第321話 ロボなる宇宙 その二十二

 第六層『シンジュクターミナル』のキャンプ地に、総戦力が集結していた。

 このエリアを突破するための作戦会議だ。

 広大なエリアに巣食う狂騎士くるっセイダーをなんとかしないことには、補給部隊が活動できない。ダンジョンの奥に潜れば潜るほど、補給物資の重要性は増す。

 しかし狂騎士の数はあまりにも多い。殲滅するのは不可能のように思える。


「さあ、黒乃山どうする?」


 焚き火で炙った豚肉を齧りながらマヒナは聞いた。皆、戦いに備えて食事中だ。


「大将を叩くのがいいと思う」

「まあ、それがセオリーだが。しかしどうやって大将に近づく? 狂騎士達の結束は固く、狂騎士団長の信頼も厚い。彼らを突破するのは困難だぞ」


 黒乃は豚肉にタレをかけて齧り付いた。甘辛い味わいが脂の多い豚バラと絶妙にマッチした。


「ふふふ、マヒナは月の女王。考え方がホワイトだね。逆に私はブラック企業の社長。社畜の扱い方は心得ている」


 それを聞いたFORT蘭丸は、プルプルと震え出した。


「イヤァー! またシャチョーが悪巧みシテいマス!」





「ご苦労様でちゅ! ご苦労様でちゅ!」


 ヘイデン騎士団の騎士達は、白旗を上げながら狂騎士の本陣に近づいた。

 ここはシンジュクターミナルの中心にそびえる、トチョータワーだ。その入り口に陣を構え、冒険者を迎え撃とうとする狂騎士達。突然現れたチビっ子騎士団を唖然と眺めた。


「差し入れでちゅ! 狂騎士団長に差し入れでちゅ! 絶対に団長に届けてくだちゃい!」


 ヘイデン騎士団の幼女団長ヘイデンは、荷車に積まれた食料を彼らの前に残して去った。

 ヘイデン騎士団は大迷宮メトロ攻略で聖堂送りごりんじゅうになりすぎて、デスペナルティにより子供になってしまったのだ。



「黒乃山!? どういうことだ!? 貴重な食料を敵に差し出すなど!」


 これらの食料は補給部隊が命懸けで運び入れたものだ。まさに敵に塩を送る行為にマヒナは憤慨した。


「くくく、これでいいのだ。しばらくこれを繰り返すのだ」

「イヤァー!」


 悪い顔で笑う黒乃を見て、FORT蘭丸は震え上がった。





 その結果、狂騎士団は崩壊した。彼らによって狂騎士団長が討ち取られたのだった。


「黒乃山!? これはどういうことだ!? なぜクーデターが起きたんだ!?」


 陰鬱な表情を浮かべていた狂騎士は、皆一様に浄化された笑顔を見せていた。もはや彼らに戦う理由はなくなった。彼らに死の行軍デスマーチを命じるものはいなくなったのだ。


「ふふふ、狂騎士達は元々過剰なストレスを受けていたのさ。彼らの団長からね。そのストレスを冒険者に向けて襲いかかってくる、というのがこの階層のコンセプトなのさ」


 黒乃はそれを逆手に取り、団長を接待した。一番良い食料を献上し、団長だけに良い思いをさせた。

 その結果、狂騎士しゃちく達はキレた。怒りをぶつけるべきは、無関係な冒険者クライアントではなかった。無能な上司だったのだ。

 シンジュクターミナルは社畜達の怨嗟が渦巻く地獄だったのだ。


「さすがゲーム開発者にして社長。ゲームと社員を知り尽くしているな」

「ボクもブラック企業はコリゴリデス!」

「じゃあ、メル子の無料ランチが食えない会社にいくんだな」

「イヤァー!」


 FORT蘭丸は床に突っ伏して涙を流した。





 ——大迷宮メトロ第七層『ヨコハマステーション』


 大迷宮メトロ最難関エリアとして呼び声が高いこの場所。

 その作りは、第一にコンクリート、そして鉄板、フェンス、コード。工事中の看板、立ち入り禁止のテープ、頭上注意の立て札、足元注意の標識。すべてが精神をえぐってくる。

 その陰鬱さはシンジュクターミナルを凌駕する。終わりのない、果てしのない、キリがないといった言葉が相応しい。


 黒乃達と小さな騎士達は、そのヨコハマステーションを進んでいた。


「ハァハァ、なんだここ。なんだここ」

「シャチョー! マタ元の場所に戻ってきてしまいまシタよ!?」

「……なんのセンスもない、うんざりするような光景」

「先輩、私の地図ぐるぐるまっぷも役に立ちません」

「お腹が減ったブー!」


 この階層はただ広いだけではない。無限に変化し、拡張されるのだ。ダンジョンができて以来、第七層の工事が終わったことは一度もない。


「広い、怖い、臭い、汚い……精神にズシンとくる……」


 あまりに通路が入り組みすぎていて、自分達が進んでいるのか、戻っているのかすらわからない。気がつくと入り口に戻ってきていたりするのだ。

 これまでの階層は、しばらくうろついていれば誰かしらのチームと出会えたのだ。その度にここにいるのは自分達だけではないことを知り、多少の安堵感は得られたものだ。

 しかしここでは誰とも出会えない。常に変化する構造がそうさせた。他のチームは全滅してしまったのではないか? このダンジョンは意思を持っていて、自分達を孤立させようと企んでいるのではないか? 我々は永久にここを彷徨う亡霊になるのではないか?

