第12話 【神器】⑤

「お……おにーさん【神器じんき】のことを知らないんスか!? なんで!? どうして!?」


チャットが天変地異でも目の当たりにしたような形相で、彼に詰め寄る。


「そんなもの知るか。俺は物心ついてから、ずっと暗殺者ギルドの中で育ってきたんだ。外の常識なんて、学んだこともない」


「な……ンな……ッ!」


 チャットは肩を震わせ、彼女のメガネが真っ白に濁る。

 まあ、〝その筋の専門家〟である彼女からすれば、世間知らずなんて言葉じゃ済まされないレベルだろう。

 私の感覚からしても、「知らない人なんているんだ……」ってくらいだし。


 ……いや、そう思うのは無配慮が過ぎるか。

 孤児である彼は、そもそも満足な教育など受けられなかったはずだ。

 彼のように、一般教養など学ぶ前に社会の暗部に取り込まれた者は少なくない。

 〝常識〟の話などされても困るのだろう。


 だから知らなくても無理はない――のかもしれないけど……それでも、日常を過ごしていれば【勇者】の話は目にも耳にも入ってくる……と思うんだけどなぁ。

 もしかして、そもそも彼は世間に対して興味がないのだろうか。

 なんて、私がそんなことを思っていると、


「ふ……ふふふ……うふふふふ……! い、いい~~~でしょう!!! おにーさんのために、【神器じんき】及び【神器使い】の専門家にして『神器記録管理局エジレック』の『記録官オブザーバー』であるこのチャット・サンプソンが、わかりやすく解説してあげるっス!!!」


 チャットはベッドの上で高らかに立ち誇り、ラクーンに向けて人差し指を突き付ける。

 あ~、チャットのスイッチが入っちゃった。この子、こうなるともう止まらないからなぁ……。けど、彼に【神器じんき】のことを知ってもらうには良い機会かもしれない。


「そうか、なら手短に頼む」


「くぅっ……本当なら一から百まで三日三晩かけて教えてあげたいですが、ここはざっくり掻い摘んで説明するっスね……!」


 若干悔しそうに拳を握り締めるチャット。

 うん……全部説明してたら歴史のお勉強になっちゃうからね……。

 それに三日三晩かけて教えられるのは、流石に私も嫌かな……。


 チャットはクイっと丸メガネを動かすと、


「まず【神器】とは、一言で説明するなら〝神の写し身〟でス! あるいは神自身と言ってもいいでしょう」


「神……だと?」


「かつて〈神魔大戦レギオンズ・ウォー〉で魔族を封印した神々は、いずれ彼らが復活するのを見越していたと言われていまス。だから108名の神々は己の姿を武器へと変え、魔族が復活した時に人類を守れるようにした――というのが通説でスね」


「故に、魔族の復活と共に神々は108名の人間を【神器使い】として選び、戦わせる。我々は、その選ばれた者たちを【勇者】と呼んでいるのです」


「ああ……だからあの衛兵たちは、俺のことを勇者呼ばわりしたのか。だが、どうしてその神とやらは俺を選んだんだ。こんな人殺しの俺を」


「それは関係ないと思いまスよ。神々がどんな人物を選ぶのかなんて、ウチら人間の理解の範疇を超えてまスから。それこそ王族から奴隷まで、聖職者から盗人シーフまで、過去には色んな経歴を持つ【神器使い】がいましたし」


「フッ、どうやら神ってのは物好きらしい。……だが、その【神器】自体が神の化身だとすれば、コイツを俺に預けあの少女・・・・は何者なんだ?」


 少女――つまり、彼の前に現れた黒い紋様を持つ少女だろう。


 彼女は私の前にも現れた。

 今でも、あの神秘的な姿はよく覚えている。

 しかし彼女の話を聞かれた私とチャットは、互いに困った顔を見合わせる。


「あ~……実は、その子の正体は判明してないんスよ。【神器使い】に選ばれた者に【神器】を授ける時にのみ姿を現す謎の存在なんでス。……逆を言えば、共通点のない【神器使い】たちにとって〝彼女に会った〟という事実だけが、唯一の共通点なくらいっス」


「あの少女の正体に関しては様々な説が提唱されていますが……私たちは彼女を〝代理者プロキシー〟と呼んでいます」


「〝代理者プロキシー〟……神と人間――いや、【神器使い】を繋ぐ仲介役ってことか」


「ええ、とはいえ代理者なのか神そのものなのか……全てが不明ですが」


「ま、わからないことは一旦置いときましょうっス。で……次におにーさんの【神器】の説明をしまスね!」


 チャットは〝神器大全〟と題された大きな本を広げ、中のページをラクーンや私に見せる。

 そこに書かれていたのは――


「――――〝【神器じんき】:ダークナイフ〟……?」

「そう! おにーさんの【神器じんき】はこのナイフなんスよ! ちなみに、これがその評価性能スペックっス!」


 そのページには短い短剣の絵や説明文章らしき物が描かれており、チャットはページ下のグラフのような部分を指差す。


登録No.66:ダークナイフ

速度型スピード・ランクE』

 種類:短剣

 全長:35cm

 重量:400g

 神 格:E ■

 攻撃力:E ■

攻撃範囲:E ■

攻撃速度:C ■■■

 生存率:E ■


 ――この表を見たラクーンは、「ん?」と眉をひそめた。


「おい待て…………俺の【神器】、弱くないか?」

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