第307話 ロボなる宇宙 その八
ウエノピア獣国の首都オンシーパークの上空を、丸メガネとロボット猫と巨大ワシが飛んでいた。
下を見れば、地面を走って獣人達が追いかけてきているのが見える。
「追われてる! 追われてる! フィリピンワシロボ、頑張れ! ジャングルに不時着するんだ!」
二メートルもの巨大な翼を持つフィリピンワシロボに、肩を掴まれたまま空中を走る黒乃。その腕には大きなグレーのロボット猫、チャーリーが抱えられている。
翼を羽ばたかせ懸命に飛行するも、徐々に高度は下がっている。いよいよジャングルの木々が体を擦り始めた。
「ニャー」
「暴れるなチャーリー! うおおお! 不時着! 不時着!」
枝が黒乃の顔を幾度も打ちつけた。葉が舞い上がり、むせかえるような土の匂いが迫ってくる。
次の瞬間、黒乃は宙に放り投げられた。
「ぎょわわわわわ!」
そのまま地面に激突して
「んん!? なんだ!?」
それは走っていた。黒いボディに尻尾と四肢に入った白い縞模様、異様に大きな耳。絶滅危惧種オカピだ。馬のようであるが、キリンの仲間である。絶対に乗ってはならない!
「オカピロボ!?」
オカピロボは黒乃とチャーリーを背に乗せてジャングルを疾走した。遥か後方で追っ手の獣人達の声が聞こえたが、みるみる小さくなっていく。
「おお、お前! 迎えにきてくれたんだね!」
黒乃はその長い首に腕を回して抱きしめた。躍動する足が地面を蹴る振動が伝わってきた。
「オカピロボ! このまま南方へ向かってくれ!」
本来はオンシーパーク付近のジャングルの中にある、浅草動物園に戻りたいところではあるが、獣人達を引き連れていくわけにはいかない。
それに既に次の行動目標は決まっていた。
「このままアキハバランドにいく!」
黒乃の心の奥底では、メル子に会いたいという気持ちが常に渦巻いている。黒乃の体感時間ではほんの数日の出来事であるが、メル子からすると三年もの時間が過ぎているのだ。
一刻も早く迎えにいってやりたいと思っている。しかし居場所の情報がないのだ。であるならば、今ある情報を頼りに動くしかない。
アキハバランドには桃ノ木とFORT蘭丸が、アサクサンドリアにはマリー、アンテロッテ、フォトンがいることがわかっている。
どちらに行くか迷ったが、アキハバランドに決めた。理由は美食ロボの存在だ。美食ロボとチャーリー。黒乃達よりひと足先にタイトバースへとやってきた二人。なぜかそれぞれの国で国王になっていた二人。重要な意味があるに違いない。
ゴリラロボも心配ではあるが、ここで戻るわけにはいかない。命懸けで自分を逃してくれたのだ。黒乃の為すべきは巫女サージャを見つけ出し、神ピッピを止めることなのだ。
——夜。
黒乃達は岸壁の洞窟の中で野営をしていた。この世界、どこにでも洞窟がある。本来はクエストなどでやってくるのだろうが、あいにく寄り道に興じている場合でもない。
パチパチパチ。
薪がはぜる音が洞窟に反響した。焚き火の揺らめきで、岩肌に映った三人の影が右へ左へと踊った。外は雨だ。これで獣人達の追跡はかわせたであろう。
黒乃はゴリラロボからもらったバナナを木の枝に刺し焼いたものをチャーリーに差し出した。
「ほれ食え、チャーリー」
「ニャー」
黒乃とチャーリーとオカピは、わずかながらのバナナを分け合って飢えを凌いだ。
「さて、チャーリー」
食事が終わり、丸まって寝転がるチャーリーの両脇を抱えて持ち上げた。ジタバタともがくロボット猫。
「なにがあったか聞かせてもらおうか」
チャーリーは一通り暴れると、観念したのか大人しくなった。
「ニャー」
「ふんふん、なになに? 隅田公園の草むらで超ミニ女子大生のパンツを見ながら昼寝をしていたら、いきなりオンシーパークにいた? 街の中を適当に彷徨っていたら可愛い白猫の獣人がいたから、抱っこしてもらおうと飛びついたら、いつの間にか獣王になってた? それから三年間、白猫ちゃん達の言う通り適当に命令出してたら戦争になった? なにしとんねん!」
黒乃は後ろにひっくり返ってプルプルと震えた。それと同時にチャーリーの体も震え出した。グレーの毛皮の下から黒い粘液が溢れ、黒い蒸気が立ち昇った。
「うわわ! なにこれなにこれ! キモい! シャンシャン大聖堂の時といっしょだ!」
地面に姿勢を低くして這いつくばるチャーリー。グルルと喉を鳴らし爪を尖らせた。
「チャーリー、どうした!?」
グレーの塊が勢いよく黒乃に向かって飛び跳ねた。しかし、オカピロボが素早く前足でチャーリーを踏ん付けて制した。
足の下でしばらくもがくと、黒いなにかは消えた。チャーリーの体から力が抜け、床に丸まった。どうやらそのまま眠ってしまったようだ。
「なんだ今のは? なにか黒いスライムのような……とにかくキモかった」
焚き火に照らされるチャーリーは幸せそうに喉をゴロゴロと鳴らした。黒乃は冷や汗をかきながらその様子を観察した。
「なにかに取り憑かれているのか? あの白猫達も同じだったよな」
チャーリーは尻尾を振った。その先っちょが黒乃の鼻をくすぐった。
「オッパショイ! ちくしょー、呑気に眠りやがって。こうしてくれるわ」
黒乃は地面のチャーリーを枕にして寝転がった。後頭部に伝わるムニリとした肉の感触と、艶やかな毛皮は高級枕を思わせた。
