第6話 アサシン崩れの勇者③

――聖歴1547年/第2の月・上旬アーリー

―――時刻・昼過ぎ

――――レギウス王国/辺境の街アルニト/南門前

――――――逃亡者『ラクーン』


「……妙だな、衛兵たちの動きが変わった」


 俺は建物の陰に隠れ、街の出入り口――つまり関所の門を覗き見ながら呟く。

 門の周囲は20人ほどの衛兵が警備を固めており、猫の子一匹通さないといった様子だ。


 あそこだけではない。

 街へ出入りするための門は東西南北4ヶ所存在し、その全てが何十人という武装した衛兵で守られている。

 目の前にある南の門以外の3ヵ所も全て回ったが、既に脱出可能な状態ではなかった。


 逆に――俺を追う衛兵の姿がひとつもない。

 どうやら動員出来得る全ての数を門の警備に充てているようだ。

 奴らと追い掛けっこせずに済むのは楽でいいが、これでは袋の鼠である。


 ……どうする? 門を強行突破するか?

 今の力を以てすれば、全く不可能ではない。

 20人程度なら、あっという間に斬り刻める。


 しかし――それでは、彼らを全員殺さなくてはならない。

 不殺で突破するのは流石に難しいだろう。


 せっかく暗殺稼業から足を洗ったのだ。

 こんな意味のわからない逃亡劇のせいで、お尋ね者にされてはたまらない。


 それに……俺は、もう誰も殺したくない。

 これ以上無意味に死体を増やすなんてゴメンだ。


 ……仕方ない、門の警備が手薄になるまで隠れるとするか。

 幸いにもこの街アルニトは身を隠せそうな場所が多くあるから、潜伏先には困らないだろう。

 飯は……適当に盗んで食おう。


 俺はため息を漏らしつつ、身を翻す。

 門付近から離れ、人気のない路地裏を歩いて行く。


 ――街の中は、さっきの騒動があったとは思えないほど静まり返っていた。

 大方、衛兵たちが住民に外出禁止令を出したのだろう。

 どうでもいいが、誰かに見られないのは好都合だな――などと思っていると、いつの間にか開けた場所に出る。

 大通りというワケではないが、路地裏の中にある広場のようなスペース。

 おそらく普段は子供たちの遊び場にでもなっているのだろう。

 ただそれだけの場所なら、なにを思うこともなく通り過ぎていただろうが――俺の足はピタリと止まった。


 何故なら――広場の向こう側に佇む、1人の人間の姿があったからだ。


「きゅん! きゅん!」


 その人間――いや、少女・・の肩に乗る謎の小動物が、俺を見るなり甲高い鳴き声を上げる。

 まるで〝見つけた〟と大声で叫んでいるかのように。

 同時に俺に向かって威嚇しているのか、頭部に付いた宝石は蒼く発光している。


「初めまして、あなたが新しい【勇者】ですね?」


 少女は僅かに微笑み、俺に向かって話しかける。

 彼女は修道服の上に軽装甲の鎧を身に着けており、一目で武装修道士ウォリアー・モンクとわかる出で立ちをしている。


 ――『フォルミナ聖教会』の軽甲冑。

 それも女性用に調整された珍しい造形だ。

 最低限の防御を実現しつつ、動作を阻害しない構造になっている。


 街の衛兵の次は、教会の修道女シスターがお出迎えとはな。

 だが――妙だ。

 格好だけは兵士なのに、その手には武器が持たれていない。

 事実上、ほとんど丸腰だ。


 けれど――――わかる。

 彼女は、俺と同じだ・・・・・


「……『フォルミナ聖教会』の修道女シスターサマが、俺になんの用だ。関わるとロクな目に合わんぞ」


「あら、こちらの身を案じてくれるのですね。やっぱり、あなたは優しい人です。私にはわかります」


 相変わらず、その修道女シスターは微笑む。

 彼女は長く伸びた金色の髪に頭巾ウィンプルを被り、黒色の衣服と首に下げたお守りタリスマンがフォルミナ聖教の信者であることを明確化している。


 年齢はおそらく15~18歳程度。身長は俺よりも低く、約5フィート163cmほど。細身で小柄な体格をしており、鎧を着ていなければまず兵士だとは思われないだろう。


 その華奢な身体はお世辞にも荒事に向いているようには見えないが、どういうワケか彼女は護衛の1人も付けずに俺と相対している。


 よほど自信があるのか無鉄砲なのか――あるいは、なにか策でもあるのか。


「お前……俺と同じ・・だな。得体の知れない力を持っている。匂い・・でわかるぞ」


「ま、まあ! 女性に対して、に、匂いなどと! 破廉恥ではありませんか!」


 少女は頬を赤らめて、俺を叱責する。


 ……なるほど、これは時間稼ぎか。

 コイツの実力のほどはわからないが、うら若く信心深い少女を話し相手ネゴシエーターにすれば態度も軟化するだろう、という。


 話している間に衛兵を展開するなり罠を仕掛けるなりして、俺を捕まえる算段か。


 いや、もしかするとそう思わせておいて少女が本命かもしれない。

 俺と同じ力を持つとすれば、戦闘力は相当なモノのはずだ。

 いずれにしても、油断はできない。


 とにかく、この時間稼ぎに嵌っているほど状況は不利になる――


「お前と無駄話をするつもりはない。怪我したくないなら、そこを退け」


「……あなたは、さっきも衛兵の方々を傷つけたそうですね。神に選ばれた【勇者】が――いえ、【神器使い】が神の子たる人間を傷つけるなど、あってはなりません。あなたは、私がこの場で捕らえます」


 さっきとは一転し、力強い眼で俺を見つめる。

 やはり、どうあっても退くつもりはないらしい。


「あなたも会ったのでしょう、〝代理者プロキシー〟に。彼女が授けたその力は、人間に振るうモノではありません。どうか……私たちと共に、その力を人のために使ってはくれませんか」


「…………同じことを二度も言わせるな」


 俺は右手を前方へと伸ばし、手を広げる。


「――〝神器じんき顕現けんげん〟」


 唱えると、金色の光と共に黒い紋様を持つナイフが現れる。

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