第19話 魔族、襲来⑥

――聖歴1547年/第2の月・上旬アーリー

―――時刻・夜中

――――レギウス王国/辺境の街アルニト/大通り・中央交差点

――――――モーニングスター使いの勇者『リリー・アルスターラント』



 ……どれくらいの、時間が経っただろうか。

 やっと、ようやく、ここまで来た。

 街の中央。

 大通りが四方の門へと延びる、中央交差点。


「ハア……ハア……!」


 神器であるモーニングスターは、私に過剰な筋力を要求してこない。

 本来なら非力な私が振り回すなど不可能な質量武器なのに、まるで棒切れのように軽やかに操れる。

 しかし今の私の両手は、そんな軽い神器モーニングスターすら持っているのがやっとだ。

 5本の指にもう力が入らず、腕も肩もガタガタと震える。

 手のひらが擦り切れて真っ赤になり、血が滲む。

 呼吸は乱れ、息が切れる。


『コロセ、コロセ』


『ユウシャヲ、コロセ』


『コロセ、コロセ、コロセ』


 交差点の中央に立つ私を、無数のスケルトンが四方から取り囲む。

 もう、彼らを何体倒したのかわからない。

 50か、100か、もしかしたらその数倍か――とにかく力の限りモーニングスターを振るって駆逐し続けた。

 なのに、一向に数が減る様子を見せない。

 倒しても倒しても、どこからともなく湧いてくる。

 これではキリがない。


「まだ……まだです……! 私はまだ、戦う……!」


 少なくともこうしてスケルトンの注意が私に向いている間は、街の人々が逃げるだけの時間稼ぎができているはずだ。

 私が戦い続ける意味はある。

 意義はある。


『シネ、シネ、シネ――!』


 スケルトンの1体が、朽ちた剣を持って斬りかかってくる。

 私はそれを、モーニングスターの一撃で吹き飛ばした。


「……〝神々を、主を称えよ。私の手と指に戦う力を与え給え〟」


 続けざまに襲い掛かってくるスケルトンたちを、1体、2体、3体と薙ぎ倒していく。


「〝神々は我が砦、我が強き盾。全ての悩みを解き放ちたもう。悪しき者驕りたち、邪な企てを持って、戦を挑む〟――」


 スケルトンたちは私を疲弊させるために、絶え間なく向かってくる。

 だが私の神器モーニングスターは対群戦闘に特化した『防御型ディフェンス』だ。

 下等魔族を大勢相手にするのは得意なはず。

 だから、必ず打開のチャンスはある――!


「〝打ち勝つ力は、我らには無し。力ある人を、神々は立てたもう。主は万軍の君、我と共に戦う者なり〟――」


『コロセ、コロセ』


「魔が世に満ちて攻め囲むとも、我らは恐れず、護りは堅牢。世の力騒ぎ立ち追るとも、神々の言葉は、悪に打ち勝つ〟――」


『コロセ、コロセ』


『コロセ、コロセ、コロセ』


「〝力と恵みを、我に腸わる。神々の言葉こそは、進みに進まん。我が命、我が全て、取らば取れ! 神々の国は、なお我に在り〟――ッ!」


『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』『コロセ、コロセ、コロセ』


「《聖なる重鉄球セイクリッド・ヘビースパイク》ッッッ!!!」


 ――――全力で、全開で振り下ろされたその一撃は、街の中央を陥没させた。

 大通りを舗装していた幾多の石畳は粉々に粉砕され、巨大な砂柱が天空にそそり立つ。

 攻撃は天災へと変貌し、地震アースクエイク地割れクラックを引き起こしてスケルトンの群れを飲み込んでいく。

 地獄の底から響くような彼らの声は、聖なる裁きによってかき消された。


 これが【神器じんき】の力。

 これが〝神技しんぎ〟――

 今の一瞬で、どれほどの敵を葬ったかわからない。

 教会の上から見ていたチャットは、しっかり記録できているだろうか?

 私の視界は砂煙で完全に遮られて、戦果など確認しようもない。


「ハア……ハア……ッ、うぅ……!」


 陥没したクレーターの中央で座り込み、私は地面に手をつく。

 流石に体力を消耗し過ぎた。

 少し休まないと、もう武器を握ることすらままならない。

 でも、今の攻撃でほとんどのスケルトンは退けたはずだ。

 攻撃の手は緩まるは――ず――


 そう思って、顔上げた時。

 〝腕〟が見えた。

 白い、骨の腕が、私へと伸びて――


ツカマエタ・・・・・


 骨の腕は私の肩を掴むと、そのまま私を地面へと押し倒す。

 直後、砂煙の中から次々と骨の腕が現れて私の腕を、足を、身体中を押さえ付けた。


「う――っ、ああああああああああッッッ!!!」


 それは本当に、一瞬の油断だった。

 砂煙に紛れて接近していたスケルトンたちに気付けなかったのだ。

 何体ものスケルトンが私の手足を掴み、身動きを取れないように拘束する。

 体力を使い果たした今の私では、彼らから逃げる術はない。


『コロセ、コロセ』


『コロセ、コロセ』


『コロセ、コロセ、コロセ』


 彼らは眼球のない両目で私を見下ろして、〝殺せ〟と口並みを揃える。

 そして最後にやってきたスケルトンは朽ちた剣を逆手に持つと、その切っ先を私の腹部へと向ける。


『死ヲ――ユウシャニ、〝死〟ヲ――!』


 スケルトンは剣を持ち上げて、大きく振り被る。


 もう――もうダメだ――

 私は、なんて無力なんだ。

 【神器使い】になって、【勇者】になったのに、街1つ守ることもできない。

 どうして、私なんかが選ばれてしまったんだ――


 ああ――――神よ――――っ






「……やれやれ、これじゃどっちが死を望んでいるのかわからんな」



 なにもかも諦めて、涙が滲む目を固く瞑った時――――そんな声が、どこからともなく聞こえた。

 ――砂煙の中で、キラリと剣筋が光る。

 その刹那――私の全身を押さえ付けていたスケルトンたちが、一瞬でバラバラに斬り刻まれた。


『……アレ?』


 今まさに朽ちた剣を振り下ろそうとしていたスケルトンは、表情のない頭蓋骨で困惑して動きを止める。

 自分以外の仲間たちが突然バラバラになれば、スケルトンでなくともこういう反応をするだろう。

 だがそれも束の間、今度は幾多の剣筋が最後に残ったスケルトンを襲い、白骨の魔物は十数個の骨の欠片へと変えられた。


 それは音もなく、気配もなく、瞬きする暇もない出来事であった。

 だが――私はすぐに理解する。


 助けてくれたのだと。

 来てくれたのだと。


 彼が――――【ダークナイフ使いの勇者ラクーン】が――――


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