第345話 夏休みです! その六

 ——掌島てのひらじま


 その海岸に建てられた超豪華リゾートホテルに黒乃とメル子はいた。燦々と照りつける南国の太陽が、黒乃の全裸のケツとメル子の水着からはみ出るお乳を焦がした。


「いや〜、最高だね。やはりバカンスはこうでないと」

「まったくですね。なにが悲しくて無人島でサバイバルなどしないといけないのでしょうか」


 二人はホテル最上階にある最高級スイートルームのバルコニーで夏休みを満喫していた。見渡せば遥か太平洋の大海原。振り返れば肉球島の大自然。島の中央には標高二百メートルの掌山てのひらさんがそびえ立ち、その火口から煙が立ち昇っているのが見えた。噴煙ではなく、火口内に作られたロボキャット工場の煙だ。


黒郎くろろうさん! メル子さん! お待たせいたしました!」


 元気よくバルコニーに現れたのは、割烹着姿の若いロボットだ。坊主頭が若々しい爽やかさを演出しているが、歴とした高級会員制料亭『美食ロボ部』の板前ロボだ。


「おう! ロボ三ろぼぞう! 待ってたよ!」

「なにを食べさせてくれますか!?」


 ロボ三はバルコニーに運び込んだワゴンから、次々に大皿を取り出した。それを見た瞬間、二人の目は宝石のように輝きだした。


「ぎょわわわわ! なんじゃこりゃ!」

「豪勢すぎます!」


 黒乃とメル子の前に現れたのは、活き造りだった。ここは竜宮城かと言わんばかりに光り輝く食材達。伊勢海老、ロブスター、タラバガニ、アワビ、牡蠣、サザエ、鯛、マグロ、サーモン。ないものを探す方が難しいほどの海産の山、いや海だ。


 二人は震える手で食材に手を伸ばした。黒乃は伊勢海老の尻尾を鷲掴みにすると、ポン酢の皿に泳がせるように潜らせ、一気に齧り付く。そのあまりの新鮮さゆえ、エビの身が舌にくっついたまま離れないのではないかという錯覚に襲われた。

 メル子はアワビの貝殻を手に取った。中にはスライスされた刺身が綺麗に並んでおり、肝酢で味付けがされている。そのまま貝殻を傾け、一気に口の中に流し込んだ。濃厚な肝の味わいと、淡白なアワビの食感が歯と舌を通して電子頭脳を刺激した。


 かつて味わったことのない超豪華な逸品に、二人は涙を流して感動した。


「ううう、うまい……」

「ううう、美味しいです……」

「お二人とも! これらは肉球島近海でとれたものばかりです! ここは本当に素晴らしいリゾートになりますよ! さすが先生です!」


 このリゾートホテルの名は『美食アイランドNIKUKYU』。美食、保養、行楽を高レベルで融合した統合型リゾートである。

 美食ロボはこの島の環境に目をつけ、いち早く計画を実行に移したのだ。


 黒乃とメル子はマンゴーラッシーが入ったグラスを掲げ、打ちつけあった。


「メル子に乾杯」

「ご主人様に乾杯です」

「うふふふ、うふふふふ」

「あはは、あははははは」


 二人の笑い声を肉球島の大自然は寛大に受け入れるのであった。





 ——掌島北東の岸壁。


 マヒナ、ノエノエ、黒メル子、アンテロッテ、ルビー、FORT蘭丸、フォトン、桃ノ木の八名は岸壁に隠れ潜んでいた。

 ここはかつて、この島で違法に漁を行っていたもの達が作った隠れ家であった。本来は小屋があったのだが、黒乃達が以前きた時にすべて解体してしまった。

 とはいえ、雨風を凌いで隠れられるだけの充分なスペースがあった。一行はここに枝や葉を持ち込み、シェルターを作成していた。


「マヒナ様、狼煙を確認しました」


 周囲の様子を窺いにいっていた褐色肌のメイドロボがアジトへと戻ってきた。


「ノエノエ、ご苦労」

「子供達は薬島にいるようです」

 

