第310話 ロボなる宇宙 その十一

「ご主人様……ご主人様……」


 夢の中の黒乃は暗闇を彷徨っていた。右へ左へ、複雑に伸びる通路の先は奈落へと通じている。毎日聞いても聞き飽きることのないその声に導かれて、深淵の向こうへと足を踏み出した。


「メル子、どこなんだい? どこにいるんだい?」

「ご主人様……ここです……メル子はここです……」


 声は近い。黒乃は走った。もう何年も会ってない気がする。ここで出会えなかったら、永遠に会えないのではないかと思えた。

 黒乃は暗闇の向こうへ手を伸ばした。その手を炎が真っ赤に焦がした。灼熱の炎で暗闇が払われ、代わりに現れたのは巨大な赤竜であった。再び竜が炎を吐いた。

 残されたのは炙り丸メガネだけであった……。



「ご主人様……ご主人様……シャチョー……シャチョー!」

「うわああああ! メル子ォオオオオ!」


 黒乃は目の前のロボットを抱きしめた。


「メル子ォオオオ! もう離さないよォオオオ!」

「イヤァー! シャチョー! ヤメテ! ボクにはルビーがいるノデ、まずいデスヨ!」


 黒乃は抱きしめた見た目メカメカしいロボットを、無造作に床に放り投げた。


「なんだ、FORT蘭丸か」

「ヒドイ!」


 ここはアキハバランド機国首都UDX内の町工場の一室だ。FORT蘭丸が棲家として利用していたもので、一行はそこに隠れ潜んでいるのだ。

 その部屋の中をマッチョメイドがせわしなく動き回っていた。


「おで へや きれいにする」


 マッチョメイドの働きで、薄汚れた部屋が見違えるほど清潔になった。


「さすがメイドロボ」


 黒乃はマッチョメイドの働きぶりを眺めながら、自分の後頭部をさすった。いつも通り二本のおさげがぶら下がっている。


「それにしてもアネキ! あの黒いスライムを倒すなんてすごいですブー!」


 昨日黒乃達はバクロヨコ山にて、マッチョメイドと戦ったのだ。

 マッチョメイドは謎の黒いスライムに襲われていた。これに取り憑かれてしまうと、体をいいように操られてしまうのだ。しかもタイトバース内のみならず、現実のボディにも影響を及ぼす。しかし彼女は鋼の精神力により、スライムに取り憑かれるのを耐えていた。

 もし現実のマッチョメイドのボディが乗っ取られて暴れていたらと思うと、黒乃は心底ぞっとした。


 黒いスライム……そう、それはかつて幾度も黒乃達の前に立ち塞がったモンスター。その正体はローション生命体『ソラリス』。ロボローションに含まれるナノマシンが暴走し、自分を使わず無惨に打ち捨てた人類への恨みを糧に覚醒した。

 しかし、それは倒されたはずであった。


「奴は言っていた。ロボローションがある限り、何度でも復活すると」


 ソラリスはとうとうタイトバースにて復活を遂げたのだ。奴の目的はなんなのだろうか? 全ての元凶は奴なのだろうか?


「しかし、戦う術はある」


 黒乃の背中に垂れる、二本のおさげ。

 『オサゲカリバー』と『オサゲパス』。

 かつて倒されたはずのソラリスは、黒乃のおさげの中に潜んで生き延びていた。そのおさげはメル子によって切り落とされてしまい、それによってソラリスは再び復活、ボロアパートを量子状態にしてしまった。

 しかし黒乃とメル子の活躍でソラリスを撃退。切り落とされたおさげは浅草寺に奉納されることになった。奉納式によって邪が払われ、お参りに来る人々の聖なる心を取り込んだ聖遺物。それがオサゲカリバーだ。

 そのオサゲカリバーの代わりとして、アイザック・アシモ風太郎によって開発されたのがオサゲパスである。最新のナノテクを駆使して作られたそれは、黒乃に取り憑き暴走。皆を危機に陥れた。

