第306話 ロボなる宇宙 その七

 タイトバース西方の、獣王が支配する国家ウエノピア獣国。その首都オンシーパークのシャンシャン大聖堂に黒乃はいた。

 光り輝く水晶に囲まれた部屋。ここはシステム的なやりとりをするためのチャットルームだ。現実世界との連絡、サービス運営への相談、緊急時の避難場所となっている。

 完全な個人スペースで、この部屋の内部は現実世界と同じ速度になるようにレートが保たれている。


「や〜、遅かったじゃないか〜」

「ご主人様!」


 水晶球に映るのは八又はちまた産業のプレイルームにいる四人。ニコラ・テス乱太郎、黒メル子、紅子、ルビーだ。


「みんな!」


 彼らの顔を見た瞬間、体の力が抜けてへたり込んでしまった。本来は楽しいはずの異世界での冒険が、使命を帯びたことで失敗の許されない決死のミッションへと変貌を遂げていた。


「長話をするとゲーム内の時間がどんどん過ぎてしまうからね〜。重要なことだけ述べるから、しっかり聞いてくれたまえよ〜」


 整った口髭のマッドサイエンティストロボ、ニコラ・テス乱太郎が語り始めた。

 黒乃はすぐさま立ち上がり、顔を手で叩いて気合いを入れ直した。


「どんとこい!」

「まず、今のゲーム内の時間と現実時間との差は十倍だね〜」


 短い時間でも充分にゲームを楽しめるように、ゲーム内の世界は現実世界より早く動いているのだ。十倍ということは通常のサービスと同じ状態で稼働しているということだ。


「君達がゲームからログアウトした時は、千倍の速度で動いていたんだね〜。その結果、人間だけがログアウトしてしまったのさ〜」


 イマーシブマシンにより体感を入出力している関係上、人間は千倍もの加速についていけない。システム側が異常を感知して強制ログアウトさせたのだ。逆にロボットはAIをゲーム内に取り込むため、速度は関係ないのだ。


「今は十倍差ね、よし!」

「では次、君の仲間達のことだがね。既に連絡が届いているよ〜」

「本当か!」

「桃ノ木君はアキハバランドに、マリー君はアサクサンドリアにいるみたいだね〜」


 黒乃はほっと息をついた。連絡が取れたということは無事ということだ。潜入作戦の第一歩はこれで完遂だ。

 しかし黒乃にはどうしても聞かなくてはならないことがあった。


「メル子は? メル子の居場所は!?」

「ロボット達の居場所だがね、何人かは所在がつかめたよ〜」

「おお!」

「ご主人様! 私が情報をまとめました!」


 黒いメイド服の黒メル子が画面の中央に押し入ってきた。


「アン子さんとフォト子ちゃんはアサクサンドリアにいることがわかっています。FORT蘭丸君はアキハバランドにいるようです。他にも、マッチョメイド、大相撲ロボ、アイザック・アシモ風太郎先生他、数人の所在がわかっています」

「ああ、黒メル子……」

「なんでしょう?」

「メル子は? メル子はどこにいるの!?」

「……」


 黒メル子の顔は沈んでいる。


「わかりません……」

「え?」

「メル子の居場所はまったく情報がありません……」


 黒乃は水晶玉に手を乗せてうなだれた。その手がプルプルと震えている。


「そうか……」


 賢いロボット達のことだ。外部に連絡を取れるよう様々な策を実行したであろう。助けが来ないか、常に気を配っていたに違いない。実際ゴリラロボはすぐに黒乃を発見できた。メル子もそうするはずだ。

 三年も助けが来ないから諦めてしまったのだろうか? いやそんなはずはない。それともタイトバースはもはや、それどころではない状況に追い込まれているのだろうか?


