第304話 ロボなる宇宙 その五

 丘の上にそびえ立つ荘厳なるサンジャリア大聖堂を彼方に臨む平原に、白金の鎧に身を包んだ騎士団が陣を構えていた。

 左右にはその何倍もの数の兵団が、突撃の指令を今か今かと待ち構えている。開戦は間近だ。


 陣の中央で装甲を纏った軍馬に跨る女騎士は苛立ちを隠さなかった。


「これで何度目の侵攻になる!?」


 女騎士はすぐ隣に控える側近に目もくれずに言葉を投げ捨てた。


「二十度目です」


 ここ数年の戦いは、これまで三国が繰り広げてきた領土戦争とは趣が異なる。辺境の領地を削り削られしてきた戦いではなく、聖都アサクサンドリアを巡る戦いだ。

 聖都の守りは盤石であり、二国の侵攻は無謀とも思えた。


「アキハバランド機国とウエノピア獣国が、同時に元首をすげ替えてからの同時侵攻。これで奴らは同盟を結んでいないとでもいうのか!?」

「そのようです」


 側近の騎士は事も無げに言った。その落ち着き払った態度に女騎士は顔を赤くした。


「ハイデン騎士団の情報は!?」

「アキハバランドに亡命後、音沙汰がありません」

「ヘイデン騎士団は!?」

「謎の赤竜に焼かれて聖堂送りごりんじゅうです。復活は数日後でしょう」

「なんなのだ! あの竜は!?」


 女騎士は苛立ちのあまり、踵で馬の腹を打った。軍馬はわずかにいななき左へ体勢を崩したものの、すぐに落ち着きを取り戻し元の姿勢に直った。

 アサクサンドリア教国の巫女サージャを支える三つの騎士団。シャーデン騎士団、ハイデン騎士団、ヘイデン騎士団。そのうち二つの騎士団がこの戦場にいない。一つは亡命、もう一つは大迷宮メトロ探索中に遭遇した赤竜に敗れた。

 そしてなにより巫女の不在。サンジャリア大聖堂から忽然と姿を消した巫女。元首を失ったアサクサンドリアは混乱の極みにあった。


「全ては『あの日』から始まった……」


 女騎士シャーデンは空を見上げた。

 『あの日』のことをタイトバースの住人は『特異点』と呼んでいる。あの日を境に、神の世界への道が開かれたのだと彼らは言う。なにを馬鹿なと一笑に付することはできない。なぜならその『特異点』はそこにあるからだ。

 シャーデンが見上げた先、遥か上空に浮かぶ黒い点。光さえも飲み込む漆黒を超えた漆黒。特異点の出現と共にタイトバースは変わってしまった。


「シャーデン騎士団長! ウエノピア軍が動き出しました!」


 シャーデンは腰の剣を抜いた。そのまま頭上に掲げる。剣の指し示す先は敵軍ではない。宙に浮かぶ特異点だ。


「突撃!」





 黒乃、桃ノ木、マリーはカプセル型のイマーシブ(没入型)マシンの中にいた。まだ蓋は開いたままだ。その横では、口髭がダンディなマッドサイエンティストロボがコンソールを操作していた。


「さあ、こちらの準備はできたよ〜」


 ニコラ・テス乱太郎はコンソールのエンターキーを勢いよく叩いて言った。


「わ〜ぉ、あいむれでぃ〜」


 床にあぐらをかいてデバイスを操作しているのはルビーだ。乱れ放題の銀髪が床にまで広がっている。


 これより、この二人のサポートを受けてタイトバースの世界に舞い戻るのだ。

 目的は異世界に囚われてしまったロボット達のAIを解放すること。そのためにはタイトバースのどこかにいる巫女サージャを見つけ出さなくてはならない。

 今やゲーム内に囚われたロボットはタイトバースのプレイヤーだけではない。なんらかの方法で、全く無関係なロボット達までゲーム内に引き摺り込まれてしまったのだ。

 これは浅草、いや日本を巻き込んだ大事件である。


「ご主人様、眠っているメル子達は私達にお任せください」

「黒乃〜、メル子はまもるから〜」


 黒いメイド服の黒メル子と、赤いサロペットスカートの紅子が不安さを隠しきれない表情で黒乃のカプセルを覗き込んだ。


「うん、メル子のボディは黒メル子と紅子に任せた! 桃ノ木さん! マリー! 準備はいいね!」

「はい!」

「もちろんですのー!」


 カプセルの蓋が閉まった。体に繋がれた無数のパッドから信号が流れ込んできた。


「ニコラ・テス乱太郎!」


 黒乃はカプセル越しに変態博士を睨んだ。


「なにかね〜?」

「どうしてお前が私達に協力をするんだ?」


 ニコラ・テス乱太郎は整った口髭を指で撫でた。


「ん〜? しちゃ悪いかね〜?」

「なにかを企んでいるのか?」

「世界中のロボットを貧乳ロボにする件かね〜?」


 それを聞いて黒乃の口から笑みがこぼれた。


「タイトバースからみんなで戻ってきたら、その企みは阻止させてもらう!」

「臨むところだよ〜」


 視界が暗転した。次いで視界の端から溢れるように光が迫ってくる。体の力が抜けて感覚がなくなっていった。タイトバースへのログインカウントダウンが始まる。


「そうそう、重要なことを言い忘れていたよ〜」

「……」

「君達がログアウトしてから半日の間に、タイトバースでは数年が経過しているからね〜。覚えておいてくれたまえよ〜」

「え?」


 そして三人は異世界へと旅立った。





 むせかえるような土の匂い。まず黒乃が感じたのはそれだった。視界が鮮明になり、自分が密林にいることを理解した。

 腰に巻かれた黒いマワシをポンと叩く。湿った落ち葉が堆積した層を踏みしめるとガサガサと大きな音を出し、それに驚いた鳥達が木から飛び立った。


「あれ? ここはどこだろ?」


 黒乃は呆然と密林を歩いた。ログイン直後は思考が安定しない。


「えーと、えーと。なにかすごい情報を聞いたような。なんだっけ?」


 まずは状況を整理しなければならない。


「えーと、私はタイトバースから出てこられなくなったメル子達のAIを助けるためにここにきたんだ。このタイトバースは神ピッピとかいう量子サーバの中にあって、その神ピッピはアインシュ太郎が設計したんだ」


 黒乃はマワシを叩きながらジャングルを歩いた。謎の鳥の鳴き声、大きな葉が風で擦れる音、小動物が木の枝を揺らす音にマワシ音が加わった。


「メル子を助けるには神ピッピをなんとかしなくてはならない。その神ピッピの管理権限があるのはサージャ様だけだから、サージャ様を見つけ出さないといけない」


 黒乃は思い切りマワシを叩いた。


「よしよし、だいぶ整理がついてきたぞ。そうだ、桃ノ木さんとマリーはどうしたんだろ? 一緒にログインした人はすぐ近くにいるはずなんだけど。てかここどこ?」


 改めて黒乃は周囲を見渡した。


「ここアサクサンドリアじゃないよね!? 世界設定から推察すると、ジャングルっぽいしウエノピアなんじゃないの!?」


 ウエノピア獣国はタイトバースの西方に位置する獣人達の国だ。大自然に囲まれた弱肉強食が掟の国家だ。


「おーい! 桃ノ木さーん! マリー! どこにいるのー!?」


 その時、ジャングルの木々の間から巨大な影が躍り出てきた。それに驚き後ろにひっくり返る黒乃。


「ぎゅわわわわ! なんだなんだ!?」


 グルルルルルル……。

 低い唸り声が黒乃を取り囲む。それは三体の黒豹だった。黒光りするしなやかな毛皮の下から脈動する筋肉が透けて見えた。口からは二本の牙が垂れ、目は爛々と獲物を見据えていた。


「貴様! どこの誰だ!? ヒョー!」


 黒乃をさらに驚かせたのは、その背中に跨る者の存在であった。大きな耳、長い牙、そして全身を覆う黒い毛。黒豹の獣人だ。それが三人。


「獣人だ! 初めて見た!」

「貴様、アサクサンドリア所属の冒険者だな! 捕えろ! ヒョー!」


 一斉に飛びかかる黒豹達になす術もなく取り押さえられる黒乃。





「おーい! ここから出してよー!」


 黒乃は鉄製の檻の格子を掴んで揺さぶった。一人用の小さな檻で、周囲には同じような檻が無数に積まれている。中にいる捕虜達は迷惑そうに黒乃を見つめた。


 ここはウエノピア獣国の首都オンシーパーク。獣人達を束ねる獣王のお膝元だ。ジャングルの中に作られた都で、巨大な木の上に街ができている。木と木の間には吊り橋がかかり、地面に降りずとも行き来ができる。

 黒乃がいるのはその木の一本だ。


「ねー! 私はこんなところで油売ってるわけにはいかないんだけどー? ねー! 出してよー!」

「じゃきゃあしゃーぞ!」

「そーしはしゃーずきゃにしてりゃーねーんのーか!」


 周囲の捕虜達から罵声を浴びせられて、黒乃は渋々床に座り込んだ。黒乃が捕まってから数日が経過していた。

 本来は協定により、冒険者は三国を自由に行き来できるのだが、ウエノピアとアサクサンドリアは現在戦争中である。協定は破棄され、まんまと捕まってしまったのだ。

 使命を持ってやってきたのにこの有様だ。自分の不甲斐なさに黒乃は頭を抱えた。


「うう……メル子、ごめん。早く会いにいきたいのに」


 ゲームの中とはいえ、何日もメル子に会えないという事実は黒乃に大きなダメージを与えた。元々陰キャな性分である。寂しさには慣れていたはずだ。メル子との蜜月の時が彼女を弱くしたのだろうか。寂しさのあまり精神力がみるみる衰えていくのがわかった。


