第2章 集いし神器使いたち

第30話 神技①

――聖歴1547年/第2の月・下旬レイト

―――時刻・昼過ぎ

――――レギウス王国/とある街道/馬車の中

――――――ダークナイフ使いの勇者『ラクーン』



「なぁ~~~~~~んで、ウチらがこんなすっとろい馬車に乗らなきゃなんないんスかぁ」


 これ以上ないほど不満そうな表情で、チャットが愚痴をこぼした。

 ――俺、リリー、そしてチャットの3人は今、馬車に乗り込んで街道上を移動している。

 比較的整備された綺麗な道ではあるが、それでも時々車輪が起伏に乗り上げてガタンと揺れる。

 故に乗り心地は悪くはないが、快適でもない。

 まあ屋根があるだけマシだろう。

 反対側の椅子に座る俺は呆れた顔で、


「馬車に乗って移動できることの、なにが不満だ。雨風が吹いても濡れずに済むし、自分の足を動かさなくていい。それに、この馬車はそんなに鈍くないだろう」


「そりゃそうっスけどぉ~……贅沢なのはわかってまスけどぉ~……」


 うだうだと我儘を言うチャット。すると、その隣に座るリリーが苦笑した。


「あはは……確かに〝グリフォン〟での移動に慣れていると、馬車は少し遅く感じるかもしれませんね。少し座り疲れちゃいました」


「? グリフォンとは?」


「ラオグラフィアが使役している大型神獣種のことですよ。大鷲の頭と翼と爪を持ち、獅子の身体を持つ多目的兵員輸送獣マルチロール・パーソナル・キャリア―。古より存在する神聖な生き物で、〈神魔大戦レギオンズ・ウォー〉の時には神々が騎乗していたとされています。神々のお役に立てていたという意味では、カーくんと同じですね」

「きゅーん!」


 リリーの膝の上で〝えっへん!〟と自慢気に鳴く金色のモフモフ。

 大鷲と獅子の混合生物ハイブリットか……想像することしかできないが、このモフモフとはえらく違うな。

 などと思ったりする。


「グリフォンはそりゃもう凄いんスよ! 大きな背中に人を乗せて、でっかい翼で空をひとっ飛び! 街から街への移動もあっという間なんスから! オマケに戦闘力もメチャクチャ高くて、〈神魔大戦レギオンズ・ウォー〉の時代には――」


 メガネを僅かに動かし、ペラペラと楽しそうに解説を始めるチャット。

 また始まった……と彼女の悪い癖に飽き飽きした俺は、羅列される言葉を右耳から左耳へとスルーする。

 俺の退屈を察したのか、今度はリリーが口を開き、


「ま、まあグリフォンは個体数がとても少なくて、【神器使い】でも急を要する時にしか乗れないんです。それに性格も獰猛なので、私は苦手で……。と。ところでラクーン! 身体の調子は如何ですか!? まだどこか痛みます?」


