第335話 修行です! その一

 ゲームスタジオ・クロノスのオリジナルゲーム制作において、成さなければならないことが二つある。


 一つ。

 タイトバースで大量のAIを入手すること。

 黒乃の企画には高度なAIが必要なのだ。玩具向けの安価に製造できるAIではなく、生きたAIだ。当然それは製造コストがかかりすぎる。であるならば既に存在するAIを流用すればいいのだ。

 それをタイトバースで探さなくてはならない。


 二つ。

 タイトバースの住人であり、豚の獣人であるブータンの『美味しいお肉を提供する』という使命を果たすこと。

 これは巫女サージャより授かった条件だ。AIを発見できたとして、それを現実世界に持っていくには巫女の許可がいる。

 AIが現実世界とタイトバースを行き来する。それが本当に双方にとって利益になるのか、前例を作らなければならないのだ。


「ブータン! 我が社の命運はお前にかかっている! 頼んだぞ!」

「アネキー! 任せてくださいブー!」



 ——仲見世通り。

 人でごった返す通りの中程に、メル子の南米料理店『メル・コモ・エスタス』があった。

 店の前には長蛇の列。お昼を過ぎる頃には売り切れ御免の大人気店だ。次々と訪れる客を、次々と捌いていくメイドロボ。


「お待たせしました! お次の方どうぞ!」


 七月の太陽が照りつける通りは灼熱の釜の中のようだ。客もメル子も汗だくになっていた。

 そして灼熱の厨房で茹で上がっている存在が一匹。


「ブー!? 暑すぎますブー!」


 巨大な寸胴の前に踏み台を置き、その上に乗って鍋をかき回すロボット豚ろぼっとん。体重十キログラムのマイクロブタボディにインストールされたブータンは、懸命にメル子を手伝っていた。


「ブータン、大丈夫ですか!?」

「メル子のアネキー! 蒸し豚になりそうですブー!」


 ブータンは四本足の前足を器用に使い、エンマ棒を握った。体重をかけて前後に動かす。


「たまらん香りブー!」


 寸胴から溢れる香りにブータンは恍惚の表情になった。今日の料理はアルゼンチンのシチュー『ロクロ』だ。トウモロコシ、豆、牛肉、カボチャを煮込み、ホットソースでいただく。

 冬に食べることが多いが、夏の暑い時期に汗をかきながら食べるのも乙なものだ。


 ブータンは『美味しいお肉を提供する』という使命を果たすために、メル子の出店で修行中なのであった。

 客は厨房で忙しく働くロボット豚ろぼっとんを見て目を丸くした。


「それにしても、こっちの世界は美味しい料理がたくさんあるブー!」

「うふふ。たくさん料理を勉強して、タイトバースに持って帰ってくださいね」

「もちろんですブー!」


 その時、仲見世通りに養豚場の自動給餌器からこぼれ落ちた飼料のような声が響き渡った。


 オーホホホホ……オーホホホホ……。


「ぎゃあ! なんですか、この声は!?」

「オーホホホホ! 今日はアンテロッテのお店の方が早く店じまいできましたのねー!」

「オーホホホホ! 今日は私の勝ちでございまっしゅるわー!」

「「オーホホホホ!」」


 通りを挟んだ場所にあるアンテロッテのフランス料理店『アン・ココット』から、二人のお嬢様たちが忍び寄ってきた。


「お二人とも! なにをしにきましたか!」

「お忙しそうなので、お手伝いが必要ではありませんことー!?」

「必要ありませんよ! ブータンがいますから!」


 二人は高笑いしながら厨房を覗き込んだ。


「どうして、おブタさんがおりますのー!?」

「新鮮な食材ですのー!?」

「ブー!?」


 突然のお嬢様の登場に驚き、踏み台から足を滑らせ床を転がるブータン。


「ブータンは豚肉ではありませんよ! うちの従業員です!」


 ロボット豚ろぼっとんは四足歩行で厨房から通りに転がり出てきた。


「勇者様! 剣聖様! お久しぶりですブー!」


 二人の前に伏せ、プルプルと震えるマイクロブタロボット。


「どうして小さなおブタさんになっているんですのー!?」

「かわいいですわー!」

「ブー! こっちの世界で修行中ですブー! 勇者様達もお店をやっているんですかい!?」


 お嬢様たちはニヤリと笑った。


「それでしたらアンテロッテのお店においでなさいなー!」

「メル子さんより美味しいお料理を教えてさしあげますわよー!」

「ムキー! ブータンは私がしつけます!」

「ブー!?」

「ご主人様がタイトバースから帰ってくるまでに、ガンガンスパルタでいきますからね!」

「ブー!」





 ——タイトバースの南方の国家、アキハバランド機国。


 ロボット達が作り上げた商売が盛んな国家。巨大な商会が権力を持ち、彼らが作る評議会によって政治が行われる。

 ソラリスが降臨していた時は、美王こと美食ロボが元首として国を取り仕切っていたが、現在は評議会に権力が戻ったようだ。

 その首都UDXにゲームスタジオ・クロノス一行はいた。


「いや〜、相変わらずすごい街だな」

「懐かしいデス! ボクの隠れ家はマダありマスかね!?」


 UDXは巨大な一つの建造物からなる都市だ。ここは街であり、工場であり、倉庫なのだ。

 現実の秋葉原ばりに溢れる人、人、そして人。クレーンがコンテナを運び、車の中に押し入れる。人と物こそがこの国の要だ。


「先輩、どうしてアキハバランドに?」

「……ここになにかあるの?」


 桃ノ木とフォトンは人ごみではぐれないように、しっかりと手を繋いでいる。


「もちろんAIを探しにさ。アキハバランドは人が大勢いるからね」


 量産型プチロボットにふさわしいAIとはどういうものであろうか。この街にいる人に、現実世界のプチロボットにインストールされてくれと言っても到底受け入れられないだろう。そもそも商売として成り立たせるためには、万単位のAIが必要なのである。それをどうやってかき集めればいいのか。


