第1章 暗殺者崩れの勇者
第1話 暗殺者ラクーン
――聖歴1547年/第1の月・
―――時刻・夜
――――暗殺者ギルド本部・ギルドマスターの部屋
――――――
「……ラクーン、
俺が部屋に着くなり、ギルドマスターは開口一番に言った。
ギルドマスターは
この
おかげで、俺は今目の前にいる人物の顔を知らない。いや、俺以外の
薄暗い部屋の中、ギルドマスターは
「今回の仕事は、しくじってはならなかった。『フォルミナ聖教会』で次期教皇候補の1人と目される、ジョージ・スコトゥス枢機卿の暗殺。これの失敗に
今回は特別に機密性の高い仕事だったから、実行者である俺に
まあ、どうせ対立する教皇候補の誰かだろうが。
しかし、神に使える者が高い金を払って同業者の暗殺を依頼するとは、反吐が出るな。
「……だが致命傷は与えた。放っておいても、そのうちくたばる」
「それでは
「……」
「もし成功確率が低いなら、
「〝親族や知人を人質にとって誘き出す〟か? ……そんなやり方は知らない。そんなのは、先代に教わってない」
――俺は、先代のギルドマスターから直接指南を受けていた。
先代はなにより〝感触〟を重んじる
同様に、
そんなのは身代金目的のゴロツキのやることだと。
俺が教えられた暗殺方法は2つ。
ヒット&ランと
己の身体と地形と状況を武器とし、獲物を追い込んで、捕まえて、仕留める。
そのために必要なのは鍛えられた肉体と優れた体術。
そして情報と知識と判断能力。
先代は優れた
俺はそんな先代の技術を全て叩き込まれ、数多くの暗殺を達成してきた。今まで失敗したことは、一度もない。
それでも――――今回は、失敗した。
「……先代か。確かにあのお方は偉大な
ギッ、と音を立てて、ギルドマスターが椅子から立ち上がる。
……有り体に言って、俺はこのギルドマスターと相性が悪い。
俺は先代の頃から暗殺者ギルドにおり、直接師事していたこともあって比較的重用されていた方だが、現ギルドマスターは先代と反りが合わなかった。
考え方、というか暗殺稼業に対する方針が違ったのである。
先代は、とある要人暗殺でしくじって死んだ。もう三年も前のことだ。
孤児だった俺を拾い、
そしてギルドマスターが入れ替わってからというもの、暗殺者ギルドは大きく変わった。
貴族・為政者・聖職者など特定の要人と積極的に関わりを持ち、金さえ積まれれば誰でも殺す。
金で誰かを暗殺するという点は先代も同じだが、少なくとも先代の頃は
……ハッキリ言って、俺はそんな今の暗殺者ギルドに嫌悪感を抱いている。
故に先代が死んでからの俺は組織から完全に孤立しており、ひとりぼっちだった。
「不要な
「……」
「ラクーン、お前は自分が組織でなんと呼ばれているか知っているか? 誰もがお前を〝狂犬〟と呼んでいる。自らの手を汚してばかりで手のつけられない、血に飢えた
彼はそう言って、少しの沈黙の後――
「……ギルドマスターとして言い渡す。ラクーンよ、此度の失敗の責任は重い。よって、ギルドはお前を
――
だが、これはそのままの意味じゃない。
暗殺者ギルドは不必要な人間を追い出して済ませるほど、温い組織ではない。
追放など、所詮は形だけだ。
ギルドマスターの口から出る追放という言葉は、言い換えれば処分。
つまり〝処刑〟を意味する。
暗殺者ギルドは表立って仲間殺しはしない。
だが同時に、暗殺者ギルドの内部の秘密を知った者を生かしてもおけない。
だから不穏分子の排除のために追放という名目で油断させられ、野に出た後からギルドの刺客に殺される。
そうやって証拠隠滅のために組織から切り捨てられ、陰で命を落としていった者を何人か見てきた。
そして……俺自身が手を下したことも、何度かある。
ギルドマスターの言葉を受けた俺は、
「ああ。失敗した者は裁きを受ける、それが暗殺者ギルドの掟だからな」
即答する。
仕事に失敗した時点で、こうなるのはわかっていた。
別に、この命にも人生にも未練などない。
どうせ終わってくれるなら、早い方がいい。
俺は、次のギルドマスターの言葉を待つ。
他の
そんな風に思っていたのだが――
「…………そうか。お前に迂遠な言い回しは不要だったな。だが――お前がこれまでギルドへ献上した功績は無視できない。故に恩赦として
「さあ、俺は孤児だから生まれた日なんてわからない。誕生日は先代が勝手に決めただけだ。歳なんてどうでもいい」
「そう言うな。せめてもの手向けとして、明日の日没まで時間をくれてやる。それまでは、追手は向かわせん。……明日の日没まで、お前は自由だ。余生を過ごすなり、死に物狂いで逃げるなり好きにしろ。日が落ち次第、ギルドの
ギルドマスターのそれだけ言うと、俺に背中を向ける。
ここで俺が逆上して襲い掛かるという可能性を想定していないのか、その背中は隙だらけでがら空き。
いや、あるいは俺に襲い掛かられても問題なく制することのできるという自信の表れなのか。
いずれにせよ、そんなことをする気はサラサラないのだが。
俺は無言のまま立ち去ろうとするが、
「ラクーン、最後に1ついいかね?」
「なんだ」
ギルドマスターの背中が、俺を呼び止めた。
「……もう一度聞くが、どうして
「…………手が滑ったんだよ」
そう言い残して、俺は部屋を後にした。
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