 だが聖なるオサゲカリバーによって、悪なるオサゲパスは封印された。


「ということがあったんだよ。だからオサゲカリバーでソラリスと戦える!」

「アネキはとんでもない冒険を繰り広げてきたんですブー! 神話みたいですブー!」


 豚の獣人ブータンはプルプルと震えた。


 その時、隠れ家の引き戸を開ける音が聞こえた。偵察に出ていた桃ノ木が戻ってきたのだ。


「先輩、戻りました」

「桃ノ木さん、お疲れちゃん」


 桃ノ木はベッドの黒乃の隣に座ると、耳に口を近づけて話し始めた。


「ハイデン騎士団が動き始めました」


 アサクサンドリア教国に存在する三つの騎士団。シャーデン騎士団、ハイデン騎士団、ヘイデン騎士団。

 巫女サージャを支え、民を導くはずの騎士団の一つが、教国を裏切ってアキハバランドに亡命したのだ。彼らはこのUDXにいる。

 そしてマッチョメイドにソラリスを寄生させようとしたのも彼らだ。


「おで あいつらと たたかった」


 バクロヨコ山に篭って修行していたマッチョメイド。来る日も来る日も獰猛な魔獣と戦い、三年もの間腕を磨いていた。


「おで いつか 黒乃たちがくると しんじてた だから 黒乃たちと いっしょにたたかうために ずっと きたえてた」

「マッチョメイド……」


 黒乃はマッチョメイドの肩に手を置いた。手のひらから彼女の強さがひしひしと伝わってくる。


「あいつらが やまにきて なかまになれって いった おで ことわった そしたら たたかいになった」


 ハイデン騎士団の麗しき女団長ハイデン。

 他の騎士などマッチョメイドにとっては物の数ではない。しかし団長は別であった。マッチョメイドに匹敵するその力のみならず、ソラリスを操っていたのだ。

 それでもマッチョメイドは戦いに勝利した。ハイデン騎士団は敗走した。ソラリスを残して。


「どうやらハイデン騎士団が、タイトバース中にソラリスをばら撒いているようです。チャーリーも美食ロボも、それによって操られてしまったようです」


 桃ノ木は続けて地図ぐるぐるまっぷを広げた。皆でそれを覗き込む。


「ハイデン騎士団は『マンセイタワー』にいます」


 巨大な直方体であるUDXの上面に突き出た巨大な塔。アキハバランドの経済と政治を牛耳る『マンセイ商会』の本拠地だ。


「彼らがマンセイタワーにいる理由は一つ。美食ロボに会うためです」


 日本の食の世界を牛耳る美食ロボ。現在はアキハバランドでマンセイ商会の長として君臨し、この国を牛耳っているのだ。

 美王と称した彼は権力を使い、アサクサンドリアとの戦争を起こした。同様に獣王であるチャーリーの号令の元、ウエノピアも聖都に侵攻した。

 全てはハイデン騎士団の仕業だったのだ。


「マンセイタワーで美食ロボを正気に戻して、ハイデン騎士団の悪行を世に知らしめてやる。戦争を終わらせるんだ!」


 黒乃は拳を握りしめてベッドから立ち上がった。


「先輩! かっこいいです!」

「アネキ! オイラもお供しますブー!」

「おで こんどこそ あいつら たおす」

「ボクも応援してマス!」

「FORT蘭丸ー! お前がこの作戦の要だからなー!」

「イヤァー!」



 ——マンセイタワー。

 UDXの上面に突き出た巨大な塔。各層に飲食店が並び、多数の客が押し寄せている。上層に行くほど高級店が増え、最上層で食事ができるのは、アキハバランドでも限られた美食家だけだ。

 その最上層の一際豪華なVIPルームに美食ロボはいた。

 高価な絵画、最高級ワインが並んだラック、真紅の絨毯、純白のクロスがかけられた巨大なテーブル。その上座には美食ロボが、左右にハイデン騎士団の幹部達が並んでいた。


「フハハ! フハハハハハ! よくぞ我が国に参られた!」

「お招きいただき光栄です、美王閣下」


 豪快に笑うのは、着物を着た恰幅の良い初老のロボットだ。ズラリと並べられた料理を前にご満悦のようだ。

 その美食ロボに対し、ハイデンは優雅な仕草で頭を垂れた。いつもの磨き抜かれた白金の鎧は、この場では似つかわしくない。質素なドレスでの食事となった。自慢の剣も入り口で給仕に預けた。それは他の騎士達も同じだ。警備のため、下級団員は部屋の外で待機をしている。


