第2話 暗殺者、神に選ばれる①

 俺は石畳の階段を上り、地上へ出る。


 暗殺者ギルドの本部はとある街の地下にあり、周囲を閑静で寂れた住宅街に囲まれている。

 ギルドへの入り口は、そこに本部があると知っていなければまず気付かない。

 配置から陽の照らし加減、周囲の建物の居住者数や住民たちの特徴まで考慮して、そこには〝なにもない〟と無意識に思い込ませる巧妙な細工カモフラージュがなされている。

 どれほど優れた観察眼アウェアネスを持つ人物でも、おそらく発見は不可能に近いだろう。


 暗殺者ギルドがここに拠点を築いたのは今代のギルドマスターになってからだが、この配置はよく考えられたモノだと感心してしまう。

 こういう点は、やはり優れた人物だと言えるのだろう。


 ――外は街灯が僅かに道を照らすだけで、静寂と暗闇に包まれている。

 季節はすっかり冬になっており、吐いた息が白く色づくほど気温が低い。さらにポツリポツリと白い塊が空から落ちてくる。


「雪、だ……」


 この街に雪が降るなんて珍しい。

 この感じだと、明日の朝には石畳の上に雪が積もっているかもしれない。


「……明日、か」


 ――宣告された、残された時間。俺の余命。

 明日の日没に、俺は死ぬ。


 一瞬だけ、暗殺者ギルドから逃げるという選択肢も考えた。

 この街から逃げて、どこか遠い所で身をひそめる。


 ――否、不可能だ。絶対に逃げられない。

 自慢でもないが、俺は逃げ足と隠れ身に関しては暗殺者ギルドでも随一だと思っている。

 限界まで目標ターゲットに接近するヒット&ランという暗殺方法は、如何に素早く撤収・陰伏するかも重要だからだ。

 目標ターゲットを殺したが捕縛された、ではお話にならない。

 だから、兵士や一般人などの素人相手なら捕まりっこないが――暗殺者ギルドの暗殺者アサシンとなれば話は別である。


 彼らは追跡トラッキングのプロだ。

 10人いれば、その10人全員が達人。

 逃げる鼠を追い詰めることに関して、同業者を抜いて右に出る者はいない。

 事実、俺がそうであるように。


 それに、ギルドマスターは俺の実力を完全に把握している。おそらくギルド内でも名うての暗殺者アサシンを送り込んでくるだろう。

 数は少なくて5人、多くて10人ほどか。

 1人2人なら逃げ切れるかもしれないが、上級クラスの暗殺者アサシン5人以上を相手に逃げ切るのは、いくら俺でも不可能だ。


 ……いや、そもそも逃げてどうするのか。

 行く当てなどない。堅気の世界に知り合いなどいない。

 物心つく前からこの世界に身を浸して、普通の暮らしなど知らない。

 普通の暮らしなど、馴染めるはずがない。


 所詮〝人殺し〟でしかない俺が普通に生きる・・・・・・など、土台無理なのだ。


「日没まで自由・・なんて言われてもな……。今まで、自由なんてなかったのに」


 ギルドマスターのせめてもの情けなのか知らないが、そんな時間を貰っても困る。

 これまでギルドの奴隷として生きてきて、自由な時間なんて欠片もなかった。

 命令されて、殺して、飯を食って、寝る。それしか知らない。

 ほんの少しの金も貰っていたが、使い道なんて暗殺の道具を買い揃えることくらい。

 他に買った物なんて、衣服くらいしか覚えがない。


 ……結局、俺は暗殺者アサシンという呪縛から逃れられないのだ。

 あれほど人殺しに嫌気がさしてウンザリしても、そこから頭が離れない。

 どこまでいっても、俺は薄汚い人殺しに過ぎないってことだろう。


 俺は人を殺し過ぎた。血に染まり過ぎた。

 昔は、先代に師事していた子供ガキの頃は、人を殺すことをなんとも思わなかった。

 人を殺すことが日常であって、そこに疑問を抱いたこともなかった。

 むしろ先代の教えの下で、如何に効率よく仕事をこなせるかという殺人技術を研鑽したりもしていた。


 でも、いつからだろう。先代が死んだ頃からか?

 それとももっと前からだろうか?

 俺は――血を見るのが嫌になった。


 ……俺は人を殺し過ぎた。人に恨まれ過ぎた。

 自らの行いは全て自らに返ってくる、なんてどこかで聞いた言葉だが、暗殺者アサシンである俺が暗殺者アサシン目標ターゲットになるなんて、皮肉だな。


 そんな俺が、自分で最期を選ぶなんて贅沢なのかもしれないが……ギルドマスターはこの結末がわかっていたに違いない。

 もしかしたら、先代ですらも。

 これは運命・・なのだ。


 ――もはや、今生に未練なし。


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