第31話 神技②

 チャットの口から出たその単語を聞いて、俺は首を傾げる。


「〝神技しんぎ〟……はわかるが、〝加護スキル〟とはなんだ?」


「まあ順番に話すんで、ゆっくり聞いてほしいっス。〝加護スキル〟と〝神技しんぎ〟――この2つは言わば【神器使い】の――というより、所有者固有の能力のことを指すっス。基本的に所有者が変わっても【神器】の性能スペックは変化しないんスけど、〝加護スキル〟と〝神技しんぎ〟は違いまス。ある意味、この2つこそが真の恩恵とも言えるんスよ」


「理解が難しいかもしれませんが……【神器】はただの強力な兵器ではありません。所有者の特性によってその在り方を変え、【神器使い】が最も能力を発揮できるように自らを調整チューンドするのです」


 リリーの補足を聞いて、なるほどと少し納得する。

 代理者プロキシーが言っていたことと合致するからだ。


 調整チューンド――確かに、神器ダークナイフは俺が扱いやすい〝神技しんぎ〟を獲得した。

 以前の所有者がどういう能力を得ていたのかは定かでないが、俺と同じ《縮地ゼロ・シフト》を使えたとは到底思えない。

 ただ純粋に戦うだけなら、もっと強力な技があるはずだからだ。

 俺は俺自身が――暗殺者アサシンとして効率的に動ける技を要求したに過ぎない。


 ――ということは、その〝加護スキル〟とやらも似たような特性があるのだろうか?

 そう思っているとチャットは言葉を続け、


「まず〝加護スキル〟について説明しまスね。これは【神器使い】の特技や特性を、超常レベルにまで引き上げてくれるんス。だから以前の所有者とおにーさんでは同じ【ダークナイフ使いの勇者】でも、異なる能力を持つことになるんスよ」


「例えば、【モーニングスター使いの勇者】である私の〝加護スキル〟は『幸運の祝福ブレッシング・オブ・フォーチュン』と言います。日頃から神々に祈りを捧げているから獲得した能力……なんでしょうか。常時発動パッシブタイプで、とても高い水準で幸運POWが保たれます。アルニトにいた時なんて、街のフォルミナ教徒の方がウェルシュケーキを差し入れしてくださったんですよ! 私、すっごく好物で――ハッ!? ち、違います違います! 別に神々の恩恵を悪用しているつもりはなくて――!」


 気が付けばシラ~っとした目で見ていた俺たち2人に、バタバタと両手を振って弁明するリリー。

 敬虔な修道女シスターが神の恩恵を都合よく利用して良いのだろうか?

 いや、常時発動パッシブだから本人の意思に関係なく幸運ラックが舞い込んでしまうのかもしれんが……

 ともあれ、〝ぐすん〟と涙ぐむリリーに俺は話題を逸らさざるを得なかった。


「……とにかく、〝加護スキル〟のことはわかった。それで俺の場合は、暗殺に絡む能力でも強化されるのか?」


「それはまだわからないっス。〝加護スキル〟は【神器使い】の数だけ種類があって、覚醒するタイミングもまちまちでス。それに、1人につき複数の〝加護スキル〟を獲得することも多いんスよ。基本的には【神器】が直接精神に刷り込んでくれるんで、リリー様みたいに最初から自覚してる人もいれば、戦いの最中で唐突に自覚する人もいまス。おにーさんにまだ自覚がないってことは、これから覚醒するんでしょうね」


「そう、か。まあ暗殺者アサシンの特性を生かすモノであるのは、間違いないだろうな。で、〝神技しんぎ〟ってのは――」


「…………フ、フフフ……フヘヘヘ……!」


 俺が言いかけるや、不穏な笑い声を上げるチャット。……正直、この後彼女が何て言うか手に取るようにわかってしまう。


「YO・KU・ZO! 聞いてくれましたぁッッッ!!! では、説明しよう! 〝神技しんぎ〟とは――――ズバリ、浪漫ロマン溢れる必殺技のことだああぁッ!!!」


 狭苦しい馬車の中で颯爽と立ち上がり、明後日の方向に人差し指を掲げるチャット。

 ああ……言いたくて仕方なかったんだな。


「必殺技っスよ、必殺技! 一撃必殺! 究極奥義! 起死回生の一発逆転! こんなにロマン溢れる言葉が、他に存在しますか!? いや、決してない! 断じてない!」


「うん……そうだな……凄いな……」


 チャットの迫力と弁舌に押され、もう止める気力さえ湧いてこない。

 俺は諦めて、大人しく彼女の話を聞くことにした。


「そう、〝神技しんぎ〟とは【神器使い】の切り札にして、魑魅魍魎を駆逐する神々の怒りラース・オブ・ゴッズ! 〝魔族に対抗し得る力〟である【神器】を、〝魔族を捻じ伏せる技〟へと昇華させる無双の絶技! つまり力こそパワー! 技こそヴィクトリー! 力を超えた純粋な強さ、それが〝神技しんぎ〟だぁッ!!!」


