第17話 魔族、襲来④

――聖歴1547年/第2の月・上旬アーリー

―――時刻・夜

――――レギウス王国/辺境の街アルニト/南大通り

――――――モーニングスター使いの勇者『リリー・アルスターラント』



 街が、燃えている。

 至る所から火の手が上がり、逃げ惑う人々の悲鳴が木霊する。


「はぁ……はぁ……!」


 私は街の人々が逃げていく方向とは逆に向かって、息を切らしながら走る。

 私の後ろにはチャットの姿も。

 兵舎に軽甲冑を取りに行っていたら、少し出遅れてしまった。

 大通りには負傷しながら命からがら逃げてきた人や、大怪我をした人を担いで逃げてきた人が大勢いる。

 誰も彼も血を流し、恐怖と絶望に怯えている。


「皆さん! 急いで兵舎へ避難を! あそこなら十分な手当てを受けられます! 無傷の方は、どうか怪我人の手助けを!」


 この声がどれだけの人に聞こえるかわからない。

 それでも、叫ばずにはいられなかった。


 ――酷い。あまりにも酷い惨状だ。

 ある者は胴を切り裂かれておびただしい量の血を流し、ある者は手足を切り落とされ、ある者は顔に大怪我をして視力を失っている。

 中には、もうどう見ても助からない状態の者も。

 地獄絵図――この光景を見て、それ以外の表現が見つからない。


「こ、こんな……こんなのって……これが……」


 チャットも口元を手で覆い、肩を震わせている。

 その姿は、必死に嘔吐きを堪えているようだった。

 当然の反応だろう。

 街は燃え、人々は血を流しているのだ。

 この光景を見て吐き気を覚えなければ、それこそ感覚を疑ってしまう。


「――で、伝令! 伝令だ! 誰か動ける衛兵はいないか!?」


 その時、こちらに向かって歩いてくる1人の衛兵が大声を上げた。

 どうやら足を負傷しているようだが、それ以上に酷く疲弊している。

 私は彼の傍へと走り、


「私は【神器使い】です! この街の衛兵ではありませんが、話はお聞きします!」


「! 【勇者】様! あ、ああ、良かった、あなた様が来てくだされば、もう大丈夫だ……!」


 私の姿を見て気が抜けたのか、その場に座り込む衛兵。

 痛む足を引きずってここまで来たはずだ、無理もない。


「それで、どうしました? 街の状況は!?」


「す、既に街中に魔族が溢れています。奴らはどうやら北門の方角から現れているらしく、その周辺にいた市民や衛兵たちはもう……」


 彼は悔しそうに俯く。

 ――ほとんど殺されてしまった、ということだろう。

 だがおそらく、既に北門周辺には留まるまい。

 もうすぐこの南門にだってやってくるはずだ。


「そ、それから……俺は確かに見たんです! 魔族の中に、群れを指揮してるデカいヤツ・・・・・がいた……! きっと、アイツが魔族の指揮官リーダーです!」


「! ではやはり、高等魔族が……!」


 最悪の事態だ。チャットの予想が当たってしまった。

 〝高等魔族〟――それは魔族の中でも特に強大な力と知性を持つとされる、数少ない魔族の将軍。

 その力は高位魔族1体でも【神器使い】に匹敵するほどと伝えられており、過去の終末戦争ラグナロクでも【神器使い】の死因の多くが彼ら高等魔族との戦いだったと言われる。

 魔族の将である高等魔族は、下等魔族を率いて『地上グラン・ワールド』へ先陣を切ることも多かったらしいが――そんな存在が、今この街にいる。

 なるほど……これは絶望的な状況だ。


 私は――勝てるだろうか。

 無数の魔族を率いる、魔族の将に――私は――


「……そうですか、わかりました。私は魔族を迎え撃ちに行きます。もう少しだけ歩けますか?」


「は、はい、大丈夫です……まだ歩けます……」


「それでは、すぐ兵力を集めるよう衛兵の皆に伝えて下さい。南門を死守して、少しでも多くの市民を街の外に脱出させて。アルニトは――この街は、もう落ちます」


「え……? そんな……だって俺たち、今まで普通に暮らしてて……魔族が来るなんて誰も……どうして……!」


きっと彼にとって、この街は故郷なのだろう。

 そこが蹂躙されて、敵の手に落ちると言われて、平然としていられるワケがない。そんな現実を、受け入れられるはずがない。

 だがアルニトは城壁こそあれど、特段防衛に秀でた街の構造はしていない。

 交通や物流の要所でもなければ、戦時における重要地点でもないからだ。

 兵力も衛兵が2~300名程度で、『レギウス王国』の主兵力である王国陸軍も駐屯していない。

 おまけに魔族が現れたのが街の中とあっては――もう――

 けれど、それが目の前に広がる事実なのだ。

 私は彼のすがりつくような言葉に対して首を横に振り、力の抜けた彼の手を握る。


「……ですが、あなた方は死にません。このリリー・アルスターラントが必ず守ります。生きてさえいれば、希望はある」


「【勇者】様……」


「さあ、早く行って! あなたに神々の祝福があらんことを――!」


 言葉で衛兵の背中を押すと、彼はギッと歯を食いしばって歩きだした。

 少しの間だけ、私は彼の離れ行く後ろ姿を見守っていたが、


「きゅん! きゅーん!」


 カーくんが威嚇するような声を上げ、赤色に発光していた頭の宝石がより強く光る。

 私はその声に誘われ、北の方角へと顔を向ける。

 まっすぐに続く広い大通り。

 そんな通りの中央に――1人の男性が見えた。


「た……助け……」


 燃え盛る北門の方角から、命からがら逃げてきたのだろう。

 全身血だらけで、歩くことすらままならない大怪我をしている。

 今すぐ手当しなければ――そう思った瞬間だった。

 彼の胸部から――血飛沫と共に、剣の切っ先・・・・・が飛び出した。


「が――あ――っ」


 すぐさま剣は引き抜かれ、男性は力なく地面に倒れる。

 彼が立っていた背後には――血で赤く染まった剣の持ち主がいた。


『……人間……人間ダ……』


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