「美王閣下のおかげで、聖都アサクサンドリアの陥落は目前です。サンジャリア大聖堂に隠された食の秘宝も、直に閣下のものとなるでしょう」

「フハハハハ! そうか楽しみだ! この国のボンクラどもに、喝を入れてやった甲斐があったというものだ! フハハハハ!」


 ハイデンはクスクスと笑った。それに合わせて騎士団の幹部達は豪快に笑った。

 給仕により次の皿が運ばれてきた。本日のメインディッシュ。豚のソテーだ。厚切りの肉に香辛料が振りかけられている。


「この世界に連れてこられて三年。いよいよ私の念願が叶うというわけか、ん?」


 ソテーを口に運んだ美食ロボはプルプルと震えだした。


「美王閣下? いかがなされましたか?」


 ソテーを口に含んだハイデンは、不審な目で美食ロボを見た。


「なんだこの肉は! 変な黒いのがかかっているだけで、なんの味もしないではないか! なんかこう、もっと、甘かったり、辛かったりはないのか! 作り直せ!」


 美食ロボはソテーが乗った皿を床にぶちまけた。静まり返る騎士団。慌てて給仕が片付けに入った。


「申し訳ございません! ただいま作り直して参ります!」

「だから異世界はいやなのだ! ろくな食文化が育っておらん! なんでも変な黒いのをかければいいと思っておる!」

「閣下、これは黒胡椒というもので……」


 ハイデンがなだめにかかったが、聞く耳持たないようだ。



 そうこうするうちに、部屋に芳しい香りが漂ってきた。騎士団の間にざわめきが広がった。


「なんだこの香りは!?」

「初めての香りだ!」

「猛烈に腹が減ってきたぞ!」


 扉が開いた。給仕達が新しい皿を持ってやってきたのだ。それをテーブルに並べた。先ほどと同じ豚のソテーだ。しかし、トロリとしたソースがかかっている。


「これは!?」


 美食ロボはソテーにフォークを突き立て、口の中に放り込んだ。


「甘辛い! 甘くて……辛い! なんかこう香ばしくて、なにかわからないけど……美味い!」

「さっきと同じ豚肉なのに、この味の違いはどうだ!」

「こんな調理法は初めてだ! キラキラしていて美しい!」

「どこの国の料理なんだ!?」


 騎士団達も夢中になって豚のソテーを口に運んだ。あっという間に皿は空になった。


「女将! シェフが変わったな!?」

「はい! 左様でございます!」

「フハハハハ! 気に入った! どんなシェフだ! ここへ呼べ!」

「はい! ただちに!」


 給仕は厨房へ走った。



 すぐにやってきたのは、長いコック帽を鼻の上まで被った背の高いシェフだった。その後ろにはスタイルのいい色っぽい給仕が控える。


「お呼びでしょうか、美王閣下」

「貴様が新しいシェフか! これはなんという調理法だ!?」


 のっぽのシェフは恭しく頭を垂れた。その勢いで黒髪のおさげが一本、肩越しに前に垂れた。


「これはTERIYAKIてりやきという調理法です、閣下」

TERIYAKIてりやき!? TERIYAKIてりやきだと!?」

「なんだそれは!?」

TERIYAKIてりやきなど、聞いたことがないぞ!」

TERIYAKIてりやきは秘伝の甘辛いタレを豚に塗りながら焼くので、香ばしい琥珀色のツヤが出るのです」


 美食ロボが豪快に笑いだした。


「フハハ、フハハハハハ! TERIYAKIてりやきときたか! また懐かしい名を聞いたものだ! 気に入った! シェフ! 名を名乗れ!」


 シェフは顔を上げた。コック帽を脱ぎ、黒髪丸メガネをあらわにした。


「黒ノ木黒乃じゃい! 地獄に落ちても忘れるな!」


 黒乃はコック帽の中から黒いなにかを取り出した。それを美食ロボの顔面にこれでもかと擦りつけた。


「オサゲカリバーを食らえ!」


 美食ロボの顔面から猛烈な光が迸った。





 ステータス一覧。


 至高のクズ美食ロボ

 レベル 1

 ジョブ 美王クズ

 スキル 陶芸ろさんじん

 装備 ただの着物ゴミクズ

 使命 タダ飯を食う

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