第322話 ロボなる宇宙 その二十三
——聖都アサクサンドリア、冒険者ギルドの酒場。
「ガハハハ! いやー、でも楽しかったね!」
「冒険という感じでしたね!」
クロノス一行とお嬢様は一つの机を囲んで宴を開いていた。誰一人酒は飲まないので、木樽ジョッキの中はブドウジュースだ。机には巨大な骨付き肉の塊、ボウルいっぱいのスープ、カチコチのパンがこれでもかと並べられていた。
「ガハハハハ! 明日はどうしようか!?」
「先輩、またダンジョンに潜りますか?」
「シャチョー! 町でクエストをこなすノモいいデスよ!」
「……クロ社長、肉にタレちょうだい」
「ほいよ」
「ご主人様、ここは堅実にレベル上げをするのがよろしいかと」
「襲ってきた騎士団に殴り込みですわー!」
「黒乃さん、こっちにもタレをくださいな」
「ほいよ」
一行はジョッキのブドウジュースで乾杯をした。もう何回目の乾杯かもわからない。夜も更けてきた。子供組はとっくに部屋に戻り、他のメンバーも机に突っ伏して寝ていた。
起きているのは黒乃とメル子だけだ。
「いや〜、タイトクエストってよくできてるゲームだなぁ」
「そうですか? バグで酷い目に遭いましたが」
「うへへ、まあね。でも楽しかったよ」
黒乃はジョッキをメル子に向けて突き出した。
「はい! 楽しかったです!」
メル子もジョッキを突き出し、お互いのジョッキを打ちつけあった。
「明日も楽しく冒険しましょうね! ……あれ?」
突然、黒乃が目の前から消え失せた。
「あれ? ご主人様? どこにいきましたか?」
急にあたりが静まり返った。酒場だというのに物音一つない。メル子は立ち上がって周囲を見渡した。冒険者で溢れていたはずの酒場は、ほとんど空席になっていた。
「桃ノ木さんもいません。ご主人様! どこにいきましたか!?」
メル子はテーブルの下を探した。誰もいない。酒場がざわめきだした。冒険者達の多くが消えていたのだ。
「なんでしょうか? サーバの不調でしょうか? アン子さん、起きてください! 蘭丸君!」
テーブルで眠るアンテロッテを揺すって起こした。
「なんですの? お嬢様はどこですの?」
「マリーちゃんとフォト子ちゃんは部屋に戻っています!」
「……なんかマリーちゃんが消えちゃった」
眠そうな目を擦りながら上階から降りてきたフォトン。
少しずつ状況が飲み込めてきた。消えたのは人間の冒険者だ。ロボットの冒険者とタイト人は無事のようだ。
「ステータスオープン!!!」
メル子は絶叫してステータス画面を開いた。
「皆さん、一旦緊急ログアウトをしましょう」
「なんですの? もうゲームは終わりなんですの?」
「イヤァー! もっと遊びたいデス!」
「……なにかいやな予感がする」
メル子はステータスパネルの緊急ログアウトボタンを押した。本来ならば大聖堂でログアウトするのが正しい手順だが、なにかあった時のために、どこででもログアウトできる機能が用意されているのだ。
「あれ? この、この! ボタンが赤くなっていて反応しません!」
メル子は何度もボタンを押したが、エラー音が返ってくるだけだ。
「では、サンジャリア大聖堂にいきましょう。そこなら正式なログアウトができます。それ! 大聖堂までワープ! できません!」
ファストトラベルの項目も赤く表示されていて、機能していないようだ。
——数日後。
メル子は酒場のテーブルの上に頬をつけていた。
「うう……ご主人様……ご主人様……」
メル子は生きる気力を失っていた。
タイトバースの世界にロボット達が閉じ込められてしまったのは早々に判明した。ログアウトもできない、ファストトラベルもできない、現実世界との連絡もとれない。
打つ手がなかった。
「……メル子ちゃん、元気だして」
テーブルの横に座った青いロングヘアの子供型ロボットは、メイドロボの背中を撫でた。
「……今、アン子ちゃんと蘭丸が色々調べてるから」
「……」
