第349話 夏休みです! その十
掌島の海岸にそびえ立つ全長六十メートルの超大型ロボ『美食の巨人』。和服を着た初老の巨大ロボは砂浜へと足を踏み出した。巨大な下駄が踏み下ろされると、地響きとなって周囲に波紋を浮かび上がらせた。
掌山の麓でそれを迎え撃つのは赤い宇宙服を纏ったネコ型巨大ロボ、ほとんどギガントニャンボット、略して『ホトニャン』だ。全長十八メートルのその姿は、美食の巨人の前では道端の泥団子のように見えた。
「みんな〜、いくよー!」
黒ノ木家次女黄乃が皆に発破をかけた。
「やりますわよー!」
「マリーちゃん! 任せてください!」
「やっつける〜」
「クロちゃんを倒してやるー!」
「ぐほほ、美食の巨人壊すべし」
「ニャー」
ホトニャンは尻尾を振り回して前進した。森の中を突っ切る。美食の巨人も陸に上がったようだ。近づくにつれ、その大きさの差が如実になっていく。赤い尻尾はうなだれ、背中は丸まった。
「うわーん! 大きいよ!」思わず鏡乃は叫んだ。
『ガハハハハハ!』
突然コクピットに外部からの通信が入った。どうやら美食の巨人からの通信のようだ。
「クロちゃん!? クロちゃんなの!?」
『ガハハハハハ! そうだよ鏡乃』
『アハハハハハ! 私もいますよ!』
黒乃とメル子が話しかけてきているようだ。
「黒ネエ!」黄乃は長姉に向けて呼びかけた。
『なんだい、黄乃』
「どうして裏切ったの!? 黒ネエはロボキャットの味方じゃなかったの!?」
美食の巨人は今や完全に陸に上がり、ホテルの前に佇んでいる。巨大なホテルではあるが、美食の巨人の腰の高さしかない。
『我々は我々の味方だよ、黄乃。いいかい、我々は肉球島に夏休みにきたんだよ。決して生きるか死ぬかのサバイバルをしにきたわけじゃないんだ。お金がないから仕方なくのんびり寛げる無人島にきただけなんだ』
『皆さん、そこへ突然高級リゾートが現れたのですよ? 浜辺でキャンプまがいのことをする意味があるでしょうか? 高級リゾートで寛げばいいではないですか? 違いますか?』
黒乃とメル子はいかにホテル暮らしが素晴らしいかをまくし立てた。ふかふかのベッド、空調が効いたリビング、最高級食材のディナー、見晴らしのいいジャグジー。あらゆることが非日常だったと語った。
『さあ、今からでも遅くない。クロちゃんの軍門に下りたまえ』
『一緒にリゾートを楽しみましょう!』
ホトニャンは下を向いてプルプルと震えていた。それを遥か上空から見下ろす美食の巨人。
「できないよ……」鏡乃は震える声で呟いた。
『なに?』
「肉球島はロボキャットのものだもん! ロボキャット達に島を返してあげてよ!」
「オーホホホホ! サバイバルも結構楽しかったですわよー!」マリーは子供同士の交流を楽しんでいたようだ。
「私もみんなの役に立てて嬉しかったです!」小梅は思う存分空手で鍛えた力を振えてご満悦のようだ。
「グホホ、熱中症はつらかったけどね」超インドア派の紫乃は、なにか一皮剥けたような表情を見せた。
「みんなで〜、たのしかった〜」紅子は幼いながらも、みんなのために戦ったのだ。
「この島でのサバイバル、つらかったけど本当に楽しかったです。私達はこの島の美しさを知りました。ロボキャットの逞しさを知りました。これが私達の夏休みです!」黄乃は姉に言い放った。
『ほほう、いいだろう。そこまで言うのなら受けて立とう。しかし、この姉に勝てるのかな? ゲームでは一度も勝ったことがないお前らが!』
「ニャー」
