第3話 暗殺者、神に選ばれる②

 俺は石畳の道の上を歩き始める。

 遅い時刻であるためか道に人通りは全くなく、清々しいほどに静まり返っている。


 しんしんと降る雪の中を、俺は1人で歩く。

 そうしてしばらく歩くと、小さな橋の上に辿り着いた。

 俺は橋の下を覗き込む。

 下には川が流れており、暗くともはっきりと水が流れているのが見て取れる。


「……」


 俺は橋の上で後ろ腰に手を回すと――衣服の下に隠していたナイフ・・・を抜き取る。

 どこにでもある、銀色の刀身を持つナイフ。

 刃を見ると自らの顔が写り込む。


 呼び名の由来にもなった灰色の髪と、生気のない紅い瞳。

 歳は明日で17。

 世間的にはまだ子供らしいが、顔つきは立派な殺し屋だ。


 終わらせよう――終わらせよう――


 こんなくだらない人生は、もうおしまいだ。

 もう人殺しとはおさらばだ。


 もう、人殺しなんて嫌なんだ。

 もう――――ひとりぼっちは嫌なんだ。


 俺は、自らの喉元にナイフの切っ先をあてがう。

 同時に下の川へ入水する準備を整えて、ナイフを持つ手に力を込める。


 そして――自らの喉を穿とうとした――


 そう、その刹那であった。


「――――ッ! 誰だ!?」


 何者かの気配・・を感じた。

 同じ橋の上に、誰かの存在を感じた。

 俺は気配を感じた方向へ振り向く。すると――



『…………』



 そこには――1人の少女が立っていた。

 俺の灰色の髪とは比較にならないほど白く透き通った長髪に、粉雪すらくすんで見える白い肌。

 少女は季節感のない薄手のワンピースのような服を着ており、オマケに裸足という状態にも関わらず、寒がっている様子は全くない。


 なにより異様なのは――彼女の肌に描かれた、紋様のような黒い模様。

 それは両手足から顔に至るまで全身に描かれており、不可思議な雰囲気を醸し出している。

 そんな少女の両目は固く閉じられているのだが、俺のことを知覚できているのか、しっかりと顔がこちらに向いている。


 ――雪が降りしきる中、俺は言葉を失っていた。


 この少女は、いつの間に現れた?

 俺は暗殺者アサシンという職業柄、人の気配には人一倍敏感だ。

 それなのに、この少女の接近を認知できなかった。

 足音ひとつしなかったのだ。

 いくら裸足とはいえ、これだけ静かな状況なら必ず音に気付く。

 出で立ちを見る限り、暗殺者ギルドや他の組織が差し向けた刺客、という感じでもない。


 あまりにも奇怪な光景でもあったが――何故だろうか、俺の脳内にはある言葉が浮かび上がっていた。


 白髪の少女を見て、こう思うのだ。

 とても――――〝神々しい〟と。




『……ごめんなさい、あなたは選ばれた・・・・




 少女は初めて口を開いた。

 たったそれだけの短い言葉。

 しかしその声は聴いたこともないほど美しく、ハッキリと耳に残った。


 ――〝ごめんなさい〟?

 ――〝選ばれた〟? 

 一体どういう意味なんだ……?




『……戦って。あなたは世界を救う者となる』




 再び少女が言葉を発する。

 戦う? 一体、なにと?


 俺は少女に問いただそうとするが――直後、彼女はまるで霞が散るように消えてしまった。

 確かに、そこに立っていたはずなのに。


「お、おい! 待て! どういう――っ!」


 俺は、今自分が見た物が信じられなかった。

 幻覚か幻影か、はたまた幽霊でも見たというのか。

 思考がまるで追い付かず、困惑していると――


「……? これは……!?」


 俺が手にしていたナイフ・・・が、急に光り始める。

 刃から柄まで全体が金色の光に包まれ、その輝きはどんどん増していく。



 そして――――この瞬間、俺の運命・・は変わった。


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