第323話 ロボなる宇宙 その二十四
——
メル子、アンテロッテ、FORT蘭丸、フォトンは走っていた。
「アン子さん!」
「なんですの!?」
「トレインワームを倒してください!」
「メル子さんがおやりなさいな」
「無理です!」
背後から迫り来る巨大ミミズのトレインワーム。体長二百メートルの巨大な怪物は、大きな口を開けて冒険者達を丸呑みにしようと襲いかかってきた。
「一匹ならまだしも、こう数が多くてはキリがありませんわ」
そう言いつつも、アンテロッテは
しかし、すぐその後ろから別の個体が迫ってきていた。
「車両間隔は調整してください!」
「女将サン! 朝のラッシュ時は電車といえど渋滞していマス!」
FORT蘭丸は頭の発光素子を明滅させて叫んだ。
トレインワームはレアモンスターのはずであるが、『特異点』の出現以降、ザコモンスターばりに出現率が高まっている。なにかから逃げるようにして、巣を走り回っているようだ。
「……例のソラリス教団の連中かも」
フォトンはぼそりとつぶやいた。
ソラリス教団。
暗黒神ソラリスを信奉する信徒達の集団。以前からその噂はあったようだが、『特異点』以後、活動が活発化している。
タイトバース全土に散らばり、同志を集めているのだ。噂によれば、ウエノピアとアキハバランドの元首もソラリスに乗っ取られてしまったらしい。
彼らは
「やはり、
「もともとそういうゲームですの」
ひたすら地味な探索を続ける。
メル子達は既に第二層である『ヤエチカ』までは攻略している。ゲーム時代であれば、一度訪れた階層へはワープで移動ができるのだが、『特異点』以降はそれができない。
だから地味な探索が必要なのだ。
「女将サン! 疲れまシタ!」
「……お腹減った」
実際探索は疲労と空腹との戦いだ。ワープができない以上、歩きで物資をダンジョン内に運び入れる必要がある。
アサクサンドリアのヘイデン騎士団がその助力をしてくれることになった。先の戦争での、剣聖アンテロッテの武功によるものだ。
騎士団以外にも、タイトバースの世界に取り残されたロボット冒険者達もダンジョンに挑んでいる。
だが、その戦力は広大なダンジョンに比べていかにも非力だ。
「もっと大部隊でダンジョンに挑まないといけません……」
しかしそうもいかない。戦争はまだ終わっていないのだ。ウエノピア軍とアキハバランド軍は一旦兵を引いたに過ぎない。次の侵攻はいつになるだろうか。
メル子達は歯がゆい思いで薄暗いダンジョンを進んだ。
——
地味な探索は続く。迷宮は広大で複雑だ。圧倒的に物資が足りない。ダンジョンの攻略よりも、物資の確保に時間を費やしている。それはダンジョンを深く潜るほどに顕著になるだろう。
ダンジョン内で補給できる物資などごく僅かだ。
「アン子さん」
「なんですの?」
「剣聖の力でワープとかできないのですか?」
「ワープならFORT蘭丸さんができますのよ」
FORT蘭丸の
「……でも蘭丸一人しか帰れない。クソスキル」
「レベルが上がレバ、効果範囲が広がりマスよ!」
——
とうとう、ソラリス教団と遭遇した。獣人のパーティだ。彼らは生まれついての戦士であり、ダンジョン内での生存適性も高い。
問答無用で戦闘となった。ソラリスに取り憑かれた彼らは強敵だ。元はタイト人といえど容赦はできない。
「ハァハァ、勝ちました」
「ダンジョン内のモンスターだけでなく、ソラリス教団と戦わないといけないのはきついですわね」
ますます物資が足りない。何度もダンジョンと街を往復しなくてはならない。何ヶ月もこの作業に費やした。
その間、地上では何度も戦争が起きた。
「……いよいよ、聖都がピンチかも」
キャンプ地で焚き火を囲みながらフォトンはぽつりと漏らした。
明らかな手詰まり感を感じていた。本当にこの方法でダンジョンを攻略できるのだろうか? ゲーム時代はこんな方法での攻略は想定していなかったはずだ。攻略は不可能なのではないか?
