第343話 夏休みです! その四

 ——掌島てのひらじま


「黒乃山! お前、いったいどうした!?」


 褐色肌の美女マヒナは引き締まった筋肉を躍動させて黒乃に迫った。当の黒乃とメル子は全裸姿と水着姿で砂浜に寝そべっている。


「……」

「……」


 二人はマヒナの声などまったく聞こえないといったそぶりでリラックスを決め込んでいた。


「お前の妹と娘が行方不明になっているんだぞ!? なぜ呑気に寝ているんだ!?」


 彼女達のクルーザーうみねこ丸二号は、お嬢様のクルーザーストレングス二号と激突し大破。黒乃達は体一つで掌島へと漂着したのだった。

 この場にいるのは黒乃、メル子、黒メル子、アンテロッテ、マヒナ、ノエノエ、FORT蘭丸、ルビー、桃ノ木、フォトンの十名だ。

 それに対し、現在行方不明になっているのが、黄乃、紫乃、鏡乃、紅子、マリー、小梅、チャーリーの未成年組だ。


「わたくしは一人でもお嬢様を助けにまいりますわよー!」


 動こうとしない一行に業を煮やし、アンテロッテは丸太を集め始めた。イカダを作りマリーを探す気なのだ。


「待て、アン子。行方不明者がどこにいるのかもわからない。闇雲に探してもエネルギーを消費するだけだ」


 慌ててマヒナが止めに入った。未成年組が北方の四島にいる場合、イカダで救出に向かうのは困難だ。海流の関係でここ掌島からは流れに逆らうように進まなくてはならないからだ。


「じゃあどうしますのー!?」

「どうする、黒乃山!?」

「……」

「……」


 しかし黒乃とメル子はそっぽを向いたままだ。


「……して」

「黒乃山、声が小さいぞ」

「……マヒナがなんとかして」


 あまりの丸メガネの不甲斐なさに、マヒナの筋肉が痙攣するようにプルプルと震えた。


「黒乃山ー!」


 マヒナは黒乃の腕を掴むと無理矢理立ち上がらせた。


「いったいなぜそんなにやる気がないんだ!? いつもの黒乃山ならみんなに指示を出して的確に行動するだろう!? 何度も世界を救った英雄はどこにいったんだ!?」


 丸メガネから水滴がこぼれ落ちた。


「英雄なんかじゃない……」

「なんだと?」

「きょぇぇぇぇぇぇええ!」


 突然黒乃は奇声をあげ、両腕を振り回しながらマヒナに突っ込んできた。その動きに驚いたマヒナは、とっさに右ラリアットを炸裂させ黒乃を五メートルも吹っ飛ばした。


「ごげえええぇぇ!」

「あ、すまん」


 メル子は地面に転がった黒乃を慌てて介抱した。そしてそのうち、二人して大粒の涙を流し始めた。


「ごふっ! えふっ! 私達は……英雄でも……なんでもない!」

「なんだ?」

「私はただ! メル子とのんびりとした夏休みを過ごしたいだけ……! うわあああああ!」

「私は! ご主人様とバカンスを楽しみたいだけです! わぁぁぁぁぁあああ!」


 お互いを抱きしめ合い号泣する二人を、一行は呆然と眺めた。


「どうしてえええぇぇえ! いつもこんな目にあうんだよぉぉぉおおおおお! 事件とか冒険とか望んでないからぁぁぁ! みんなでなんとかしてよぉおおおお!」

「なぜぇぇぇぇ! いつも平和に物事が進まないのですかぁぁぁぁ! なんらかの力がぁぁぁ! 働いているとしか思えませぇぇぇぇん!」

「「うわぁぁぁぁぁ!!!」」


 砂浜にご主人様とメイドロボの慟哭の音が響き渡った。誰もが泣き崩れる二人に声をかけることはできなかった。

 ぐうの音も出ないほどの正論だったからだ!


 照りつける太陽が黒乃とメル子の肌を焦がし始めた頃、ようやく泣き声が止まった。


「ほら、黒乃山。気持ちはわかるさ。確かに色々あった。毎回重荷を背負わされていたとは思う」

「……」

「……」

「でも、ほら。なんだ。しょうがないだろ。だってお前らは主役……あ、そういう運命を背負っているんだからさ。色々あるのは仕方がないってやつさ」

「……おっぱい」

「なんだって?」

「おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱい!」


 黒乃は地面を転げ回って叫び出した。


「どうした急に!?」

「おっぱいおっぱい! 放送禁止用語を連発して主役を降板してやるぅぅぅううう! おっぱいおっぱい!」

「おっぱいは別に放送禁止用語ではないだろ!」

「ポポポポ! ポポポポポ!」


 メル子も地面を転げ回って謎の音声を発した。


「こらメル子! 本当に放送禁止用語を言うな! AIの自動フィルター機能が作動しているだろ! それにメル子が船の操縦をミスったからこんなことに……」

「ポポポポポ!」

「いや、悪かった。それは言わない約束だったな。なんてこった。人間休みがなくなるとこうなるのか」


 あまりにひどい光景に一同は絶句した。しかし責める気にはなれなかった。確かに皆黒乃に甘えていた節はある。その後ろめたさ故、なにも口を出せないのだ。


 その時、皆の後方で成り行きを見守っていたノエノエのセンサーが複数の気配を捉えた。


「皆様! 囲まれています!」


 その声に驚き一斉に硬直した。辺りは静まり返り、波の音だけが繰り返した。森の中から小さな影が無数に現れた。


「これは……ロボキャットか!?」マヒナは声を殺して呟いた。


 チャーリー程ではないが、しなやかなボティを持つ猫型ロボットの群れだ。以前この島で作られていたのは、旧型の一目でロボットとわかるペット用途のロボキャットであった。しかし今は改良が加えられ最新に近いものに仕上がっている。