 遭難から丸一日経ち、ようやくはぐれたもの達の所在を確認できた。彼女達が昨晩起こした焚き火による狼煙だ。


「では今すぐ助けにいきますわよー!」


 シャルルペローメイド服に身を包んだ金髪縦ロールのメイドロボは立ち上がると、森へ向けて駆け出そうとした。それを黒いメイド服のメイドロボが慌てて止めた。


「お待ちください、アン子さん! うかつに動くとロボキャットに見つかってしまいます」

「黒メル子さん、離してくださいましー!」


 二人は組み合ってジタバタともがいた。

 一行は昨日、この島の主であるロボキャット達と出くわしたのだ。彼らは肉球島をリゾート地にしようとする美食ロボと敵対しており、その仲間とみなされ捕えられそうになった。

 そこへボートに乗った美食ロボが現れ戦いが勃発。そのどさくさに紛れてこのアジトへ逃げ出してきたというわけだ。


「我々は板挟みになってしまった」


 マヒナは頭を悩ませた。

 人間達をすべて敵だと思っているロボキャット。リゾート化計画を推し進めようとする美食ロボ。どちら側につくこともできない。

 のこのこロボキャット工場にいけば捕えられるだけだし、ホテル側につけばロボキャットとの全面戦争になるだろう。

 ロボキャット工場の開発力は侮れない。なにせ、チャーリーのボディを解析し、巨大ロボを生産するまでに至っていたのだ。


「どうするべきか……」


 マヒナは頭を悩ませた。





 ——薬島。


「ありましたのー!」

マリ助まりすけ、すごい! 見せて!」


 マリーと鏡乃みらの紅子べにこの三人は浜辺で砂を掘っていた。波打ち際をよく観察し、ところどころにできた穴に木の棒を突き立てる。そうしてほじくり返した砂の中から出てきたのは、小学生の掌よりも小さい貝であった。

 鏡乃はそれを受け取るとまじまじと見つめた。上下の貝殻の隙間から微かに泡が出ている。生きている証拠だ。


「みて〜、くれないもとれた〜」

「紅子、すごい! 見せて!」


 鏡乃は紅子が掘り当てた長細い貝をつぶさに観察した。その先端からは小さな口のようなものが飛び出している。

 三人は熱心に貝を集めた。南国の日差しが容赦なく彼女らを襲うが、これは与えられた大事な仕事だ。


「ふぅふぅ、みんなのためにたくさん貝を集めよう!」

「ですのー!」

「お〜」


 三人は改めて気合いを入れ直した。



 黄乃きの紫乃しの小梅こうめの三人は森の中でひたすら蔓をかき集めていた。樹木にへばりついた蔓を引っ張って剥がす。手に持っているのは石を砕いて作った簡易的なナイフだ。切れ味は悪いが、何度も叩きつけた後に力を加えれば蔓くらいは切断できる。

 彼女達が蔓を集めているのは、イカダを作るためだ。浜辺で集めた流木を蔓のロープで縛り上げるのだ。


「ふぅふぅ、こう暑いと体もまともに動かないよ」


 黒ノ木家次女黄乃は汗を拭って腰を伸ばした。流木や蔓を運んで浜辺と森とを何往復もしたので既に疲労困憊である。黒ノ木家サード紫乃の疲労の蓄積具合はそれより酷いようだ。元々超インドアの紫乃は日の光に圧倒されてしまっていた。

 最も元気よく動いているのは中学生の梅ノ木小梅だ。彼女はマッチョマスターの空手道場に通う空手家なのだ。この中では最も力が強く、体力もある。


「うぉっぷ……もうだめ……」

「紫乃さん! 大丈夫ですか!?」


 腕に抱えた蔓の束を地面に撒き散らし、紫乃がゴロリと地面に転がった。慌てて小梅が駆け寄り様子を確認する。元々青い顔がさらに青くなっている。軽い熱中症のようだ。


「待っててください! チャーリーを持ってきます!」


 小梅は森の中へと走った。時折大きな声を出してロボット猫を呼ぶ。


「ニャー」

「そこですね!」


 木の影からか細い声が聞こえる。茂みに足を踏み入れると、丸々と太ったグレーのロボット猫が転がっていた。小梅はそれを抱き上げると上下に揺すった。タポンタポンと水の音が聞こえる。彼は森の中の水溜りを体内に取り込み、浄化していたのだった。

