第302話 ロボなる宇宙 その三

 大迷宮メトロにお嬢様たちの高笑いが轟いた。


「オーホホホホ! こんなおザコモンスターに苦戦するなんて、だらしがないですのねー!」

「オーホホホホ! お嬢様の手にかかれば、ミミズなんてお茶の子シャイシャイですわー!」

「「オーホホホホ!」」


 ダンジョンに巣食う巨大モンスター、トレインワームをいとも簡単に屠ったお嬢様たちは、勝利の余韻に酔いしれた。


「どうしてマリーちゃんとアン子さんがこんな所にいますか!?」

「まさかの異世界被り!?」


 黒乃とメル子はプルプルと震えながらお嬢様たちを見上げた。


「お世界を救うためにタイトバースに降臨したのですわ」

「さすがお嬢様ですの」

「いや、ちょっと待って」


 黒乃はマワシについた泥を払いながら立ち上がった。


「いろいろとツッコミたいことがある」

「なんですの?」

「異世界ツッコミが炸裂しますの?」


 マリーとアンテロッテは顔を見合わせた。


「まず、なんでマリーが勇者なのよ?」

「お嬢様が勇者ではなかったらなんだと言いますの?」

「勇者以外あり得ないですわ」

「じゃあマリーが勇者なのはいいよ。武器がおかしいでしょ! 勇者なんだから剣で戦いなさいよ。なんでライフルで戦ってるのさ。世界観に合わないよ!」


 マリーは手に持ったG5Carbineじーちゃんを構え直した。軍用の自動小銃である。


「この銃はアキハバランド機国産ですのよ」

「アキハバランドはロボットの国ですので、機械があってもおかしくないですわ。それにお嬢様が剣を使ったら、わたくしの聖剣、草刈りの剣クサカリブレードと被ってしまいますわ」

「そこはなぜ被せていかないのですか!」


 黒乃とメル子は肩で息をした。


「だいたい強さもおかしいでしょ。うちらと変わらないレベル帯なのに、なんでレベル50のモンスターを倒せるのよ」

「そうですよ! チートです!」

「伝説の武器だから強いのは当たり前ですの」

「お嬢様の言うとおりですの」

「なんで初期装備が伝説の武器なのよ!?」


 こうして黒乃達は無事大迷宮メトロ第一層を突破した。



 ——大迷宮メトロ第二層、『ヤエチカ』


 本来のダンジョンの最上層。かつて栄華を誇った古代地底民族が築いた都。現在は廃墟となっているが、獣人達が棲家としている。


「ご主人様。各層の入り口は緩衝地帯となっていまして、モンスターは現れません。安全に休憩をとることができます」

「おお、おお。じゃあ今日はこの辺で休もうか」


 トレインワームの巣を抜け、たどり着いたのは石造りの迷宮であった。古めかしさはあるものの、傷みは少なく建築技術の高さが窺える。

 広い通路の両脇には、かつて古代人で賑わっていたであろう商店がぎっしりと並んでいた。その生活の面影は今も残る。

 天井には薄く光る円盤が貼り付けられており、通路を照らしている。古代の魔法技術であろうか。


「おお、ここはきっと食堂だったんだなあ」

「シャチョー! 見てくだサイ! コッチは雑貨屋デスよ! お宝はありマスかね!?」


 しかし浅い層のため、冒険者によって金目のものは根こそぎ奪われてしまっているようだ。


「いいね、いいね。ダンジョンっぽくなってきましたよ」

「先輩、私の地図ぐるぐるまっぷに反応があります。多分地上で見かけた騎士団のようです」


 一行が進むと大勢の人間の喧騒が聞こえてきた。桃ノ木の言うとおり、白金の鎧を着た騎士達のようだ。数十人の一団がせわしなく動き回っている。彼らもここで野営をするようだ。


