第320話 ロボなる宇宙 その二十一
——
「ううう、寒い」
「寒いですわー!」
黒乃チームは雪山を歩いていた。羽織っている分厚い毛皮のマントは、ファイアーベアーから剥ぎ取ったものだ。
この階層は野生の動物が
しかしその猛獣達でさえ、この吹雪には太刀打ちできない。彼らはただ、それが過ぎ去るのを震えて待つしかないのだ。
黒乃達はその吹雪に逆らって進んだ。
「みんないるー!?」
「いますのー!」
「いるブー!」
「先輩、ここです」
「……蘭丸が凍りついて動かなくなった」
ひたすら雪の斜面を進む。吹雪でお互いの姿が見えなくなった。声を掛け合いながらひたすら進む。
黒乃は吹雪の中、微かな声を聞いた。
「まただ……」
「先輩、どうしました?」
「赤ちゃんの鳴き声がする……」
この猛吹雪の中、そんな声が聞こえるわけがない。そのことは一瞬で黒乃の頭の中から吹き飛んだ。
横なぎの風に煽られて全員地面に伏せた。お互いの体にしがみつき、飛ばされないように円陣を組む。
「あかーん!」
「どうしますのこれー!」
「……眠い」
「フォト子ちゃん、寝たらダメよ!」
その時、黒乃の腕を何者かがつかんだ。一瞬、火で炙られたかのような熱気を腕に感じた。
「こっちだ」
いつの間にか目の前にいたのは、筋骨隆々の中年ロボットであった。鋭い目つきに、濃い髭。雪山登山装備で全身を固めたその男は、黒乃を力強く引っ張り起こした。
「お前はビカール三太郎!?」
「足が動かないなら歯で歩け」
「歯で!?」
一行は登山ロボのビカール三太郎を先頭にして山を登り始めた。はぐれないように、お互いの体をザイルで結ぶ。氷漬けのFORT蘭丸は最後尾で引きずられた。
ビカール三太郎のボディからは蒸気が噴き出ている。その圧倒的なエネルギーは、大自然の力をも凌駕するのではないかと思わせた。
「なんという男だ!」
黒乃の脳裏にある記憶が蘇ってきた。
昔、こうして雪山を登ったことがあった。メル子とアンテロッテのマスター設定が入れ替わり、それを解消するために富士山に登ったのだ。あの時だって、ビカール三太郎に助けられながらも登頂を果たしたのだ。今回も同じだ。きっとやれる。
「マリー! いけるかい!?」
「へっちゃらですわー!」
お互い強くなったように思う。まったく世話の焼けるメイドロボだ。ご主人様がいないとすぐこれだ。
吹雪が頬を打ち付ける。寒さと轟音で思考が混乱してきた。あれから色々あった。月にも行ったし、無人島にも行った。極め付けは異世界だ。どこにでもいってやるさ。メル子がいればどこにだっていける。もう一人じゃどこにもいけないかもしれない。メル子がいないとダメなんだ。
ああ、まただ。赤ちゃんの鳴き声が聞こえる。
気がつくと黒乃は雪山の洞窟の中にいた。そこには、焚き火の炎で赤く照らされた老人とメイドがいた。
「え……トーマス・エジ宗次郎博士!? ルベールさん!?」
スーツに蝶ネクタイの白髪ロボットと、クラシカルなヴィクトリア朝のメイド服が麗しいメイドロボ。その二人の姿はあまりにこの雪山に似つかわしくなく、黒乃は幻覚でも見ているのかと錯覚した。
「どうして二人がここに!?」
黒乃達は疲労のあまり焚き火の前にへたり込んだ。
「ワシも今回の事件、黙って見ておったわけではないぞい」
トーマス・エジ宗次郎、ニコラ・テス乱太郎、アルベルト・アインシュ太郎、ルベールは、近代ロボットの祖、隅田川博士によって作られたロボットだ。そのボディと電子頭脳の設計は特別で、今回のタイトクエスト事件に巻き込まれることはなかった。
「ワシもタイトバースの設計を解析して、一時的にじゃがデータを送り込むことに成功したのじゃ」
聖都アサクサンドリアでの戦いの折にも、トーマス・エジ宗次郎とニコラ・テス乱太郎はそれぞれ巨大ロボをタイトバースに送って、戦いに加勢したのだった。
「黒乃様、よく頑張られましたね。私も少しですが、お手伝いします」
「うおおおお! ルベールさーん!」
黒乃はルベールの膝の上で泣いた。純白の清潔なエプロンはかつての日常を思い起こさせた。
「この雪山の山頂に、猛吹雪を巻き起こしている魔獣がおるのじゃ」
「そうか! そいつを倒せば……!」
吹雪を止めるのは、第五層を攻略する上で必須である。単にこの階層を通り抜けられれば良いというものではない。補給物資が必要だからだ。この吹雪の中、補給部隊が活動するのは不可能である。
氷漬けになったFORT蘭丸とビカール三太郎をキャンプ地に残して、黒乃達は山頂を目指した。
山頂で待ち構えていたのは、褐色の毛皮に覆われた巨大な猿であった。
「あれがこの階層の主、ビッグフットか。いや、デカすぎる」
その体長は十八メートルはある。巨体を震わせ雄叫びをあげるたびに、暴風が巻き起こった。
