第7話 アサシン崩れの勇者④

 俺はその切っ先を少女へと向け、


「退け。でなければ力づくで押し通る」


 脅すように睨み付ける。

 ナイフの刃を見た少女は一瞬だけ肩を震わせて怯むが、すぐに深呼吸して息を整える。


「……いいでしょう、仕方ありません。同じ【神器使い】として、このリリー・アルスターラントがお相手致します」


 意を決した様子で言うと――彼女も、右手を前へと伸ばす。


「母なる神々よ、私に力をお与えください。信仰は我が救い、信仰は我が支え。我が手と指に、試練に挑む不屈の勇気を与え給え。――――〝神器顕現じんきけんげん〟!」


 刹那――彼女に右手が、金色に光り輝く。

 眩い閃光は瞬く間に形を変え、その姿を〝武器〟へと変えていく。

 その武器は俺のナイフよりも一回り以上大きく、柄に鎖が繋がれ、さらにその先には棘の付いた鉄球スパイクヘッドが備わっている。


 ――〝モーニングスター〟。

 彼女の手に握られたその武器は、一般的にそう呼ばれる物だ。


 やはり、俺のナイフと同じく黒い紋様が描かれている。

 そこらにある普通の得物と違うということは、誰でも一目で理解できるだろう。


「さあ――かかってきなさい! 【モーニングスター使いの勇者】として、あなたを正しき道へ導いてあげます!」


 リリーと名乗った少女はモーニングスターを構えると、キッと俺を見据える。


 ……なるほど、本当に俺と一戦交えるつもりらしい。

 その覚悟はあると見た。

 だが――所詮は蛮勇だな。


 武器を持った際の構えが、明らかに素人のそれ。

 身体の重心が高く、固定されていない。

 注視すれば手や足が僅かに震えているのもわかる。

 おそらく荒事に慣れていないのだろう。

 下手をすれば、他人に武器を向けたことすらないのではないか。


 やはり、ハッタリか。

 同じ力を持つ者が立ちはだかれば、無茶な抵抗はしないだろうという。


 残念だが俺には通用しない。

 ハッタリでは済まない場面を、もう幾度も経験しているからな。

 相手が腕の立つ武芸者かどうかくらいは、体格や立ち振る舞いを見ればすぐわかる。


 ――怪我をさせるまでもない。

 少し脅かしてやれば、自ずと逃げる隙を作ってくれるだろう。


「……そうか、なら――いくぞ!」


 ナイフを逆手に構え直して――――俺は、自らの身体を豪速の弓矢と化す。

かつて〝狂犬〟とまで呼ばれた獰猛さを剥き出しにして、リリーへと向かって飛び込む。


「……っ!」


 そんな俺を見たリリーに、明らかな動揺と恐怖が滲む。

 やはり慣れていない。

 迎撃の構えはおろか、こちらの攻撃を受ける姿勢すら取れていない。

 完全な戦いの素人だ。


 一瞬だ。一瞬でも目を瞑って、屈んでくれればいい。

 そうすれば、勝手に逃げるから。


 そう思って、わざとらしくナイフを振りかぶる。

 通常なら絶対にやらない、見せかけだけの大振りな攻撃。

 避けて下さいと言わんばかりの一撃。

 それでも、この少女に恐怖を植え付けるには十分だろう。


 そう――思っていた。


「――た、たああッ!」


 しかし、俺の予想は大きく外れる。

 驚くべきことに、彼女は屈むどころか武器モーニングスターを振りかぶって、こちらに向かって突進してきたのだ。


「なっ――!? この……!」


 バカか――お前!?

 そんな捨て身の攻撃なんて、無謀を通り越して自殺行為でしかないぞ!


 俺は予想外すぎるリリーの行動に反射して、即座に身体の動きを止める。

 このまま腕を振り抜いたら、間違いなく彼女を傷つけてしまうからだ。


 それは、あまりにも隙だらけの攻撃。

 右側に振りかぶったモーニングスターは攻撃の軌道が丸わかりで、オマケに攻撃をするのも受けるのも怖いのか、両目まで固く瞑ってしまっている。

 かといって、こちらのナイフにモーニングスターをぶつけようという意志すら感じない。

 彼女の一挙一動は、文字通り攻撃に当たりに来ているだけだ。

 俺が初めてナイフで人を殺した時だって、ここまで愚かな真似はしなかったぞ。


 攻撃を止めた俺は、すぐに回避の態勢へ入ろうとするが――


「きゅーん!」


「うごっ!?」


 彼女の肩に乗っていた小動物が跳躍し、俺の顔面に張り付いてくる。

 モフモフの塊にべったりとしがみつかれ、視界を消されてしまう。

 そして――


「てやあッ!」


 モーニングスターの鈍重な、されど必殺の一撃が、俺の脇腹に直撃した。


「ッ――!!!」


 大質量の鉄塊で殴られた俺は容易く吹っ飛び、同時に謎の小動物が俺の顔面から離脱。

 殴り飛ばされた俺は、そのまま広場に積まれてあった木箱に突っ込み――そこで、意識が途絶えた。


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