 小梅は巨大なボールのような物体も持って紫乃の元へ走った。チャーリーを無造作に地面に転がすと、その尻尾を紫乃の口の中に差し込む。


「さあ、飲んでください!」

「ううう、ありがとう」


 紫乃は夢中になってチャーリーの尻尾をしゃぶった。新鮮な浄水が体中に染み渡っていくのを感じた。


「小梅さん、どう?」


 黄乃はその様子を心配そうに眺めた。


「熱中症の初期症状です。水をしっかりと飲んで、木陰で休めば回復しますから心配ありません!」

「よかった。詳しいんだね」

「もちろんですよ! 館長にきっちり指導されていますから!」


 空手の訓練に熱中症はつきもの。マッチョマスターにより、入門生は全員応急処置を学んでいるのだ。

 とはいえ、これは起こるべくして起きたことだ。いくらチャーリーが頑張ってくれているとはいえ、この暑さの中で労働をするには水分が足りなさすぎるのだ。


「やっぱり、この小さな島には長いことはいられない。早く掌島に渡らないと」


 水も食料もわずかしか手に入らないこの薬島にいられるのは、明日までが限度だと黄乃は考えた。つまり、今日中にイカダを作り、明日出航しなければならない。



 三人は蔓を抱えて浜辺に戻ってきた。浜辺ではマリー達により、昼食の準備が始まっていた。


「きーちゃん見て! こんなに貝が取れたよ!」


 鏡乃が走り寄ってきた。南国特有の大きな葉を折りたたんで作った器には何種類かの貝が積み重なるように詰まっていた。


「すごい! よくこんなに取れたね!」

「えへへ、みんなで頑張った」


 黄乃は妹の頭をこれでもかと撫でた。妹は身をよじって姉にじゃれついた。

 正直なところ、七人でこれを分け合うと一人五粒程度しかない。しかし貴重なエネルギー源だ。無駄にはできない。


 マリーは考えた挙句、これを蒸し焼きにすることにした。大きな葉で貝を包み、海水をしっかりと吸わせる。その上からさらに葉で包み、砂の中に埋める。そしてその上に焚き木を置き、熱で蒸し焼きにするのだ。これならば調理器具は必要ない。


 火が通るのを待つ間、皆でイカダ作りに取り組む。流木と蔓は充分に揃っている。蔓は海水に浸しながら、石で叩いて繊維を潰す。柔らかくしてから撚り合わせることで強度が圧倒的に増すのだ。

 イカダは幅広に組み上げなくてはならない。七人も乗る船だ。いわゆるボートのような長細い形だと、バランスが崩れて転覆の恐れがある。


「どういう形にしようか……」


 黄乃は大学で専攻するロボット工学の知識をフル動員して考えた。ロボットを動かすにはあらゆる科学知識が必要だ。物理学、化学、電気工学、流体力学。それらはすべて応用できるはずだ。

 結局黄乃が考案したのは、井形のシンプルなものだった。二本の太い流木を平行に据え、その間を細い流木で固定する。

 舵や帆は必要ない。薬島から掌島への海流に乗ればいいだけだ。


 皆一丸となってイカダ作りに勤しんだ。寄り合わせた蔓を使い、流木を念入りに縛り上げていく。ここで手抜きはできない。何重にも蔓を張り巡らせ固定していく。皆手が擦り切れて豆ができた。


「そろそろお料理が完成ですのよー!」


 砂の中に埋めておいた貝が蒸しあがったようだ。マリーが慎重に葉の包みを取り出した。葉の表面に焼け焦げがあるが、中身は無事のようだ。

 包みを開けるとなんとも言えない香りが立ち昇った。


「マリ助、すごい! ちゃんとできてる!」

「ぐほほ、美味しそう〜」

「さすが、マリーちゃんです!」


 マリーは葉で作った小皿に貝を取り分けた。かけた労力の割にはあまりにみすぼらしい戦果であるが、だれもそんなことは気にしなかった。丸一日以上なにも口にしていないのだ。その料理は高級リゾートホテルの最高級舟盛りかのように一行の目に映った。


 開いた貝を指で摘み、口の中へ放り込んだ。その瞬間、強めの塩分を感じた。舌を動かし、貝殻から身を掬うようにして剥がす。そのまま舌の上で数秒転がし、奥歯で噛み締めた。砂抜きが不十分だったせいか、ざりざりとした食感がしたが旨みがそれを上回った。

 一行はお互いの顔を見合わせ笑った。吹き出しそうなほどの美味しさに酔いしれた。

 これで今日も生きていける。そう実感できる味だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る