 そう聞かれて、俺は自らの身体を見直してみる。

 が、どこにも異常や違和感がない。

 次に左手を動かしてみる。

 肩、肘、指先5本に至るまで、これまでと変わらず自然スムーズに動かせる。

 痛みなど皆無だ。


「いや、どこにも痛みはない。しかし驚きだな、肥えた化物ファット・アーマーの一撃を受けた時は、特に左腕は二度と使い物にならないと思ったが……」


「切断されたり、死んでしまったりしない限りは、ほとんどの怪我が治癒する――これも神々の、【神器】の恩恵ですね。私はまた元気なラクーンが見れて、嬉しいですよ」


 そう言って、優しい笑顔を見せてくれるリリー。

……俺は少し照れ臭くなって、彼女から視線を逸らした。


 ――――俺たちは今、アルニトの街からかなり離れた街道上を移動している。

 アルニトが魔族の襲撃を受けたのが、およそ3週間前。

 魔族を撃退し、街の陥落と住民の皆殺しこそ免れたものの、それでもあらゆる意味で被害は甚大だった。

 住民はおよそ半数が死亡し、残りもほとんどが重軽傷を負った。

 無傷で生還した者はごく僅かで、4~5千人ほどが暮らしていたであろう人口を鑑みても、たった一晩で2千人以上の人々が殺されたのだ。

 普段から毎日のように人を殺めていた俺には、これがどれだけ常軌を逸しているのかよくわかる。凄惨、なんて言葉では表現しきれない。


 街自体も破壊行為や火災で相当数の建物が損失・居住不可となり、もはや街としての機能を完全に失った。

 なにより〝一度魔族が出現した場所は再び魔族が現れやすい〟という事情もあるらしく、生き残った住民たちも故郷アルニトを捨てざるを得なかった。


 唯一不幸中の幸いと言えたのが、魔族の襲撃時にチャットが救援要請を出していたことだ。

 伝書鳩で王都まで情報を届け、アルニト襲撃の4日後には王国軍が到着した。

 その中に【勇者】の姿はなく、あまりに遅すぎる到着ではあったが、街の惨状を見た連隊長が住民たちの移転先を手配してくれたのだ。

 それと連隊に床屋外科医バーバーがいてくれたこともあって、怪我人の介抱も比較的円滑に進んだ。

 もっとも住民たちの手厚い保護に関しては、街を守った【勇者】であるリリーが強く説得してくれたことが大きい。


 結局は順次住民を移動させ、つい1週間前ようやく最後の住民が退去。

 その間に俺は療養に専念し、リリーも王国軍と共に街を警備しつつ、俺の介護も請け負ってくれた。

 襲撃以降は魔族が現れることもなく、遂にアルニトの遺棄が決定。

 俺たちも王国軍に随伴し、王都まで行くことになった――――というのが、今に至るまでの経緯である。

 そうして王国軍の兵士たちに囲まれつつ馬車に揺られて、今日で6日目。

 途中で休憩を挟んだり宿をとったりしながらではあったが、それでも長距離移動は心身に疲労が溜まるのだろう。

 俺は雨風をしのげるだけで十分贅沢だと思うが。


「それにしても、大怪我を負ったとはいえボスクラスの高等魔族を倒すなんて……やっぱりラクーンは凄いです。でも、一体どうやって倒したのですか? 詳しい話はまだ伺っていませんでしたが……」


「ああ、よくわからないが〝神技しんぎ〟というものを使って仕留めた。意識を失っている間に、夢の中で代理者プロキシーが教えてくれてな」


「「え?」」


 リリーとチャットの声が被る。チャットに関しては、ずっと喋り続けていた解説がブツリと中断する。


「な、なんだ? そんなにおかしなことを言ったか?」


「……会ったのですか? 代理者プロキシーに? もう一度?」


「あ、ああ。紛れもなく彼女だった……はずだが……」


 目を丸くして尋ねてくるリリーに、俺は少し自信なさげに答える。

 あんな特徴的な見た目をしていれば、幾ら夢の中でも見間違えないとは思うが……

 チャットも訝しげな目をしながら、


「……ただの夢じゃないっスか? 走馬灯が見えちゃったとか、そんな感じの」


「むぅ……否定はできんが……。しかし、何故そんなに疑う? 【神器使い】なら皆、あの少女には会うのだろう?」


 そう聞き返すと、リリーがふるふると首を横に振る。


「いえ、確かにそうなのですが、それは一度だけなのです。【神器】を託される時にのみ、たった一度だけ。それが夢の中だろうと、二度も会った話は聞いたことがありません。彼女はそういう存在なのです」


「そう、なのか?」


 意外だ、あの少女は【神器使い】全員の前に現れては、同じことを言っているものだと思っていた。

 あなたは世界を救う者だ――とかなんとか。

 チャットは興味深々と身体を乗り出し、


「それでそれで? 代理者プロキシーは夢の中でなんて言ってたんスか?」


「いや、俺は【神器】の使い方を知らないと……【神器】に望めば、必ず応えてくれると。それで、最後に〝神技しんぎ〟について教えてくれた」


「ほほう、それは興味深い。ちゃんと記録しておきまスね! 代理者プロキシーが〝神技しんぎ〟について教えてくれたらしい――っと……」


 大きな本にサラサラとメモしていくチャット。

 だがどうにも半信半疑のようだ。

 いやまあ、信じてくれずとも別に困ることはないのだが。

 だが、チャットはある程度書いたところで手を止め、


「そういえば、前に〝加護スキル〟と〝神技しんぎ〟の説明をしようとして、途中で終わってたっスよね。代理者プロキシーからそれ以上の詳しい説明はありました?」


「いや、ないが……」


「そんじゃいい機会なんで、その2つについて詳しく話しましょうか。これを知らずして、【神器使い】は名乗れないっスよ!」

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