第305話 ロボなる宇宙 その六
「うぉぉおおお! ゴリラロボー!」
「ウホ」
黒乃は二メートルを超える巨体に飛び込んでいった。漆黒の艶のある毛皮が頬をくすぐる。ゴリラロボは背中に腕を回し、優しく黒乃を抱きしめた。
ここはウエノピア獣国の首都オンシーパーク付近のジャングルの中だ。月明かりに照らされて浮かび上がる黒乃とゴリラロボの姿は、大自然の中にあってなお神秘をたたえていた。
ゴリラロボは黒乃を肩に担いでジャングルの奥に避難した。オンシーパークの牢屋から脱獄した捕虜達を探して、獣人達が付近を捜索している。しかし今は夜だ。双方、大きくは動けないであろう。
二人は崖下の窪みを見つけて隠れた。周囲をよく観察し、なにもいないことを確認すると、ようやく黒乃は大きく息をついた。
「ゴリラロボ。いったいどうしてお前がここにいたんだい?」
「ウホ」
ゴリラロボは手を大きく動かして経緯を説明した。
「ふんふん、なになに? 浅草動物園の檻の中で(出入りは自由)バナナを食べながら昼寝をしていた? そしたら、いつの間にかジャングルの中にいた? 浅草動物園の仲間達を探して集めて、ジャングルに動物園を作った? それ以降、三年間ずっと仲間達と暮らしている? お前すごいな!」
ゴリラロボの話では、動物ロボ達もタイトバースの世界に引き摺り込まれてしまったようだ。通常、タイトバースの世界に来るには、イマーシブマシンの助けが必要だ。しかし浅草中のロボット達が謎の方法により、強制的に異世界へと転移させられてしまったのだ。
ゴリラロボは以降、仲間を探すためにオンシーパークを監視していた。そこに黒乃が捕虜として連れてこられたというわけだ。
「そうか……タイトバースでは三年が過ぎていたのか……」
現実とゲームの中では時間の進み方が異なる。本来は十倍程度の差であったのだが、人間達が強制的にログアウトさせられている間に、時間が加速していたようだ。
実に三年……。
黒乃はその時間をまじまじと思った。もし自分がメル子と三年もの間、離れ離れになったら耐えられるだろうか? 想像しただけで背筋が震えた。もはやメル子がいない日々など想像もできない。
黒乃はメル子がロボットの仲間達と元気よく暮らしていると信じた。
「そうだ、私がやるべきこと。みんなと合流する。話はそれからだ」
黒乃は囚われてしまったAI達を救うためタイトバースの世界にやってきた。キーとなる巫女サージャを探し出し、量子サーバである神ピッピを停止させる。
それにはまず仲間を集めなくてはならない。一緒にログインしたマリーと桃ノ木はどこにいるのだろう? メル子は? フォトンは? FORT蘭丸は?
「ゴリラロボ、力を貸してくれるかい?」
「ウホ!」
差し出された黒乃の手を、ゴリラロボは巨大な両の手で挟み込んだ。
——アキハバランド機国。
タイトバースの南方に位置するロボット達の国。絶大なる財力を持つ商会によって作られた評議会によって国政が行われる。
その首都『Unemployment Deceitful eXperiments』、通称『UDX』に桃ノ木はいた。
「まさか、あのロボットが?」
桃ノ木は焦っていた。黒乃とマリーとはぐれたこともそうだが、このタイトバースが置かれている状況を目の当たりにしてしまったからだ。
「なぜ彼は戦争なんかを……? 聖都アサクサンドリアになにがあるのかしら……」
桃ノ木は盗賊の能力を活かしてUDXを探索していた。
UDXは一つの巨大な高層建築物である。それ自体が巨大な街であり、要塞であり、工場だ。
アキハバランドは自由な生産と貿易によって成り立っている国家だ。必然的に人や物の出入りが激しい。冒険者も然り。どこの国に所属する冒険者であろうが、咎められることはない。
「とはいえ、セキュリティが厳しくて、彼に近づくのは骨が折れそうね。やっぱり先輩と合流するのが先かしら」
桃ノ木は
しかし、最も知りたい情報は載っていない。
「少なくとも先輩もマリーちゃんもUDXにはいないわ。ひょっとすると他の国かもしれない」
桃ノ木はどう行動するべきか迷った。彼女のジョブは
「先輩を信じて、ここは隠密として動くのがよさそうね」
そう言うと桃ノ木はUDXの暗がりへと消えた。
——アサクサンドリア教国。
大陸の北方に位置する国家。巫女サージャを中心に三つの騎士団が国を導く。
その聖都アサクサンドリアにマリーはいた。
「ここはどこですの? どうしてわたくし一人なんですの?」
馬に乗った兵士達が慌ただしく街を駆け抜ける。以前来た時はもっと穏やかな、規律正しい街だったはずだ。子供のマリーでも自然と感じ取れた。これは戦争の空気だ。
野菜を運んでいた馬車には武器が積まれ、酒が入っていた樽は火薬樽に変わっている。道端には招集された農民が、粗末な武器を持って座り込んでいた。
国全体が疲弊しているようだ。空を覆う分厚い雲は、この国の命運を暗示しているようであった。
「確か、タイトバースの世界では、数年が経過しているのでしたわね。きっとアンテロッテがわたくしを待っておりますわ。探しませんと」
そこに白金の鎧を纏った騎士の一団が馬に乗って迫ってきた。通りを行き交う人々は慌てて道を開けた。
「そこの騎士達。止まりなさいな」
