第319話 ロボなる宇宙 その二十

 ——大迷宮メトロ第四層『テンジン』。


 広大なダンジョンの中にあって、一際異彩を放つ世にもおぞましきエリア。ダンジョンに挑んだ命知らず達が、文字通り命を失い、聖堂送りごりんじゅうになることもなく迷宮を彷徨うことになった。

 亡霊達は新たに来たる冒険者を、無限の輪廻に引き摺り込もうと待ち構えている。その果てしなき怨嗟えんさの渦は、生けるものを等しくその螺旋に巻き込む。


「……という設定の階層」

「フォト子ちゃん! 設定とか言わないで!」


 FORT蘭丸がガタガタと震え出した。その振動でボディのネジが一本外れて床に転がった。フォトンはそれを拾うと、焚き火の中に放り込んだ。


「シャチョー!」

「どした? FORT蘭丸」

「実はボク達、ココまでは一度来たことがあるんデス!」

「ほう?」


 メル子、アンテロッテ、FORT蘭丸、フォトンはこの三年の間に幾度もダンジョンに挑んでいたのだ。

 しかしその攻略難易度の高さや、ソラリスによるタイトバースの時勢の変化を感じ取り、それぞれがそれぞれの役目を果たし、来たるべき時に備える作戦に変更したのだった。

 結果FORT蘭丸はアキハバランドへ、フォトンはサンジャリア大聖堂に向かった。メル子とアンテロッテはそのままダンジョン攻略を続けることにした。


「ここから先は、メル子とアン子の二人だけで行ったのね?」

「ソウデス!」

「先輩、ゴリラロボはお化けにボコボコにされたそうですが……」


 一行の背筋に冷たいものが走った。お化けとどうやって戦えばいいのだろう? お化けと相撲がとれるだろうか? 銃で撃てるだろうか?


「いくしかあるまい……」


 黒乃チームはキャンプ地を後にした。





 大迷宮メトロ第四層『テンジン』は夜の街だ。

 格子状に走る通路。中央には大きな川。魔法の灯りが建物のあちらこちらから漏れてきている。だれかが住んでいるのだろうか? もちろん住んでいる。この世を彷徨う亡者達が。


「いるいる! お化けがわんさかいるよ!」

「イヤァー! 逃げまショウ!」


 黒乃チーム一行は建物の影から街の様子を観察した。


「あれは餓鬼ガッキーですね」


 桃ノ木の地図ぐるぐるまっぷには、数えきれないほどの点が表示されていた。

 通りをあてもなく彷徨うガッキー達。体は痩せ細り、頭髪は顔にこびりつき、粗末なボロ切れのようなもので体が覆われている。

 唸り声をあげながら、体を揺らして一歩ずつ歩いている。まさに亡者の行進だ。


「こりゃ、見つからずにいくのは無理だな」

「……クロ社長、あれ見て」


 フォトンが指を差したのは川の中程だ。光が届かない川面は、怪しい光に照らされた通りよりも平穏に見えた。


「なるほど! 川を進むのか! 考えたな!」


 その川に浮かんでいるのは一隻のイカダだ。六人の冒険者達が音を立てないように静かにオールを漕いでいる。


「あいつらは政府が雇ったプロゲーマーチームだな。裏技が好きそうな連中だ」

「……なんか来た」


 フォトンの言葉通り、イカダを追うように水面の盛り上がりが迫ってきている。彼らはそれに気がついていないようだ。


「ああ、ああ! やばいやばい! 逃げて!」


 ようやくそれに気がつき、慌てて全速力でオールを漕いだが時既に遅し、巨大スケトウダラに襲われてイカダは沈没。あえなく聖堂送りごりんじゅうとなった。


「ああ……うん、川は無理だ」

「ですね」

「あのスケトウダラ、明太子にしたら美味しそうですわー!」


 彼らには可哀想だが、少人数チームに分割して探索をするのは、このような被害を最小限に食い止めるためでもある。彼らを教訓にして先に進まなくてはならない。


 その時、ブータンが豚鼻を鳴らした。


「どうしたブータン、フゴフゴうるさいぞ」

「いえね、アネキ。なにか匂うんですブー」

「だれが足臭やねん」


 豚の獣人は大きな鼻を上下に揺らしながら周囲を探った。


「やっぱりですブー。アネキのタレと同じ匂いがしますブー!」

「私のタレと!?」


 黒乃のスキルタレ魔法たれまじっくのことを言っているようだ。それが今なんの関係があるのだろうか?


「黒乃さん、どうしますの?」

「うーむ、よし! ブータン、その匂いを辿ってみてくれ」

「お安い御用ですブー!」

 

 ガッキー達が少ないルートを選んでゆっくりと進む。途中フォトンの色彩魔法カラフルマジカルで提灯を作り、ガッキーを誘き寄せた。どうやら光に吸い寄せられる性質があるようだ。

 一行は建物の中に入った。


「ここですブー!」


 どうやら、ここは元々食堂だったようだ。他の荒れ放題の建物に比べて、ずいぶんと整理されている。


 黒乃はふとあるものに目が止まった。食堂の調理室、そのコンロに置かれた寸胴だ。中を確かめたがなにも入っていなかった。いや、異様に綺麗だ。だれかが綺麗に磨いたのだ。

 周りを見れば様々な調理器具が、今にも使えそうな状態で置かれていた。

 黒乃は涙を流した。


「アネキ! この部屋からタレの匂いが……アネキ!?」


 マリーも泣いていた。二人は愛おしそうに調理器具を指で撫でた。


「ここにメル子がいたんだ……」

「アンテロッテもいましたのよー!」


 調理器具の扱いには人によって癖がある。黒乃とマリーは毎日それを眺めていた。お玉とフライ返しの並べ方。フライパンの大きさと材質。

 間違いなく二人はここで調理をしていた。しかもちょっとした料理ではなく、店で出すレベルのものだ。

 いったいなぜ?


