第344話 夏休みです! その五

 ——掌島てのひらじま


 その浜辺はロボキャットの軍団によって取り囲まれていた。

 生猫に近いしなやかさをもつそのボディは、以前までとは比べ物にならないくらい高度に仕上げられている。マンチカン、アメショー、サイベリアン、品種も様々だ。

 その中でも一際大きいボディをもった黒猫が彼らのリーダー『ハル』だ。


「またお前らか……」


 ハルは低い声で唸った。周囲のロボキャット達も一斉に大小様々な鳴き声を発した。

 黒乃、メル子、黒メル子、アンテロッテ、マヒナ、ノエノエ、FORT蘭丸、ルビー、桃ノ木、フォトンの十名はその不協和音に耳を塞いで耐えた。


「人間どもよ、いったいなにをしにこの島へ戻ってきた?」


 製造ID『HAL4000』、通称ハル。ロボキャット工場の管理を任された彼らのリーダーだ。通常の生産品よりも優れた頭脳をもち、工場の全システムに対する権限を有する。

 元々この肉球島にくきゅうじまはペット用途のロボキャットを生産するために利用されていた。人間の手を介さない完全自立型の工場として世界的にも注目されていたのだ。

 全盛期には毎日膨大な数のロボキャットが生産され、世界各地に出荷されていった。工場が作られた火口からは、噴煙ではなく煙突の煙がひっきりなしに立ち昇った。

 しかしペットロボブームが去ると次第にその生産量は減り、工場の灯りは小さくなり、物資は途絶え、工場は停止した。

 そして誰もこの島へこなくなった。彼らは見捨てられたのだ。人間に捨てられたロボキャット達は、この閉鎖された島で彼らの力だけで生きていかなくてはならなかった。何十年もの間……。


「キミがハルだな? 話は聞いている。アタシは火星の女王マヒナ! 話がしたい!」


 褐色肌の美女マヒナが進み出た。その後ろには同じく褐色肌のメイドロボノエノエが控える。


「アタシ達はこの島へ休暇にやってきただけだ。キミ達に危害を加えるつもりはない。ただ、仲間とはぐれてしまったんだ。子供達だ! 彼女らを助けるために力を貸してほしい!」


 ハルは黒いボディを小刻みに揺らして笑った。尻尾が滑らかに波打った。


「休暇にきただけだと? まったく人間とはなんと愚かなのだ」

「どういうことだ!?」


 ハルは尻尾をゆっくりと動かし、ある方向を指し示した。それは森を超えた遥か向こう、木々の隙間から微かに見える巨大建造物だ。


「お前らの目当てはあのホテルだろう」


 再びロボキャット達が一斉に喚き出した。明らかに怒っている。


「なんだって?」


 マヒナは困惑した。やはり誤解を受けているようだ。


「いや、ちがう! アタシ達はあのホテルとはなんの関係もないんだ!」


 より一層ロボキャット達の鳴き声が騒がしくなった。我慢ができなくなった一匹が飛び出し、黒乃の全裸のケツを爪で引っ掻いた。


「いでぇ!」

「ご主人様ー!」


 ハルは一括した。「静まれ!」

「この島は我らの楽園。あのホテルの連中は我らの敵だ。この島をリゾートだか観光地だかに作り替えようと企む愚かなるもの達。お前らも奴らと同類よ!」


 肉球島はペットロボ生産拠点としての役目を終えた後、長年放置されていた。理由は国際情勢の変化だ。太平洋の只中に浮かぶこの島は領土問題に巻き込まれたのだ。故に誰にも手出しができない不可侵状態になったはずであった。


