第329話 プチロボットを観察します! その三

 ゲームスタジオ・クロノスの仕事部屋はいつものように活気に溢れていた。


「フォト子ちゃん! モンスターデザインの方はどうだい?」

「……だいたいできた」


 黒乃は隣の席に座るフォトンのモニタを覗き込んだ。そこには尻から無数の顔が生えた、世にも恐ろしい怪物が表示されていた。


「……妖怪ケツでか社長」

「うーむ……いいね!」

「……えへへ」


 褒められたフォトンは青いロングヘアを赤く変化させた。

 そこへ動く小さな影が現れた。その小さな影は、デスクの上を走ってフォトンの目の前までやってきた。そして元気よく両手を振った。


「……うふふ、プチメル子、かわいい」


 フォトンが頭を下げると小さなロボットはその頭を撫でた。


「……えへへ、ありがと」


 この手のひらサイズの三頭身ロボットはプチメル子。八又はちまた産業が開発したプチロボットシリーズの一体だ。

 見た目はメル子そっくり。金髪に赤い和風メイド服がよく映える。


 するとプチメル子はデスクの上の消しゴムを持ち上げた。そのままケースの中へと格納する。ひたすら走り回り、次々とデスクを整理整頓していった。


「……プチメル子すごい」

「プチメル子は綺麗好きだからねえ。メル子そっくりだよ」


 黒乃は前の座席の桃ノ木に声をかけた。桃ノ木は熱心にデスクの上のなにかをつついているようだ。


「桃ノ木さん、例の会社の案件はどうなったの?」


 黒乃の言葉で我に返った桃ノ木は、慌ててモニタを操作した。


「あ、はい。フレーバーテキスト制作の件ですね。概ね話がまとまりまして、今週から作業が始まります。これは先輩と私で分担して作業をすることになります」

「おーけー、おーけー。これは二人月分の作業だから、サクッと来週中に終わらせてしまおうか……。桃ノ木さん? さっきからなにしてるの?」


 黒乃は立ち上がってモニタ越しに桃ノ木のデスクを覗き込んだ。

 その上には白ティー丸メガネ、黒髪おさげの三頭身ロボットが寝転んでいた。プチロボットシリーズのプチ黒だ。

 桃ノ木はプチ黒をつついて遊んでいたのだ。


「ハァハァ、小さい先輩も素敵です」


 桃ノ木が指を伸ばすたびに、プチ黒はそれを払いのける。絶対に馴れ合わないという態度が見てとれる。


「プチ黒は相変わらず太々しいな。だれに似たんだか」


 黒乃は呆れてそのシーンを眺めた。


「痛いデス!」


 突如声をあげたのは、見た目メカメカしいロボットのFORT蘭丸だ。彼のキーボードの上には一匹の小さな猫が居座っている。


「シャチョー! ボクのキーボードが猫に占拠されてイテ、お仕事がデキまセン!」


 プチロボットシリーズのプチチャーリー、略してプッチャだ。グレーのもこもこはそのままに、見事に手のひらサイズに再現されている。

 FORT蘭丸は怯えながら指を伸ばした。その度に鋭い爪を剥き出しにして威嚇するプッチャ。小さいとはいえ、プチ黒達とほぼ変わらない大きさのプッチャは迫力満点である。


「コレじゃ今日のお仕事はムリそうデス! 帰ってもいいデスか!?」

「いいわけないだろが」


 その騒ぎを察知し、プチ黒が隣のデスクからやってきた。プチ黒はプッチャのモフモフの毛皮を撫でた。なんとも嫌そうに身をよじるプッチャ。そしてその毛皮に腕を回し、持ち上げてキーボードの上からどかそうとした。

 次の瞬間、脳天に爪の一撃をくらったプチ黒はデスクの上を転げ回っていた。


「プチ先輩!」

「プチシャチョー!」


 その騒ぎを察知し、プチメル子が向かいのデスクからやってきた。プチメル子はプッチャのモフモフの毛皮を撫でた。なんとも気持ちよさそうに身をよじるプッチャ。そしてその毛皮に腕を回し、持ち上げてキーボードの上からどかした。

 次の瞬間、プッチャはペロペロとプチメル子の頬を撫でた。


「プチ女将サン、すごいデス! ジャア帰ってもいいデスか!?」

「いいわけないだろが」


 こうして午前の業務は順調に進んだ。



「お昼デス!」

「……お昼」


 壁にかけられた時計が正午の時報を告げると同時に、FORT蘭丸とフォトンは台所に突撃した。

 台所で待ち構えていたのはメル子の手作りランチだ。


「さあ皆さん。今日のランチはカスエラですよ!」


 カスエラとはスペイン語で鍋を指す言葉で、南米で多く食べられている料理でもある。本日はチリのカスエラで、骨付きの牛肉と各種野菜を煮込んだものだ。材料は大きめにカットされ、豪快にかぶりついて食す。


