第334話 商談です!

 黒乃達は異世界にいた。


「ふーい、久々にきたわ〜」


 黒乃は腰に巻かれた黒いマワシをポンと叩いた。

 眼下に広がるのは、聖都アサクサンドリアの街並み。顔を上げればそびえ立つサンジャリア大聖堂。

 ゲームスタジオ・クロノス一行は大聖堂への道を登っていた。


「ご主人様! あまり離れないでください!」


 赤いメイド服風鎧を纏い、刺股を背負ったメル子は、黒乃の腕にしがみついて歩いた。


「えへえへ、そんなにくっついたら歩きにくいよ」


 メル子は三年間もの間、タイトバースでご主人様と離れ離れで暮らしていた。再びタイトバースへやってきたことで、そのトラウマが刺激されてしまっているのだ。


「ブー! 黒乃のアネキー! またタイトバースにきてくれて嬉しいブー!」


 一行の先頭を歩くのは豚の獣人ブータンだ。横に広がる大きな耳、突き出た鼻、丸い体、粗末な槍に粗末な革鎧。


「ははは。いやまさか、こんなに早く帰ってくるとは思わなかったよ」


 暗黒神ソラリスによって危機に晒されたタイトバースは、黒乃達の活躍によって救われた。ソラリスはベビーローションとして生まれ変わり、世界に平和が戻った。


 現在、タイトクエストのサービスは停止している。サービスを提供したゲームパブリッシャー、ロボクロソフトは今回の事件の責任を追及され、多くの業務が滞っているようだ。

 だからといってタイトバースの世界が停止するわけではない。なぜならこの世界はロボット達の電子頭脳をリンクさせた、グリッドコンピューティングシステムによって稼働しているからだ。この世界を止めるには、すべてのロボット達を停止させなくてはならない。