チャーリーの一声で戦いは始まった。
美食の巨人はさらに歩を進めた。目の前のホテルを蹴り飛ばした。木っ端微塵に砕け散ったホテルの瓦礫がネコ型巨大ロボに降り注ぐ。
ホトニャンは瓦礫を避けながら走った。美食の巨人はその図体のデカさ故、動きが鈍い。そこに勝機を見出した。
「みんな! 足を集中的に狙うよ!」
「「おー!」」
黄乃の指示の元、ホトニャンは姿勢を低くして森の中に潜んだ。そのまま大きく右側から回り込んだ。
『むう、チビ猫め。どこにいった? 背が高過ぎて足元がよく見えん』
『ご主人様! 後ろです!』
ホトニャンはいつの間にか美食の巨人の左足の踵に迫っていた。大きく飛び上がり、勢いをつけてアキレス腱を爪で引っ掻いた。
「「ホトニャンクロー!」」
『いたたた』
急所を狙われ、大きく体勢を崩した巨人。膝を折り、左手を地につけた。
「やりました! 今です!」
黄乃は勝機と見て、再び距離を詰めた。
「黄乃さん! これは陽動ですのー!」
「え!?」
バランスを崩したと思われた美食の巨人の左手が大きく振るわれた。巨大な振り子のような手がホトニャンに迫った。ホトニャンは手近な木に爪を引っ掛け、かろうじて方向を変えた。間一髪、目の前を巨人の左手が通り過ぎていった。
『グハハハハハ! 少しはやるようだな』
『もう容赦はしませんよ!』
黒乃とメル子の巧みな連携で、神の雷のような張り手を上空から降らした。ホトニャンはそれをギリギリのところで回避する。
「おえっぷ。手の操縦席はきつい」紫乃は必死に操縦桿を握った。
「どうしますのー!? このままではいずれ潰されてしまいますわよー!」
「ミサイル、うつ〜」
胸部の操縦席の紅子が手元の赤いスイッチを押した。宇宙服のバックパックの上部が開き、無数の弾頭が顔を見せた。
「
黄乃の合図によりミサイルが時間差で次々と発射された。噴出煙が美食の巨人を絡めとる縄のようにまとわりつき、一箇所目掛けて飛翔した。
『ぎょばばばばばばば!』
『ご主人様ー!』
ミサイルは全弾巨人の股間に命中した。その巨体故、ミサイルを避けられる速度はない。
『運動性能が低すぎる!』
『美食ロボベースなので仕方がないです!』
「思ったとおり! 黒ネエは股間の操縦席にいるみたい!」
『こらー! 姉に向けてミサイル撃つ妹がおるかー!』
「撃ったのは紅子ちゃんです!」
『こらー! 母に向けてミサイル撃つ娘がおるかー!』
美食の巨人は股間を抑えてうずくまってしまった。この機を逃さず、ホトニャンは巨人の体にしがみつきよじ登った。そして腰までくると股間目掛けてひたすら拳を叩き込んだ。
『股間を攻撃する巨大ロボバトルはやめてって言ってるでしょ!』
「股間はおっさんの弱点だから仕方がないです!」小梅は護身の心得を語った。
『女だって弱点でしょ!』
このままあわや撃
『ご主人様! 今お助けします!』
美食の巨人の巨大な右拳を、股間のホトニャン目掛けて勢いよく振り下ろした。鉄塊がネコ型巨大ロボに炸裂する寸前に、ホトニャンは股間から飛び降り地面に転がった。勢い余った拳は見事自身の股間にめり込んだ。
『びゃあああばばばばばばば!』
『ご主人様ー!』
巨人は悶絶し、仰向けにひっくり返った。巨体がホテルに倒れ込み、その建物を跡形もなく消し去った。砂埃が舞い、視界を覆い隠した。
「やったー!」鏡乃は勝利の雄叫びをあげた。
『ぐわー! 負けた!』
『負けました!』
しかしその時、別に聞きたくもない声が通信に入り込んできた。
『フハハハハハ!