 社員達はテーブルについた。メル子が器に料理を取り分ける。


「「いただきます!」」


 皆、一斉に料理をがっついた。労働の後の濃厚な飯は脳天を貫くほどの旨さだ。まず出汁がしっかりと効いたスープをすする。骨を素手で握り肉に齧りつく。


「女将サン、美味しいデス!」

「……メル子ちゃん、おかわり」

「うふふ、プチ達もランチなのね」


 桃ノ木はテーブルの上にちょこんと設置された小さなテーブルを見た。小さな椅子に座ったプチ黒とプチメル子が食べているのは、ナノマシンのスープだ。

 プチロボットは食べ物をエネルギーに変換するバイオプラントを備えていないので、ナノペーストそのものが食事なのだ。

 二人の足元には床にうずくまってナノペーストを舐めるプッチャだ。


「シャチョー! トコロデどうシテ、プチ達を連れてきたんデスか!?」


 FORT蘭丸は骨付き肉をしゃぶりながら聞いた。


「ふっふっふ、聞きたいか?」

「ヤッパリいいデス!」

「ふっふっふ、それはオリジナルゲームの企画に関係があるからなのだよ」


 一同はまじまじとプチ達を眺めた。


「この子達がですか?」

「その通り」

「……プチ達がゲームに登場するの?」

「ふっふっふ、ちょっと違う」

「イヤァー! シャチョーがまたナニか企んデル!?」



 食事が終わったらお昼寝の時間だ。事務所の二階が仮眠室になっている。


 黒乃、メル子、桃ノ木、フォトンは並んで布団に入った。FORT蘭丸は隣の部屋で一人でお昼寝だ。

 メル子の枕元には三体のプチが並んで寝転がっている。メル子が一人ずつキスをすると、すぐに眠りに入っていった。



 ——午後。

 黒乃とメル子は八又はちまた産業浅草工場にいた。

 巨大な赤い壁を見ながら建物の中に入る。


「オ二人トモ、オ待チシテ、オリマシタ」

「先生、お待たせ」

「先生、お久しぶりです!」


 受付で出迎えたのは職人ロボのアイザック・アシモ風太郎だ。メル子のボディの生みの親である。

 綺麗に整えられたいかにもSFっぽい廊下を進み、二人は真っ白い会議室に通された。


「ドウゾ、黒乃サン、オ水デス」

「あ、先生どうも」

「ドウゾ、メル子サン、マンゴーラッシーデス」

「ありがとうございます!」


 黒乃は水をぐびぐびと一息で飲み干した。

 机の上にはプチ達が寝転がっている。まだお昼寝中のようだ。プチ達はよく眠って過ごす。バッテリー節約のためだ。


「先生、それで企画書は読んでもらえましたか?」

「モチロンデス、面白イ、企画デシタ」


 アイザック・アシモ風太郎は手元の企画書をめくった。


「プチロボットヲ、コンナ風ニ、使ウナンテ、ヨク考エ、マシタネ」

「ふふふ、面白いでしょう?」


 職人ロボは企画書を高速でめくった。体を左右に細かく揺らしながらそれを待つ二人。


「デモ、現状ダト、コノ企画ニ、乗ルコトハ、デキマセン」

「先生! どうしてですか!?」


 全てのページをめくり終えたアイザック・アシモ風太郎は、企画書をバインダーに挟んで片付けた。二人の額から冷や汗が垂れた。


「コストガ、カカリ過ギマス、コレデハ、採算ガ、トレマセン」

「そんな〜」


 しょぼくれる黒乃とメル子。会議はそれで終わった。



 次に二人はメンテナンスルームに通された。様々な装置や工具が並ぶ雑多な部屋。

メル子のメンテナンスであろうか? 今日はそうではない。


「デハ、プチノ、メンテナンスヲ、行イマス」


 その言葉を聞いた作業台の上のプチは、真っ青な顔でメル子の元へ走り寄ってきた。


「みんな大丈夫ですよ。怖くないですからね」


 三体のプチを手のひらに乗せて頬擦りをするメル子。プチ達はメンテナンスが大嫌いのようだ。またこの工場に置いていかれると思い込んでいるからだ。

 泣くプチ達をなんとか宥めすかして検査ケースの中に入れた。検査は滞りなく終了した。



 ——浅草工場からの帰り道。


「今日は残念でしたね」

「うん……」


 夕日に照らされて工場の赤い壁がより赤くなっていた。それを背にして歩く二人。今日はこれで直帰の予定だ。


「いい企画だと思ったんだけどなあ……」

「プチ達はお高いですから……」


 プチロボットシリーズは大変高価な玩具だ。アイザック・アシモ風太郎が採算を考えずに設計してしまったため、現状量産の目処が立っていない。プロトタイプが何体かいるだけだ。

 プチ達は高性能すぎる故に高価だ。しかし安易に性能を下げるわけにもいかない。黒乃の企画にはある程度のスペックが必要なのだ。


「どうしたもんかなあ……この企画は無理だったのかなあ……」


 黒乃はため息を吐いた。それが突風となって、メル子の手のひらで寝ているプチ黒のおさげを揺らした。目を覚ましたプチ黒は怒って腕を振り回した。


「ああ、ごめんごめん」

「プチご主人様、怒らないでください」


 しかし怒りが収まらないプチ黒は、メル子の手から飛び上がると、黒乃のおさげにしがみついた。そして力一杯引っ張る。


「いたた! いたた! こら! なにすんだ!?」

「プチご主人様!?」


 どうやらプチ黒は眠りを妨害されて怒っているのではないようだ。


「こいつ……まさか私に喝を入れているのか?」

「プチご主人様……」


 ようやっとおさげから引き剥がされたプチ黒は再びメル子の手の上に戻った。隣で眠るプチメル子とプッチャを撫でると、自分も再び眠りに入った。


「まさかプチ黒に励まされるとはなあ」

「さすがプチご主人様です」


 夕日を正面に歩いていると愛しのボロアパートが見えてきた。


 黒乃は笑みをこぼした。

 まあ企画が通らないなんてよくあることだ。というか、通らないことが九割だ。いちいち落ち込んでもいられない。ボロアパートの小汚い部屋でメル子の美味しい料理を食べて、風呂に入って寝たら、今日のことは綺麗さっぱり洗い流されてしまうだろう。

 そうしたらまた企画を練り直せばいい。どこかにヒントがあるはずだ。それを探そう。


「こいつめ」


 黒乃はプチ黒の腹を指でグイグイ押した。プチ黒は寝ながらそれを面倒くさそうに押し除けた。

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