第314話 ロボなる宇宙 その十五

 冒険者ギルドの酒場は静まり返っていた。その床には冒険者とタイト人が、まとめて積み重なるように倒れていた。

 その中で動く影はただ二つ。


「大相撲ロボ……一緒に戦ってくれるかい?」

「黒乃山……もちろんッス。大相撲の力をタイトバースに、ソラリスに見せつけてやるッス!」


 二人はしっかりとお互いの手を握りしめた。それ以上の言葉はいらない。なぜなら二人は、土俵の上で語り合ったのだから。


 床に倒れていた冒険者達もようやく動き出した。プルプルと震える体を起こし、二人の周りに集まってくる。


「俺達も、一緒に戦わせてくれ!」

「黒乃山、あんたが横綱リーダーだ!」

「ソラリスをぶっ飛ばして、タイトバースを救おうぜ!」

「黒乃山!」

「俺達の手でロボット達を、助けるんだ!」

「黒乃山!」


 今や酒場は一つの部屋になっていた。そう、相撲部屋だ。彼らは冒険者おとうとでしだ。


「お前ら……稽古は厳しいぞ。いいのか?」

「もちろんだ!」

「やってやるぜ!」


 弟弟子達は拳を突き上げた。


「敵は強いんだぞ!? やれるのか!?」

「余裕だぜ!」

「ここでひいたら、プロゲーマーの名が廃るぜ!」

「貧乳が癖になってきたwww」

「黒乃山!」

「黒乃山!」


 ここに大相撲タイトバース部屋が誕生した。

 




 ——タイトバース北方の国、アサクサンドリア教国。

 聖都アサクサンドリアの丘の上にそびえ立つサンジャリア大聖堂。太陽の光を受けて燦然と輝くはずの神聖なる建物は、闇に覆われていた。

 昼間だというのに太陽は欠片ほども姿を見せない。代わりに空に浮かんでいるのは『特異点』と呼ばれる黒い塊だ。


 そのサンジャリア大聖堂にマリーはいた。

 彼女が伏せているのは、聖堂の脇から伸びる鐘楼の上だ。頭上には巨大な鐘が、眼下には大聖堂に群がる魔物の軍団だ。


 その鐘が鳴った。

 軽やかな美しい音と引き換えに、一匹の魔物が消滅した。

 数秒後、再び鐘が鳴り、魔物が消えた。


 マリーが鐘楼の床に設置しているのは勇者ブレイヴの装備BarrettM82ばーちゃんだ。アメリカで開発された、大口径のセミオート式狙撃銃である。

 右側面のハンドルを引き、装填を行う。そして引き金を引く。金髪縦ロールの美少女が人差し指を動かすたびに、発射の衝撃によって鐘が震えた。

 それはまさに死の警鐘であった。


「マリー様、あの建物の上です」


 マリーの背後に控えているのは、白金の鎧の女騎士だ。双眼鏡を覗き込み、魔物達の動きを逐一マリーに知らせている。

 マリーは照準を合わせ引き金を引いた。鐘の音と共に、その隊長らしき魔物は消滅した。


「マリー様のおかげで、大聖堂を奪還することができました。感謝の言葉をいくら並べ立てても足りませぬ」


 女騎士は胸に手を当て頭を垂れた。


「シャーデンさん、わたくしの力ではございませんのよ。フォト子さんのおかげですわ」

「おっしゃる通りです……」


 その言葉にシャーデンの胸が震えた。

 アサクサンドリアは二人の少女によって護られたのだ。一人は勇者マリー、もう一人は魔女フォトン。


 フォトンはこの三年間、サンジャリア大聖堂に壁画を描いていた。描かれた数々の幻獣、それは魔女の結界である。ソラリスの神兵は、その聖なる結界をついぞ打ち破ることはなかった。

 サンジャリア大聖堂は冒険者やタイト人が復活する施設であり、巫女サージャの力の源でもある。ここを敵に奪われることは、すなわち人類の敗北である。


 シャーデンは再び双眼鏡を構えた。

 ソラリスの神兵は聖都の南側を制圧してしまったようだ。住民達は北側に逃れているようではあるが、そこもいつ蹂躙されるかはわからない。

 だがなんとしても、この大聖堂だけは護らなければならない。騎士としての自分の使命だ。


「シャーデンさん、アンテロッテからは音沙汰はありませんの?」

「残念ながら……」


 BarrettM82ばーちゃんを構えるマリーの指が震えた。しかし狙いは外さない。的確に敵の隊長を射抜いた。


「剣聖アンテロッテ様は、大迷宮メトロにサージャ様の捜索に向かったきり戻りません」


 この三年間、アンテロッテは仲間達を率いてダンジョンに挑んでいた。目的はダンジョンに消えたとされる、巫女サージャを探すため。

 ダンジョンの探索は、剣聖の力を以ってしても熾烈を極めた。広大な迷路、凶悪な罠、蔓延る魔物。

 そして極め付けは謎の赤竜。かの赤竜によって三つの騎士団の一つ、ヘイデン騎士団は壊滅した。

 そこに更なる敵、ソラリスの神兵の登場。大迷宮メトロ内は混沌の坩堝るつぼと化した。


「アンテロッテ……今参りますわよ。こいつらを全て倒して、迎えにいきますわ」


 鐘楼へと登る階段から、小さな足音が聞こえた。子供のように跳ねる軽快なリズムは、その音の主を容易に想像させた。


「……マリーちゃん、調子はどう?」

「フォト子さん」


 階段から顔を覗かせたのは、青いロングヘアが可愛らしい子供型ロボットであった。


「フォトン殿」


 シャーデンは双眼鏡を床に置いて、代わりにフォトンを抱き上げた。


「……シャーちゃんも調子はどう?」

「なんとも……ですが、フォトン殿の結界のおかげで持ち堪えられています」

「……そっちじゃないけど」


 シャーデンはフォトンの青い髪を撫でた。フォトンは気持ちよさそうに首をひねらせた後、マリーの隣に並んで伏せた。


「……マリーちゃん」

「どうしましたの?」


 フォトンは指を差した。


「……あそこにやばいのがいる」


 そう言われ、マリーとシャーデンはそれぞれスコープを覗いた。フォトンが指し示した先の地面には、おどろおどろしい紋様が描かれていた。


「あれは魔法陣かなにかですの?」

「そのように見えますね」


 その時、魔法陣が揺らめいた。黒い蒸気のようなものが噴出してきた。それは霧となり周囲に立ち込めた。

 そしてその霧の中から現れたのは巨人であった。


「あれは!?」

「なんですのー!?」


 それは身体中をフジツボに覆われた、見るも禍々しい巨人であった。フジツボからは黒い粘液がしたたり、腐臭を撒き散らしている。丘の下にいるというのに、このサンジャリア大聖堂の鐘楼と同じ高さにその目があった。


