第324話 ロボなる宇宙 その二十五
「お嬢様ー! 黒乃様ー! 下がってくださいましー!」
赤竜と黒乃達の間に、黄金色に輝くメイドロボが割り込んできた。光り輝く剣を一閃させると、真っ赤な炎は跡形もなく消え去った。
「アンテロッテー!」
突然の再会に棒立ちになる勇者マリー。手に持った
突然の再会は黒乃も同じだ。
現実世界ではほんの数日の出来事であるが、メル子達タイトバース世界のロボット達にとっては実に三年ぶりの再会だ。
「メル子ォォォオオオオ!」
黒乃は涙を流しながら叫んだ。最愛のメイドロボが今、目の前にいる。愛らしい小さなボディ、ふわりとした金髪、白く艶やかな肌、ガラスのように澄んだ声。
目の前のメル子にはそのどれもがない。なに一つない。しかし黒乃は、この巨大な赤竜がメル子であることを理解していた。
咆哮をあげて猛るドラゴンに、なおも手を伸ばそうとする黒乃。
「黒乃様! お下がりくださいまし!」
「だって、メル子が!」
アンテロッテは
グオオオオオオオ!
赤竜は吠えた。鋭い爪を振り回し、アンテロッテに襲いかかる。鋭い身のこなしで次々とその攻撃を捌いていく剣聖。
「アン子、やめて! メル子が痛がってるよ!」
「戦わないと、全員
「突撃でちゅー!」
「「わぁー!」」
ダンジョンに似合わない可愛らしい掛け声で赤竜に向かっていったのは、ちびっ子軍団のヘイデン騎士団だ。何度も炎に焼かれて
それにも関わらず彼らは勇敢に剣をかかげて走った。
グオオオオオオオ!
赤竜の咆哮の衝撃で地面に転がるヘイデン騎士団。
その時、二つの影が竜王に踊りかかった。
「黒乃山! ぼけっとするな!」
「立って戦いなさい!」
黒いショートヘアに褐色肌の戦士二人が、竜の硬い鱗に飛び蹴りを入れた。
「マヒナ!? ノエ子!? どうやってここに!?」
「まさか伝説の赤竜がメル子だったとはな。どうする黒乃山!」
「倒しますか!?」
その言葉に黒乃は真っ青になった。メル子と戦うなど考えたくもない。
マヒナとノエノエが竜王の相手をしている隙に、アンテロッテが走り寄ってきた。
「黒乃様!」
「アン子!」
「あの竜はメル子さんが
それによりソラリスに憑依されることは防げたものの、以来この姿でヨコハマステーションを彷徨うことになった。
そして誰彼構わず炎を吐く破壊神となったのだ。
「わたくしはメル子さんと何度も対話を試みましたの。何度も倒そうとしましたの」
すべて失敗に終わった。
「黒乃さん! どうしますの!?」
「黒乃様!」
「先輩!」
「シャチョー!? みんなで逃げマスか!?」
「……メル子ちゃんを助けたい」
「アネキ! やっちゃいますかブー!」
黒乃は考えた。
ここは一旦逃げて、体勢を立て直すべきか? 時間がない。ソラリスの分身だってダンジョンの奥底を目指しているんだ。
FORT蘭丸の
オサゲカリバーはどうか? そもそもソラリスに取り憑かれているわけではないので効かないだろう。
黒乃は決断した。
「今、この場で、メル子を元の姿に戻す!」
「シャチョー! やっぱり女将サンを倒すんデスか!?」
「倒さない! メル子は自分の意思で竜王になったんだ。それが使命だから!」
使命とはなにか? ここを守らなくてはならない理由があるに違いない。誰から守るのだろうか。ソラリスから? ではなぜ誰彼構わず襲いかかったのか? 理性を失ったからだろうか?
