第313話 ロボなる宇宙 その十四

 シミュレーション仮説というものがある。


 この世界が現実の世界ではなく、何者かによって作られた仮想現実の世界なのではないかという仮説だ。

 文明が充分に発達した時、知的生命は世界をシミュレーションしようとする。我々人類であれば、コンピュータを使ったシミュレーションになるであろう。

 その知的生命はシミュレーションによって仮想現実を何万、何億と作るだろう。その仮想現実の中にいるものにとっては、そこが現実なのか、仮想現実なのか区別がつかない。


 我々の世界はどちらであろうか?

 現実なのか、仮想現実なのか?

 確率的には、仮想現実の世界である可能性の方が遥かに高い。現実一つに対して、シミュレーションは無数にあるのだから。


 『我々が今いる世界は、仮想現実である可能性が高い』





「お前らーッ!!!」

「うるさいですの」


 八又はちまた産業浅草工場のプレイルームに、丸メガネボイスが轟いた。


「こんにょごちょ、めぇりゅりょを、たじゅげだっしゃりゃんじゃってくぞー!!!」

「先輩、もちろんです」

「黒乃山、やる気だけは伝わったぞ」


 イマーシブマシンに入っているのは、黒乃、マリー、桃ノ木、マヒナの四人だ。


「これからはアタシもログインして一緒に戦う。マッチョマスターも到着し次第、タイトバースへ来てくれるそうだ。ここからは総力戦となる」


 黒メル子と紅子が、黒乃のイマーシブマシンに群がってきた。


「ご主人様……お気をつけて」

「黒乃〜、メル子に会いたいよ〜」


 黒メル子と紅子を順に抱きしめた。次、二人に出会うのは、全てが終わった後だ。黒乃はこのログインで決着をつけるつもりでいる。


「ご主人様に任せなさい!」


 二人は力強く頷いた。


「黒乃君〜。今、タイトバースには政府に雇われたゲーマー達がログインしているからね〜」

「ゲーマーが!?」


 日本を、世界を騒がせているタイトクエスト事件。

 当初、この事件は隠蔽されていた。ソラリスに乗っ取られた美食ロボが政府に働きかけ、情報を次々と消去するという工作を図ったのだ。

 しかし現在は美食ロボは解放され、隠蔽は終わった。政府がようやく動き出したのだ。


「プロゲーマー達が、タイトバースで問題を解決しようとしているようだよ〜。目的ははっきりしないが、彼らと協力するかどうかは君次第だね〜」

「なるほどわかった。味方は多い方がいい。でも敵対するならぶっ飛ばしてやる!」


 イマーシブマシンの蓋が閉じた。





 シャーデンは剣を振るった。

 真っ二つに切り裂かれた一つ目の鬼は、断末魔の叫びと共に消滅した。後に残ったのは蒸気をあげる黒い粘液だけだ。


「サンジャリア大聖堂は!?」


 シャーデンが剣を振るうたびに、その白金の鎧が光を反射した。しかしそこには太陽は映ってはいなかった。


「ソラリスの神兵に包囲されたまま近づけません」


 側近の騎士はにべもなく言った。


 聖都アサクサンドリアの丘の上にそびえる荘厳なるサンジャリア大聖堂。巫女サージャが鎮座するはずのその場所は、今まさに魔物達に奪われようとしていた。


 国を守るはずの三つの騎士団。シャーデン騎士団、ハイデン騎士団、ヘイデン騎士団。

 ハイデン騎士団はアキハバランド機国へ亡命後、壊滅。ヘイデン騎士団は大迷宮メトロ内で壊滅。

 そしてシャーデン率いるシャーデン騎士団も壊滅の瀬戸際にあった。


「突如現れたソラリスの神兵達……出所はやはりあれか……」


 シャーデンは空を見上げた。

 昼間だというのに、どす黒い雲に覆われている。太陽は影も形もない。

 あるのは『特異点』と呼ばれる黒い塊だ。日に日にそれは大きさを増しているようだ。光をも飲み込む禍々しい黒い点。

 人々は言う。あれこそが新しい太陽なのだと。