「ニャー!」
「ガハハ! どないや!」
その瞬間、猛烈な光が迸った。焚き火よりも遥かに明るいその閃光は、洞窟を白一色に染め上げた。
「なんだなんだ!? 今度はなんなの!?」
「ニャー!」
光の発生源はチャーリーのようだ。光の中でチャーリーはもがき苦しんでいる。やがて光はおさまった。残されたのは地面でプルプルと震えるロボット猫と、その周りに広がる黒い粘液だ。
そのおどろおどろしい液体は、みるみるうちに蒸発して消え失せた。残されたのは焼け焦げた海藻のような匂いのみ。
「おい、チャーリー! 大丈夫か!? 今なにが起きた? 黒いのは死んだみたいに見えたけど」
「アニキ」
突然背後から声をかけられて黒乃は飛び上がった。
「ぎゃんばらばらばらばら! 今度はなんだ!?」
一連の出来事に気を取られて、何者かが近付いてきていたことに気が付かなかったのだ。
「アニキ、オイラですブー」
洞窟に入り込んできたのは豚の獣人であった。横に広がる大きな耳、突き出た大きな鼻、丸い体。うっすらとした白い体毛の上から粗末な革鎧を身につけている。棒を削って作った槍を背中に携えていた。
「お前は! オンシーパークの看守の!」
「ブータンですブー」
黒乃がオンシーパークで牢屋に囚われていた時の看守である。主に捕虜達に食事を配ることを任務としていた。
「どうやってここまできた!? なにをしにきた!?」
焚き火越しに黒乃とブータンは向かい合った。一瞬黒乃は豚の丸焼きを連想した。
「落ち着いてくだせえ、アニキ」
「だれがアニキじゃい」
ブータンは槍を地面に置いて、自身も両膝を地面についた。どうやら戦う気はないようだ。
「オイラ、黒乃のアネキを追いかけてきたんですブー」
「私を!? どうしてここがわかったの!?」
獣人達からは相当距離を離したし、見つかるような場所ではないはずだ。
「タレの匂いを辿ってきましたブー。豚の嗅覚は人間の一万倍もあるんですブー」
「一万倍!?」
「オイラ、アネキのタレの匂いは絶対に間違えないですブー!」
先ほどまで食べていた、バナナのタレ焼きを言っているようだ。しかし、タレがどうしたのだろうか?
「オイラ、あのタレの匂いを嗅いで目覚めたんですブー。あのタレこそオイラが求めていたものですブー! タレがあれば、みんなに美味しい豚肉を提供できますブー! あのタレの作り方を教えてくだせえ! どうかオイラを弟子にしてくだせえ!」
ブータンは両手を地面について頭を下げた。
「ちょっと待て、今考える」
一度に押し寄せた出来事に、黒乃の頭は混乱した。これは罠か? 捕まえるつもりなら仲間を連れてくるはずだ。こいつを弟子にしてなんの得が? タイト人がいた方がなにかと話が早いのでは?
思考が頭を駆け巡った。
「あー、ブータン」
「はい、アネキ!」
「お前を弟子にしてやる。ただし修行はとてつもなく厳しいものとしれ!」
「覚悟していますブー!」
豚の獣人ブータンが仲間になった!
——アキハバランド機国首都UDX。
桃ノ木は酒場の隅のテーブルに座って様子を伺っていた。
目の前にはブドウジュースがなみなみと注がれた金属製のジョッキと、分厚い豚のステーキだ。塩とペッパーだけで味付けされたステーキに若干の物足りなさを感じながら、肉を噛み締めた。
背後には鍛え抜かれた体と、仰々しい剣を腰に帯びた戦士らしき集団。
「鎧を着ていないからわからなかったけど、彼らはハイデン騎士団。なぜアキハバランドに?」
ハイデン騎士団。
アサクサンドリア教国の三つの騎士団のうちの一つ。巫女サージャを支え、国を導く役目を持った者達だ。
黒乃一行とハイデン騎士団は
「アサクサンドリアとアキハバランドは戦争状態のはず。彼らがここにいるのは異常事態だわ。勇者であるマリーちゃんを捕らえようとしていたし、きな臭過ぎるわね」
桃ノ木は
——アサクサンドリア教国聖都アサクサンドリア。
マリーはサンジャリア大聖堂を目指して歩いていた。歩くたびに背負った
聖都中心の丘の上にそびえ立つ荘厳なる大聖堂は、木で組まれた足場に囲まれていた。その足場に動く影が一つ。
「フォト子さん!」
マリーはよく響く可憐な声で呼びかけた。それを聞き、影は一瞬大きく震えた。なにか棒のようなものが足場から転がり落ちてきた。マリーの足元に転がってきたそれは、大きな筆であった。
「……マリーちゃん」
足場から降りてきた青いロングヘアのロボットは、勢いよくマリーに抱きついた。
フォトンは無言でいつまでも泣いた。三年ぶりにかつての仲間と出会えたのだ。当然であろう。
マリーはただフォトンの背中を幾度も撫でた。
ステータス一覧。
レベル 10
ジョブ
スキル
装備
使命 世界一美味い焼肉を作る
レベル 10
ジョブ
スキル
装備
使命 伝説の丸メガネを手に入れる
レベル 20
ジョブ
スキル
装備
使命 世界を救う
レベル 20
ジョブ
スキル
装備
使命 サンジャリア大聖堂に壁画を描く
レベル 30
ジョブ
スキル
装備
使命 白猫ハーレムを作る
レベル 5
ジョブ
スキル
装備
使命 美味しいお肉を提供する
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