「さっき微かだけど、メル子はご主人様に反応したんだ。まだ意識は残っているんだ。そこに賭ける!」
戦いが始まった。
竜王
レベル 150
つよい、でかい、こわい
炎で一網打尽にされないように、散開して攻める。主に竜の攻撃を受けるのは、アンテロッテ、マヒナ、ノエノエの高レベル戦士達だ。
ヘイデン騎士団のちびっ子達、FORT蘭丸、ブータンは周囲を走り回り竜の気をひく。
マリーは離れて
桃ノ木は
フォトンは
「メル子ォオオオオオ!」
黒乃は赤竜の正面に立ち、呼びかけた。
「ご主人様だよォォォオオオオ!」
竜が咆哮し、丸太のような爪を振り下ろした。アンテロッテが聖剣でそれを受け止める。
「ご主人様がきたからもう平気だよ、メル子ー! もう戦わなくてもいいんだよー!」
「メル子さん! 黒乃様がきてくださいましたのよ! もうみんな助かりますわ!」
「女将サン! マタ南米ランチを食べさせてくだサイ!」
竜が炎を吐こうと大きな口を開けた。可燃性のガスが喉の奥から勢いよく噴出された。
「まずい!」
マヒナは竜の鼻先にしがみつき、口の中に腕を突っ込んだ。その腕が口の中で高速回転をし、風圧でガスを吹き飛ばした。口を閉じた勢いで牙と牙が打ち合わされ、火花が散る。引火したガスは爆発的に燃え上がり、天井を焦がした。
マヒナは地面に叩きつけられた。その腕は牙によって引きちぎられていた。
「マヒナ様!」
ノエノエが慌ててマヒナに駆け寄った。
「メル子! どうした、竜王の力はその程度か!?」
「メル子! ご主人様に逆らったら鉄拳制裁ですよ!」
マヒナとノエノエが語りかけた。
「メル子ー! 思い出すのですわー! みんなで平和に暮らしたボロアパートのことをー!」
マリーは銃を
「メル子ちゃん、先輩を信じて! 先輩に任せれば大丈夫だから!」
「……また一緒にお昼寝しよう、メル子ちゃん」
皆次々に声をかけた。竜は吠えた。長い首を上下に振り、尻尾を地面に打ちつけた。苦しがっているようだ。やはり、メル子の意識は消えてはいないのだ。
「メル子ォォォオオオオ! 思い出してェェェェエエエ!」
黒乃は
「メル子が作ったタレの味だよ! またメル子の料理が食べたいよ!」
竜が尻尾を振り回した。それは仲間達を次々に薙ぎ倒していった。もう一度尻尾を大きく振り上げる。次の狙いは黒乃だ。
「メル子ォォォオオオオ!」
しかし尻尾は黒乃の手前で止まった。
「黒乃 メル子 たすける」
「マッチョメイド!?」
マッチョメイドとマッチョマスターが弾けんばかりの筋肉で尻尾を受け止めていた。
竜の頭になにかが飛びついた。グレーのもこもこの塊だ。
「ニャー!」
「チャーリー!?」
「女将、このドラゴンは本物か?」
「美食ロボ!?」
赤竜の鉤爪をくらい、美食ロボは遥か彼方に吹っ飛んでいった。
次々に仲間が集まってきた。この変化する広大なダンジョンではあり得ないことだ。
『はぁ〜い、黒乃〜』
「んん!? この声はルビー!?」
声を発していたのは、白目を剥いたFORT蘭丸であった。
『今、ダーリンの体を借りて話しているよ〜』
「ルビー!? どうしたの!?」
FORT蘭丸のマスターであり、神ピッピのプログラマでもあるルビー・アーラン・ハスケル。彼女は黒乃達の肉体がある、
『やっとヨコハマステーションのダンジョン生成アルゴリズムを解析できたよ〜』
一見、無作為に変化しているように見えるダンジョンも、あくまで特定のアルゴリズムに基づいて生成されていたのだ。
そのアルゴリズムを理解して構造を把握するなど、人間には不可能だ。しかし、疑似乱数を予測できるほどの神懸った数字勘をもつルビーに不可能はない。
彼女はダンジョンの変化を予想し、最短ルートで皆をここまで導いたのだ。
マッチョマスターとマッチョメイドは竜に挑みかかった。鉤爪の雨を掻い潜り、後ろ足を掴んで動きを止めた。
「メル子! みんなきてくれたよ! みんな仲間だよ!」
黒乃はひたすらタレを発射した。タレが口に入るたびに、竜は悶えた。
よろよろとふらつきながら起き上がる戦士達。満身創痍の体で竜の巨体にしがみついた。
「メル子、今いくよ。ご主人様がメル子を戻してあげるからね」
「アネキ! いきますブー!」
黒乃はブータンの背中に乗った。そして豚は飛んだ。
「メル子ォォォオオオオ!」
その勢いを利用して、黒乃は竜王の首にしがみついた。竜は首を上下に振って振り落とそうとする。しかし黒乃は離れなかった。
「もう離さない! ずっと一緒だよ!」
力一杯首を抱きしめた。艶のある硬い鱗の下からメル子の体温が伝わってくる。
グォオオオオオオオ!
竜は吠えた。青い宝石のような目から涙が零れ落ちた。黒乃はさらに力を込めた。
「フンフンフン!」
首を目一杯締め上げた。
「あれは!? 黒乃山の必殺技!」
「「さば折りだ!」」
「フンフンフン!」
竜は哭いた。その巨大な体から力が抜けていく。地面に腹をつけ、翼は萎れた花びらのように折り畳まれた。
竜から光が溢れ出る。光は竜の輪郭を包み隠し、一つの球となった。やがて光は弱まり、点となり消えた。
そこに残されたのはご主人様と、その腕に抱かれたメイドロボであった。
「お待たせ、メル子」
メイドロボはご主人様の大平原に頬を当ててつぶやいた。
「本当にもう……待ちましたよ……」
黒乃は最愛のメイドロボを力一杯抱きしめた。
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