第350話 反省します!

「フンフフーン、お掃除お掃除いたします〜。可愛いメイドさんが小汚い部屋を〜、綺麗に綺麗にいたします〜。ご主人様はどこでしょな〜。太平洋をどんぶらこ〜。お帰りいつでしょ、フンフフーン」


 赤い和風メイド服の金髪巨乳メイドロボは小汚い部屋を掃除していた。腰の大きなリボンがリズムに合わせて上下に揺れる。しばらくぶりの我が家の掃除に自然と気合も入った。床にたまった埃、壁の汚れ、シンクのカビ。すべて磨き上げなくてはならない。メイドの務めだ。


「プチ達もお疲れ様でした」


 メル子は床に置かれたミニチュアハウスを覗き込んだ。その中では白ティー丸メガネ黒髪おさげのプチ黒と、赤い和風メイド服のプチメル子が暮らしていた。プチ黒は床に寝そべり、プチメル子は掃除機でプチ黒をガンガンつつく。いつもの光景だ。

 ふと窓の外で音がした。そちらに視線を向けると、小さなロボット猫が爪でガラスを引っ掻いていた。メル子が窓を開けると、手のひらサイズのロボット猫は勢いよく部屋に入り込んできた。


「プッチャもお帰りですか」


 グレーのロボット猫はプチチャーリー、略してプッチャだ。素早い動きでプチ小汚い部屋に入ると、床で寝そべるプチ黒の上に乗って昼寝を始めた。プッチャはプチ黒達とさほど変わらない大きさなので、下敷きになったプチ黒は真っ青な顔で悶えた。


「みんな元気そうでなによりです。ルベールさんに感謝しなくてはいけませんね」


 メル子達が肉球島に夏休みにいっている間、プチ達はルベールに預けられていたのだ。

 メル子はプチ小汚い部屋の押し入れを開けた。中には大量の衣装が詰め込まれていた。すべてルベール手作りのプチ用着せ替え衣装だ。きっと預けられている間、ずっと着せ替え人形として扱われていたのであろう。それを見たプチ達はプルプルと震え出した。


「ただいまー……」


 小汚い部屋の扉が開き、白ティー丸メガネ黒髪おさげの女性が入り込んできた。


「ご主人様、お帰りなさいませ。思ったよりもお早いお着きで」


 メル子はメイドらしく姿勢を正して頭を下げた。黒乃はメイドロボの前までふらつきながら歩くと、どうと床に倒れ込んだ。白ティーは汚れ放題、おさげは乱れ放題。それもそのはず、黒乃はついさっきまで太平洋を漂流していたのだった。


「やっと帰ってきた我が家……ううう、メル子」

「はいはい、なんでしょうか?」


 メル子は床に倒れるご主人様の前に跪き、正座をした。


「どうしてご主人様を助けてくれなかったの〜?」


 メル子はさっと視線を逸らした。


「どうしてご主人様を太平洋に置き去りにしたの〜?」


 メル子の額から汗が流れ落ちた。黒乃は床でプルプルと震えている。


「ご主人様」

「なに〜?」

「自業自得です」


 金髪のメイドロボはしれっと言い放った。黒乃は肉球島で仲間を裏切り、美食ロボ側についたのだ。それ故、最後は皆に見捨てられて太平洋上に放置される結果となった。


「裏切ったのはメル子も同じでしょ〜? どうしてメル子はしれっと帰ってきてるのよ〜?」

「可愛いからですね」

「え?」

「私が世界一可愛いメイドロボだからです。可愛ければなんでも許されるのです」

「ご主人様は可愛くないの!!!!?」

「うるさっ」


 メル子は黒乃の姿を見た。薄汚れたその姿を。涙と鼻水と涎にまみれたその姿を。


「雨の日の捨て猫的な可愛さはありますね」

「ふにゃー!」


 黒乃はメル子に襲いかかった。腕を掴むと、その白い肌に齧りついた。


「ぎゃあ! 痛いです! 噛みつかないでください!」

「ぶにゃー!」


 くんずほぐれつ、床を転げ回る二人をプチ達は呆れた様子で見ていた。


「黒乃山ー!」

「黒乃山いますか!?」


 部屋のドアがぶち開けられた。

 凄まじいオーラを迸らせながら扉をくぐり抜けてきたのは、褐色肌の美女と褐色肌のメイドロボであった。


「マヒナ!? ノエ子!?」


 部屋に上がり込んできたマヒナは床でじゃれあっている二人の襟首を掴むと、無造作に床に転がした。彼女の褐色肌を包むスポブラとスパッツはしっとりと濡れ、蒸気を放っていた。


