第16話 魔族、襲来③
リリーは、怯え切った警備兵を正面に見る。
「
「は……はい! ありがとうございます! そのお言葉があれば……俺たちは戦えますっ!」
「ええ、勇敢なるあなたたち兵士に、神々の祝福があらんことを……」
リリーは胸の前で両手を握り、祈りを捧げる。それを見た警備兵は自らを奮い立たせた様子で走り去っていった。
だがそれとは対照的に、不安を隠そうともしないチャットが彼女に駆け寄る。
「ち、ちょっと待ってくださいッス! 魔族が封鎖区画外に現れたってことは、下手すれば群れを率いてる高等魔族がいまスよ!? もしかしたらボスクラスだっているかも……! リリー様だけじゃ――!」
「……いいえ、私は行きます。行かなくてはならないのです。チャット、あなたにとって【神器使い】とは――【勇者】とはなんですか?」
「え? それ、は…………〝魔族から人々を救ってくれる
チャットが言い難そうに答えると、その言葉を聞いたリリーはくすっと笑った。
「では、
リリーは笑顔でそう言って、こちらに背を向けて牢屋から出て行こうとする。だが、彼女は直前で立ち止まり、
「……ラクーン、動機や相手がどうあれ、武器を振るうことが暴力であるのは否定しません。それでも、私は目の前で無惨に殺されていく人々を、黙って見てることなんてできない」
「……」
「私は――私は待っています。ラクーン、あなたもきっと人々のために戦ってくれる。そう信じています。だから……」
だから――と言いかけて、リリーの言葉は途切れる。
そして彼女は、こちらに振り向く。
「――いえ、このお話は戻ってきてからにしましょう。戦いが終わったら、必ずまたこのお部屋に帰ってきます。その時……ゆっくりとお話しましょうね」
リリーは――彼女は、少し悲しい笑顔をしていた。
だがすぐに「行きましょうチャット、カーくん」と言うと、金色のモフモフを肩に乗せて牢屋から走り去っていった。
アレは……あの表情は、見たことがある。
〝死〟を目の前にして、それを理解した者のする顔だ。
拒絶するでもなく、立ち向かうでもなく、それを抱擁して受け入れる者は、皆あの顔をする。
俺が殺してきた
彼女は覚悟しているのだ。自らがこの戦いで命を落とすかもしれないと。
如何に一騎当千の力を持つとはいえ、それを振るうのはどこまでいっても人間であり個人。
所詮戦いの素人が強力な武器を持っても、程度が知れる。
ましてやリリーのようにロクな戦闘訓練も受けておらず、戦闘経験も皆無という身では尚更だろう。
心・技・体――命を奪い合う場面ではどれが欠けても命取りなると、俺も昔は先代ギルドマスターによく聞かされたものだ。
……いずれ多くの敵に囲まれて追い詰められ、命を落としてしまうリリーの姿は想像に難くない。
彼女だって自分が争いに向かないと自覚しているだろうに、何故他人のために命を投げ出すのか。
俺には――わからない。
どうして――
「……おにーさん、最後に1つだけいいっスか?」
残されたチャットが、ぎゅっと鞄の掛け紐を握りながら俺の方を見る。
「おにーさんは、一度でも誰かのために――誰かを守るために、刃を振るったことがありまスか?」
「……!」
「きっとおにーさんは、もう刃を振るうのが嫌なんでスよね。でも、一度だけでもいいから試してみてほしいっス。それでも同じだと思うなら、それは仕方ない。ただ――この広い世界には、間違いなくおにーさんを必要としてる人がいる。おにーさんを待っている人がいる。それを覚えておいてほしいっスよ」
それだけ言い残して、リリーも牢屋から去っていった。
――牢屋の中には、俺1人だけが残される。
小窓の向こうからは悲鳴と爆発音が絶えず聞こえてきて、燃え盛る家々の炎光が僅かに牢屋の中を照らしていた。
「…………俺は――」
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