「キモいですのー!」


 マリーはBarrettM82ばーちゃんを乱射した。銃弾は硬いフジツボに全て弾かれてしまったようだ。

 巨人は手近な建物を破壊して、巨大な手で瓦礫を握りしめた。そして無造作にそれを放り投げる。狙いは違わず大聖堂の壁に炸裂した。


「なんてことだ! フォトン殿の結界がなければ今の一撃で終いだったぞ!」

「……さすがに結界もそんなにもたない」


 マリーは立ち上がった。もう一つの銃、G5Carbineじーちゃんを構えた。


「近づいて戦うしかありませんの」

「……じゃあ鳳凰ほうおうを呼ぶ」


 フォトンは魔女の杖マジカルステッキを一振りした。すると大聖堂の壁に描かれた絵から、一匹の鳥が飛び出してきた。


「……鳳凰のホーちゃん。マリーちゃん、これに乗って」

「マリーにお任せですのー!」


 マリーは鐘楼から飛び降りた。下から五色の羽を持つ巨大な霊鳥が彼女を受け止めた。


「やりますわよー!」


 マリーは鳳凰の背中から自動小銃を乱射した。それは見事に巨人の顔に命中したが、全く意に介さず瓦礫を投げ返してきた。


「体の表面が硬すぎますのー!」


 鳳凰は必死に瓦礫の雨を避けた。


「まずいですのー!」


 打つ手なし。そう思われたその時、一発の砲声が鳴り響いた。


「なんですの!?」


 マリーは聖都の南方に目を凝らした。そこに信じられないものを見た。


「戦車!? 戦車がいますのー!」


 ソラリスの神兵軍の背後からやってきたのは、戦車の一団であった。次々と砲声を轟かせながら近づいてくる。その砲撃は巨人をのけぞらせた。


 鐘楼の上のシャーデンもそれに気がついた。


「あれは!? アキハバランドの戦車部隊だ!」

「……あっちも見て」


 フォトンが指を差したのは聖都の西方。土煙をあげながら、なにかが迫ってくる。


「マンモスだ! マンモスの大群だ! あれはウエノピアの軍団だ!」


 信じられないような巨大なマンモスが、神兵軍のど真ん中に突っ込んだ。巨大な牙で敵を貫き、破城槌のような足で踏み潰した。


「マンモスさんですのー! 可愛いですのー!」


 マリーは鳳凰に乗ってマンモスに近づいた。そして更なる驚愕するべきものを見た。


「黒乃さん!? 黒乃さんがいますのー!」


 そのマンモスの背中に乗っていたのは、黒乃と力士軍団であった。


「どうしてお相撲さんが大勢いますのー!?」

「やあ、マリー。ごっちゃんです。助けにきたよ」


 力士達は一斉にマンモスから飛び降りた。ぶちかましで次々と神兵を吹っ飛ばす。その後ろに続くのは、ウエノピアの獣王軍だ。獣人達が神兵を爪で切り裂き、牙で噛み砕いた。


「いけー! 目指すはあの巨人だ!」


 黒乃が号令を出すと、マンモス達が巨人に向かって突撃した。

 戦車隊も巨人に迫ってきた。先頭の二台の戦車の砲身から、なにかが発射された。それは弾ではない。人だ、ロボットだ、いやマッチョだ!


「マッチョマスターとマッチョメイドが飛んでいますのー!?」


 二人は巨人の頭に着弾した。そして岩のような拳で殴りつける。体を覆うフジツボが次々に剥がれ飛んでいった。


 その様子を、シャーデンは鐘楼の上から震えながら眺めた。あり得ない光景であった。有史以来、常に戦いを繰り広げてきた三国。アサクサンドリア、ウエノピア、アキハバランド。

 それが一つの敵を前にして共に戦っているのだ。シャーデンは震える両手のひらを合わせて拝んだ。


「いつかこの日が来るよう、サージャ様はお祈りされていました。とうとうその日がやってきたのでしょうか? サージャ様、力をお貸しください」


 シャーデンは剣を握りしめて鐘楼から飛び降りた。





 ステータス一覧。


 大平原のホライゾニア黒乃

 レベル 30

 ジョブ 横綱すもーきんぐ

 スキル タレ魔法たれまじっく

 装備 マワシすもーあーまー

 使命 世界一美味い焼肉を作る


 色彩のカラフルフォトン

 レベル 60

 ジョブ 魔女ウィッチ

 スキル 色彩魔法カラフルマジカル

 装備 魔女の杖マジカルステッキ魔女の帽子マジカルハット魔女の外套マジカルマント

 使命 サンジャリア大聖堂に壁画を描く


 黄金のゴールデンマリー

 レベル 60

 ジョブ 勇者ブレイヴ

 スキル 高笑いオーホホホホ

 装備 G5CarbineじーちゃんBarrettM82ばーちゃんドレスシャルルアーマー

 使命 世界を救う


 健やかなるダンベルマッチョマスター

 レベル 80

 ジョブ 拳聖マッチョキング

 スキル 限界突破チートデイ

 装備 タンクトップマッスルスーツ

 使命 世界最強を目指す


 心優しきマッチョルマッチョメイド

 レベル 80

 ジョブ 拳王マッチョクイーン

 スキル 和菓子屋てぃーせれもにー

 装備 ゴスロリメイド服おとめのせんとうふく

 使命 世界最強を目指す


 礼賛のジェニュフレクトシャーデン

 レベル 80

 ジョブ 聖騎士パラディン

 スキル 降臨かみよ!

 装備 暁の刃ドーン

 使命 巫女サージャを守る

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