「なになに、もう」

「お二人ともどうしました!?」

「そこに正座をしろ!」


 あまりの剣幕に怯えた二人は、大人しく床に座った。その前にマヒナとノエノエも腰を下ろした。


「どうしたのさ。なにをそんなに怒っているのさ」

「どうしたじゃないだろ!」

「黒乃山、自分達がなにをしたのかわかっているのですか?」


 ノエノエも真剣な眼差しで二人を見据えた。

 黒乃とメル子は顔を見合わせた。


「肉球島の話?」

「当たり前だろ」

「我々はバカンスを楽しんだだけですが」

「子供達を犠牲にしてな!」


 黒乃とメル子の顔が青く染まった。黒乃達のクルーザーが接触し木っ端微塵になった時、大人組と子供組に分かれて遭難してしまったのだ。


「いや、だからさ。子供達を助けるのはマヒナに任せるって言ったじゃんよ」

「自分の妹と娘だろ! お前が助けないでどうするんだ! 挙げ句の果てには助けるどころか、子供達と戦うことになったじゃないか!」

「だってバカンスを邪魔されたくなかったんだもん」

「だもんじゃない。お前らには主役としての誇りはないのか!?」


 メル子の目が光った。口角を上げ不敵な笑みを二人に返した。


「お言葉ですが、マヒナさん。そのおかげで盛り上がったではないですか」

「メル子、なんの話をしている」

「いつも私とご主人様でお話を解決していては、マンネリになるということですよ! 普段とは違う趣向の話があってもよろしいのではないでしょうか!」


 ドヤ顔を決めるメル子を見てマヒナとノエノエは唖然とした。


「一理ある」黒乃が口を挟んだ。

「たまには子供達にも花を持たせてやりたいという親心だよ」


 呆れた様子でノエノエが口を開いた。「黒乃山、やり方というものがあるでしょう。どこの世界に子供達を裏切って花を持たせる主役がいますか?」


 黒乃はさっと視線を逸らした。

 マヒナは姿勢を低くして黒乃の顔を覗き込んだ。


「黒乃山」

「……」

「こっちを向け、黒乃山」


 黒乃は渋々マヒナの目を見た。養豚場のブータンを見るような目つきに震え上がった。


「主役を下ろしてもいいんだぞ」

「え!?」

「え!?」


 ご主人様とメイドロボはプルプルと震え出した。


「お前達、肉球島で言ったよな? 主役を下りてやると」

「え? いや、だってあれは、その。勢いというか、言葉のあやというか……」

「あれは本気ではないですよ! なにを言っていますか! あれは例えですよ! 本気にしてしまいましたか!? アハハハハ!」


 マヒナとノエノエは揺るがぬ視線を二人に注いだ。その視線に耐えきれなくなった二人は急に床に転がった。


「こら、起きろ二人とも」

「お話の途中ですよ」

「じゃあさ、じゃあさ。私とメル子が主役を下りたとしてだよ? じゃあ誰が我々の代わりをやるんですかって話だよ!」

「私以外にこの作品を盛り立てていけるロボがいますかという話ですよ!」

「逆ギレか」


 ノエノエはナース服をベースにしたメイド服から板を取り出し、前に掲げた。そのフリップにはこう書かれていた。


『案その一。マリーとアンテロッテが主役を務める』


 それを見た黒乃達はケタケタと笑った。


「お嬢様に主役は無理でしょwww」

「冗談にもほどがありますよwww」

「なぜそう思う?」

「え? いやだってマリーなんてちびっ子じゃんよ。あんなぺったんじゃユーザーのニーズを満たせないでしょ」

「アン子さんなんて金髪巨乳とかいうベタベタなキャラではないですか。今時流行りませんよ!」


 マヒナとノエノエは真正面から二人を見つめた。その視線の意味を悟り、二人は大量の汗を流した。


 ノエノエは次のフリップを掲げた。


『案その二。マヒナとノエノエを主役にして格闘路線に変更』


「いや、自分達じゃんよ!」

「ずるいですよ!」

「最近、褐色お姉さんが流行っているのを知らないのですか?」

 