「タイト人がなんでダンジョンに潜っているんだろう」

「お宝目当てでしょうか?」


 一人の大柄な騎士がこちらに気がついて迫ってきた。泥に塗れた鉄靴が派手に音を立てた。目の前までくるとその大きさに黒乃は見上げる羽目になった。


「うわわ、マッチョメイドくらいでかい」

「お前ら〜! なにものだ!? 冒険者か〜!?」


 大きな騎士が声を張り上げたため、全員がこちらを注目することになった。


「ええ? ああ、うん。冒険者だけど」

「ここは我らハイデン騎士団の野営地だ! よそ者は出ていけ!」


 下品な声でまくしたてられて腹が立った黒乃は、一歩進み出て言い返した。


「ダンジョンはみんなのものだ! 私らがどこにいようが私らの勝手だ!」

「……ほんとそれ」

「イヤァー! シャチョー! ケンカ売らナイで!」

「先輩、かっこいいです!」


 それに便乗したメル子も進み出た。


「やるなら受けて立ちますよ! フシャー!」


 大柄な騎士は足を鳴らして威嚇した。他の騎士達もぞろぞろと集まってきたようだ。


「天下のハイデン騎士団にケンカを売るたぁ、いい度胸だ。覚悟はできているんだろうな?」

「当たり前だろ! お前らこそ覚悟しろよ! 先生! やっちゃってください!」


 黒乃は後ろで傍観していたマリーとアンテロッテを正面に引っ張り出した。


「グハハハハハハ! 貴様らーッ! 勇者と剣聖に勝てると思っているのか! グハハハハハハ!」


 お嬢様たちは白い目で黒乃を見た。


「ケンカするなら自分でやってほしいですの」

「お嬢様の言うとおりですの」


「待て!」騎士達の背後から涼やかな声が鳴った。

「今、勇者と言ったか?」


 進み出てきたのは、一際豪華な意匠が施された鎧の女騎士であった。ダンジョンの中とは思えぬほど綺麗に手入れされた鎧と長い黒髪。彼女の前の騎士は速やかに道を開けた。


「うわうわ、すごいべっぴんさん」

「かっこいいです!」

「部下達の非礼を詫びよう。なにぶん大迷宮メトロ暮らしが長いものでな」


 女騎士はマリーに向けてうやうやしく頭を下げた。


「私はハイデン騎士団団長、ハイデンと申します。あなたが勇者でございますか?」

「そうですわよ」


 自信満々に答えるマリーをハイデンと名乗った女騎士はまじまじと見つめた。

 騎士達の間にざわめきが広がった。


「よし、捕えろ」

「え?」


 言葉の意味がわからず硬直する黒乃。

 騎士達が腰の剣を抜くよりも先に、迸る光刃が部屋を切り裂いた。


「お嬢様に手を出す輩はこうなりますわよー!」


 アンテロッテの草刈りの剣クサカリブレードの一閃により、十人の騎士が聖堂送りごりんじゅうになった。霧となって消えた仲間に唖然とする騎士団。


「はわわわわ、やっちまった! アン子がやっちまっただ!」


 次々と剣を抜き迫ってくる騎士。アンテロッテはそれをいとも簡単に返り討ちにしていった。


「なるほど、これが剣聖ソードマスターの力か」


 ハイデンはゆっくりと剣を抜いた。その漆黒の刃は黒乃達のみならず、騎士達にも戦慄を与えた。

 ハイデンとアンテロッテの剣が交わった。光の剣と闇の剣。その剣戟の凄まじさに誰もが立ち尽くすしかなかった。


 拝礼のプロスキネシスハイデン

 レベル 70

 ジョブ 暗黒巫女ダークメイデン

 スキル 恭順リトルオーダー

 装備 黄昏の刃サンセット

 使命 ********


 どうやら二人の剣技は互角のようだ。となると騎士団相手では多勢に無勢。レベルの低い黒乃達では勝ち目はないだろう。


「シャチョー! 逃げまショウよ!」

「わかってる! 全員は相手にできないよ。フォト子ちゃん!」

「……準備おっけー」


 黒乃は手からタレを飛ばした。それはハイデンの磨き抜かれた鎧と髪の毛に付着した。


「ぬ!? ぐああああ! バカな!?」

「なんですの!?」


 突如悶え始めたハイデンに呆気にとられ、アンテロッテの剣も止まってしまった。


「アン子! こっちだよ!」


 黒乃はアンテロッテの手を引っ張った。次の瞬間、二人の姿がかき消えた。それどころか黒乃達は全員姿を消していた。


「ぐああああ! 私の髪が! 鎧が! 甘辛い!」


 騎士達は辺りをくまなく捜索したが、誰一人見つけることはできなかった。



 一行は桃ノ木の地図を頼りに地下に降りていた。姿をくらませたのはフォトンの色彩魔法カラフルマジカルのおかげだ。体の色を周囲に同化させて、敵の目を欺く魔法だ。


「フォト子チャン、すごいデス!」

「……キモいから名前で呼ばないで」

「ご主人様! どうしてあの女騎士はあんなに苦しんだのですか!?」


 黒乃は丸メガネを光らせた。


タレ魔法たれまじっくでタレを飛ばしただけだよ」

「それだけですか!?」

「あの女騎士の姿見た? あんなピカピカに鎧を磨いちゃってさ。ダンジョンの中だよ? 汚れるのが許せないのさ。泥ならともかくタレだからね。タレが服についた時の不快感たるやもう」