「一旦ダンジョン攻略は、やめにした方がいいのかもしれませんわ……」
その言葉にメル子はいきり立った。
「なぜですか!? アン子さんがダンジョン攻略を言い始めたのですよ!? それにここでやめてどうするのですか!? 攻略できなかったら、現実世界に戻れませんよ!」
メル子は
「攻略しないとは言っていませんの。戦争を終わらせて、みんなでダンジョンに挑むべきだと言っているんですのよ」
メル子は顔を真っ赤にした。
「いったい誰がそんなことをできるというのですか!? 戦争を終わらせるなんて無理です! 剣聖の力でもできなかったではないですか! そんなことをしていたら、永遠にゲームの中です!」
メル子があまりに激昂するので、FORT蘭丸とフォトンは慌ててなだめにかかった。
マスターに対する依存度が最も高いのはメル子だ。気持ちは痛いほどわかる。だが、状況は全員にとって同じなのだ。
——
メイドロボ二人は、
結局のところ、パーティは解散となった。
FORT蘭丸はアキハバランドへ、フォトンはサンジャリア大聖堂に向かっていった。それぞれの使命を果たすためだ。
アンテロッテの案に乗った形になる。
しかし、メル子とアンテロッテはダンジョンに残った。
「アン子さんはどうしてダンジョンに残りましたか? 私一人だって探索はできますよ」
アンテロッテは薄暗いダンジョンの中にあっても黄金色に輝く縦ロールをかきあげた。
「メル子さんを放ってはおけませんわ。一人ではなにもできませんものね」
「一人でも平気ですよ!」
「……メル子さんはわたくしの親友ですもの。助けるのは当然ですわ」
メル子の目から涙がこぼれ落ちた。
そう、寂しくてしょうがない。ご主人様とはもう一年も会えていない。だから、がむしゃらにダンジョンに挑んだ。
「アン子さん!」
「メル子さん!」
二人はしっかりと抱き合った。この恐ろしいダンジョンの中で、信頼できるのはお互いだけだ。この友情が最後の糸だ。地上へと繋がる希望の糸。
——
極寒の地獄。二人は吹雪に耐えながら進んでいた。
「アン子さん! いますか!?」
「いますのー!」
寒さで朦朧とする意識の片隅に声が聞こえた。赤ん坊の泣き声だ。
「アン子さん! 赤ちゃんが泣いています!」
「なんですって!?」
これまでも時折聞こえた赤ん坊の声。その泣き声は、メル子に少しずつ影響を与え始めた。
そして、さらに月日は流れた。
——
無限に拡張を続ける生きたダンジョン『ヨコハマステーション』。そこはすべてのものを飲み込み、糧とする。
二人はダンジョンを彷徨った。彷徨い続けた。ここを突破するのは、不可能なのではないかと思った。
ヘイデン騎士団の連中もここで足止めをくらっているようだ。
絶望が探索者を侵食しようとしたその時……。
メル子はソラリスの分身と遭遇した。
空に浮かぶ謎の『特異点』から分裂した暗黒神の
そして悟った。
ソラリスの意思を。
「メル子さん!」
黒いスライムに寄生されるメル子。アンテロッテは
その一瞬の迷いが命取りであった。
「うぁぁぁぁぁぁああああ!」
「メル子さんー!」
メル子は
「メル子さんー!」
その時、アンテロッテはある変化に気がついた。
メル子の背中から大きな羽が生えてきたのだ。絹のようにしなやかな翼だ。
変化はみるみる大きくなってきた。赤い鱗、紋様の浮いた牙。体がどんどん膨らんでいく。
「アン子さん……ごめんなさい……私は私の使命を果たします……」
メル子は巨大な赤竜へと変貌を遂げていた。竜が一声吠えると、その衝撃波でアンテロッテは地面に転がった。
憑依しようとしていたソラリスさえも、強大な竜を支配することは叶わなかったようだ。無限に広がるダンジョンの奥へと逃げていった。
そして竜は真っ赤な炎を吐いた。アンテロッテはなすすべなく
それ以降、第七層は竜王の支配地になった。誰も近づけない。
ヘイデン騎士団が何度も赤竜に挑んだが、すべて返り討ちにあった。
赤竜はすべてのものを拒んだ。まるでダンジョンの奥底にあるものを守るかのように。
竜王は彷徨い続けた。
「メル子……」
黒乃は赤竜の鼻先にそっと触れた。およそ三年ぶりのご主人様とメイドロボの
それは幻想的な光景だった。
白ティー丸メガネの
ステータス一覧。
レベル 60
ジョブ
スキル
装備
使命 竜王になる
レベル 100
ジョブ
スキル
装備
使命 マリーを助ける
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