第303話 ロボなる宇宙 その四
カプセル型のイマーシブ(没入型)マシンが縦横に並ぶ、
黒乃は足元に転がる職人ロボのアイザック・アシモ風太郎を揺さぶった。
「ねえ、先生。タイトクエスト終わっちゃったんだけど? まだ一日券使い切ってないよね? ねえ、まだ遊びたいんだけど? 先生、起きてってば。中でメル子が待っているからさ」
必死にボディを揺さぶるが、職人ロボはピクリともしない。
「なんだろ? シャットダウンしているのかな?」
黒乃は立ち上がりプレイルームを見渡した。いくつかのイマーシブマシンの蓋が開き、中からプレイヤーが現れた。
「先輩、なにか起きましたか?」
カプセルの一つから黒乃の後輩、桃ノ木桃智が現れた。床に倒れているアイザック・アシモ風太郎を覗き込んだ。
「桃ノ木さんもゲーム終わっちゃったんだ?」
「いったい、どういうことですの?」
金髪縦ロール、シャルルペロードレスの少女が跳ねるようにしてカプセルから飛び出してきた。
「なんだ、マリーもここでプレイしてたのか」
「浅草にはイマーシブマシンはここにしかありませんもの」
黒乃は自分の横のカプセルを掌で叩いた。
「ねえ、メル子起きて。一旦ゲームを中止しよう」
メル子のさらに隣には、FORT蘭丸、フォトン、アンテロッテが並んでいる。皆まだゲームの中にいるようだ。
ここで黒乃はふとあることに気がついた。この部屋で動いているものは知らないプレイヤーを含め、全員人間だ。ロボットは一人もいない。嫌な予感と共に丸メガネが湿気で曇った。
一行はプレイルームを出た。ここでようやく工場内が大騒ぎになっていることに気がついた。人間達が顔を青くして走り回っている。
黒乃は人間の男性スタッフに声をかけた。
「すいません、イマーシブマシンがおかしいんですけど」
「申し訳ありません! 只今緊急事態です!」
よく見るとあちらこちらにロボットが倒れている。動いているのはここでもやはり人間だけだ。
「先輩、ひょっとしてテロでも起きたのでしょうか?」
桃ノ木は怯えて黒乃の腕に自分の腕を絡ませた。
「ええ!? どどど、どうしよう!?」
「アンテロッテー! 今起こしますわよー!」
マリーはアンテロッテが入っているカプセルの蓋を開け、首の後ろのコードを引っこ抜いた。耳元で大声でその名を呼ぶが、まったく反応はない。
「どうしよう!? ここにいたら危険かも!? 外に逃げるか!? いやメル子達を置いてはいけない!」
黒乃達は一旦情報を集めることにした。ひょっとしたらこの工場の中だけのことではないのかもしれない。デバイスを使い、ネットワークを片っ端から巡った。
「やっぱり! 浅草を中心に広い範囲でなにかが起きているみたいだぞ!」
「みんなロボットが動かなくなったって言っていますのー!」
「でも、大手ニュースサイトにはまったく情報が載っていません。個人の発信だけです」
そうこうしているうちに、ようやく人間のスタッフが数人プレイルームを訪れた。カプセルの中で眠ったままのロボット達の様子を確認し始めた。
「どうですか?」
「他のロボット達と同じです。AIがロックされています」
「AIがロック!?」
新ロボット法により、同一のAIが同時に稼働することは認められていない。
AIはバックアップ目的などでコピーされることがある。つまり複数箇所に同じAIが存在するのだ。しかしデータとしては複数存在しても、それらを同時には動かせないのだ。どこかでメル子のAIが動いているのなら、コピーされたメル子のAIは動かしてはならない。このような処理を排他制御と呼ぶ。
排他制御は法律であり、電子的なシステムでもある。
「つまり、メル子のAIはまだタイトバースの世界で動いているから、現実のメル子は動けないってこと!?」
「そうです」
「じゃあ、タイトバースの中のメル子を停止させて!」
「それがタイトバースの量子サーバにアクセスできないのです」
それだけ言うとスタッフは再びどこかへ飛んで消えた。
