第311話 ロボなる宇宙 その十二

「それでは作戦会議を始める!」


 アキハバランド機国首都UDXの隠れ家に、丸メガネの声が轟いた。


「これ たべながら かいぎする」


 マッチョメイドはテーブルに和菓子と緑茶を並べた。皆次々に湯呑みに手を伸ばした。


「ふーい、落ち着く〜いいかお前らーッ!!!」

「シャチョー! 声が大きいデス!」


 黒乃は壁にかけられたホワイトボードを叩いた。


「目的は二つあるからな! ひとつ! 美食ロボをソラリスから解放する!」


 アキハバランドに君臨する美王こと美食ロボ。彼はロボット兵団を起こし、聖都アサクサンドリアへ向けて侵攻を開始した。

 同時にチャ王ことチャーリーも、聖都に向けて獣王軍を進めた。


「まずは美食ロボをとっちめて、戦争を終わらせなければならない!」


 三国間の戦争により、タイトバースの世界は混乱し、疲弊している。戦乱を鎮めることこそが、この世界を救うための一歩だと黒乃は考えた。


「メル子は大迷宮メトロの中で消息を絶った。きっとダンジョンの奥に秘密があるんだ。元々タイトクエストはそういうゲームだもん。だから三国の協力を得て、総力戦でダンジョンに挑む!」


 黒乃は両手の拳を握りしめて力説した。


「先輩、その通りだと思います!」

「アネキは救世主ですブー!」

「さすが くろの おでも たたかう」

「ミナサン! 頑張ってくだサイ!」


 黒乃は湯呑みの茶を飲み干してからホワイトボードを叩いた。


「ふたつ! ハイデン騎士団を倒して、奴らの悪行を世に知らしめる!」


 アサクサンドリアからアキハバランドに亡命してきたハイデン騎士団。彼らによってソラリスがばら撒かれ、チャーリーや美食ロボはいいように操られてしまったのだ。

 つまり戦争を起こした諸悪の根元は、ハイデン騎士団と言える。


「奴らの悪行を暴くことで三国の不和を無くし、タイトバースを一致団結させるんだ。本当の敵は別にいるんだと!」


 黒乃は右の拳を天に向けて突き上げた。桃ノ木は盛大に拍手をした。



 ——マンセイタワー。

 UDXの上面に突き出た巨大な塔。飲食店が連なる食の魔境。その塔の先端からは地平線に沈みゆく太陽を見ることができる。

 その厨房に黒乃と桃ノ木はいた。

 黒乃はアホみたいに長いコック帽に白い調理服、桃ノ木は黒い執事服に身を包んでいた。


「よしよし、厨房に潜入成功」

「やりましたね、先輩」


 中ではロボコック達が忙しく動き回っている。それもそのはず、本日はアキハバランド国王である美王と、ハイデン騎士団の晩餐会があるのだ。

 今日のために東西から集められた食材と料理人。黒乃達はそこに紛れたのだ。


「ブー! 美味しい豚肉を持ってきましたブー!」

「ご苦労! 冷蔵室に運んでおいてくれ!」

「ブー!」


 豚の獣人ブータンは大きな包みを抱えて冷蔵室に消えていった。


 黒乃達が厨房に入り込めたのは、FORT蘭丸のハッキングによるものだ。機械技術が発達したアキハバランドでは、あらゆる管理を機械で行っている。

 黒乃は包丁を片手に豚肉を切り始めた。



「おい! どういうことだ!?」


 ロボコック長の叫び声が厨房に響いた。


「最高級の霜降りロボビーフがないぞ!?」

「ロボコック長! ハーブも香辛料も根こそぎありません!」

「どうなっている!? これではメインディッシュが間に合わないぞ!」


 厨房中が右往左往の大騒ぎになった。これはもちろん、忍び込んだブータンの仕業である。


「なんてこった! こんな大事な晩餐会でメインが出せないなんて! 仕方がない! 例の豚肉を出せ!」

「しかし、ロボコック長! メインに豚肉ではあまりにも……それにろくな香辛料もありません!」

「無いものはしょうがない。豚でいくしかあるまい……」



 給仕が厨房に走り込んできた。そして真っ青な顔で訴えた。


「美王は豚のソテーをお気に召しませんでした……」

「やはりか!」


 厨房にざわめきが広がった後、静寂が訪れた。打つ手なし。彼らのロボコックとしての命運は尽きようとしていた。

 

 その時、香ばしい香りが彼らの鼻をくすぐった。


「なんだ!? この香りは!?」

「初めての香りだ!」

「甘さと辛さが一体となったような、えも言われぬ香りだ!」


 ロボコック達は香りに釣られるように黒乃の周りに集まった。


「フンフフーン、ご主人様がTERIYAKIてりやきを〜、てりてりやきやき、仕上げます〜、美王もわくわくまっさおで〜、てりてりTERIYAKIてりやき召し上がれ〜、フンフフーン」

「新入り! なんだその料理は!? それは豚肉なのか!?」


 丸メガネがキラリと光った。


「ふふふ、これは豚のTERIYAKIてりやきでーい!」

TERIYAKIてりやきだと!?」

「なんだそれは!?」


 黒乃が切り分けた豚を次々に口に運ぶロボコック達。


「これだ! これならいける! 新入り! 全員分作れるか!?」

「ご主人様に任せろーい!」

 


 再び給仕が厨房に飛び込んできた。


「閣下はTERIYAKIてりやきにご満悦です!」


 厨房がどっと歓声に沸いた。


「やったな、新入り!」

「すごいじゃないか!」

「お前、出世するぞ!」

「それで、美王閣下がシェフに会いたいと申されております!」


 黒乃と桃ノ木は顔を見合わせて頷いた。



 マンセイタワーの最上層。一際豪華な扉の前に黒乃と桃ノ木はいた。

 扉の前には警備のロボット、それにハイデン騎士団の精鋭達。警備は厳重だ。普通ならば、とても入り込むことなど不可能であろう。

 黒乃はその警備ロボの一体に目配せをした。ロボットのツルツル頭の発光素子が明滅した。


 そして、その扉は開いた……。



「でぇぇぇぇぇぇい! オサゲカリバーを食らえ!」


 黒乃はコック帽から取り出したオサゲカリバーを、美食ロボの顔にこれでもかと擦り付けた。


「ぐおおおおおお!」


 美食ロボの顔から閃光が迸った。その猛烈な光に目を背ける騎士団。


「貴様、なにものだ!?」


 ハイデン騎士団の女団長ハイデンは腰に手を伸ばした。しかしそこには剣はない。入り口で預けてあるのだ。自慢の磨かれた鎧もない。華奢なドレスで晩餐会に来たことを後悔した。

