第341話 夏休みです! その二

 日本の遥か南。豪華クルーザーうみねこ丸二号は光り輝く海を爆進していた。太平洋に浮かぶ無人島『肉球島にくきゅうじま』の姿が一行の目に届いた。


「おお、黒乃山! 肉球島が見えたぞ!」


 オイルが塗られた褐色肌をテカらせた黒髪ショートの美女マヒナは、鍛え抜かれた筋肉を見せつけるようにデッキの手すりをつかんだ。その背後には褐色黒髪ショートのメイドロボ、ノエノエが控えている。二人とも既に水着だ。


「いや〜、懐かしいなあ。前きた時は春だったから、結構寒かったんだよね」


 黒乃は照りつける太陽に手をかざして光を遮った。今は七月。すぐにでも白ティーを脱ぎ捨てたい衝動に駆られた。


「前に黒乃山達を助けにきた時は、上陸はしなかったからな」

「マヒナ様、今度はしっかりと楽しみましょう」


 操舵室のメル子は舵輪とエンジンの出力を微調整して、ゆっくりと肉球島へと迫った。以前は上陸直前にえらい目にあったので慎重な操縦だ。


「ねー! メル子!」


 白ティー丸メガネ、黒髪おさげの少女がメル子の背後からしがみついて、メイド服の帯を引っ張った。


「ぎゃあ! 鏡乃みらのちゃん、操縦中は触ってはいけません!」

「ねえねえ、メル子〜。マリ助まりすけとアンキモはいないの〜?」

「誘っておりません」

「なんで〜? ねえ、なんで〜?」


 鏡乃は帯をつかんで左右に引っ張った。


「ぎゃあ! やめてください! あのお二人は誘わなくても勝手にきますので、放っておいても……」


 その時、太平洋の大海原を回遊するクジラの群れが放つ超音波のような声が耳を刺激した。

 オーホホホホ……オーホホホホ……。


「ほらごらんなさい。さっそく現れました!」

「オーホホホホ! わたくし達を置いてどこにいこうというのですかしらー!?」

「オーホホホホ! ずいぶん小さいクルーザーですのねー! このストレングス二号の半分もありゃしやせんわー!」

「「オーホホホホ!」」


 お嬢様たちの巨大クルーザーがメル子のクルーザーと並行して走っている。ちなみにストレングス一号は木っ端微塵となって海の底だ。


「おーい! 私もいますよ!」


 ストレングス二号のデッキで手を振っている大和撫子風の少女はマリーの同級生、梅ノ木小梅うめのきこうめだ。黒髪ポニーテールが風になびいて凛々しく踊っている。


「アン子さん! 前回は二つの船が激突してサバイバルをするハメになったのですからね! 今回は絶対にぶつからないでくださいよ!」

「オーホホホホ! 同じミスをするわけがございませんわー! あ、前方にイルカさんの群れがおりますの」


 メル子とアンテロッテはイルカを避けるために同時に舵を切った。そして当たり前のように激突し、両船は木っ端微塵に砕け散った。





 肉球島は五つの群島からなる。南に位置するのが最も大きい『掌島てのひらじま』。その北方に四つの小さな島が並ぶ。西から『人差し島ひとさしじま』、『中島なかじま』、『薬島くすりじま』、『小島こじま』だ。

 その掌島の浜辺で黒乃は目を覚ました。感じるのは背中の砂の感触と、後頭部の柔らかい感触、照りつける日差し、そして大騒ぎするメイドロボの怒号。


「どうしてまた船をぶつけたのですか!?」

「手が滑ったのですわー!」

「私もです!」


 黒乃は目を開けた。目の前には心配そうに覗き込む黒メル子の顔だ。


「ご主人様、目を覚まされましたか」

「お、黒メル子」


 黒メル子の膝枕から起き上がると、周囲を見渡した。

 隣には呆然とした表情で海を見つめるマヒナとノエノエ。FORT蘭丸の体をベンチにして座るルビーと桃ノ木。波打ち際でカニと戯れるフォトン。大声で相撲をとるメル子とアンテロッテ。