「あれ、なんだろう? なんか最近、これと同じようなことがあったような」
記憶を辿るまでもない。つい先日、この工場で同じ話をしたのだ。
「そうだ! 美食ロボだ!」
黒乃が美食ロボ部に闖入した際、なぜか美食ロボが倒れていた。工場に運んで調べたところ、今のメル子達と同じように、排他制御によりAIがロックされていたのだ。
「いやでも待てよ? あいつその後動いてたよな!?」
再び美食ロボと会ったのは、浅草神社だ。なぜか境内で炊き出しをしていたのだ。まったく別人のような人格になって……。
「なんだ!? さっぱりわからん!」
黒乃はメル子が眠るカプセルにもたれかかって動かなくなってしまった。
「先輩……」
桃ノ木はその背中をそっと撫でた。
黒乃はプレイルームの扉が開くモーター音で目を覚ました。いつの間にかカプセルにもたれかかったまま眠ってしまっていたようだ。
メル子が動かなくなってから数時間が経過していた。その間、黒乃は呆然とその寝顔を見つめ続けていたのだ。
「シャチョサン……」
「ルビー?」
プレイルームに入ってきたのは大ボリュームの銀髪と大ボリュームのムチムチボディのアメリカ人、ルビー・アーラン・ハスケルだ。死んだ魚のような目が、腐った魚のような目になっていた。
「だーりんはどーこ?」
「ルビーさん、こちらです」
桃ノ木が指し示したカプセルの中には、FORT蘭丸が安らかな寝顔で横たわっていた。ルビーはそのカプセルの蓋を愛おしそうに撫でた。
「だーりん、必ず助けてあげるからね〜」
「そうだ、ルビー。ルビーならなにかわかるんじゃないの!? コンピュータ詳しいでしょ!」
黒乃はルビーの両肩を掴んで揺さぶった。
「かーるむだーん、落ち着いて〜」
「それは私から説明しようじゃないか〜」
ルビーに続いて部屋に入ってきたのは、中年の男性ロボットであった。掘りが深い端正な顔立ち。短く刈り込まれた口髭。撫で付けられた黒髪。高級スーツに身を包み優雅な動作で黒乃を見下ろした。
「ニコラ・テス乱太郎ー! 貴様の仕業かーッ!」
黒乃は変態マッドサイエンティストロボに飛びかかった。ネクタイを掴んで前後左右に揺さぶった。
「今すぐメル子を元に戻さないとただじゃおかんぞー!」
「こらこら〜、やめたまえ〜」
「ご主人様! 落ち着いてください!」
その声に黒乃は硬直した。聞いても聞いても飽きない麗しい声。黒乃は声の主に飛びついて力一杯抱きしめた。
「メル子〜!」
「ご主人様、私です」
「あ、黒メル子か」
黒い時計柄のメイド服に身を包んだメイドロボは、黒乃を抱きしめ返してきた。いつも感じるボリューミーな感触は今はない。
「黒乃〜、メル子たすける〜」
黒メル子の背後から現れたのは、白いシャツと赤いサロペットスカートの小さな少女だ。その腕には大きなグレーの塊を抱いている。
「紅子!? とチャーリー!?」
怒涛の来客に理解が追いつかない黒乃。腰を抜かして床にへたり込んでしまった。
「では、順を追って説明しようかね〜」
黒乃、桃ノ木、マリー、ルビー、ニコラ・テス乱太郎、黒メル子、紅子、チャーリー。一同はプレイルームの休憩スペースで、椅子を円形に並べて座っていた。
紅子は暴れるチャーリーをしきりに撫でて落ち着かせている。
「まず、ズバリ言おうかね〜。今回の事件の犯人はアインシュ太郎だね〜」
「!!」
アルベルト・アインシュ太郎。理論物理学ロボット。近代ロボットの祖、隅田川博士が作った最古のロボットの一体。ルベールや、トーマス・エジ宗次郎、ニコラ・テス乱太郎の兄弟にあたる。
「目的は!?」
「わからないね〜。一つ言えることはロボットのAIを入れ替えることかね〜」
「AIの入れ替え!?」
黒乃は完全に性格が変わってしまった美食ロボを思い出した。実際は性格どころか、AI自体が入れ替わっていたというのだ。
「今、美食ロボは政府に働きかけて、事件を隠蔽しようとしているところだよ〜」
桃ノ木は懸命にデバイスを操作して情報を集めていた。