 騒ぎを聞きつけ、部屋の外の警備ロボと騎士団員が傾れ込んできた。


「団長!」

「ハイデン団長!」

「美王と曲者くせものを捕えろ! 私の剣をよこせ!」


 一体の警備ロボがハイデンに剣を手渡した。


「ドウゾ! コレデス!」

「この剣があれば賊など……なんだこれは!?」


 それは剣ではなく、真っ赤な桜漬け大根であった。


「誰だ貴様は!?」

「よくやったぞ、FORT蘭丸!」


 警備ロボとハイデン騎士団は黒乃達を取り囲んだ。どう見ても逃げ場はない。万事休すである。

 ジリジリと騎士団が包囲の輪を狭めてきた。


「今だ! FORT蘭丸!」

「ハイ! スキル発動! 大脱走グレートエスケープ!」


 一瞬の視界の歪み、平衡感覚のズレと共に、黒乃達、美食ロボ、ハイデン騎士団は別の場所にいた。


「!?」

「なんだここは!?」

「今、マンセイタワーの最上層にいたはずだぞ!?」

「ここはラジオ大聖堂だ!」


 スキル、大脱走グレートエスケープ

 一定範囲内のものを瞬時に聖堂へとテレポートさせる能力。レベルが上がるほど、その効果範囲は広くなる。


 ここはラジオ大聖堂の入り口だ。冒険者やタイト人が、聖堂送りごりんじゅうになった時に復活する施設である。この聖堂はUDXの入り口にあり、とてもアクセスがよい。


「黒乃 おで まってた」

「アネキ! 最終決戦ですねブー!」


 そう、黒乃はラジオ大聖堂の前で、ハイデン騎士団と決着をつけるつもりなのだ。


 突然現れた美王と騎士団に周囲の人々は騒然とした。


「ほら! 美食ロボ! しっかりしろ! あいつらは敵だと言え!」


 ようやく目を覚ました美食ロボは、頭をふらつかせて指を差した。


「ええい! その愚か者どもをひっ捕えろ!」


 その言葉を皮切りに戦闘が始まった。

 マッチョメイドが前に進み出た。騎士団は彼女の強さを充分に知っている。うかつに手は出せない。


「マッチョメイド、任せた! うちらは戦車でいくよ!」

「はい! 先輩!」


 黒乃、桃ノ木、FORT蘭丸、ブータンは戦車に乗り込んだ。FORT蘭丸があらかじめ用意していたものである。


「ボクだって三年間、遊んでいたわけジャありまセン! 戦う準備をシテいまシタ!」


 彼は職人クラフトマスターのジョブと隠者のとんかちニートハンマーを使い、戦車を作っていたのだ。


「よし! みんないくぞ!」

「「パンツァーフォー!」」


 履帯を響かせ、巨大な鉄の塊が動き出した。

 操縦手黒乃、砲手桃ノ木、装填手ブータン、通信手FORT蘭丸だ。

 砲塔を回転させ、75ミリの砲身が騎士団に狙いを定めた。


「撃て!」


 黒乃の号令の元、桃ノ木が引き金を引いた。砲弾は見事、騎士団のど真ん中に命中した。それにより数人の騎士が聖堂送りごりんじゅうとなった。


「ブー! アネキはこんな大きな機械まで操縦できるんですねブー!」

「この前、大型特殊戦闘車両の免許を取ったからね」

「すごいですブー!」


 マッチョメイドがハイデン団長に向かっていった。戦車が団員達の相手をしている間に、タイマンに持ち込む気だ。


「こんどこそ けっちゃく つける」

「くっ」


 ハイデンは桜漬け大根を正面に構えた。二人の戦いが始まった。


「オラオラオラ!」


 黒乃の操縦する戦車に騎士が群がってきた。素手で戦車にしがみつき、ハッチを開けようとしているようだ。

 超信地旋回により、その場で戦車を高速で回転させた。


「オラオラオラ!」

「シャチョー! 目が回りマス!」

「ブー!」


 次々に吹っ飛んでいく騎士達。戦車の活躍により、ハイデンを残し騎士団は全滅した。


「残るは団長だけだ!」


 マッチョメイドとハイデンは互角に渡り合っていた。いや、ハイデンが劣勢だ。自慢の剣も鎧もないからだ。必死に桜漬け大根でマッチョメイドの剛腕をさばいている。決着は間近かと思われた。


「フフフフ」

「なに わらっている」


 マッチョメイドは上空に気配を感じた。慌てて身をかわす。今、マッチョメイドがいた場所に剣が突き刺さっていた。


「来たか! 黄昏の刃サンセット!」


 黄昏色に輝く刀身には映るはずのない夕暮れの景色が映っていた。

 ハイデンは地面に突き刺さったその剣を引き抜いた。マッチョメイドの体に戦慄が走った。


 黄昏の刃サンセット

 普段は漆黒の刀身だが、日没直後のみ強大な力を発揮する魔剣。まさに今がその刻だ。


「フフフ。黄昏の刃サンセットと桜漬け大根の二刀流! いかな貴様でも、この二刀の力に耐えられるかな?」


 最後の戦いが始まった。

 ハイデンが二刀を振るうと、その度にUDXの柱が切断された。そのあまりに強大な力は、周囲までも巻き込んで切り刻むのだ。逃げ惑う人々。もはや誰も近づけない。


「マッチョメイド!」


 戦車はハイデンに砲身を向けた。しかし狙いを定めることはできない。


「動きが速すぎて狙えません!」

「ブータン! あの砲弾を!」

「はいですブー!」


 マッチョメイドとハイデンの戦いは熾烈を極めた。

 黄昏の刃サンセットは徐々にだが、その鋼の筋肉を削り始めた。その傷口に桜漬け大根の梅酢が染み込む。

 しかしマッチョメイドは構わず進んだ。


「ぐう!? なぜだ! なぜ止まらない!」

「きんにく まけない きんにく かならず かつ!」


 大きく振りかぶったマッチョメイドの拳が、ハイデンを捉えた。地面に叩きつけられるハイデン。二本の剣が宙を舞った。


「ぐはぁ! バカな……」


 地面に突き刺さる魔剣。降ってきた桜漬け大根を掴み、かじるマッチョメイド。


「すっぱい」

「フフフ、これで勝ったと思うなよ!」


 ハイデンの体から黒いスライムが溢れ出た。それは渦を巻き、周囲のものを巻き込み始めた。


「暗黒神ソラリスの加護だ! 慈悲を乞え!」

「うおおおおお!」


 マッチョメイドは黒い粘液に包まれ吠えた。地面に膝をつき、片手をついた。


「桃ノ木さん!」

「撃ちます!」


 戦車から砲弾が発射された。しかし狙いはハイデンから大きく外れ、マッチョメイドに吸い寄せられていった。


「マッチョメイドー! 受け取れー!」


 マッチョメイドは飛んできた砲弾を素手で掴んだ。その瞬間、砲弾から猛烈な光が溢れた。


「ぐわああああ! なんだ! その光は!?」


 怯えるハイデン。光に照らされ黒い粘液が蒸発していく。マッチョメイドは光る砲弾を掴んだまま進んだ。


「これ 黒乃の おさげ はいった たま」

「やめろ! 暗黒神ソラリスよ! 今こそその時です! 私を神の世界へお導きください! うわああああ!」


 マッチョメイドは砲弾をハイデンに押し当てた。

 黄昏の刻は終わった。





 ステータス一覧。


 心優しきマッチョルマッチョメイド

 レベル 80

 ジョブ 拳王マッチョクイーン

 スキル 和菓子屋てぃーせれもにー

 装備 ゴスロリメイド服おとめのせんとうふく

 使命 世界最強を目指す


 拝礼のプロスキネシスハイデン

 レベル 80

 ジョブ 暗黒巫女ダークメイデン

 スキル 恭順リトルオーダー

 装備 黄昏の刃サンセット

 使命 神の世界へ至る


 肉のマンセイマーフィー

 レベル 15

 ジョブ ロボコック長なかがわ

 スキル 月の手フリージングハンド

 装備 太陽のフライパンレッドスチール

 使命 至高の肉を焼く

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