マリーは彼らの前に飛び出した。突然の小さな戦士様の登場に、馬達は前足を上げていなないた。
「騎士の前を塞ぐとは! 娘といえど許されることではないぞ!」
馬を必死に静めながら年配の騎士が一喝した。
「お黙りなさい! わたくしは
マリーのスキル、
「失礼! 剣聖アンテロッテ様のマスター、勇者マリー様とお見受けします!」
「アンテロッテを知っておりますのー!?」
聖都に一筋の光が差した。
——ウエノピア獣国のジャングル。
黒乃はゴリラロボに連れられて、ジャングルの中にある動物ロボ達の隠れ家に案内された。大昔に打ち捨てられた集落の跡のようだ。そこでは浅草動物園の動物ロボ達が元気に暮らしていた。
「おお、懐かしい! みんな元気だったかい!」
サーバルキャットロボ、クアッカワラビーロボ、リスザルロボ、キリンロボ。彼らは皆黒乃を見かけると、嬉しそうに寄ってきてうんこをしていった。
「あはは! お前らぁ! やめろよぉ!」
久々の来園者に動物ロボ達も喜んでいるようだ。
二匹のメスゴリラロボが大量のバナナを抱えてやってきた。黒乃をもてなしてくれるようだ。久々の甘い食べ物に黒乃の脳は震えた。
「うめぇー! 浅草動物園の高級バナナだぁ!」
「ウホ」
ゴリラロボの装備、
どうやらこの動物園は、ゴリラロボとメスゴリラロボ二体によって支えられているようだ。
「よかった〜。みんなで頑張って生きてきたんだなあ」
彼らの姿を見ていると、モリモリと勇気と希望が湧いてきた。きっとメル子も元気に暮らしているに違いない。
腹が満たされた黒乃はゴリラロボ達をまっすぐ見つめた。
「みんなに協力してほしいことがある」
——オンシーパーク近郊の丘。
丘の上に立つ黒乃の視線の向こうには、周囲の倍はあろうかという巨木。その巨木の中に『シャンシャン大聖堂』がある。目的地はそこだ。
シャンシャン大聖堂は、冒険者やタイト人が
「ウエノピアは現在戦争状態。アサクサンドリア所属の冒険者である私は、オンシーパークの中を自由には歩けない」
黒乃は後ろを振り返った。
「だからお前らの力を借りて潜入する!」
その後ろには動物ロボ達が勢揃いしていた。
黒乃は巨木の根元に隠れていた。オンシーパークは巨木の上に作られた街だ。木の間は吊り橋で繋げられ、街の住人は地上に降りることは少ない。とはいえ、捕虜大量脱獄事件があったばかりだ。警備は厳しい。
黒乃の目の前にクアッカワラビーロボとリスザルロボが現れた。体の小さい彼らは地上の偵察だ。頭上のフィリピンワシロボは空から偵察をする。彼らからの情報を頼りにシャンシャン大聖堂を目指す。
「よしよし、いいぞ。順調だ」
黒乃は警備の獣人達を掻い潜りながら進んだ。時には樹上に潜んでいるテナガザルロボが音を立てて警備をおびき寄せた。
「いいぞ、いいぞ。みんな! ありがとう!」
いよいよ大聖堂の巨木の根元まで辿り着いた。しかし入り口は樹上だ。
「アナコンダロボ! 頼んだぞ!」
体長八メートルの巨大な蛇が木の幹を伝って降りてきた。アナコンダロボは黒乃の胴体に長い尻尾を巻きつけた。そのまま巨木の幹をよじ登っていく。
「うわわわわ! 怖い! けど頑張る!」
アナコンダロボはひたすら上を目指して登った。地上がぐんぐんと遠ざかっていく。
「ハァハァ、高い。む? あれだな。アナコンダロボ! あそこだ!」
黒乃が指を差した先には大きな窓があった。巨木の中に作られたシャンシャン大聖堂の明かり取り用の窓だ。
そろそろと忍び寄り、窓に手をかけた。
「やったぞ。ありがとう、アナコンダロボ!」
黒乃は窓を開き、聖堂の中へと侵入した。
聖堂の中は静まり返っていた。するとクアッカワラビーロボとリスザルロボが走り寄ってきた。黒乃に先んじて聖堂の中を調査してもらっていたのだ。彼らは体が小さいので、フィリピンワシロボが空を飛んで輸送していたのだ。
「例の場所はわかったかい?」
二匹は走り出した。黒乃はその後を追った。
巨木をくり抜いて作られた聖堂は、アサクサンドリアのサンジャリア大聖堂とはまるで趣が異なった。向こうは人の手による美しさが、こちらは自然の美しさを感じる。
このような状況でなければじっくりと観光したいところだ。しかし今はそんな余裕はない。必死に二匹の後を追った。
「ここか!」
黒乃が辿り着いたのは、色とりどりの水晶球が並ぶ部屋だった。大小の水晶がトゲのように壁や天井から突き出ている。美しさの極致ではあるが、別にお宝部屋ではない。ゲーム的なある機能を持った部屋なのだ。
黒乃は水晶球に手を置き念じた。球が一瞬光り、なにかを写し始めた。
「や〜、黒乃君。進捗はどんなもんかね〜」
「ご主人様! 無事ですか!?」
「黒乃〜、げんき〜?」
「わ〜ぉ、シャチョサン、わっつあ〜っぷ」
水晶球に映ったのは、ニコラ・テス乱太郎、黒メル子、紅子、ルビーの四人であった。
ステータス一覧。
レベル 5
ジョブ
スキル
装備
使命 世界一美味い焼肉を作る
レベル 5
ジョブ
スキル
装備
使命 伝説の丸メガネを手に入れる
レベル 10
ジョブ
スキル
装備
使命 世界を救う
レベル 30
ジョブ
スキル
装備
使命 子供に大人気の動物園を作る
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