今まで巨人の頭部のコクピットで事態を静観していた美食ロボが動き出したのだ。
『大事なこと!?』
『大事なことってなんですか!?』
『だからお前はダメだというのだ。わからぬのか!?』
『また始まったよ、この謎問答!』
『意味がわかりません!』
美食の巨人の腕がゆっくりと動き、なにかを指差した。その先には……。
『掌山の火口!?』
『火口のロボキャット工場がどうしたのですか!?』
『フハハハ! フハハハハハ!』
『ワロてるけど』
その時、仰向けに倒れた巨人の股間が盛り上がった。それはぐんぐんと大きくなりロケットの形状になった。
『なになに!? なにこれ!?』
美食の巨人最終兵器、股間弾道ミサイルが黒乃のコクピットごと発射されようとしていた。
『おぎゃあああ! どうなってるのこれ!』
『ご主人様ー!』
股間弾道ミサイルは噴煙をあげて天に向かって飛び立った。みるみるうちにその姿は小さくなり、そのまま大気圏外まで上昇すると反転、地上目掛けて落下を始めた。
「まずいです! 狙いは火口のロボキャット工場です! ロボキャット達ごと工場を破壊するつもりです!」
黄乃はコクピットのモニタに映し出された股間弾道ミサイルの軌道を見て震えた。
「私達が! 私達がミサイルを止めます!」
ホトニャンは立ち上がった。美食の巨人との戦いですでに満身創痍だ。それでもなんとかしなければならない。ロボキャットを守ると誓ったのだから。震える脚で一歩を踏み出そうとした。
『あとは任せろ!』
突然、通信に謎の声が入り込んできた。
「その声は、マヒナさん!?」
『子供達の役目はここまでです。あとは大人に任せてください』
「ノエノエさん!」
掌山の火口からなにかが飛び立った。ジェット噴射で上空へと昇っていく。それは旧式の巨大ロボであるパチモノニャンボット、略してパチニャンであった。
マヒナ達はこの戦いの混乱に乗じてロボキャット工場へと乗り込んでいたのだ。工場へ侵入し、ルビーとFORT蘭丸のスキルで工場のシステムをハッキング。工場に残されていたパチニャンを起動したのだ。
『すべては我々大人の責任だ。我々が始末をつける。最後くらい格好つけさせてくれ』
『あとは頼みましたよ、子供達』
パチニャンに乗ったマヒナとノエノエの通信はそれで途切れた。もうパチニャンの姿は見えない。皆、固唾を飲んで空を見上げた。そして巨大な爆発が起きた。
「マヒナさーん! ノエノエさーん!」
爆炎は霧散し、あとに残ったのは底抜けの青空だけであった。
こうして戦いは終わった。
股間弾道ミサイルに積まれた黒乃と、パチニャンに乗ったマヒナ、ノエノエは爆発に巻き込まれ、木っ端微塵になった。ロボキャット工場は守られたのだ。
ホテルは砕け散り、再建は難しくなった。肉球島リゾート化計画は阻止された。
ロボキャット達はこれからもこの島で暮らしていけるだろう。工場長の尽力で島に最新設備が持ち込まれ、様々なものが生産できるようになった。肉球島産の製品は密かに世界に流通するはずだ。
ロボキャット達の楽園が真に独立するのにはまだ時間がかかるかもしれない。しかし彼らはやるであろう。彼らは誰よりも強かなサバイバーなのだから。
黄乃達は太平洋にいた。
ホテルの港にかろうじて残されたクルーザーに乗り込み、浅草へと走っているのだ。
黄乃、紫乃、鏡乃、マリー、小梅、紅子、チャーリーの七人は後部のデッキに並んで背後を見つめていた。
もう肉球島の姿は見えない。ただ夕焼けに照らされた海面があるだけだ。
「ハル達、元気でやっていけるかなあ」
鏡乃は不安そうな視線を水平線に向けた。黄乃はその頭を抱き寄せ、黒髪おさげを撫でた。
「大丈夫だよ。ロボキャットは強いもん」
「うん……」
末っ子は姉の平らな胸に頭をあずけ、一粒だけ涙を流した。
「さあ、皆さん! 浅草までかっ飛ばしますよ!」メル子は操縦席で舵を握っている。
「もうぶつけないでくださいましねー!」アンテロッテはそわそわしてそれを見守った。
夏休みは終わった。
明日からまた日常が戻ってくる。それぞれの日常が。サバイバルではない普通の日々だが、皆その中で必死に生きているのだ。
「おーい」
海上から声が聞こえた。
「おーい、助けて〜」
クルーザーの進行方向に丸いカプセルが三つ浮いていた。巨大ロボの操縦席だ。それぞれに白ティー丸メガネと、褐色肌の筋肉質のお姉さんと、褐色肌のメイドロボが乗っていた。
「おーい、爆発する前になんとか緊急脱出できたよ〜、おーい」
クルーザーはカプセルの横を素通りし、浅草を目指して走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます