第317話 ロボなる宇宙 その十八

 タイトバースに再び太陽が昇った。


 空に浮かんでいた謎の黒い物体『特異点』は、暗黒神ソラリスの敗北と共に地に落ちた。それによって分厚い雲は払われ、美しい青空が顔を見せた。

 アサクサンドリア教国、ウエノピア獣国、アキハバランド機国の連合軍によって、ソラリスの神兵軍は駆逐されていった。暗黒神ソラリスを失い、統率をなくした彼らはもはや敵ではなかった。やがて地上から神兵達はいなくなった。



 聖都アサクサンドリアのサンジャリア大聖堂に一人の騎士が跪いていた。

 ゴシック様式の壁、霊獣が描かれた天井は静寂を形にしたかのような威厳を見せた。


「サージャ様、今こそお救いいたします」


 祭壇の間の三体の石像の前で祈りを捧げているのは、シャーデン騎士団の団長シャーデン。歪み、汚れきった白金の鎧は勝利の証だ。そしてその祈りは新たなる勝利の誓い。この祈りは誰にも妨げられることはなかった。彼女の後ろには大勢の人間が詰め寄せているのにだ。


 時が止まったかのような空間。静寂が逆に耳にうるさく感じ始めた頃、ようやくシャーデンは立ち上がった。


「お待たせいたしました、英雄達よ」


 聖騎士の背後で祈りを見つめていたのは、救国の英雄達。

 黒乃、桃ノ木、FORT蘭丸、フォトン、ブータン、マリー、マッチョマスター、マッチョメイド、マヒナ、ノエノエ、ゴリラロボ、大相撲ロボ、チャーリー、美食ロボ。

 聖都で暗黒神ソラリスと戦った猛者だ。そして彼らはこれから救世の英雄となることを、シャーデンは確信していた。


「ここサンジャリア大聖堂は、巫女サージャの力の源です」


 女騎士は語り始めた。


「サージャ様は大迷宮メトロにおられます。この大聖堂の力の流れは、それを示しています。ソラリスが地上からいなくなった今、力を辿るのは容易でした」


 黒乃達の本来の目的。超量子コンピュータであり、超AIである神ピッピによって囚われてしまったロボット達を救い出すこと。

 それには巫女サージャを探し出さなくてはならない。なぜなら神ピッピにアクセスできるのは、彼女ただ一人なのだから。


「神ピッピ……ロボット達の電子頭脳によって作られた神様……」


 黒乃はニコラ・テス乱太郎の話を思い返した。


 ロボット達の頭脳である多次元虚像電子頭脳ホログラフィックブレインは、その量子的特性により、彼らのAIを処理する裏で、全く別のものを演算していたのだ。

 それが神ピッピだ。

 世界のロボット達の電子頭脳はネットワークを通じてリンクしており、それらがグリッドコンピューティング環境を構築、一つの仮想スーパーコンピュータとして機能していた。

 そしてそれが神ピッピという超AIであり、タイトバースそのものなのだ。タイトバースはロボット達の頭の中にあり、神ピッピはロボット達が生み出した神様なのだ。


「サージャ様はこの聖堂で神からの神託メッセを授かっていました。ではなぜ大迷宮メトロに向かったのか。それはさらなる神託を授かるため……いえ、祈願おにでんに向かったのです。タイトバースを救うための祈願おにでんに!」


 暗黒神ソラリスの出現と共にタイトバースは歪んだ。AIはこの世界に囚われ、ロボットはボディを乗っ取られてしまった。

 しかしサージャはいち早く動いた。巫女自身が暗黒神の手に落ちる前に、世界を正しい姿に戻すために、神ピッピの元へと向かったのだ。


「神ピッピとサージャ様はダンジョンの奥底にいる……そしてメル子も……」


 やることは定まった。

 これよりタイトバースの地は、ダンジョン攻略という目的で一致団結することになる。

 あらゆる人材、あらゆる物資がダンジョンに送られるであろう。未だ誰にも攻略されたことのないダンジョン。どんな危険が待ち受けているのかわからない。

 だが今は頼もしい仲間達がいる。不可能はないはずだ。





 ——聖都アサクサンドリアの南方。

 黒乃達はFORT蘭丸が開発した戦車に乗っていた。その後ろには馬に乗ったシャーデン騎士団が続き、さらに後ろには物資を積んだ馬車が続く。

 一行が目指しているのは、三国の国境が合わさる地帯『霧の峡谷』だ。三国の地下に広がる大迷宮メトロの入り口が多数発見されているエリアである。

 戦車の無限軌道がキュルキュルと音を立てて回る。その絶え間ないリズムは乗員達に軽い眠気をもたらした。


「そんでFORT蘭丸よ、メル子達がダンジョンに挑んでいた経緯を教えてもらおうか」


 黒乃は二本のレバーを握りながら、背後に座るツルツル頭のロボットに声をかけた。


「話さナイとダメデスか!?」

「なにかうしろめたいことでもあるのかい」

「ナイデス!」


 黒乃達がタイトバースに初めてログインした直後、異変が起きた。人間だけがゲームから追い出されて、AIだけが取り残されてしまったのだ。再び黒乃達がログインした時には、タイトバースでは三年が経過していた。

 その間にメル子は行方不明になってしまったのだ。


「最初ボク達は、現実世界からの助けを待ちまシタ!」


 しかし何日待っても助けは来なかった。それもそのはず、黒乃達が現実世界で右往左往しているうちに、タイトバースは現実の千倍の速度で時間が進んでいたのだ。


「サージャ様が頼りにナルと思って、大聖堂を訪ねまシタ! デモいませんでシタ!」


 時間が経過するに従って、メル子達はタイトバースがとてつもない事態に陥っているのに気がついた。行方不明になった巫女、ソラリス教団の台頭、戦争の気配。

 彼女達はアサクサンドリア支援の元、ダンジョンに挑むことにしたのだ。この世界の秘密がその最奥にあると信じて。


「アン子さんの剣聖の力はホント凄くて! ダンジョンの攻略は順調でシタ! デモそのうち攻略は行き詰まってシマったんデス!」


 複雑化する迷路、強力なモンスター、そしてソラリス教団の横槍。

 ソラリスを信奉する連中がことごとく邪魔をしてきたのだ。


「ソコでボク達は一旦解散するコトにしたんデス! ボクはアキハバランドのUDXで、フォト子チャンはサンジャリア大聖堂で、ソレゾレの使命を果たすコトにしまシタ!」


 少ない手勢で彼らに立ち向かうのは無謀と判断したのだ。ダンジョンを攻略するための時期を待たなくてはならない。


「……その後はボクが話す」


 砲手席にいる桃ノ木の膝の上に乗っているフォトンが口を開いた。


「……メル子ちゃんとアン子ちゃんは、その後もずっとダンジョンを攻略していたの」


 フォトンの鮮やかな青いロングヘアが、くすんだ緑色に変化した。


「……二人はお互い喧嘩してて。救援を待った方がいいとか、少しでも探索を進めた方がいいとか。でも二人で頑張ってた」


 黒乃はその二人の様子がありありと想像できた。現実世界でもよく喧嘩していた二人。最大のライバルとして競い合っていた二人。

 今思えば、なんという平和な光景だったのだろうか。この世界の争いは平和とは無縁だ。


「……ある時、ダンジョンからアン子ちゃんが一人で帰ってきたの」


 黒乃の手が震えた。握ったレバーに力がこもった。

 その頃からである。ダンジョン内に謎の赤竜が現れたのは。ヘイデン騎士団はその竜の炎に焼かれて、何度も聖堂送りごりんじゅうとなった。


「……アン子ちゃんはずっとメル子ちゃんを探してた。……そしてこの前、とうとうアン子ちゃんも帰ってこなくなったの」


 戦車のハッチから金色の物体が垂れてきた。戦車の上に座っていたマリーが顔を覗かせたのだ。


「アンテロッテは無事ですわ。アンテロッテがわたくしを残してどこかへいくなんて、あり得ませんもの。わたくしが来るのを待っているだけですわ」


 その言葉に黒乃の口元が緩んだ。


「もちろん、メル子も無事さ。でも寂しがっているだろうな。三年もご主人様に会えてないんだもん」


 黒乃は後ろを振り返った。金髪縦ロールの少女の青い目と視線がぶつかった。


「早く迎えにいってあげようか」

「ですの」


 いよいよ一行は大迷宮メトロの入り口に到着した。





 ——大迷宮メトロ

 タイトバースの地下に広がる広大なダンジョン。


「ふうふう、ようやっと到着した」


 ここは大峡谷の崖を下った地の底だ。巨大ミミズのトレインワームが巣食う場所であり、彼らの掘った穴がそのままダンジョンへの入り口となっている。


「ハァハァ、前にここまでは来たんだからさ、ファストトラベルでワープさせて欲しいよね」


 崖上からここまではもちろん徒歩だ。黒乃は既に疲労困憊になっていた。


「先輩、ゲームだった時とは違って、もうファストトラベルはできませんよ」

「ちぇー、不便なの」

「アネキ! ファストトラベルってなんですブー!?」

「そうか、ブータン達タイト人は元々ワープできないのか」


 各種ゲーム的な機能は、冒険者プレイヤー特権だ。

 ワープができない今、継続的にダンジョンに潜り続けるには、後方支援が必須である。そのための大部隊なのだ。



 いよいよダンジョン攻略が始まる。


 ダンジョン内はとてつもなく複雑で、広大で、深い。大人数でうろついていては、いつ攻略が叶うかわからない。探索の速度を確保するために、少人数の部隊をいくつも編成し、自由に行動させる。

 攻略手順の最優先事項は、物資搬入ルートの確保だ。ダンジョン内でも食料などは調達できるが、それでは攻略は遅々として進まないだろう。地上からの支援が必要となる。


 黒乃チームのメンバーは黒乃、桃ノ木、FORT蘭丸、フォトン、ブータン、マリーの六人だ。

 他にもマヒナチーム、マッチョチーム、大相撲チーム、ゴリラチームなどが構成された。

 これに加えて、三国から精鋭チームが参戦する。

 彼らが先陣を切り、大迷宮メトロのルートを開拓する。その後に補給部隊が続く。


 これだけの部隊を揃えたとしても、戦力が足りるのかは不明だ。大迷宮メトロの全容など誰にもわからないのだから。

 だがいくしかない。ソラリスも巫女サージャを探している。どちらが先に巫女の元へ辿り着くかの勝負だ。


「必ずメル子を探し出して、サージャ様を見つけて、このタイトバースを救ってやる!」


 黒乃は腰のマワシを叩いた。チームメンバーの目を順に見ていく。全員深くうなずいた。


 黒乃はダンジョンに一歩、足を踏み入れた。

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