第8話 【神器】①

――聖歴1547年/第2の月・上旬アーリー

―――時刻・夕方

――――レギウス王国/辺境の街アルニト/収容所の廊下

――――――モーニングスター使いの勇者『リリー・アルスターラント』



 新たに見つかった【神器使い】の逃走劇から、早3日。

 アルニトの住民や衛兵たちも落ち着きを取り戻し、平和な日常を過ごしている。

 とはいえ彼らの話題は、その【神器使い】――いや、彼ら風に言うなら【勇者】のことで持ち切りだが。


 ――今、私はチャットと共に新しい【神器使い】が一時的に拘留されている収容所に訪れている。

 アルニトは四方を城壁と城門に囲まれた比較的大きな街だが、『レギウス王国』の中でも辺境――つまりちょっと田舎な場所にある。

 そのため都会と比較すれば凶悪犯罪は少ないらしく、犯罪者を収容しておく施設もゆとりがある感じ。


 普段ならば罪を犯した人々を捕らえておく場所なのだけれど、緊急措置としてここで彼を拘留している。

 もしもまた逃げ出そうとしたことも考えると、それを防ぐにはここが適切と思ったから。

 とはいえ、【神器使い】相手には気休め程度にしかならないけど。


「しっかしリリー様、新しい【勇者】を神器モーニングスターで思いっきり殴り付けたんスよね? ホント無事なんスか、あの人?」


 廊下の中、私の隣を歩くチャットが悪戯っぽく尋ねてくる。


「う……だ、大丈夫ですよ! 全力だったわけじゃないですし! それに【神器使い】には神の御力が宿るのですから、ちょっとやそっとの怪我なんてへっちゃらです!」


「きゅん、きゅーん!」


 私の肩の上に乗るカーくんも〝そうだそうだ!〟とばかりに鳴いてくれる。


「果たして〝ちょっとやそっとの怪我〟で済むんスかね……? まあ確かに、【神器じんき】に選ばれた者は高い自己治癒能力も持ちまスけど……」


「そ、それよりチャット、彼の使う【神器じんき】の種類は判明したのですか!?」


 この話題はもう終わり!とばかりに私は話の腰を折る。するとチャットも新しい話題にはすぐに乗り気になって、大袈裟に丸メガネを動かして見せる。


「あ、そうっス! 持ってきた資料を洗いざらい読み返して、ようやく見つけましたよ! いや~、調べるの大変だったっス!」


「あら? 【神器じんき】に関するあらゆる情報データを保有する『神器記録管理局エジレック』、そこに所属する『記録官オブザーバー』であるあなたが〝ようやく見つけた〟なんて、珍しいこともあるのですね」


「まあ、ウチら『記録官オブザーバー』は子供の頃から【勇者】のおとぎ話を聞かされて育った、所謂勇者オタクって奴らばっかりでスからねぇ。大概のことは頭に入ってるんスけど……今回は手強かったっスよ」


 チャットはクイっと丸メガネを動かし、


「なんせ【神器】が人前に現れたこれまでの歴史の中で、あの人の武器は表立った活躍の記録がほとんどなかったんスから!」


 彼女の言葉を聞いて、私もカーくんも斜めに首を傾げる。


「……? それはどういう……?」


「詳細は後で話すっスよ。どうせこの後、その【神器じんき】を扱う本人に会うんスからね。……それより、リリー様も調べはついたんスか? あの人の――経歴と個人情報・・・・・・・


 チャットから聞き返され、私は瞬間的に押し黙った。

 しかし数秒と経たない内に、答えを返す。


「ええ……そのことも追々お話します。あまり好ましくない所からの情報提供があったので」


 私はそれだけ言うと、口を閉じたまま廊下を歩いて行く。


 ――時刻は既に夕方であるため、建物の中は蝋燭がないともう真っ暗。

 私は牢屋が並ぶ廊下の入り口まで来ると、


「お勤めご苦労様です。囚人の方々に異常はありませんか?」


 私は収容所の警備兵に軽くお辞儀し、問題がないか尋ねる。

 鎧姿の警備兵もビシッと背筋を伸ばし、


「ハッ! なにも異常ありません! 警備体制を強化しておりますので、皆大人しくしております!」


「そうですか……でも、囚人の方々への過度な監視はいけませんよ。体罰など以ての外です。わかっていますね」


「勿論であります! ……それで、その、本日は拘留中の【勇者】様へ面会に……?」


 やや不安気な様子で、警備兵は私に聞いてくる。


「ええ、彼に会いに来ました。所長の許可も貰っています。中に入れて頂けます?」


「そ、それは伺っているのですが……護衛もなしで、防具も一切着込まないのは……」


 ――ああ、そうか。

 彼は私たちの身を案じてくれているのだ。

 確かに娘っ子2人が護衛も付けず、武器防具をなにも身に着けないで罪人の巣窟に足を踏み入れるとあっては、不安になるのも当然か。


「ふふ、大丈夫ですよ。私も【神器使い】なのですから、ご心配には及びません。あなたは良い人なのですね」


「は、はあ……」


 クスッと微笑んで見せると、彼は頬が少しだけ赤らめる。可愛い人だ。

 彼はため息にも似た吐息を漏らすと、


「そこまで言われるのでしたら……どうぞ、お入り下さい。【勇者】様の監獄は、通路の一番奥に位置しております」


 警備兵はこちらの意を組み、中の通路へ入るための鉄格子を開けてくれる。

 鉄格子はとても重厚な作りで、一般人ではとても壊すことなどできないほど頑丈な作りだ。


「ありがとう。あなたに神々の祝福があらんことを」


 私は彼の前で両手の指を組み、祈りを捧げる。

 そして短い祈りを終えると、鉄格子の奥へと入っていった。

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