「シャチョー! ナニか心当たりはあるんデスか!?」

「ない。だからそれを探すんじゃろがい」


 おそらく人間種族や、獣人、ロボットでは無理だろう。もっとまとまった数がいて、話がつけやすい種族がいい。

 黒乃達は人の波をかきわけながら、UDXを歩いた。


「……ボク、考えた」

「ほほう、フォト子ちゃん。聞こうか」

「……えへへ、ゴブチン」

「え?」

「……ゴブチンなら大勢いたから、あいつらを使う」


 ゴブチンとは、大迷宮メトロ第三層『シブチカ』に生息する、ゴブリンのチンピラのことである。体の小さな鬼のようなモンスターで、力は弱いものの数が多く、冒険者の脅威となっている。


「うーむ……あいつらが現実世界に現れたらまずいことになるかも」

「……かわいいのに」

「フォト子チャン! カワいくナイデスよ!」


 フォトンはしょんぼりとうなだれた。偏光素子が編み込まれた青いロングヘアがドドメ色に変化した。桃ノ木はその頭を優しく撫でた。


「先輩、その理屈なら第六層にいた狂騎士くるっセイダーはどうでしょうか?」


 狂騎士くるっセイダーは第六層『シンジュクターミナル』に生息する恐ろしいモンスターだ。

 過酷な勤務によって正気を失った騎士のなれ果てである。


「数は充分いますし、狂騎士団長むのうじょうしがいなくなった今、扱いやすいのではないかと」

「なるほどな〜」


 黒乃は腕を組んで考えた。


「いやでも二人とも、方向性はいいと思うよ。大量にいて、安全で、扱いやすい。そんな種族を探せばいいんだな」


 一行は頭を捻った。そんな都合のいい種族がいるだろうか。


「シャチョー! ダンジョンの中の種族はやめまショウよ!」

「なんでじゃい」

「ダンジョンの中にいるノハ、基本危険なモンスターデスよ!」

「まあ、そりゃそうか」



 黒乃達は一旦、冒険者ギルドの酒場で休憩することにした。

 本来はプレイヤーである冒険者が集まって情報収集をする場所なのだが、現在はゲームのサービスが停止しているので冒険者はいない。代わりに、原住民であるタイト人が入り浸っているのだ。


 丸テーブルに着き、ブドウジュースや肉を注文する。金属製のカップを打ちつけて乾杯すると、一息でジュースを飲み干した。


「ぷーい! 酒場で飲むジュースは最高だね!」

「……甘くておいしい」

「先輩、このサラダは新鮮で歯応え抜群ですよ」

「イヤァー! コノ巨大芋虫を焼いたの頼んだのダレデス!?」


 黒乃は分厚い肉にフォークを突き立てると豪快に齧り付いた。肉汁が迸り、テーブルを濡らした。


「モグモグ。うーん、肉の質はいいんだけどね。どうも味気ないよね」

「……クロ社長、タレちょうだい」

「ほいよ」


 黒乃は指先からタレを発射した。途端に甘辛い香りが酒場に広がった。


「……ブータン、ちゃんと修行してるかな」

「メル子がついているから大丈夫だよ……ん?」


 その時、黒乃の足になにかが触れた。テーブルの下を覗き込むがなにもいない。しかし、まだその存在を感じる。


「フォト子ちゃん、灯りちょうだい」

「……えい」


 フォトンは手に持った杖を振った。するとその先端に光が現れ、テーブルの下を眩しく照らした。

 なにかがいる。小さい生き物だ。黒乃はそれを摘み上げた。


「これは!?」


 手のひらサイズの小さな生物。全身が毛で覆われ、額に一本の角が生えている。耳は動物のように大きく、眼球も巨大だ。手足は短く、玉のような尻尾が生えていた。


「……それグレムリン」

「イギリスの妖精だわね」


 グレムリンはイギリスに伝わる妖精だ。機械にイタズラをする困った奴らだ。アキハバランドは機械の国。彼らが大量に生息していても不思議ではない。


「……うふふ、かわいい」

「ボクも戦車を作ってイル時に、コイツラのイタズラに苦労しまシタ!」


 グレムリンは黒乃の手の中でもぞもぞと暴れている。そのうち黒乃の指に噛み付いて逃れると、足の間を通って酒場の暗闇へと消えていった。


「FORT蘭丸よ」

「ハイィ!?」

「グレムリンはたくさんいるのか?」

「ゴキブリよりいマス!」

「先輩、まさか……」


 ゲームスタジオ・クロノス一行は顔を見合わせて頷いた。

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