第309話 ロボなる宇宙 その十
黒乃、桃ノ木、FORT蘭丸、チャーリー、ブータンの五人はアキハバランド首都UDXの東方、『バクロヨコ山』を登っていた。
流れる川、剥き出しの岩肌、松の木、うっすらと煙る空。ともすれば山水画の世界のようであるが、魔獣が蔓延る魔境であった。
「FORT蘭丸のアニキ! 乗り心地はどうですかブー?」
一行を先導する巨大な豚に跨った豚の獣人ブータンは、背後の見た目メカメカしいロボットに声をかけた。
「結構いい感じデス! コノ豚サンも可愛いデス!」
FORT蘭丸は巨大豚ブービーの背中を撫でた。白く短い体毛とブヨブヨの皮膚は独特の手触りを返した。
「桃ノ木アネキといい、FORT蘭丸アニキといい、部下がたくさんいるなんてさすがですブー」
「ハッハッハ、社長だからね。頼りになる部下が大勢いるのよ。ハッハッハ」
「すごいですブー!」
「三人だけデスけどネ!」
黒乃はオカピロボに、桃ノ木はUDXでレンタルした馬に乗っている。桃ノ木のお尻にはチャーリーがしがみついていた。
「先輩、どうしてオカピに乗っているんですか?」
「よくわからんけど、なんか乗ってる。ところで桃ノ木さん。例の情報は間違いないんだよね?」
桃ノ木の表情が瞬時に仕事モードに変わった。彼女は黒乃達がアキハバランドにやってくる間に、情報収集を行っていたのだ。
「このバクロヨコ山には、マッチョメイドがいます」
「おお!」
「しかし、マッチョメイドは今、危険な状態にあります」
「なぬ!?」
桃ノ木の調査の結果わかったのは、マッチョメイドはタイトバースへ囚われて以来三年間、ずっとバクロヨコ山に篭っていたということ。
彼女は近辺に棲息する魔獣達を退治して暮らしていたのだ。山の麓の村を荒らしていた恐ろしいモンスターは、ほとんど一掃されてしまった。その結果、彼女は英雄として讃えられ、『拳王』としてバクロヨコ山の主になったのだ。
「さすがマッチョメイド!」
「シャチョー! マッチョメイドを仲間にできレバ、モウ怖いものナシデスね!」
桃ノ木は首を左右に振った。
「ところがここ数ヶ月の間に、その拳王の様子がおかしくなったそうなんです」
「どういうことだろ?」
「私は例の『ハイデン騎士団』の仕業と睨んでいます」
ハイデン騎士団。
アサクサンドリア教国、三つの騎士団の一つ。しかし現在はアキハバランドに亡命中である。
「あの感じが悪い奴らか」
黒乃達とハイデン騎士団は
そのハイデン騎士団がアキハバランドでなにをしているのだろうか?
「マッチョメイドと彼らが、バクロヨコ山で接触して戦闘となったそうです。その後、マッチョメイドは山に篭ったまま、全く姿を見せなくなったようです」
マッチョメイドは彼らにやられてしまったのだろうか?
「いや、マッチョメイドに限ってそんなはずはない。確かめにいこう!」
「「はい!」」
バクロヨコ山山頂。
もはや緑は消え失せ、岩だけが視界に入ってくる。後ろを振り返れば、遥か下界にUDXの巨大な直方体。
桃ノ木は広げた
「先輩、あそこにマッチョメイドがいます」
「あれか!」
切り立つ崖の裂け目。その隙間にマッチョメイドが座禅を組んでいた。目を閉じ、ひたすらに集中しているようだ。
一行は緊張感を伴って彼女に近づいた。
「マッ……!?」
声をかけようとした黒乃は絶句した。
「なんだこれは!?」
二メートルを超える筋肉質のボディ、ゴスロリメイド服。見慣れたその姿を取り囲んでいたのは、黒い粘液だった。マッチョメイドの周囲に群がり、黒い瘴気を立ち昇らせている。粘液は触手のようにうねり、彼女を喰らい尽くさんと、機をうかがっているようだ。
「この黒いスライムは!? チャーリーの時と同じだ!」
「黒乃……」
マッチョメイドは目を閉じたまま口を開いた。
「黒乃 にげる こいつら きけん」
「マッチョメイド!」
久しぶりに出会ったマッチョメイドのその姿は見るに耐えなかった。張りのある巨大な生き生きとした筋肉は、痩せさらばえ骨が浮いていた。頬はこけ、眼球が浮くほどに消耗しているのだ。
「アネキ! オイラ、この黒いの見たことありますブー! オンシーパークの白猫達も、この黒いのを操っていましたブー!」
そう、チャーリーもチャーリーを抱いていた白猫獣人達も、黒いスライムに取り憑かれていた。
「おで こいつらと たたかってる 黒乃たち にげる」
黒いスライムの動きがより一層激しさを増した。渦を巻き、マッチョメイドを取り囲む。
「いや、逃げない! マッチョメイド! 絶対にお前を助ける!」
「うおおおおおおおおッ!」
マッチョメイドは絶叫した。痩せ細った筋肉がみるみるうちに黒く染まっていく。
