第332話 動物園です! その二
浅草寺から数本外れた路地にある古民家。そのゲームスタジオ・クロノスの事務所では、人間とロボットが忙しく働いていた。
「ふーむ……」
黒乃はキーボードを打つ手を止めて考え込んだ。時折なにかを思い出したかのようにキーを弾くが、すぐにその手は止まってしまう。
「……」
「なんて?」
「……クロ社長、3Dモデルできた」
「どれどれ?」
黒乃は横にいるフォトンのモニタを覗き込んだ。そこにはいつものようにグロテスクなモンスターが触手を伸び縮みさせていた。
「うーん……キモい」
「……えへへ、ありがとう」
フォトンは青いロングヘアを黄色く変化させた。
「シャチョー!」
見た目メカメカしいロボットが左前の席から声をあげた。
「どしたー? FORT蘭丸」
「このロボクロソフト社のコード、ルビーのコードに似ていマス!」
「なに?」
ロボクロソフトは台東区に存在する大手ゲームパブリッシャーで、タイトクエストをリリースした会社だ。現在ゲームスタジオ・クロノスでは、ロボクロソフトから発売予定ゲームの最適化作業を請け負っているのだ。
「確かか?」
「間違いヨウがないデスよ!」
「ルビーは絶対コードを出さないはずだよな?」
FORT蘭丸のマスターであるルビー・アーラン・ハスケルは凄腕のプログラマで、超AIプロジェクト『神ピッピ』のチーフプログラマを務めていたのだ。
「まさか、神ピッピのコードをロボクロソフトが流用してるのか?」
「アリえマス!」
「よし、この件は黙っておこう。向こうもまさか流用を見抜かれるとは思っておるまいよ。しかるべき時にこの事実を逆に利用してやる」
不敵に笑う黒乃に、FORT蘭丸は震え上がった。
「先輩、
正面の席から赤みがかったショートヘアをふわりと揺らして声をかけたのは、黒乃の後輩、桃ノ木桃智だ。
「なんて言ってる?」
「同じですね。コストが見合わないと言っています。特にAI生成が追いつかないようです」
「うーむ……」
ゲームスタジオ・クロノスのオリジナルゲームの企画書の話である。三頭身のプチロボットを使ったゲームを立案し、八又産業に打診しているのだが、その反応はそっけない。
「もう一度、一から考え直さないとダメかなあ……」
黒乃は椅子の背もたれに体を預けた。椅子が軋む音とキーボードを打つ音だけがオフィスに響く。
ふと掃き出し窓から庭を見る。次の瞬間、黒乃は椅子ごと後ろにひっくり返っていた。
「ばみょよよよよ!」
「先輩、大丈夫ですか!?」
慌てて桃ノ木が黒乃を助け起こす。
「ゴリラロボ!?」
「え?」
全員窓の外に注目した。庭に立っていたのは、二メートルを超える巨大な黒い塊であった。
「ウホ」
ゴリラロボは窓をノックした。桃ノ木が窓を開けると、体を屈めて仕事部屋に上がり込んできた。
「お前! 黙って庭に立つな! びっくりするだろうが!」
「ウホ」
フォトンが走ってきてゴリラロボに飛びついた。ゴリラロボはフォトンを抱えると自分の右肩に乗せた。
「……可愛い」
「大きいデス!」
「なにをしにきたのかしら?」
黒乃は起き上がり、ゴリラロボの艶のある体毛を撫でた。
「そういえば、タイトバース以来だったな。ちゃんと挨拶にいけなくてごめんよ」
「ウホ」
「ふんふん、なになに? チケットをあげるから浅草動物園に遊びにこい? 新しい仲間も増えたよ? へ〜」
ゴリラロボはチケットの束を黒乃に手渡した。
「浅草動物園にイケるんデスか!?」
「……いったことない」
「楽しそうだわね」
黒乃はゴリラロボの分厚い胸を叩いた。
「よし! 明日みんなでいってみようか!」
「「はい!」」
「ウホ!」
