始まる〟……これも〈神学〉の中の有名な一節です。かつて世界に10本あったマナの神木も、〈終末戦争ラグナロク〉以降はその半数が魔族の手にかかって枯れてしまいました。残りは、私たちが守らねばなりません。――っと、なんだか暗いお話になってしまいましたね、ごめんなさい」


 リリーが苦笑する。

 なるほど、この王都サントゥアリオがなぜ魔族に攻め込まれたことがないのかよくわかった。

 魔族に攻め込まれるのは国の存亡どころか、世界の存亡に直結するからである。

 マナの神木が1本枯れる度に、人類には後がなくなっていく。

 だから過去の王国軍や【神器使い】が、是が非でも王都サントゥアリオに近づけさせなかったのだ。どれほどの犠牲を払ったとしても。


 大方、民衆はそれを〝ここは神々の力によって守られた聖域〟とでも思っているのだろう。

 得てして彼らは物事を都合の良い方向に考える。

 街の雰囲気にも納得できるというものだ。

 俺はリリーに対して首を左右に振り、


「いや、それは貴重な情報だろう。教えてくれて感謝する。だが、気負いすぎるのは良くないぞ」


「ふふ、ありがとうございます。それでは城の中へ入りましょうか。ラクーンはまず、【神器使い】として『ラオグラフィア』に登録しないといけませんね」

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