ビッグフット
レベル 120
吹雪を呼び起こす
「ふふふ、しかしこちらにはギガントニャンボットがあるのだ!」
黒乃達はトーマス・エジ宗次郎が送り込んだ巨大ロボに乗り込んだ。フォトンは頭の操縦席に、桃ノ木は胸の操縦席に、右手の操縦席にはマリー、左手の操縦席にはブータン、そして黒乃はもちろん股間の操縦席だ。
「いくぞー!」
「「おー!」」
赤い宇宙服に身を包んだ猫型巨大ロボは、尻尾を振り回しながら突進した。ビッグフットもそれを迎え撃つ。
「援護します!」
ルベールは足のジェット噴射で、吹雪の中を自由自在に飛び回った。十万馬力の拳でビッグフットの頭を殴りつける。頭を抱えて悶絶するビッグフット。
すかさずギガントニャンボット、略してギガニャンがビッグフットの股間を蹴り上げた。負けじとビッグフットもギガニャンの股間を蹴り飛ばす。
「イダダダダダダ! なんでいつも股間の蹴り合いになるの!?」
「黒乃さんが先に蹴ったのですわー!」
ビッグフットがビックフットパンチを放った。それを冷静にかわし、右ストレートを打ち込むギガニャン。ビッグフットは食らいながらも左フックを返していく。ギガニャンは延ばした右を縮め、そのフックを肘でガードした。続くビッグフットの渾身の右フックを見たギガニャンは、ガードした右をそのままフックに変化させビッグフットの顎を撃ち抜いた。
「ブー! 目が回るブー!」
「どうして腕に操縦席があるんですのー!? 設計者出てこいですわー!」
ルベールとギガニャンの連携の前には、さしものビッグフットもなす術がなかった。徐々に動きが鈍くなるビッグフット。
「オラオラオラ! なにがビッグフットじゃい! こちとらビッグヒップだっつーの!」
ギガニャンは跳躍した。そのまま巨大なケツをビッグフットの頭頂部に落とす。ギガントヒップドロップだ!
ビッグフットは断末魔の叫びをあげて、霧となって消えた。
——
黒乃達は複雑に入り組んだ通路を走っていた。背後からは死んだ目をした騎士の軍団。
タイルで覆われた床と壁で作られた無機質な迷路は、どこまで進んでもその様相を変えることがなかった。
「もうどこだかわからん!」
「こっちです!」
桃ノ木の
「いったん蹴散らしますの!」
マリーは
宮仕えの世知辛さ、度重なる夜警、団長からの圧力。それら全てが彼らを狂わせた。正気を失った騎士達は、精神的な重圧を発散させるために冒険者を襲うのだ。
そう、八つ当たりだ!
「多い! とにかく数が多い!」
倒しても倒しても数は減らない。お前の替えなどいくらでもいるんだぞ、と言わんばかりに狂騎士達は使い捨てにされていった。
「シャチョー! どうしまショウ!」
「FORT蘭丸! 戦車出せ! 戦車を!」
「無理デス!」
その時、狂騎士軍団の背後から別の軍団が迫ってきた。
にぎやかというか、愛らしいというか、なんとも言えないその
「なんだ!? 援軍か!?」
新たに現れた軍団は、なぜか狂騎士の間をすり抜けて黒乃達の元へやってきた。
「んん!?」
「なんですのー!? この子達はー!?」
現れたのはチビっ子騎士団であった。小さな白金の鎧、短い剣。
「われらヘイデン騎士団でちゅ! 冒険者を助けに参上!」
ヘイデン騎士団を名乗ったチビっ子軍団は、小さな剣を振り回して狂騎士に迫った。死んだ目をした騎士達は、お互いの顔を見合ってうろたえた。
しばらく剣を振り回していると、そのうち狂騎士たちは白けて帰っていった。理性を失ったといえど、騎士は騎士。子供には手を出せないというわけだ。
「君たちだれなの!?」
「われらサージャ様に仕えるヘイデン騎士団! アタチが団長のヘイデンでちゅ!」
幼女団長の名乗りと共に、チビっ子騎士達も剣を掲げた。
「……なんで子供なの?」
「カワイイデス!」
「赤竜に焼かれて、
ヘイデン騎士団はかねてより、
しかし近年出現した謎の赤竜に焼かれて、
「ぷぷぷ。この騎士達、マリーよりちっちゃい」
「だれがチビっ子ですのー!」
マリーは背中の銃を鳴らして怒った。
「そこののっぽの殿方、今マリーと申されまちたか!?」
「だれが殿方やねん」
「わたくしはマリーですのよ? ご存知ですの?」
その言葉を聞いたヘイデン騎士団は、一斉にマリーの前に跪いた。
「勇者マリー様! 剣聖アンテロッテ様がお待ちでありまちゅ!」
マリーは雷に撃たれたように硬直した。
ステータス一覧。
レベル 70
ジョブ
スキル
装備
使命 冬季エベレスト南西壁無酸素単独登頂
レベル 90
ジョブ
スキル
装備
使命 寛ぎのひと時をあなたに
レベル 1
ジョブ
スキル
装備
使命
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