第18話 魔族、襲来⑤

 その姿を見た私は、戦慄を隠せなかった。

 そこに立っていたのは――〝骨〟。

 人間の骨を思わせる、四肢を持つ白骨。

 彼の者の身体に肉はなく、鎧を纏った骨のみが自立しており、その手には錆びれ朽ち果てた剣と盾が握られている。


「す――〝スケルトン〟! スケルトンっス! あれが魔族の尖兵――!」


 チャットが叫ぶ。

 私も、あの白骨体の存在は資料で読んだことがあった。

 〝スケルトン〟――膨大な兵力を持つ魔族軍の雑兵にして、主戦力でもある下等魔族。

 1体1体はそれほど強くないが、1つの戦場に数千数万という単位で送り込まれるため、その物量は単純にして圧倒的な驚異となる。

 今、私の目の前にはまだ1体のスケルトンしかしない。

 だが逆を言えば――

 そう思った矢先、スケルトンの周囲に突如青白い炎が出現する。

 そして炎の中から1体、また1体とスケルトンが湧き出てきて――――瞬く間に、10体以上もの群れに膨れ上がった。


『人間ダ、コロセ・・・


『コロセ、コロセ』


『コロセ、コロセ、コロセ』


 スケルトンの群れは互いに意思疎通を図っているかのように同じ言葉を連呼し、私へ向かってくる。

 今の青い炎――間違いない、やっぱりデモンズ・ホールが街の中にある。

 あれは『深淵ジ・アビス』と『地上グラン・ワールド』を繋ぐ転移装置だ。

 デモンズ・ホールを破壊しない限り、魔族が永遠に出現し続ける。

 なんとしても壊さないと。


 もっとも……高等魔族クラスは自力で転移が可能で、デモンズ・ホールを稼働させるための魔力を供給している、と書いた資料もあった。

 それが事実だとすれば、私は魔族の軍勢を突破し、高等魔族を倒す必要がある。

 それも街の人々を守りながら――


 ……いや、ダメだ、考えるな。

 怖くなんかない、怖くなんかない。

 私しかいないんだ。

 皆を守れるのは――!


「……チャット、カーくん、少し下がってて」


 カーくんを肩から下ろし、チャットと共に離れるよう指示する。

 そして右腕を前へと掲げ――


「……母なる神々よ、私に力をお与えください。信仰は我が救い、信仰は我が支え。我が手と指に、試練に挑む不屈の勇気を与え給え。――――〝神器顕現じんきけんげん〟!」


 唱えるや――金色の光と共に黒い模様が描かれた神器モーニングスターが出現し、右手に握られる。

 私はそのモーニングスターをブオンッ!と振るうと、


「悪鬼羅刹の魔族たちよ! この【モーニングスター使いの勇者】リリー・アルスターラントがお相手します!」


 スケルトンの群れに向かって、高らかに叫んだ。


『ユウシャ、ユウシャダ』


『ホウコク、ホウコク』


『カコメ、カコメ』


 モーニングスターを見たスケルトンたちは明らかに挙動を変え、連携した動きで私を取り囲む。

 何体かはこの場から離脱したらしいが、それでも10体以上はいる。

 ――こんなところで時間を割いてはいられない。

 速攻でカタをつける!


「この一撃に神々のご加護を……! 〝神技しんぎ〟――《聖なる重鉄球セイクリッド・ヘビースパイク》ッ!!!」


 モーニングスターを振り被りながら、私は〝神技しんぎ〟を発動する。

 すると、人の頭ほどの大きさだった鉄球スパイクヘッドが輝きと共に巨大化し、2倍以上の大きさへと変貌。

 同時に鉄球と柄を繋ぐ鎖も延びて――私はそれを、周囲のスケルトンたちに向けて振り抜いた。


 ――一瞬、である。周囲360度を包囲していたスケルトンが、一瞬で薙ぎ払われた。

 巨大な鉄球が慣性に任せるままスケルトンの骨格を粉砕、その威力は10体を超える個体を倒してもまだ余りある。

 さらにこれだけの大質量の武器なのに、重量をほとんど感じない。


「す……凄い……これが【神器】の、真の力……!」


 〝神技しんぎ〟を実戦で使ったのは、これが初めて。

 まさかこれほどの破壊力とは。

 自分にこの技が使いこなせるか不安もあったが、今それは払拭された。


「スッッッゴイじゃないっスか、リリー様! 滅茶苦茶カッコよかったっスよ!」


「きゅーん!」


 私の技を見たのか、チャットとカーくんが歓喜の声を上げて近寄ってくる。


「この調子なら、魔族なんてヨユーで蹴散らせちゃいまスね! いや~、記録する筆も進むっス!」


 ズババババっと、大きな本に羽ペンで文字を書き連ねるチャット。

 流石は『記録官オブザーバー』、こんな時でも【神器使い】の記録に手抜きはない。

 ……とはいえ、これは彼女の嗜好に起因する部分も大きいように思えるけれど。

 たしかに、あんな光景を間近で見れば彼女が〝ヨユー〟と思ってしまうのも無理はない。

 だが――


「いいえ……どうやらそんな余裕はないようですよ」


 私はそう言って、大通りの北の方を見る。

 視線の先には――スケルトンの群れの姿が。

 しかも、その数はさっきの比ではない。

 大通りを埋め尽くすほどの大軍勢で優に数百という数がいる。

 まさしく数の暴力だ。


『コロセ、コロセ』


『ユウシャヲ、コロセ。ユウシャヲ、コロセ』


『カコメ、カコメ』


 そんな白骨の大軍を見て、私はモーニングスターの柄をぎゅっと握る。


「……チャット、東の方向にある教会の鐘が見えますか?」


「え、は、はい。見えまス、けど……」


「なら、カーくんを連れてあの鐘の場所まで行ってください。あそこからなら、遠目でも私の戦いを記録できるはずです」


「え……!? でもそれじゃ、リリー様が1人に――!」


「きゅーん!」


「このままでは、あなたたちも囲まれます。自分の役目を忘れないで、チャット。あなたは私の戦いを記録して、後世に伝える義務がある。そうですね」

「は……はい……」



 私たちがそんなことを話している間に、スケルトンの大軍が迫り来る。

 もう余裕どころか、一刻の猶予も許されない。


「さあ走って! 大丈夫、魔族は私が引き付けますから!」

「――っ!」


 チャットは、カーくんを抱き締めて走る。

 スケルトンたちはそんな彼女に目もくれず、私へ向かって突進してくる。

 良かった――これなら、チャットたちが襲われる心配はなさそうだ。

 あとは――――思い切り、暴れればいい。


「――――はああああッッッ!!!」


 何百というスケルトン群れに向かって、飛び込んだ。




〈バトル・スケルトン〉

 下等魔族/危険度:E

 身長:170~200cm

 重量:10~30kg

  攻撃力:E  ■

  防御力:E  ■

 移動速度:D ■■

 使用武器:朽ちた剣、朽ちた弓、朽ちた槍

 使用防具:錆びれた鎧、錆びれた盾

 特殊能力:なし

 魔族軍の主力。

 魔族界では最下位に属する種族で、『深淵』では単純労働や他種族の雑用などを任される奴隷でもある。

膨大な数が雑兵として存在しており、物量による力押しが唯一にして最大の戦術。

 1体1体の戦闘力は低く、人間の兵士でも問題なく戦えるほどだが、その数の多さは圧倒的な脅威となる。

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