「メル子……メル子……、メル子も寂しがってるかなあ」


 その瞬間、黒乃は電撃に撃たれたように硬直した。顔が真っ青になり、汗がとめどなく流れた。


「ハァハァ、なんてこった。思い出した。メル子、メル子!」


 タイトバースにログインする直前に、ニコラ・テス乱太郎が言い放った言葉を今ようやく思い出したのだ。

 

『タイトバースでは数年が経過している』


 元々ゲーム内と現実では流れる時間の速さが違う。黒乃達はゲームの一日券で十日分遊ぶ予定だったのだ。

 しかし実際経過した時間は十倍どころではなかった。千倍の速さでタイトバースの時は進んでいたのだ。


「ということは……メル子はゲームの中で数年間……」


 その事実は黒乃を打ちのめした。ほんの数日メル子と会えないだけで自分は消耗しきってしまったのだ。数年もの間ご主人様に会えないメル子を思うと、居ても立っても居られなくなった。


「なんとしてもここを脱出しないと」


 黒乃は早速行動を起こした。





 巨大な木の上にぎっしりと並べられた檻。その中では生きる気力を失った捕虜達が蠢いていた。

 豚の獣人ブータンは心底面倒臭そうに食事を配って回った。


「おら! 捕虜ども! 夕食だぞ! たんと食え! ブー!」


 配給されたのは豚の切り身だ。しかも生肉。ウエノピア獣国では、調理をして食べるという概念が乏しい。


「うへぇ、また生肉かよ」

「せめて塩胡椒くらいはしてくれよ」

「豚が豚肉を配るな」


 捕虜達は口々に文句を垂れた。


「黙って食えブー!」


 ゲームなので、生肉を食べても食中毒を起こすことはない(腐った肉は食べると毒状態になる)。


 憤るブータンの鋭敏な嗅覚は、嗅ぎ慣れない匂いを嗅いだ。


「なんだブー! この匂いは!」


 鼻をブヒブヒと鳴らし、匂いの元へと駆け寄る。他の獣人達も匂いに気がついたのか、続々と集まってきた。それは黒乃達の檻の真下だ。

 

「なんだブー! この美味しそうな匂いは! たまらんブー!」


 それは焚き火から漂う香りであった。


「くっくっく、高級焼肉ロボロボ苑のタレだ。こんないいもん食ったことないだろう!」


 黒乃はタレ魔法たれまじっくを使い、タレを焚き火に発射したのだ。火で炙られたタレは、この世のものとは思えない香ばしいフレーバーを撒き散らした。


 充分に獣人達が集まったのを見計らい、黒乃は鉄格子を蹴飛ばした。それはいとも簡単に檻から外れた。


「よし! ネギ塩レモンダレ作戦成功!」


 黒乃が檻から出るのと同時に、複数の檻からも捕虜が飛び出してきた。折れた鉄格子を武器に獣人達に襲いかかった。

 無人になった詰所から鍵を奪い、次々と檻を開けていく。


「どうして鉄格子が折れたんだブー!?」


 黒乃はネギ塩レモンダレを鉄格子に塗りつけたのだ。塩による腐食と、レモンの酸性による腐食の相乗効果により、鉄格子を溶かしたのだ。ネギも添えて!


 捕虜達は走った。全員は逃げきれないだろう。ジャングルの中に逃げ込めば可能性はあるかもしれない。

 黒乃も走った。道もろくにわからない。暗い道をひたすら走った。獣人達の叫び声が近づいてくる。木を降り、地面を走る。もう他の捕虜の姿は見えない。自分一人でも逃げきってやる。

 ジャングルに突っ込んだ。夜中のジャングルは檻の中よりも危険だ。だが自分は冒険者だ。危険は友達、日常茶飯事!


 突如、黒乃の目の前にサイの獣人が現れた。黒乃は腰を抜かしてへたり込んだ。巨大な鼻の角をこちらに向けて突進してきた。


「わぁああああ! メル子ォォオオオ!」


 しかし、サイの獣人は真横に吹っ飛ばされた。遥か彼方に飛び去る獣人を口を開けて眺めた。そして暗がりから現れたのは……。


「ウホ」

「ゴリラロボ!?」


 黒乃はその漆黒の分厚い毛皮に飛び込んだ。





 ステータス一覧。


 大平原のホライゾニア黒乃

 レベル 5

 ジョブ 力士すもーふぁいたー

 スキル タレ魔法たれまじっく

 装備 マワシすもーあーまー

 使命 世界一美味い焼肉を作る


 自由を得たプリズンブレイクゴリラロボ

 レベル 30

 ジョブ 森の賢者ごりごりら

 スキル 張り手マーシーストライク

 装備 賢者のバナナウィズダム

 使命 子供に大人気の動物園を作る


 豚肉のトンポーローブータン

 レベル 5

 ジョブ 看守ぶーがーど

 スキル 豚足ぶーふっと

 装備 豚串ボアスピア

 使命 美味しいお肉を提供する

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