メル子はフォトンから顔を背けた。相手の顔を見たくないし、自分の顔も見られたくない。
「どうしてご主人様は、私達を助けにきてくれないのでしょうか?」
「……きっとみんな助けようと頑張ってる」
「本当でしょうか?」
アンテロッテとFORT蘭丸が酒場に戻ってきた。
「戻りましたの」
「女将サン! いくつか情報が入りまシタよ!」
人間達が強制ログアウトさせられたこと、タイトバースの上空に現れた謎の黒い物体『特異点』のこと、アサクサンドリアを支える巫女サージャが行方不明になったこと、そしてソラリス教団の存在。
タイトバースはまさに、暗雲に覆われようとしていた。
「さあ、メル子さん。いきますわよ」
「……」
「メル子さん?」
「どこにいくのですか……?」
メル子は相変わらず誰とも目を合わせようとしない。アンテロッテはメル子の腕をつかんで引っ張り上げた。
「
「そんなの噂ですよ……」
メル子はその手を振り解いた。
「私はここでご主人様の助けを待ちます……」
——特異点出現から一ヶ月経過。
タイトバースの情勢はさらに変化していた。
西方の国家ウエノピア獣国と、南方の国家アキハバランド機国が同時に聖都に向けて侵攻を開始したのだ。両国とも国家元首がすげ替わってからの同時侵攻だ。何者かの意図がそこにあるのは明白であった。
相変わらず酒場でテーブルに突っ伏すメル子。木製のジョッキがいくつもテーブルに並んでいた。
「……メル子ちゃん、大丈夫?」
フォトンはその背中を撫でた。張りと艶やで輝いていたメイドロボの肌は、絶望と不安で青く燻んでいた。
「どうしてご主人様は私を助けにきてくれないのでしょうか?」
毎日同じ疑問を口にした。
いつだって黒乃は助けにきてくれた。なにが起きても、どこにいても、必ずだ。
「もう私のことなんて忘れてしまったのでしょうか?」
テーブルに涙が滴った。涙を拭き取ろうとしたフォトンの手を振り払った。
「みんな私達ロボットのことなんて忘れてしまったのです……」
「……そんなわけない」
フォトンは怒って酒場から出ていってしまった。彼女が出ていった扉を眺めた。薄暗い酒場と光が差し込む扉。
自分でも嫌になった。みんなこの状況をなんとかしようと走り回っているのに、自分はこの様だ。
ご主人様がいないとなにもできない自分が嫌になった。助けを必要としているのは自分だけではないのに。あんな小さなロボットだってもっと立派だ。
——特異点出現から二ヶ月経過。
「聞いたか? 剣聖アンテロッテ様のこと!」
「もちろんだぜ!」
冒険者ギルドの酒場はタイト人で賑わっていた。冒険者の数が激減してしまったため、現地人であるタイト人を相手に商売を始めたようだ。
「なんでも、一人でウエノピアの獣王軍を蹴散らしたそうだぜ!」
「アキハバランドのロボット軍団も手も足も出ないそうだ!」
聖都が侵攻を受けてから一ヶ月。現在のところはよく持ち堪えている。ただしそれは奇跡的にだ。
聖都を守るはずの三つの騎士団、シャーデン騎士団、ハイデン騎士団、ヘイデン騎士団のうち、ハイデン騎士団がアキハバランドへ亡命したのだ。これにより盤石なはずの聖都の守りは崩壊した。
その欠けた騎士団を補っているのが剣聖アンテロッテだ。現地に残されたロボットの冒険者達をまとめ上げ、剣聖軍を組織したのだ。彼女は今、英雄として祭り上げられている。
彼女の活躍もあって、両国とも一旦聖都から引き上げた。今日はその勝利の祝杯で酒場は大盛況だ。
その噂の剣聖が酒場にやってきた。
「アンテロッテ様だ!」
「英雄だ!」
「美しい……」
剣聖はメイドロボの隣の席に座った。
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れた。酒場は静まり返り、二人に注目した。
「なにをしにきましたか……?」
「ウエノピアとアキハバランドを率いているのは、チャーリーと美食ロボですの」
メル子は一瞬喉を詰まらせた。なぜ彼らが?