「シャチョー! デモよくログインできまシタね!」

「ふふふ、アイザック・アシモ風太郎先生とちょちょいとね。ふふふ、快くイマーシブマシンを貸してくれたよ」

「イヤァー!」


 タイトバースへログインするには、イマーシブ(没入型)マシンを利用する必要がある。現在サービスは停止しているので、一般人はログインできないようになっているのだ。

 しかし黒乃はタイトクエスト事件の当事者として、研究調査の名目で無理矢理ログインしているのだ。八又はちまた産業浅草工場のプレイルームからのログインである。


「でも、平和そうでよかったわね」

「……みんな元気かなあ」


 桃ノ木もフォトンも懐かしの世界に心を弾ませているようだ。戦争に明け暮れていたあの時とは違う、ファンタジーとしての世界が広がっている。

 その最たる例が、このサンジャリア大聖堂だ。バロック様式の荘厳なる聖堂。その壁には壁画が描かれている。


「……うふふ、ちゃんと綺麗に直されてる」


 聖堂の壁画はフォトンが描いたものなのだ。戦争によって破損した部分は現在では修復されている。


 聖堂の前には白金の鎧に身を包んだ騎士が二人立っていた。


「救世の英雄達よ。よくぞお越しくださいました」

「お久しぶりでちゅ!」


 一人は巫女サージャを支える三つの騎士団の一つ、シャーデン騎士団の女団長シャーデン。

 もう一人はヘイデン騎士団の幼女団長、ヘイデン。


「やあ! 二人とも! 元気だったかい」


 クロノス一行は二人の騎士団長の案内で、サンジャリア大聖堂を進んだ。厳かな雰囲気が一行の肌をピリリと刺した。

 磨き抜かれた大理石の床に、細かい意匠が施された柱。鳳凰、麒麟、飛龍の天井画が一行を見守っている。その現実離れした美しさに思わず見惚れた。


 到着したのは、天を仰ぎ見る三体の石像が祀られた祭壇の間だ。

 そして、その中心にぐったりと寝転んでいるのは……。


「サージャ様!」


 黒乃は思わず声をかけた。


「ん〜?」


 サージャと呼ばれた巫女は大欠伸をしながら、ぐるりと体を回転させてこちらに向き直った。


「黒ピッピじゃん。佇立ちょりっす佇立ちょりーっす武夷ぶい武夷ぶい


 アサクサンドリア教国の元首にして、御神体ロボであり、メイドロボでもある巫女サージャ。超AI『神ピッピ』にアクセス可能な唯一無二の存在だ。

 サージャはダブルピースで一行を出迎えた。巫女装束をベースにしたメイド服と、ド派手なギャルメイクの取り合わせは、相変わらずの強烈なインパクトを与えた。


「あ、えへえへ、サージャ様」

帆尼ぽに〜。どしたん? みんな揃って、マジうけるwww」


 見た目は女子高生ギャルといった風情だが、実際はここにいる誰よりも長生きである。浅草の、いや日本のロボットの歴史を見守ってきた生き字引である。


「えへえへ、最初は浅草神社の方にいったんですけど、いなかったもので。きちゃいました」

「あ〜、盃杯はいはいあーしもタイトクエスト事件の件で忙しくてね〜。ずっとこっちで祈願おにでん中ってわけよ」


 サージャは再び大欠伸をした。ギャルメイクの目元がキラキラと光った。


「んで? あーしになにか用なん?」

「えへへ、実はサージャ様にご相談が、いえ、ご商談がありまして。えへえへ」


 黒乃は手もみをしながら、サージャの前に跪いた。一行もそれにならい、床に正座をした。


「実は、私の会社でゲームを作っているんですよ」

「黒ピッピの〜?」

「はい。あの、うちのプチロボットを使ったゲームなんですけど」

盃杯はいはい、あのかわい子ちゃん達ね」

「えへ、あの〜、でもですね、AI作成のコストがですね、高すぎてですね、あの、プチロボットの大量生産ができないんですよ」


 サージャは天井を見上げて首筋を指でかいた。黒乃は滝のように汗を流した。


「あの、だからですね、えへへ」

「ご主人様! 頑張ってください!」

「えへへ、あの〜……」


 サージャはじっとりとした目で黒乃を見つめた。黒乃は大きく息を吸い込んだ。


「タイトバースのAIをください!!」


 ドドーン!

 突然雷が落ちた。ステンドグラスから稲光が差し込む。雨が降ってきたようだ。


「この世界のですね、AIをですね、現実のプチロボットのボディにインストールするんです。そうしたらAIの作成コストをカットできるというわけでして」


 新ロボット法により、AIの作成については厳密に定められている。

 当然、人権を持つロボットのAIのコストが最も高い。仮想空間で一から育て上げなくてはならないのだ。

 人権は持たないが保護されるべきロボット、例えば動物ロボのAIもほぼ同じ扱いである。


 では、プチロボットのAIはどうであろうか?

 彼らには人権はない。保護対象でもない。消費されるAIだ。プチロボットは玩具扱いなのである。よって製造コストは低いはずではある。

 しかし実際に作られたプチロボットのAIは驚くほど高度であった。アイザック・アシモ風太郎が気合いを入れすぎたのだ。

 プロトタイプであるプチメル子達ほどではないにせよ、黒乃が求めているのは簡単な応答ができるレベルのAIではない。個性のある『生きたAI』なのだ。そのコストは、動物ロボのAIを製造するのとほぼ変わらない。


「ほほーん」

「……」


 大聖堂が静まり返った。

 雨がステンドグラスを打つ音だけが響いた。


「黒ピッピ」

「はい!?」

「この世界のAIはこの世界の立派な住人で、おもちゃじゃないんだけど?」


 サージャの迫力に黒乃はたじろいだ。手が震え、汗が滲む。プルプルと震える手にメル子の小さな手が重なった。黒乃は意を決して口を開いた。


「サージャ様!」

盃杯はいはい

「確かにこれは商売の話です! ですが、現実世界とタイトバース、双方にとって利益になります!」

「ほーん?」


 黒乃は立ち上がり、横で跪いていたブータンの元へいくと、彼の両肩に手を置いた。


「このブータンはタレを学ぶために現実世界へとやってきました! それはタイトバースの利益となるはずです!」

「ほほほーん?」

「アネキ……」

「うちの企画も同じです! プチロボットは、現実世界とタイトバースを繋ぐ架け橋となるはずです! そういうゲームなんです!」


 メル子は手を叩いた。それにつられて皆も手を叩いた。やがてそれは大きくなり、ついには雨音をかき消した。


「マジ昇歩様あげぽよ〜!」


 サージャは立ち上がった。純白のエプロンを投げ捨てると、どこからともなく軽快な音楽が鳴り響いた。

 そして踊った。両手をかかげ上下左右に動かす。足は左右のステップをリズムに合わせて行う。シンプルな動きながら小気味よいその所作は、見るものに神聖な清らかさを与えた。

 神ピッピに捧げる歌舞、神楽パラパラだ。


「さあ、みんなも踊って!」


 サージャに促され、皆一斉に舞った。汗が迸り、床に散った。大聖堂は神楽殿ディスコと化した。



 踊り疲れて動くものがいなくなった頃、サージャはようやく神ピッピからの神託メッセを授かった。


「ハァハァ、んーとね」

「ハァハァ、どうですか!? サージャ様!?」

「まずは成功の例を示せって」

「例!?」


 汗だくになったサージャは、地面に伏せるブータンの首に腕を回した。そしてその丸々とした背中を叩いた。


「まずはブータンの使命を成功させろってさ。マジうけるwww」

「ブー!?」


 一行の視線が豚の獣人に注がれた。

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