「そう、あの男が現れるまでは……」ハルは憎々しげにつぶやいた。


 その時、ロボキャット達の鋭敏な耳は、本来無人島にあるはずがない音を捉えていた。皆一斉にそちらの方へ注目した。

 海だ。

 海からなにかが迫ってくる。今やそれは黒乃達の目にもはっきりと映った。


「見てください! ボートです!」メル子が指を差した先から浜辺に向けて一隻のボートが近づいてくるのがわかった。


 そしてボートから無数の塊が発射された。それは浜辺に転がった瞬間、猛烈な煙を撒き散らした。


「ゴホッ! ボヘッ! なにこれ!?」

「ぎゃあ! なんですか、これは!?」


 黒乃とメル子は煙で視界を奪われる中、お互いはぐれないようにしっかりと抱きしめ合った。


「むぅ! 奴らか!」


 ロボキャット達はハルの指示の元、浜辺から離れ森の木の上に避難した。


「フハハハハハ、フハハハハハハ!」


 ボートの上から笑い声が波と一緒に漂ってきた。何度も聞いたこの声。別に聞きたくもない声。その主は……。


「フハハハハハハ! 黒郎くろろう、久しぶりだな!」


 ボートの上には着物を着た恰幅の良い初老のロボットが仁王立ちをしていた。その鋭い威厳のある目つきは、浜辺にいるもの全員を射すくめた。


「美食ロボ!?」


 日本の食の世界を牛耳る食の大家。浅草の一等地に会員制高級料亭『美食ロボ部』を構え、日々享楽に酔いしれる芸術家。


「そうか、そういうことか!」マヒナはすべてに合点がいった。


 肉球島、ロボキャット、建造中のホテル、そして美食ロボ。すべての点が線で繋がったのだ。


「憎き美食ロボを討て!」


 ハルは叫んだ。ロボキャット達は尻尾を振り回し、一斉に投石を仕掛けた。投げられた石の幾分かはボートや美食ロボの頭部に命中したものの、いかんせん頼りない。

 ボートの上でもんどり打って倒れた美食ロボは部下に煙弾の発射を命じた。

 ロボキャットと美食ロボの攻防に挟まれた黒乃達は、ひたすら浜辺で伏せて耐えるしかなかった。


「なんだ、なんだ!?」

「ご主人様! なんですかこれは!?」


 一旦双方の攻撃の手が止むと、美食ロボはボートの上から声をかけてきた。


「フハハハハハ! 肉球島リゾート化計画を邪魔するとは、なんと愚かな!」

「肉球島リゾート化計画!?」



 すべての発端はチャーリーと美食ロボであった。二人は太平洋を漂流し、肉球島にたどり着いた。最新のボディをもつチャーリーは島の救世主として崇められ、役に立たない美食ロボは浜辺に捨てられた。

 戦いが終わった後も美食ロボはこの島に目をつけ、密かに計画を進めていたのだ。手付かずの自然に雄大な海、白い砂浜にロボキャット。高級リゾート地にはもってこいと判断したのだ。