「彼らを操っているのは、あのローション生命体ソラリスですの」
次々に明かされる情報にメル子は混乱した。
「ソラリスが出てきた以上、もうゲームの話では済みませんの。やつと戦わなくてはなりませんのよ」
目を伏せながらメル子は問いかけた。
「なぜアン子さんはそんなに強いのですか? マリーちゃんがいなくて寂しくないのですか?」
金髪縦ロールのメイドロボは、太陽のように輝く髪をかきあげた。
「わたくしはお嬢様を信じておりますの。お嬢様は全力でわたくしを助けようとしているはずですわ。だったらわたくしも全力で生きるだけですわ。お嬢様がくるその日まで、やれることをやるだけですの。オーホホホホ!」
その言葉にメル子は震えた。
自分はご主人様を信じていないのだろうか? そんなはずはない。ご主人様はいつだって期待を裏切らなかった。信じているはずだ。
助けがこないのではないかと疑ってしまうのはなぜだろう? なぜ自分はこんなに弱いのだろう?
アンテロッテは席を立ち、扉を通り抜けて出ていった。薄暗い酒場が一瞬光で照らされた。
代わりにメル子のところにやってきたのは幼い少女であった。粗末な麻の服に、サンダル。伸び放題の赤毛を頭の上で二本に結んでいる。エプロンだけは純白で清潔そうだ。
酒場で働く身寄りのない子供だ。ブドウジュースが入ったジョッキと、味気のない肉のスライスを机の上に置いた。
「ありがとう……えーと」
「クロリーだよ、なんかいもおしえたでしょ?」
「ああ……ありがとうございます、クロリーちゃん」
クロリーはテーブルに立てかけられた棒を不思議そうに眺めた。
「ねえ、メル子お姉ちゃん。これなあに?」
「刺股ですよ。なんの役にも立たない棒っきれです」
「でも、なんかこれつよそう!」
クロリーは刺股を握りしめると天井に向けて掲げた。
「やあやあ、われこそは剣聖クロリーなるぞー!」
その愛らしさに酒場のタイト人は大いに盛り上がった。
「ねえ、お姉ちゃん。こんなにつよそうな武器があるのになんで戦わないの? 剣聖様のおともだちなんでしょ? 戦わないと街がなくなっちゃうよ」
クロリーの顔に影がさした。メル子は答えに詰まり困り顔になった。
「私はメイドロボですから、戦いませんよ。どうしてメイドロボが戦わないといけないのですか」
「そうなんだ」
それだけ言うと、クロリーは食器を大量に抱えて厨房へと戻っていった。背中のエプロンのリボンが可愛らしく弾んだ。
「まるでメイドさんですね」
メイド。
メイドとはなんであろうか? 食事を作るのがメイド? 掃除をするのが? 洗濯?
もう思い出せなくなっていた。メイドの仕事などタイトバースにきて二ヶ月間、一度もしていない。
メイドとはなんだったか?
メル子は厨房のクロリーを見た。この戦争の最中にあっても無邪気な笑顔を見せてくれる少女。
メイドの仕事とは……。
メル子は刺股を握りしめた。そして立ち上がり、酒場の扉を開ける。特異点の出現により太陽は隠され、暗闇に覆われたタイトバースの大地。しかしメル子の目には、外の世界の光は眩しく感じた。
「みんなを笑顔にするのがメイドロボのお仕事」
ステータス一覧。
レベル 2
ジョブ
スキル
装備
使命 竜王になる
レベル 30
ジョブ
スキル
装備
使命 マリーを助ける
レベル 2
ジョブ
スキル
装備
使命 のんびり暮らす
レベル 2
ジョブ
スキル
装備
使命 サンジャリア大聖堂に壁画を描く
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