「サージャ様、どうか我らに力をお与えください……」


 シャーデンは剣を掲げて祈った。その剣先はわずかに震えていた。


「サージャ様ではありませんが、わたくしが参りましたのよ」


 その現実離れした涼やかな愛らしい声に、シャーデンは顔を上げた。目の前に立っていたのは黄金色に輝く少女であった。


「勇者マリー様! お戻りになられたのですね!」

「オーホホホホ! わたくしが世界を救ってさしあげますわー!」


 勇者の高笑いオーホホホホが聖都にこだました。騎士達は勇者の前に一斉に跪いた。

 反撃のファンファーレは今、吹き鳴らされたのだ。





「ここはどこだ?」


 黒乃は周囲を見渡した。

 寂れた農村のように見える。粗末な家々。台車で食料を運ぶ人夫。道端には座り込んで生肉を食う熊の獣人達。

 そして空。昼間だというのにあまりにも暗い。


「なんか薄暗いなあ。あれ〜? みんなはどこだろ?」


 黒乃はしばらく歩いた。ログイン直後は思考が安定しないのだ。


「えーと、えーと。そうだ。マップで位置を確認しよう。ステータスオープン!!!」


 黒乃は絶叫した。その声の大きさに驚き、周囲の通行人が一斉にこちらを振り向いた。


「このステータス画面を開く方法、なんとかならんのかね」


 ステータス画面では地図を見ることができる。それによると、ここはタイトバースの西方、ウエノピア獣国の辺境地帯のようであった。


「なんでこんなところにログインしちゃったの? またみんなと離れ離れじゃん」


 黒乃はしばらく地図と格闘した。


「なんかざっくりとした地図だなあ。あ、でも冒険者ギルドが一応あるぞ。そこに行ってみるか」


 冒険者ギルドとは、冒険者のための宿泊施設である。酒場でもあり、情報を共有する目的で多くの冒険者が集まってくる。


 黒乃はそのギルドの扉を開いた。

 まだ昼間だというのに酒場のテーブルはほぼ埋まっていた。いくらかの獣人が壁際で静かにジョッキを空けているが、ほとんどが人間の冒険者のようだ。

 酒場の中央には直径4.55メートルの巨大な丸テーブル。そこでジョッキを片手に、盛大に乾杯をしている三人組冒険者に声をかけた。


「ねえねえ、君達って政府に雇われたプロゲーマー?」


 三人は酒を吹き出した。テーブルが泡だらけになった。


「こら、てめえ! こんなところでなんちゅうこと言うんだ!」

「どこにソラリスの神兵が潜んでいるのか、わかんねーんだぞ!」

「ソラリスの神兵?」


 三人は大笑いした。


「そんなことも知らねーのか!」

「お前、今まで寝てたのか!?」

「しゃーねーな、教えてやるよニーチャン!」

「だれがニーチャンじゃい」


 ソラリスの神兵。

 タイトバース上空に浮かぶ謎の黒い物体『特異点』。そこから放たれた物体に寄生された人間やロボット、魔物がソラリスの神兵だ。暗黒神ソラリスの意のままに動く操り人形である。


「なにそれキモ」

「今やタイトバース全土は、ソラリスの神兵によって脅かされているってわけよ」

「なんでも聖都アサクサンドリアは最も神兵達の攻撃が激しくて、陥落寸前らしいぜ」


 黒乃は頭を抱えた。

 せっかくチャーリーや美食ロボをソラリスから解放して戦争を終結させたというのに、これでは台無しではないか。


「まあでも、ウエノピアとアキハバランドは、チャ王と美王ってやつらが主導してなんとか持ち堪えているみたいだぜ」

「そうか……あいつら……」


 黒乃達の戦いは無駄ではなかった。そう思いたい。

 黒乃は次の行動を考えた。なにをするべきだろうか? 目的は大迷宮メトロに挑むことだ。ダンジョンの中には消息を絶ったメル子とサージャがいる。彼女達を見つけ出さなければならない。

 それには仲間が必要だ。マリーや桃ノ木、マヒナはどこにいるのだろうか? マッチョメイドは? FORT蘭丸は? ブータンは?