——浅草動物園。
浅草寺の東、隅田川を挟んだ場所にあるロボット専門の動物園だ。平日の開園間もない時間帯なので、それほど人は多くない。入り口のゲートには老人の集まりと、近くの幼稚園からやってきたちびっ子達がいるだけだ。
「ご主人様! 久しぶりにきましたね!」
「ほんとだね。私はタイトバースで会ったけど、みんな元気かなあ?」
入り口のゲートの向こうから賑やかな声が聞こえた。
「シャチョー! 早くいきまショウよ!」
「……モモちゃん、先にいこう」
フォトンは桃ノ木の手を引っ張っていってしまった。FORT蘭丸は慌ててその後を追った。
「まあ、うちらはのんびりいこうか」
「そうですね」
ゲートを抜けると中央広場がある。
中央広場にはいくつかのステージがあり、動物ロボ達の芸を楽しめる。売店やフードコートもあるので、のんびりと過ごすことが可能だ。
それに隣接するのは森林エリア、岩山エリア、流氷エリアだ。
「まずは森林エリアにいこうか」
「はい!」
黒乃とメル子は森の中を歩いた。そこかしこで鳥の鳴き声が聞こえる。湿った土の匂いと、カサカサと音を立てて揺れる木の葉が安心感を与える。
「さあ、初めに出会える動物ロボはだれかな?」
「きっとキリンさんですよ!」
その時、大きく葉が揺れた。木の間から現れたのは縞模様の四肢と尻尾を持つ、馬のような動物だった。
「お、おお……お前は!」
「お知り合いですか?」
「オカピロボ! オカピロボじゃないか!」
オカピ。
キリン科オカピ属。コンゴに分布する絶滅危惧種だ。
「オカピロボー! 会いにきてくれたのか!」
黒乃はオカピロボの逞しい首を抱きしめた。オカピロボはタイトバースで一緒に旅をした仲なのだ。
「ご主人様! 可愛いですね!」
メル子もその背中を撫でた。
浅草動物園の動物ロボは基本放し飼いである。しかし危険はない。
新ロボット法により、動物ロボは人権を持たない。よって人に危害を加えないように、AIに機械的な制御を施すことが可能だ。しかし浅草動物園では動物愛護の観点からそのような制御を加えず、しつけと訓練によって安全を実現しているのだ。
「イダダダダダ! こら!」
オカピロボは黒乃の頭を甘噛みした。
「あはは! ご主人様に甘えていますよ!」
「イデデデデデデ!」
オカピロボは黒乃を散々いじくり倒すと、森の中へ消えていった。
「靴にうんこされたな……」
次に現れたのはリスザルロボとクアッカワラビーロボだ。彼らもまた、タイトバースで一緒に戦ってくれた頼もしい仲間だ。
リスザル。
オマキザル科リスザル属。リスのようにちいさい体が特徴の猿。
クアッカワラビー。
カンガルー科クアッカワラビー属。有袋類。世界一幸せな動物と呼ばれる。
「おお! 二人とも! 元気だったかい?」
クアッカワラビーロボは鬼の形相で黒乃の手を引っ掻くと、メル子の胸に飛び込んだ。リスザルロボは黒乃の頭を踏み台にしてどこかへ走り去った。
「あはは、こいつぅ!」
「可愛いです!」
続いてやってきたのは流氷エリアだ。ここはエリア全体がプールになっており、その上に氷が浮いているのだ。
二人はスケート靴をレンタルして氷上の散策を楽しんだ。
「うわわわ! うわおおお! ふわああああ!」
「ごごごごご、ご主人様! どいてください! どどどど、邪魔です!」
手をぶんぶんと振り回し、右へ左へ滑走するご主人様とメイドロボ。やがて二人は激突し、仲良く水中に落下した。
夏とはいえ流氷が浮いている水だ。二人は一瞬にして凍えた。
「ちちちっち、ちめたい!」
「ぎゃあ! 冷たいです!」
暴れる二人の下に、二つの丸い影が現れた。それは浮上する潜水艦のように二人を水面へと引き上げた。