「こらー! 美食ロボ! ここはロボキャットの島なんだぞ! どうして彼らを放っておいてあげないんだ!」

「そうですよ! 人間はこの島に出入りしない方がいいのです!」


 黒乃とメル子は声を張り上げて美食ロボに呼びかけた。


「フハハハハハ! 黒郎よ。やはりお前は大事なことを見落としているようだな」

「なに!? 大事なことだと!?」

「大事なことってなんですか!?」


 美食ロボはホテルを指差した。


「ホテルがなんだというんだ!?」

「本当にわからぬというのか!? この愚か者めが!」


 一括された黒乃とメル子は震え上がった。


「黒乃山、あいつの話に耳を貸すな! それより戦いに巻き込まれては叶わん。森の中に逃げるぞ!」


 マヒナとノエノエが先導して、皆を森の中へ移動させようとした。彼らが戦っている今がチャンスだ。

 皆、一斉に走り出した。


「黒乃山!? どうした!?」


 しかし黒乃とメル子だけは動かなかった。


「黒乃山! 逃げるぞ!」

「……」

「……」


 二人はあろうことか、マヒナに背を向けて歩き出した。


「二人ともどこにいくんだ!? 森はあっちだぞ!」


 マヒナの言葉を無視し、ご主人様とメイドロボは歩く。やがて波が二人の足を濡らした。そして海に飛び込むとボートへ向けて泳ぎ出した。


「黒乃山ー! メル子ー! お前らー!」

「ウハハハハハ! さらばだ皆の衆! 夏休みの間、どうか森の中で寛いでくれたまえ!」

「アハハハハハ! 我々はホテルでゆっくりと寛ぎますので、お構いなく!」


 ボートに引き上げられた二人は元気よく手を振った。そしてボートは沖へと離れていった。


 突然の裏切りに、一行は言葉もなく佇むしかなかった。





 ——薬島くすりじま


 巨大な掌島の北方に浮かぶ小さな島に少女達はいた。黄乃、紫乃、鏡乃、紅子、マリー、小梅、チャーリーの未成年組だ。


 昨日の晩は地獄であった。水もなく食料もなく、簡易的なシェルターで身を寄せ合って眠った。辛うじて起こせた火がなかったらと思うとぞっとした。火は体を温めてくれるだけでなく、獣避けや虫除けにもなる。


 嬉しいこともあった。ロボット猫のチャーリーが水を集めてくれていたのだ。ロボットには緊急時のためのエマージェンシー機能が搭載されている。チャーリーは森の中で地面に溜まった水を体内に取り込み、浄化していたのだ。

 そのおかげで少女達は、この日活動するのに最低限の水分を摂取することができた。


「チャーリー、ありがとう!」


 黒ノ木家四女鏡乃みらのは、愛おしそうに丸メガネごとチャーリーの艶やかな毛並みに頬擦りをした。チャーリーは幾分居心地が悪そうに身を捩った。



 日が上り始めた。

 今日はなにをするべきだろうか? 黒ノ木家次女黄乃きのは考えた。

 七人の少女達が生きていくのに必要なものは、火、水、食料だ。火の確保はできた。水もチャーリーがいればなんとかなるだろう。

 食料はどうか。この小さい島では七人分の食料を集めるのは困難なように思える。


 ならば次になにを考えるべきか。一番大きな掌島へ移動するべきだろうか? そこならば水と食料は豊富にあるだろう。


「以前わたくし達が遭難した時は、イカダを作って掌島へ渡りましたのよ」

「マリーちゃん! イカダを作ったんですか!? すごいです!」


 自慢げに話すマリーと、その武勇伝を瞳を輝かせて聞く小梅。その横では黒ノ木家サードの紫乃しのが幼い少女を膝の上に乗せてしきりに撫でていた。


「心配しないで紅子〜。今黒ネエがうちらを探しているからね〜」


 紫乃は最も幼い紅子をよく気にかけているようだ。


「うん〜、黒乃〜、しんじてる〜」


 黄乃は考えた。マリーの言うとおり、イカダを作って掌島へ渡るべきだろうか? だが、イカダの作り方がわかるものなどいるだろうか? なんの道具もなしに、七人が乗れるようなイカダだ。

 それともこの薬島で助けを待つ方がいいだろうか? 遭難から丸一日経ったが救助の気配はない。昨晩は焚き火の狼煙で合図を送ったつもりだったが、なんの反応もなかった。


「ぜったいにおかしい。マヒナさん達もいるのに、誰もなんの合図も送らないなんてぜったいにおかしいよ」


 事前に聞いていた話では、皆焚き火を使ってそれぞれの安全確認をしたということだった。今回もそうするはずだ。


「黒ネエ達も、なにかとんでもないことに巻き込まれているのかもしれない」


 黄乃は薬島の頂上に立ち、足早に流れゆく雲を眺めた。


「だったら私達が助けにいかないと……!」


 遥か海の彼方に一筋の光の柱が立った。しかしそれが放つであろう轟音は誰の耳にも届かないのであった。

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