 ウエノピアならゴリラロボを頼る手もある。


「おっと、ネーチャン。どこかに行きたいようだが、一人で町の外を出歩くのは無謀だぜ」

「ソラリスの神兵がうじゃうじゃだからな」

「へ〜」


 黒乃はポンと手を打った。


「あ、じゃあさ。君達のパーティに入れてよ。一緒にオンシーパークに行こうよ」

「あーん? パーティにだあ?」


 三人はお互いの顔を見合った。


「おめえ、戦えるのかよ? 雑魚はごめんだぜ」

「ステータスを見せてみろよ」

「別にいいけど……ステータスオープン!!!」


 ギルド中に叫び声が響き、驚きのあまり皆食事の手を止めて黒乃を見た。


「うるさっ!」

「なんだこいつ!?」


 大平原のホライゾニア黒乃

 レベル 20

 ジョブ 力士すもーふぁいたー

 スキル タレ魔法たれまじっく

 装備 マワシすもーあーまー

 使命 世界一美味い焼肉を作る


「ほら、こんな感じだよ」


 それを見た瞬間、酒場に大爆笑が巻き起こった。


「なんだよ力士ってwww」

「女なのに力士www」

「タレでどうやって戦うんだよwww」

「装備がマワシってwww」

「レベルが20しかないwww」

「貧乳www」

「あれ、こいつ黒乃山じゃね?」

「ギャハハハハハ!」


 腹を抱えて笑う冒険者達に、黒乃は呆然とした。


「なんだと〜、力士は強いんだぞ〜。タレ魔法だって役に立つんだからな〜」

「「ギャハハハハハ!」」


 黒乃は顔を真っ赤にした。怒りのあまりプルプルと震える手で、直径4.55メートルのテーブルの縁を掴んだ。


「相撲を馬鹿にするやつは許さんぞー!」

「おい、なにをする……」


 黒乃は巨大なテーブルをひっくり返した。慌てて酒と料理を持って避難するテーブルの住人達。

 裏返しになって床に転がったテーブルの脚を、蹴り飛ばして破壊した。


「このヘタレどもー! かかってこんかーい! ぷふー!」


 黒乃山はテーブルの上に乗って腰を落として構えた。パンパンと黒いマワシを叩く。


「そこまで言われちゃあ、黙っていらんねーな!」


 冒険者の一人が土俵に躍り出た。黒乃山と冒険者が土俵の上でぶつかり合う。冒険者はあっという間にぶん投げられて床に転がった。


「ぐわわわ!」

「そんな馬鹿な! あいつはレベル50の狂戦士バーサーカーだぞ!?」

「次は俺が相手だ!」


 挑みくる冒険者しんでし達を、ちぎっては投げちぎっては投げする黒乃山。気がつけば、全員床に這いつくばっていた。


「さすが黒乃山ッス」


 その時、酒場の隅でちゃんこを食っていた一際大きい影が動いた。立ち上がり、土俵に近づいてくる。

 二メートルを超える巨大な体躯。脂肪の下にうっすらと見える筋肉。堂々たる髷。


「お前は!?」

「ごっちゃんです」

「大相撲ロボにょり!?」


 大相撲浅草部屋の幕内力士、大相撲ロボ。彼は浴衣を脱ぎ捨て土俵に上がった。


「三年ぶりの一番、血が沸るッス」

「かかってくるぽき!」


 二人は同時にぶちかました。肉と肉がぶつかり合う激しい破裂音が耳を貫いた。


「ああ! 見ろ!」

「嘘だろ! 大相撲ロボが!?」

「電車道だ!」


 大相撲ロボは一瞬にして土俵を割っていた。


「黒乃山の勝ちだ!」

「大相撲ロボを! すげぇ!」

「横綱だ……新横綱の誕生だ!」


 黒乃山は蹲踞そんきょの姿勢で、三回手刀てがたなを切った。


「謹んでお受けいたします。横綱の地位を汚さぬよう、焼肉定食の覚悟で日々努力精進します」


 黒乃山は横綱にジョブチェンジした!

 大相撲ロボが仲間になった!





 ステータス一覧。


 大平原のホライゾニア黒乃

 レベル 20

 ジョブ 横綱すもーきんぐ

 スキル タレ魔法たれまじっく

 装備 マワシすもーあーまー

 使命 世界一美味い焼肉を作る


 ちゃんこのめしまず大相撲ロボ

 レベル 70

 ジョブ 小結すもーじゃっく

 スキル ちゃんこ屋ごっちゃんです

 装備 土鍋ちゃんこしーるど

 使命 横綱になる

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る