第34話 ラオグラフィア①
彼女の口からその単語が出た時、俺はこれまで少し気になっていたのを思い出す。
「そういえば、その『ラオグラフィア』ってのは一体なんなんだ? たまに名前が出ていたが……」
「あ! そうでした、ラクーンは【神器使い】に関して詳しくないのですもんね。では、歩きながら大まかな説明をしましょうか。これから身を置く組織をなにも知らないのは、困ってしまいますから」
「ぶっちゃけ、全く知らないってのも逆に凄いっスよねぇ……立派な世界機関なのに……」
いや決して皮肉じゃなくて、と引きつった顔で笑うチャット。
確かに俺が世間知らずで非常識なのは否定しないが、これでも暗殺対象になった人物の組織は相応に調べるようにはしていた。
だからリリーの信仰する『フォルミナ聖教会』のことも知っているし、『レギウス王国』の政治事情も……他人に言えない程度の秘密は知っている。
逆に、暗殺の仕事が絡まないとなにも調べない――というのが良くなかったのかもしれない。
どうせ知ったところで自分には意味がないし、なんの役にも立たないと思っていたからな。
それに情報の精査と取捨選択は
……どちらにせよ、俺はいい加減
――そんなことができるのなら、だが。
そんな後ろめいたことを考えながら、俺はリリーたちと歩き出す。
「『ラオグラフィア』とは、世界中に現れる108人の【神器使い】を保護・統括し、〈
「ま、細かいこと言うと最初にできたのは『
「ふふ、『
「よくぞ言ってくれました! そうなんスよ~、えっへん!」
相変わらず自慢気に平たい胸を張るチャット。対して、俺は微妙に引っ掛かりを覚える。
「ということは、チャットは組織の設立者の子孫なのか? しかし局長――いや、幹部には見えんが……」
「うぐっ!」
ヒュンヒュン、トストス、と見えない弓矢がチャットの心に突き刺さる。
どうやら踏んではいけない部分に足を踏み込んだらしい。
俺の知っている限り、世界に存在するほとんどの組織は世襲制だ。
つまり親から子へ受け継がれ、それが脈々と続く。
さらに幹部などは血縁者で固めることが多い。
実力主義であり、無関係の他人がトップの座を継いだ暗殺者ギルドなどは、例外中の例外だ。
だからチャットの先祖が創設者なら、彼女は少なくとも幹部クラスの椅子が用意されているはず、なのだが――
「フ……フヘヘ……違うんスよ、あくまで創設を提案しただけで、立場は
ああ……うん、なんとなくわかる。
決めつけは良くないが、チャットで
提案だけして辞退したか、でなければ周りに止められたかのどちらかだと思う、たぶん。
それに彼女の場合〝仕事=趣味〟でこそあれ、業務遂行と趣味ならまず間違いなく趣味を優先する性格も難がある。
そういう人間は組織の創設――つまり起ち上げには向いているが、長期的な運営の能力が絶望的に低い。
商業に成功した富豪商人があっという間に経営不振に陥って借金を重ね、暗殺者ギルドの
気の毒ではあるが――彼女のような
当人は不服だろうが、権力が幸福をもたらすとは限らない。
散々権力者を殺してきた俺には、それがよくわかる。
――などと、そんな会話をしている内に『レギーナ城』の城内へと足を踏み入れる。
勿論途中に衛兵たちが何人もいたが、リリーやチャットの顔を見るなり胸の前右手を上げて握り拳を作り、敬礼の姿勢のまま微動だにしなかった。
外観通り城内はとても広く清潔感があり、床から壁、天井に至るまで様々な装飾が施されている。
一般人はコレを美しいと思うのかはわからないが、俺にはなんの意味があるのか理解できない。
いざ籠城となった時、なんの
せめて暗殺者ギルドの執務室みたく薄暗くすればいいものを。
ともかく城内の大階段を上り、広間に出る。
すると、
「それじゃ、ここからはちょっち別行動しましょうか。ウチはまず『
「ええ、そうですね。では私たちは『
どうやら、チャットは俺たちと別れて行動するようだ。彼女は少し離れると手を振り、
「そんじゃ、おにーさん! 変なコトして、リリー様に迷惑かけちゃダメっスからね!」
そう言って、トタタタと走り去って行った。
失礼な、変なコトとはなんだ。
俺は仕事以外で
ましてや都のど真ん中、王族の住む城の中で目立ちたがる
「さ、さあ、行きましょうラクーン。カーくんも、もう少し付き合ってくださいね」
「きゅーん」
リリーも苦笑しながら金色のモフモフを撫で、俺を案内してくれる。
彼女についていき、大きな廊下をしばらく歩く。
すると――さっきリリーが口にしていた『
「失礼します、どなたかいらっしゃいますか?」
ドアのない入り口に顔を覗かせ、室内に向けて尋ねるリリー。
同じく、俺も一緒に覗いてみる。
室内は比較的広めの作りで、奥には資料や書物が詰まった本棚が複数並んでいる。その手前にはカウンターがあり、なにか手続きする場所なのが一目でわかる。
しかしそんな室内には誰もおらず、シンと静まり返っていたが――
「は~い~、おりますよ~」
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