「すまん、俺にもわかる言葉で話してくれるか? それから無駄な誇張はいらん」


「リリー、馬車が揺れるから落ち着いて話して。とにかく座りましょう?」


「えっ、あ、ごめんなさいっス……」


 我に返り、〝しゅん〟と腰掛けるチャット。

 俺は片手に顎を乗せ、


「簡潔でまとめると、〝神技しんぎ〟ってのは【神器使い】だけが使える特殊な技なんだな?」


「ハイ……ソノトオリデス……。ぶっちゃけ、おにーさんは高等魔族を〝神技しんぎ〟で倒したんスからよくわかってると思いますけど」


「私も〝神技しんぎ〟は使えます。《聖なる重鉄球セイクリッド・ヘビースパイク》と言って、鉄球スパイクヘッドの大きさ・重さを自由に変えられるんです。鎖も伸縮するようになって、遠くからでも攻撃できるようになるんですよ」


「なるほど、変幻自在な大重量の鉄塊を振り回して、間合い外アウトレンジから群れを薙ぎ倒す――使い手の体格の無視、武器の変化、どれを見ても神の技と呼ぶ他ないな」


 そういえばアルニトでリリーを助けに入る直前、巨大な地響きが街を揺らし、空まで届く砂煙が中央交差点で巻き上がった。

 アレがリリーの〝神技しんぎ〟だとしたら、その威力は計り知れない。

 とても常人の成せる芸当ではない。

 故に、だからこそ〝神技かみのわざ〟――これは上手い表現をしたものだ。


「俺の【神器】は強襲向きの〈速度型スピード〉だから、一気に間合いを詰める《縮地ゼロ・シフト》を会得できたのかもしれん。こっちはリリーみたいに群れを相手取ることはできないが……どっちにしても超常現象の類だな」


「〝神々を信ずる者は永久の命をもち、神々に従わぬ者は命を見ず、却って神々の怒りその上に留まるなり〟――これが人間に与えられた奇跡の力であればこそ、我々は魔族に屈してはなりません。神々に感謝と祈りを捧げましょう」


 目を瞑り、胸の前で両手を組むリリー。

 ……俺には信仰も、神に祈りを捧げる気持ちもよくわからない。

 祈ったって飯にはありつけないし、命が助かるワケじゃない。

 人を殺して生き永らえ、最期の最期に都合よく神へ祈る奴をあの世に送る。

 これまでの俺の人生はそういうものだった。だから神など信じたことはなかった。


 ――けど、【神器】を手にしてから、リリーと会ってから、少しだけ考えが変わった。【神器】のお陰で命を拾って、その神力を己が身で体感したのも大きい。

 今なら神の存在を疑わない。


 でもそれ以上に――生きる希望が持てた気がするのだ。

 俺の人生を明るく照らして、導いてくれる人が現れた気がするのだ。

 そういう意味では、俺が信じてるのは神なんかじゃなくて――


「――お、やっと見えましたよ【勇者】様方! 長旅も終わりでさぁ!」


 その時、馬車を操る御者が大きな声を上げた。

 真っ先にチャットがその声に釣られ、馬車前方の穴から顔を出す。

 遅れて、リリーも顔を出した。


「ようやくっスか!? ――おお、見えてきたっスよぉ! 愛しの王都が!」


「ええ、これで家に帰れますね。ほら、ラクーンも見てください」


 リリーに誘われ、俺も馬車の行く先へと目を向ける。

 長い長い街道の先。

 そこにあるのは――途方もない広さを誇る、白い大都市。

 地上に描かれた六芒星ヘキサグラムの中に数え切れぬほどの建物が並び、中央には荘厳な王城がそびえ立つ。


 だがそれ以上に目を引くのが――城にぴったりと沿うように直立し、天空まで伸びる〝巨大な樹〟。

 それはさながら柱のように雲の上まで伸び、先端はまるで確認できない。


 そんな光景は幻想的で、白レンガの森ホワイトブリック・ジャングルとすら形容できるだろう。


「……見えますか、ラクーン。ここが『地上グラン・ワールド』原初の聖域。『天界アッパー・レギオン』の名を継ぐ『レギウス王国』が誇る、不落にして明星の場所。ようこそ――〝王都サントゥアリオ〟へ」


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