「ああ! これは?」
「タイマイロボです!」
タイマイ。
ウミガメ科タイマイ属。一メートル近くにも育つ巨大な亀。
タイマイロボは二人を乗せて氷の海を泳いだ。
「うわわわわ! 亀に乗ってる!」
「浦島ロボ太郎です!」
氷上を見ると、桃ノ木、フォトン、FORT蘭丸が手を振っているのが見えた。
「イヤァー! ボクも乗りタイ!」
「……ずるい」
「ガハハハハ! どないや!」
最後にやってきたのは岩山エリアだ。ライオン、虎、インパラ、ヌー、キリン、サイ。大型の動物ロボが多数生息するエリアだ。
黒乃とメル子は岩山を恐る恐る歩いた。いくらよくしつけがされた動物ロボとはいえ、獰猛で知られる猛獣達の間を進むのは緊張する。
「でかい、こわい!」
「怖いです!」
岩陰から巨大な影が現れた。それはゆっくりと黒乃達の前に進み出てきた。あまりの巨大さに太陽が隠されてしまった。
「アフリカゾウロボだ!」
「大きいです!」
アフリカゾウ。
ゾウ科アフリカゾウ属。体長七メートル。高さ四メートル。陸上では最大の動物である。
アフリカゾウはゆらゆらと長い鼻をくねらせた。おねだりをしているようだ。
「ご主人様! 売店で買ってきたロボリンゴをあげましょう!」
「よしきた!」
アフリカゾウロボは舐め回すように黒乃の体に鼻を這わせた。やがて黒乃の脳天に鼻先を吸いつかせると、そのまま上へ持ち上げた。
「ぎゃばばばばばば!」
「ご主人様!」
アフリカゾウロボは散々鼻で黒乃を振り回したあげく、メル子からロボリンゴをもらって去っていった。
「頭皮がぁ!」
「うふふ、ご主人様にじゃれていますね」
さらに岩山を進む。
大型の猛獣の数が減り、比較的大人しい小動物が生息する場所へとやってきた。
「ふうふう、ここなら落ち着けそうだ」
「少し休みますか」
二人は岩山に腰掛けた。
目の前をアカエリマキキツネザルロボ、ショウハナジロゲノンロボ、キノボリジャコウネコロボ、エジプトルーセットオオコウモリロボなど、多数の新参ロボット達が通りすぎていく。
「ずいぶん動物ロボが増えたなあ」
「賑やかになってきましたね」
すると一匹のロボットが黒乃達をじっと見つめているのに気がついた。
「お、あれはなんだろう?」
「マイクロブタロボですね」
マイクロブタ。
ベトナムに生息するミニブタから生み出された、体重二十キログラムの小さなブタ。
目の前のブタはその中でもさらに小型で、十キログラム程度しかなさそうだ。艶のある短く白い毛皮、前に突き出た鼻、大きく広がった耳。
「ご主人様……なにかあの子、プルプルと震えていますが」
「ほんとだね、親とはぐれたのかな」
すると、そのブタは震えながら黒乃の前までやってきた。潤んだ目で黒乃を見上げた。
黒乃は手を伸ばした。マイクロブタロボは前足をその手の上に乗せた。
「うへへ、なんか可愛いな」
「可愛いです!」
「アネキ……」
「ん?」
どこからか声が聞こえた。
「黒乃のアネキー!」
「んん!?」
「ご主人様! ブタが喋っています!」
マイクロブタロボは飛んだ。黒乃の平らな胸へと飛び込んできた。
「アネキー! 自分ですブー!」
「まさか、その声。ブータン!?」
「そうですブー!」
黒乃とマイクロブタロボはしっかりと抱き合った。その様子をメル子は唖然と眺めた。
「どういうことですか!?」
「うおおおおお! ブータン! 会いたかったよー!」
「アネキー! 自分もですブー!」
浅草動物園にて、奇跡の再会が果たされた。
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