 黒乃は大きく伸びをして、おもむろに服を脱ぎ始めた。


「黒乃山!? お前なんで脱いでいるんだ!? もう服は乾いているだろ!?」

「なんでって、普通無人島にきたら脱ぐでしょ」


 黒乃は靴下を残して全裸になった。


「黒乃山、全裸になる意味がわかりませんが……」


 ノエノエは目を丸くしてのっぽの丸メガネを見つめた。


「はっはっは、靴下を履いているんだから全裸ではないさ。ほらノエ子も脱ぎなよ、ぐふぐふ」


 黒乃はノエノエの水着の紐に指をかけた。しかしマヒナが怒ってその手をはたいた。


「ふざけているのか、黒乃山! 船が大破して遭難したんだぞ!? 行方不明の者もいるんだ!」


 そう言われ、改めてメンバーを確認した。現在この場にいないのは、黄乃、紫乃、鏡乃、紅子、マリー、小梅、チャーリーだ。

 黒乃は大欠伸をして砂浜に仰向けに寝転んだ。


「ふぁ〜、まあなんとかなるでしょ」

「黒乃山!?」



 ——薬島。


 黄乃、紫乃、鏡乃、紅子、マリー、小梅、チャーリーの七人は浜辺で円陣を組んで座っていた。

 鏡乃の膝の上には紅子が座り、マリーの膝の上にはチャーリーが乗っている。


「どうしましょう?」


 黒ノ木四姉妹次女黄乃はつぶやいた。


「ぐほほ、どうしようか?」


 黒ノ木四姉妹サード紫乃はつぶやいた。


「ねえ、紅子! 平気!? 怖くない?」


 膝の上の女の子の髪をしきりに撫でているのは、黒ノ木四姉妹四女鏡乃だ。


「へいき〜」


 紅子は元気よく答えた。


「マリーちゃん! 心配しないでください! 私がマリーちゃんを守ります!」


 小梅は鼻息を荒くしてマリーに詰め寄った。


「まったく心配しておりませんわ」


 マリーは濡れた金髪縦ロールを整えながら余裕綽々で答えた。


「ニャー」


 チャーリーはマリーの膝の上で大欠伸をした。


 この場にいるのは全員未成年だ。一番の年長者は大学生の黄乃。最も年少なのは小学校に入学したばかりの紅子だ。

 皆、お互いの顔を見合った。無人島で遭難するという一大事だ。いまだにこれが現実なのか整理がつかないといった表情である。しかし慎重に行動しなくてはならない。うかつな行動は逆に自分達を危険に晒す。

 照りつける太陽の下、寒々しい静寂が流れた。


「皆さん、お慌てなさんな」


 口火を切ったのはマリーだ。ようやく縦ロールがまとまり、美しい輝きを取り戻した。


「わたくし、遭難経験者ですのよ」

「ニャー」

「そうなんだ! マリ助、すごい!」鏡乃の瞳が輝いた。

「マリーちゃん、こういう時はどうすればいいんですか!?」小梅も瞳を輝かせてマリーに顔を寄せた。


「こういう時、絶対にやってはいけないのが慌てることですの。慌てて行動をすると痛い目にあいますわよ」

「なるほどなるほど」鏡乃と小梅は首を上下に振った。

「すぐにアンテロッテが助けにきてくれますの。それまで危険がないようにすればいいだけですわ」


 一同はほっと胸を撫で下ろした。


「なーんだ。じゃあクロちゃんがくるまでみんなで泳ごうよ!」

「いいですね!」


 鏡乃は白ティーを脱ぎ捨てた。その下は水着だ。海辺に向かって駆け出した。それに続いてマリーと小梅も水着姿になり後を追った。チャーリーもそれに続く。


「ぐほほ、みんな元気だなあ」


 紫乃は陰キャらしく、一人で砂の上に山を作り始めた。


「え〜? 本当にこれでいいのかな〜?」


 年長者黄乃ははしゃぐ若者達に不安げな視線を送った。

 最年少の紅子は黄乃の足にしがみついてポロリともらした。


「なんかだめそ〜」



 ——掌島。


「おい、黒乃山! どうなっている!?」

「私の通信機能が妨害されています」


 ノエノエはボディに内蔵された通信機能を使い、本土へと連絡を試みた。しかし謎の電波妨害によりそれは叶わなかった。


「え〜? 前にきた時と同じだな。もうハルとは和解して妨害は終わったと思ったんだけどな」

「では、我々は孤立してしまったのですか? ご主人様! 怖いです!」


 黒メル子は黒乃の腕にしがみついて怯えた。


「えへえへ、黒メル子。大丈夫だよ」

「なにをしていますか!」


 メル子が大股で迫り、黒メル子を引き剥がした。


「へぇ〜い、黒乃〜。あれをるぅ〜っく」


 銀髪ムチムチボディのお姉さんが指を差した。一同はその方向を見た。森の遥か向こう、木々の隙間から覗く大きな建築物を発見した。


「なんだろあれ?」


 ここは無人島。前回きた時はあのようなものはなかったはずだ。唯一の建物は掌島の中心にそびえる掌山てのひらさんの火口にあるロボキャット工場のみ。

 メル子がズーム機能を使い建物を観察してみると、どうやら建造中のホテルのようなものだとわかった。


「どういうことだろ? 無人島のはずなのに人が出入りしているのかな?」


 一行の間に不穏な空気が漂い始めた。楽しいはずのバカンスが、愉快なはずの夏休みが、また苛烈なサバイバルになってしまうのだろうか。

 メル子は不安そうな目で黒乃を見つめた。


「ご主人様……どうしましょう?」


 黒乃は目を閉じ、数秒考えた後言い放った。


「ま、なんとかなるでしょ。厄介事はマヒナ達に任せるから、なんとかしてちょうだい。我々は夏休みを楽しむからさ」

「ですね!」


 メイド服を脱ぎ捨てて水着になったメル子は、黒乃と共に浜辺で横になった。

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