「それと重要な情報があるね〜」

「なんだ?」

「美食ロボがアキハバランドにいるようだね〜。桃ノ木君の情報だよ〜」


 黒乃達が初めてタイトバースにログインする数日前、ゲーム内に真っ先に取り込まれてしまった美食ロボとチャーリー。別のAIに入れ替わってしまった二人。


「その美食ロボがどうしたのさ?」


 黒乃にとってはさほど重要ではない情報のように思える。


「美食ロボは今、アキハバランド機国の元首をやっているんだね〜」

「なぬ!?」

「美王と称してロボット達を駆り立て、戦争を起こしているんだよ〜」

「あんにゃろう〜! なにしてやがる!」


 黒乃は顔を真っ赤にして地面を転げ回った。とんでもないロボットだとは思っていたが、まさか戦争まで起こす奴だとは想像していなかった。


「ハァハァ……絶対首をもいでやる……ハァハァ」

「はぁ〜い、黒乃〜。はーわーゆー?」


 画面に銀髪ムチムチお姉さんが入り込んできた。


「ハァハァ、ルビー。アイムファイン、センキュー」

「シャチョサン達の〜、ログイン情報を元に〜、神ピッピを調べているからね〜」


 政府主導によるプロジェクト『GODPP』、通称『神ピッピ』。巨大量子サーバを用いた超AI作成プロジェクトだ。

 その設計者は今回の黒幕と見られるアルベルト・アインシュ太郎であり、チーフプログラマはルビーだ。タイトバースの世界は神ピッピの中にあり、AI達はその中に囚われている。


「マヒナと〜、マッチョマスターと〜、ミンナの力を借りて、神ピッピの量子サーバがある場所を突き止めようとしているよ〜」


 タイトバース内部からのアプローチではなく、外部からのアプローチというわけだ。物理的に神ピッピを操作できれば、AIを解放できるかもしれない。


「ルビー、そっちは任せたよ!」

「びり〜びっとぅみ〜」


 ルビーは早速デバイスの操作に集中した。


 水晶球の真ん中にくるくる癖っ毛の少女が映った。心配そうな顔で画面を覗き込んでいる。その水晶より美しく光る瞳に黒乃はハッとした。


「黒乃〜」

「紅子、心配しないで。絶対にメル子ママを連れて帰るからね」

「わかった〜」


 紅子は口を引き結んで変態博士の後ろに下がった。


「なんにせよ、仲間達と合流して巫女を見つけることだね〜。それは変わらないよ〜」

「わかっている。また連絡する!」


 水晶玉から光が消えた。やや憔悴した自分の顔が映り、ふと笑みがこぼれた。まだ冒険は始まったばかり。こんなところでへこたれているわけにはいかない。


 黒乃は水晶玉に背を向けてチャットルームを出た。部屋は牙と爪を剥き出しにした獣人達に取り囲まれていた。


「うむむ、やっぱりそうなるか」


 黒乃がチャットルームに入っている数分の間に、外では十倍の速度で時間が過ぎていたのだ。さすがに気付かれてしまったようだ。

 黒乃は両手を上げた。


「わかった、わかった! 大人しくするから!」


 黒乃は周囲に視線を走らせた。ここまで案内してくれたクアッカワラビーロボとリスザルロボは見当たらない。ちゃんと逃げられただろうか?


「ここでなにをしていたパカ!」


 白いふわふわの毛皮に覆われたアルパカの獣人が槍を突きつけて凄んだ。


「どうやって入り込んだカピ! 他に仲間はいるのかバラ!?」


 タワシのような体毛のカピバラの獣人は、黒乃のケツを小突いた。


「イテッ! やめろぉ!」


 その時、獣人達の後ろでざわめきが起きた。次々に道を開ける彼らの間から現れたのは、一際セクシーな獣人二人であった。白い毛並み、長い尻尾、切れ長の潤んだ瞳、くびれた腰。