 その時、食堂に一匹のガッキーが侵入してきた。一行は静まり返って硬直した。ガッキーには物理的な攻撃は効かない。どうやって戦えばいいのだろう。

 ガッキーが手を前に伸ばし歩いてくる。慌てて横によけて道を開けた。なにかに引き寄せられているようだ。


「なんだ? 寸胴?」


 ガッキーは寸胴をつかんでまさぐっている。もちろん中にはなにも入っていない。飢えているのだろうか。


「あああう……メル子……アン子……」


 唸り声の中に、微かに人の言葉のようなものが混じっていた。


「!?」

「喋りましたの!?」

「ああ……きょうは……なにを……ああう……たべさせて……」


 一行はガッキーが寸胴に夢中になっている間に退避した。


「ガッキーがなんでメル子とアン子の名前を?」

「きっと、なにかを食べたかったのですわ」


 黒乃の頭の上に電球が現れて消えた。


「みんな、一旦キャンプ地へ戻ろう」





 ——第四層『テンジン』のキャンプ地。


 一行は調理にいそしんでいた。

 焚き火をいくつも作り、その上に寸胴を並べた。中にはぐつぐつと煮えるスープ。

 料理が得意なノエノエとマッチョメイドが中心となり、ある料理を作っているのだ。それも大量に。


 黒乃はお玉でスープをすくい、味見をした。


「うん、うまい!」

「メル子の料理は何度も食べています。ある程度の再現ならわけはありません」


 ノエノエは自信ありげに包丁を振るった。


「こちらもアンテロッテの味になっていますわー!」

「おで がんばって つくった」


 マッチョメイドはアンテロッテのフランス料理の再現をしていた。


「しかし黒乃山。なんだってこんなに豪華な料理が必要なんだ? ダンジョン内では食料が生命線なんだぞ?」


 マヒナは状況が飲み込めていないようだ。

 そう、この食料は補給部隊が命懸けで地上から運び入れたものだ。しかも黒乃は明らかに多すぎる量の搬入を指示していた。


「メル子もアン子もこのエリアを通って奥に行ったんだよ。だからその方法が必ずあるはずなんだ。それがこれさ!」


 FORT蘭丸が荷車をひいてやってきた。大きな車輪が二つに、長いハンドル。荷台には屋根がついており、簡易的な調理が可能なスペースもある。


「シャチョー! 屋台が完成しまシタ!」

「ご苦労さん!」


 FORT蘭丸の職人クラフトマスターの能力を使って作ったものだ。


 黒乃は寸胴を屋台に積み込んだ。


「よし! いくぞ!」


 黒乃は屋台をひいてテンジンの街へと繰り出した。





 屋台の前には行列ができていた。亡者の行列だ。


「さあ! いらっしゃい! いらっしゃい! メル子の南米料理、アヒアコだよ!」

「こちらはアンテロッテのおフランス料理、おコンポタですわー!」


 ガッキー達は料理を受け取った。そしてそれを一口食べる毎に、枯れ枝のような体に生気が戻ってきた。


「ああ……うまい……」


 ガッキーから光が溢れ、そのまま光の玉になった。玉は黒乃達の周りをクルクルと飛行した。まるで感謝を捧げているようだ。そして天井まで登っていき、テンジンの街を照らす星となった。


「まだまだあるよー! どんどん食べていってねー!」

「お代は食べてのお帰りですわー!」


 白金の鎧の騎士達が寸胴を抱えてやってきた。


「マリー様! 次が仕上がりました!」

「そこに置いておいてくださいましー!」


 騎士達はこれでもかという爽やかな笑顔でキャンプ地に帰っていった。


「黒乃山、いったいこれはどういうことなんだ? なんでここで屋台を始めたんだ?」


 マヒナは未だに腑に落ちないようだ。料理を食べて浄化されていくガッキー達。その様子は夜の屋台街に集うサラリーマンのようであった。


「メル子とアン子がどうやってここを突破したかってことだよ」


 二人も当然、この難関エリアで足止めを食らったはずである。剣の力ではどうすることもできない相手。二人はどう対処したのだろうか?


「ガッキーは飢えていたんだよ。迷宮内で食べ物もなくて倒れていった冒険者達の亡霊だからね。じゃあ二人はどうしたかってことよ。二人はメイドロボだからね。飢えている人達に美味しい料理を食べさせてあげたのさ」


 メル子とアンテロッテは食堂の厨房で料理を作った。その時に残った匂いにブータンの鼻は反応したのだ。黒乃のタレ魔法たれまじっくは、メル子が作ったタレも出せるのだ。


「こうやって二人は、安全に次の階層に進んだんだよ」

「なるほどな、さすが黒乃山……いや、メル子とアンテロッテだ」

「うん」

「このまま、どんどんガッキーを浄化していこう。そうすれば補給部隊の安全も確保できる」

「女将、ここのダンジョンの飯は本物か?」

「あれ!? 美食ロボ!? けぇれ!」


 

 こうして無事、第四層『テンジン』を突破したのであった。

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