『案その三。チャーリーを主役にしたハートフルコメディ』


「いや〜、無理でしょ。あいつ、結構クソ猫だからな」

「ハートフルになりますか?」

「猫は一定層に需要があります。問題ないでしょう」


『案その四。鏡乃みらの朱華しゅかの王道百合物語』


「鏡乃が主役!? 無理でしょ!」

「鏡乃は黒ノ木姉妹の中では一番可愛らしいからいけるだろ。中学生の百合というのもポイントが高い」

「舞台が浅草から尼崎になってしまいますよ!?」

「浅草へ引っ越しさせよう」


『案その五。サージャ様がオタクに優しくする話』


「最近流行りの、オタクに優しいギャルだ」

「サージャ様はめちゃ怖いでしょ!」

「あの方、他人に優しくできますか!?」

「お前ら、バチが当たるぞ」



 すべての案を聞き終えた二人は憔悴していた。床に猫のように這いつくばり、唸っている。


「さあ二人とも、どの案でいくか決めろ」

「どれも無理だって〜」

「うまくいくわけがありません!」


 マヒナはため息をついた。ノエノエが勝手に高級ティーセットを使い紅茶を淹れた。黒乃とメル子は貪るようにそれをがぶ飲みした。


「では、逆に聞くが。お前らが主役じゃないといけない理由はどこだ?」

「自分達のどこに読者に対する訴求力があるのか、整理してみてください」


 二人はその言葉を聞き、目玉をぐるぐると回転させた。


「ハイハイハイ!」

「メル子、述べろ」

「世界一可愛いメイドロボという点ですよ! 他に代わりがいますか!?」

「アンテロッテだって同じくらい可愛いだろ」

「でもおっぱいは小さいですよね!?」

アイカップとHカップの差しかないな」


「ハイハイハイ!」

「黒乃山、述べろ」

「背が高い! 最近デカ女が流行ってるし!」

「マッチョメイドの二メートル超えには敵わないな」


 二人は後ろにひっくり返ってプルプルと震えた。その後も乾いた雑巾を絞るようにセールスポイントを捻り出していったが、とうとうそれも枯渇してしまった。


「ううう……」

「あうう……」


 黒乃とメル子は抱き合って泣いた。


「あうあうあう、私とメル子の物語が……」

「ご主人様と私のメモリーが……」


 二人は絶望していた。己の存在意義を探し、暗闇を彷徨う幼子のように頼りなく手を伸ばした。自分とはいったいなんなのであろうか? その答えは虚空へ消え去り、やがて自らも霧となって散ろうとしていた。主役とは? 主役に必要なものとは? 二人には手の届かぬ答えなのだろうか?


 マヒナは紅茶のカップを傾け、朱色の液体を飲み干した。


「黒乃山、メル子。絞って絞って、全部出し尽くして、最後に残ったものはなんだ」


 その言葉に二人は一瞬動きを止めた。最後に残ったもの、それは……。


「メル子への愛……」

「ご主人様への愛です……」


 マヒナとノエノエはニヤリと笑った。


「そうだ。その世界の中で最も強い力、それを持っている者が主役なんだ。それを失わなければお前らは主役なんだ」


 改めて黒乃とメル子はお互いを抱きしめあった。二人の接触部からお互いの愛が往復しているのが伝わった。


「ううう……これだけは〜、これだけは捨てられない〜」

「ご主人様ー!」


 泣きじゃくる二人を見届けると、マヒナとノエノエは立ち上がり部屋を後にしようとした。


「フッ。これからも頼むぞ、黒乃山」

「メル子、よろしくお願いしますよ」


 メル子は立ち上がり、涙まみれの顔をマヒナの胸に埋めた。

 黒乃も立ち上がり、鼻水まみれの顔をノエノエのお乳に埋めた。


 どうやら黒乃とメル子が主役の物語は終わりの時ではないようだ。

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