 思考の螺旋がますます自分を追い込んでいく。


「まただ……」


 時折響く、謎の咆哮。ダンジョン全体が揺さぶられているのではないかという振動。そしてあちらこちらにある焼け焦げの跡。


「本当にこのエリアにアンテロッテがいるんですの?」


 背中に二丁の銃を背負った小さなマリーが、さらに小さい騎士に向かって声をかけた。


「いまちゅ! 剣聖アンテロッテ様はこの階層のどこかにいまちゅ!」


 幼女団長は鎧を盛大に鳴らした。後ろに控えるチビっ子団員達も激しく首を上下に振った。

 幼女団長こと、ヘイデン騎士団の団長ヘイデンは、アンテロッテと組んでこの階層を攻略していたのだった。

 しかし結局、第七層を突破することは叶わなかった。理由は二つある。一つは変化するダンジョンであること。そしてもう一つは謎の赤竜の存在だ。

 ヘイデン騎士団はこのエリアに突如として現れた赤竜に、何度も焼かれて聖堂送りごりんじゅうを繰り返した。


「とうとう出たか、噂の赤竜」

「アンテロッテはその赤竜と戦っているのですわね」


 ヘイデンの話によれば、この階層は神獣や幻獣が多数生息するエリアだったようだ。しかし今はもぬけの殻だ。すべて赤竜によって焼き尽くされてしまったのだ。

 赤竜はここにやってくる者、誰彼構わずに炎を吐いた。この先に潜むなにかを守るかのように。まさに地獄の門番だ。


「あかん、聞けば聞くほどクリアできる気がしない」

「黒乃さん! しっかりしてくださいましー!」


 黒乃はタレ魔法たれまじっくでタレを撒きながら進んだ。これは一度通った道を知るための目印だ。ブータンの鼻があれば匂いですぐにわかる。

 しかしもちろんこれは気休めだ。構造が変わるダンジョンには通用しない。当然わかっているが、やらずにはいられない。



 そしてそれは唐突にやってきた。


 地面に伝わる振動。


 轟く咆哮。


 なにかが焼ける匂い。


 伝説の竜がとうとうその姿を現した。赤い鱗、しなやかな絹のような翼、紋様の浮いた牙、青みがかったその瞳。


「イヤァー! 出まシタ! ドラゴンデス!」

「……終わった」

「豚の丸焼きはごめんですブー!」

「先輩! 逃げましょう!」


 一行は一目散に赤竜に背を向けて走り出した。


「勝てる気がしませんのー! 黒乃さん!?」


 しかし黒乃はその場に立ち尽くしていた。


「なにをしていますの!? 逃げないと丸焼きで聖堂送りごりんじゅうですのよ!?」


 マリーが戻り、黒乃の腕を引っ張ろうとした。しかしマリーは衝撃を受けて停止した。黒乃は泣いていたのだ。


「メル子……」

「え!? なんですの!?」


 赤竜が大きな前足で地面を踏み鳴らした。衝撃で二人の体は跳ね上がり、地面に転がった。

 竜はその巨大な口を二人に近づけてきた。そして上下に大きく開けた。長い牙、短い牙、無数の牙。赤い舌の奥からシューシューと空気が漏れる音が聞こえる。可燃性のガスだ。

 黒乃は跪いた姿勢で両腕を大きく広げた。竜の巨大な鼻先が目前に迫ってくる。黒乃はそっと手で触れた。


 グオオオォォォォオオオ!


 竜が吠えた。空気が振動し、黒乃の丸メガネがカチカチと音を立てた。体をくねらせ、羽をばたつかせ、尻尾を振り回した。そして竜が大きく胸を膨らませると、あたり一面にガスの匂いが充満した。


「炎を吐く気ですのー!」


 赤竜は牙を打ち合わせた。火花が散ったと思った次の瞬間には、黒乃とマリーは炎に包まれていた。


 しかし、その熱気は黒乃達まで届いてはこなかった。空間が断絶されたように炎が遮断されていた。


 二人は見た。竜の前に立ちはだかる、黄金色に輝くメイドロボを。


「オーホホホホ! お嬢様ー! お待たせいたしましたわー!」


 金髪縦ロール、シャルルペローの童話に出てきそうな鎧。そして光り輝く剣。

 その剣を振り払うと、炎は霧のように消滅した。


「待たせたのは、わたくしの方ですわよ……アンテロッテ」


 最愛のメイドロボを見るマリーの視界は涙でゆがんだ。




 ステータス一覧。


 黄金のゴールデンアンテロッテ

 レベル 100

 ジョブ 剣聖ソードマスター

 スキル 高笑いオーホホホホ

 装備 草刈りの剣クサカリブレードドレスペローアーマー

 使命 マリーを助ける

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