「黒乃……おで……」
「マッチョメイド! もう耐えなくていい! 戦え! 私らと戦って楽になれ!」
マッチョメイドは跳ねた。拳を地面に打ちつける。その衝撃で全員四方八方に弾き飛ばされた。
桃ノ木がすかさず体勢を整え、
「うあああおおおおッ!」
「マッチョメイド! 食らえ!」
黒乃は
「うおおおお、あまからい……」
ブータンは
「豚が飛んだ!? こら獣王、お前もいけ!」
黒乃は豚の上で大欠伸をするチャーリーを鷲掴みにすると、マッチョメイドに向けてぶん投げた。
「ニャー!」
ロボット猫は拳王の蹴りを喰らい、遥か彼方に吹っ飛んでいった。
「チャァァァアアアリィィィイイイ!」
FORT蘭丸は
「シャチョー! 桃ノ木サン! 今デス! そこデス!」
マッチョメイドが黒乃に迫った。鋭い手刀を浴びせる。それは黒乃の首を真っ二つにしたかと思われたが、間一髪かわした。手刀の斬撃で、黒乃の二本のおさげのうち、片方が切断され宙を舞った。
「先輩!?」
「おさげがあああッ!」
次の瞬間、マッチョメイドは手を押さえて悶絶した。手から鋭い閃光が迸った。どういうわけか、彼女は苦しんでいるようだ。いや違う。苦しんでいるのは取り憑いた黒いスライムだ。
「なんだなんだ!? どうした!?」
その光景を見て、黒乃の頭に怒涛のように情報が流れ込んできた。
チャーリーに取り憑いていた黒いスライム。洞窟でチャーリーを枕にした時に発生した猛烈な光。消滅するスライム。スライム……スライム……ドロドロのスライム……ドロドロのローション……ローション……ローション生命体ソラリス……おさげ……。
「まさか……まさか……!」
「ぐおおおおおおッ!」
拳王が吠えた。凄まじい量の黒いオーラが迸り、周囲の地面を抉った。黒乃達はその衝撃で吹き飛ばされた。地面がマッチョメイドの周囲4.55メートルを残して抉られていた。まるで土俵のようだ。
黒乃はよろけながら立ち上がった。腰の黒いマワシを手で叩いて進む。
「ふふ、おあつらえ向きの土俵じゃあないか……」
「うおおお 黒乃山 おで」
黒乃山は土俵に上がった。マワシを叩く。両者土俵の中央で睨み合った。マッチョメイドの黒い瘴気は消え去った。
時間いっぱいだ!
「忘れていないにょりな、マッチョメイド? あの浅草場所を! ぷふー!」
大相撲浅草場所。浅草寺の境内で行われた相撲大会。そこで二人は立ち合ったのだ。
マッチョメイドの目が爽やかに光った。
「おで こんどこそ かつ!」
「ごっちゃんです!」
二人は土俵の中央でぶつかった。がっぷり四つだ。
「イヤァー! シャチョーが上手を取られてマス!」
「でも動かないわ! マッチョメイドのパワーと張り合っているわ!」
「アネキー! 頑張ってくださいブー!」
いくら消耗した状態とはいえ、相手はあのマッチョメイドだ。一行は奇跡が起きたとしか思えない光景を目の当たりにした。
「マッチョメイド〜! 絶対にお前を助けてやるにょき〜!」
黒乃山は差し手を返し、脇の下からすくうようにマッチョメイドをぶん投げた。決まり手『
マッチョメイドは土俵の外まで吹っ飛んだ。抉られた地面を転がり落ちる。その途端、黒い瘴気が再び溢れてきた。
「今だ! 桃ノ木さん!」
「はい!」
桃ノ木は地面に落ちた黒乃のおさげ『オサゲカリバー』を掴むと放り投げた。それは宙を舞い、太陽の光を一身に受けながら飛んだ。そしてマッチョメイドの脳天に着地した。
ちょんまげだ!
「ぐおおおおおああああ!!!」
拳王の咆哮がバクロヨコ山にこだました。ボディから光が迸った。悶えるマッチョメイド。その光によって黒い瘴気は浄化されていった。
「イヤァー! ナンナノ!?」
「アネキー!」
光がおさまった頃には、マッチョメイドは地面に大の字で倒れていた。先ほどまでの苦悶の表情は消え失せ、勝負の後の余韻だけが残った。
「黒乃山 おで またまけた」
「ぷふー、黒乃山に勝とうなんて、百年早いぽき」
黒乃山が差し出した手を、マッチョメイドは力強く握った。
ステータス一覧。
レベル 15
ジョブ
スキル
装備
使命 世界一美味い焼肉を作る
レベル 80
ジョブ
スキル
装備
使命 世界最強を目指す
レベル 15
ジョブ
スキル
装備
使命 伝説の丸メガネを手に入れる
レベル 10
ジョブ
スキル
装備
使命 のんびり暮らす
レベル 30
ジョブ
スキル
装備
使命 白猫ハーレムを作る
レベル 10
ジョブ
スキル
装備
使命 美味しいお肉を提供する
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