「うわっ! 可愛い! 白猫の獣人だ! うひょー!」


 黒乃の目は、短い体毛に覆われたおっぱいに釘付けになった。もう一人の耳の長い猫獣人を見る。その途端、黒乃の視線は五寸釘になった。


「獣王!」

「獣王!」


 次々に獣人達が跪いた。畏敬の念が込められたその響きの中には、恐怖が含まれていた。


「嘘でしょ……これが獣王……?」


 猫の獣人の腕に抱かれた大きなグレーの塊。見飽きるほど見たそれは一声鳴いた。


「ニャー」

「チャーリー!?」


 喝采が起きた。獣人達が口々にウエノピア獣国国王の名を叫んだ。


「チャ王!」

「チャ王!」

「偉大なるチャ王!」

「なんでこんなところにチャーリーが!? しかもチャーリーが獣王だって!?」


 チャーリーを抱えた猫獣人は、厳かに口を開いた。


「チャ王の御前であるニャ。跪くがよいニャ。チャ王の計らいにより、特別に家臣として取り立ててやると……」


 黒乃は走り寄ると、腕の中で幸せそうに欠伸をするチャーリーの舌をつまんだ。


「こら、チャーリー。こんなところで遊んでいないで帰るぞ。こい!」

「ニャー!?」


 黒乃はグレーのロボット猫を猫獣人の腕からひったくった。そのあり得ない出来事に、シャンシャン大聖堂は一瞬静まり返った。


「返すニャ……チャ王を返すニャ……」


 猫獣人二人の様子が変わった。可愛らしい雰囲気はなくなり、おどろおどろしいオーラが現れた。体から黒い蒸気が立ち昇り、口や目からどす黒い粘液が溢れてきた。


「うわわっ! キモッ! なにこれ!?」

「ニャー!」


 腕の中でチャーリーが暴れ出した。猫獣人と同じく、グレーのボディから黒いオーラと粘液が滲み出てきた。


「チャーリー!? どうしたお前!?」


 猫獣人が飛びかかってきた。鋭い爪で黒乃を切り裂いたかと思われたその時、逆に彼女らは吹き飛ばされていた。


「ウホ!」

「ゴリラロボ!?」


 間一髪のところで、ゴリラロボが天井の明かり取り用の窓から入り込んできたのだ。

 彼は木の枝を伝い、シャンシャン大聖堂までやってきていた。ゴリラは木登りができるのだ。しかしその巨体ゆえ、隠密性能は低い。

 必殺スキル、張り手マーシーストライクで次々と獣人達を吹っ飛ばしていく。しかしどう見ても多勢に無勢だ。


「ゴリラロボ! 無理をしないで!」


 黒乃は腕の中で暴れるチャーリーを抱きしめたまま、戦いを傍観するしかなかった。

 ゴリラロボは勝てないことを悟り、黒乃に走り寄って両脇を掴んで持ち上げた。


「ゴリラロボ?」

「ウホ」

「ふんふん、なになに? ここは自分でなんとかするから黒乃は逃げろ? 自分一人なら逃げられるから心配するな? おい! 馬鹿なことを言うな! 一緒に逃げよう!」


 ゴリラロボは黒乃を宙に放り投げると、その巨大なケツに向けて張り手マーシーストライクを炸裂させた。


「ぎゅわわ!」

「ニャー!」


 黒乃とチャーリーは勢いよく吹っ飛び、天井の明かり取り用の窓をくぐり抜け、はるか上空まで打ち上げられた。


「ぎゃばばばばばば! おぎゃあああ! 死ぬぅううううう! ゴリラロボォォォオオ!」

「ニャー!」


 張り手による初速と、重力加速度が釣り合うその一瞬、空中に静止した。ここからは現実と同じ重力加速度9.8m/s^2による慈悲が与えられる。

 と思ったが、なぜか黒乃の体は宙に浮いていた。


「フィリピンワシロボ!?」


 黒乃の両肩を鋭い鉤爪で掴んでいるのは、二メートルもの翼を持つ世界最大級のワシであった。巨大な翼を必死にはためかせ飛んでいた。


「うわわわわ! すごい! 飛んでる!? いたたた! 肩が痛い! でも飛んでるぅぅぅ! いや、そんなに飛んでない! 落ちてるぅううう!」


 さすがに重過ぎたので徐々に高度は下がっている。フィリピンワシロボはジャングルへ向けて全力で羽ばたいた。


「うぉおおお! 頑張れ! もうちょいだぞ!」


 三人はジャングルへ突っ込んだ。





 ステータス一覧。


 長尾のシャムモカ

 レベル 80

 ジョブ 覚醒者シーカー

 スキル 誘惑の旋律にゃーん

 装備 高級燻製スモークサーモン

 使命 ********


 長耳のオリショームギ

 レベル 80

 ジョブ 覚醒者シーカー

 スキル 反響にゃーん

 装備 猫の餌ちゅうる

 使命 ********

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