 彼らによって一行は取り囲まれた。逃げ道は海の中しかない。


 その群れの中から一際大きなボディのロボキャットが進み出てきた。毛のない黒い体は黒豹を連想させた。


「あなたは……!?」メル子は思わず声をあげた。

「ハル!?」


 ロボキャット達のリーダー、ハルであった。





 ——薬島くすりじま


 シェルターに朝日が差し込んだ。木の幹に枝を立てかけて作った簡易的なシェルターではあるが、一晩の間彼女達を守る役目は充分に果たしてくれた。

 シェルターの前には一晩必死に絶やさずに育ててきた焚き火。夏ということもあるが、この火のおかげで寒い思いはしないで済んだ。


 六人の少女達はシェルターから這い出した。お互いに寄りかかって寝ていたので体の節々が痛い。暖かなベッド以外で寝たことのない者達ばかりだ。


「紅子ちゃん、大丈夫だった?」


 最年長の黄乃は最も幼い少女を気遣った。


「へいき〜」


 少女は両手を上げて元気よく答えた。紅子にだけは辛い思いはさせまいと、皆で代わりばんこに抱っこをしていたのだ。


 しかし、その言葉とは裏腹に元気は消え失せていた。

 昨晩辛うじて火を起こすことに成功はしたものの、その狼煙に反応するものはなにもなかった。絶望を抱えたまま一晩を過ごすはめになった。


 さらに問題は山ほどある。水と食料だ。

 唯一の飲料はたまたまマリーの縦ロールに絡みついていたミネラルウォーターのペットボトル一本のみ。それはもう紅子が飲み干してしまった。

 食料は一切なし。つまり一晩、水食料なしで耐えたのだった。


「ううう、喉がカラカラだよ……」


 末妹鏡乃は思わす弱音を吐いた。

 火はある。そして次に必要なのは水であることは誰の目にも明らかだった。


「でもこんな小さい島じゃ水なんて……」


 黄乃は頭の中で渦巻く問題点を洗い出した。

 仮に池があったとして、その水を直接飲むことはできない。危険だ。濾過する必要がある。

 ではどうやって濾過をするのか。そもそもどうやって水を運ぶのか。あるのはペットボトル一本だけだ。火で煮沸をするとして、器はどうすればいいのか。

 この小さな島に七人。大量の水が必要だが、とても賄えるとは思えない。


「どうしよう……七人分も……」


 黄乃は昇り行く朝日を見つめて絶望した。気温が上がれば当然水分も多く必要となる。今日一日すら持ち堪えられるのだろうか。


「七人……そうだ、チャーリーは!?」


 チャーリーは昨日の夕方に森の中へと消えてしまい、結局そのまま帰ってこなかったのだ。時折森の中から猫の鳴き声が聞こえてきたので、無事だと信じてはいたが。


「見てくださいまし!」


 マリーが大声を出して森の方を指差した。皆一斉にそちらに注目する。木の根元の草が大きく揺れている。


「ニャー」


 木の影から現れたのは、グレーのモコモコの塊、チャーリーであった。


「チャーリー!」


 少女達はロボット猫に群がった。そして言葉を失った。明らかにいつもと見た目が違った。


「どうしてこんなに太ってるの!?」


 鏡乃の言うとおり、チャーリーは丸々と膨らんでいた。というよりほとんどバレーボールだ。真っ青な顔でその場に転がった。体の中からたぷんたぷんと水の音が聞こえる。


「ニャー」


 細々とした声で鳴いた。一行は顔を見合わせて状況を把握しようとした。


「ねえ、チャーリー。なにがあったの? ねえ、ニャーじゃわからないよ」


 鏡乃に抱き抱えられたチャーリーは、彼女の口の中に尻尾を差し込んだ。いきなりのことにえずいて尻尾を吐き出す少女。


「ぶぇ! なにするの!?」


 しかし構わずチャーリーは尻尾を口の中に差し込んだ。


「んん!? んん! おいしい!」


 鏡乃は夢中になって尻尾をしゃぶった。


「これ、尻尾から水が出てくる! おいしい!」


 チャーリーに搭載された浄水機能である。ロボットには災害時のためのエマージェンシー機能が搭載されているのだ。


「そうか! チャーリーがずっと森に隠れていたのは……!」


 黄乃はロボット猫が一晩中森の中で水を集めていたことを理解した。


「チャーリー!」

「チャーリー、すごいです!」

「ニャー」


 皆夢中になってチャーリーの尻尾をしゃぶった。

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