「先輩、やはりどこのニュースサイトでもこの件については触れられていません。個人の発信も次々に消されているようです。政府からの発信もなにもありません」
恐らく、このような情報操作を行なっているのは美食ロボだけではないのであろう。この有様では、まともに政府が動き出すには時間がかかりそうだ。
「どうしてAIが入れ替わっているとわかったんですの?」
マリーが当然の疑問を口にした。
「マリーちゃん、それはこのチャーリーのAIも入れ替わっているからです」黒メル子が答えた。
「チャーリーも!?」
確かにチャーリーもここのところ様子がおかしかった。勝手に出店の食べ物を奪ったりしていたのだ。
「そして、AIが入れ替わる原因はタイトバースにあることがわかったんだよ〜」
「ゲームに原因が!? どういうこと?」
「浅草中のロボットが、次々にタイトバースの世界に引き込まれているんだね〜」
「!?」
黒乃はずらりと並ぶイマーシブマシンのカプセルを見た。その中にはロボット達が眠っているのだ。
「いや、待って。イマーシブマシンを使ってログインしているロボットが起きないのは、仕組み的に理解はできる。でもそこらにいるロボットも、根こそぎ倒れるってどういうことさ!? 別にゲームで遊んでいないでしょ!?」
「確かにそれは謎だね〜」
ロボットは謎の方法により、異世界に引き摺り込まれてしまったのだ。
「そんなこと、神様でもなけりゃできないよ!」
「その通りだね〜、これは神様の仕業なのさ〜」
「なんだって!?」
黒乃は呆然とした。この科学全盛の時代に神の話が出てくるとは思いもよらなかった。
「黒乃〜、それはわたーしから説明するよ〜」ルビーが話し始めた。
「神様っていうのは、神ピッピのことね〜」
Global Obscure Defective Playful Project。略してGODPP。通称神ピッピ。政府が主導する量子コンピュータを使った超AI作成プロジェクト。
「タイトバースの世界は〜、神ピッピの中にあるのがわかったの〜」
GODPPは設計者アインシュ太郎、チーフプログラマルビーで開発されたものなのだ。
「じゃあルビーがどうにかできるんじゃないの!?」
ルビーは首を振った。「わたーしには神ピッピの管理権限はもうないね〜。あるのはサージャだけね〜」
「サージャ様に権限が!?」
再び黒乃は思い返した。浅草神社の御神体ロボであるサージャは、神ピッピからの
そしてそのサージャは不在であった。
黒乃は頭を掻きむしった。情報が怒涛のように流れ込んできて処理しきれない。そんな難しいことは、黒乃が考えることではない。黒乃が考えることはただ一つ。
「どうやったらメル子を助けられる?」
一同は黒乃を見つめた。いつも見てきたその目。丸メガネの奥に隠された決意に満ちた目。やる時はやる男の目だ!
ニコラ・テス乱太郎は立ち上がった。イマーシブマシンを一つ一つ触れて確認していく。
「巫女を見つけることだね〜」
「サージャ様を見つける?」
「巫女は今、タイトバースの中にいるんだね〜。彼女を探し出し、巫女の権限で神ピッピを止めさせるのだよ〜」
黒乃のやることは決まった。
黒乃、桃ノ木、マリーはイマーシブマシンに入っていた。体には無数のパッドが貼り付けられている。
「桃ノ木さん、いいんだね?」
黒乃は隣のカプセルの後輩に声をかけた。
「もちろんです。先輩とならどこへでもいきます」
反対側のカプセルに入る金髪のお嬢様を見た。
「いいのかい、マリー。マリーは子供なんだから、うちらに任せてもいいんだよ」
お嬢様はその美しい縦ロールをかきあげて不敵な笑みを浮かべた。
「わたくしは勇者ですのよ。勇者が世界を救わないでどうするのですの? 世界もアンテロッテも、わたくしが救いますわよ」
三人はお互いの顔を見て頷いた。
カプセルの蓋を閉め、瞳も閉じる。
「メル子はご主人様が助ける!」
三人は再びタイトバースの地へと飛び立った。
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