 丸メガネを汚されるのをなによりも嫌う黒乃だからこそ気がついた女騎士の弱点だ。


「それにしても、あの騎士団はなんなんですのー!?」

「お嬢様に手を出すとは、万死に値しますわー!」

「でもしてやりましたね」

「……騎士団なんてチョロい」

「先輩、このまま三層まで一気にいっちゃいますか?」

「うふふ、そうだね」


 危機を乗り越え、俄然盛り上がる一行。

 しかし浮かれ気分も束の間、彼女らは一気に絶望のどん底に叩き落とされた。


 人型の白い物体がそこにいた。角ばった体。つるりとした表面はおよそこの世のものとは思えない圧倒的な白でコーティングされていた。関節はつながっておらず、立方体を組み合わせたようにしか見えない。顔もない。


 0xFFFFFFFF

 レベル -1

 ジョブ NULL

 スキル NULL

 使命 hogehoge


「なにこれ!?」

「ぎゃあ! ご主人様! これなんです!?」

「イヤァー!」


 白いなにかが腕を振るうと、メル子が一瞬にして真っ二つにされた。霧となって消えるメイドロボ。


「メル子ォオオオオ!」

「先輩! 逃げて……」

「桃ノ木さーん!」


 続いて桃ノ木が消滅させられた。次々と屠られていく一行。マリーの銃やアンテロッテの聖剣すらなんの役にも立たなかった。


「シャチョー! お先に失礼しマス!」


 FORT蘭丸はスキル、大脱走グレートエスケープを使いその場から消え失せた。


「FORT蘭丸、貴様ーッ!」


 残されたのは黒乃ただ一人だ。無駄だとわかってはいるものの、最後の足掻きでタレを発射した。それは白い体を幾分汚したが、無念にも黒乃は切り裂かれて聖堂送りごりんじゅうとなった。





 ——サンジャリア大聖堂。

 タイトバースの北方に位置するアサクサンドリア教国。その首都アサクサンドリアの中心に存在する巨大な聖堂。

 その中では巫女が鎮座し、国の安寧を祈っている。また冒険者やタイト人が復活する場所でもある。


 黒乃はゆっくりと目を覚ました。背中に硬く冷たい大理石の感触が伝わってくる。その周りには見慣れた顔が勢揃いしていた。心配そうに覗き込むメル子の顔を見つけて安堵の息を吐いた。


「ひょっとして全滅した?」

「しました」

「やられましたの」


 黒乃はメル子の手を借りて大理石の祭壇から降りた。


「あれ絶対通常のモンスターじゃないよね!?」

「シャチョー! アレはデバッグ用のモンスターデス!」

「貴様ーッ! 一人で逃げやがってー!」

「ゴメンナサイ!」


 一行は大騒ぎをしながら大聖堂から町に降りた。



 冒険者ギルド。

 冒険者のための宿泊施設、または情報を共有するための酒場。そこでは今日も勝利や敗北の盃が無数に交わされていた。


「ガハハハ! いやー、でも楽しかったね!」

「冒険という感じでしたね!」


 クロノス一行とお嬢様は一つの机を囲んで宴を開いていた。誰一人酒は飲まないので、木樽ジョッキの中はブドウジュースだ。机には巨大な骨付き肉の塊、ボウルいっぱいのスープ、カチコチのパンがこれでもかと並べられていた。


「ガハハハハ! 明日はどうしようか!?」

「先輩、またダンジョンに潜りますか?」

「シャチョー! 町でクエストをこなすノモいいデスよ!」

「……クロ社長、肉にタレちょうだい」

「ほいよ」

「ご主人様、ここは堅実にレベル上げをするのがよろしいかと」

「襲ってきた騎士団に殴り込みですわー!」

「黒乃さん、こっちにもタレをくださいな」

「ほいよ」



 一行はジョッキのブドウジュースで乾杯をした。もう何回目の乾杯かもわからない。夜も更けてきた。子供組はとっくに部屋に戻り、他のメンバーも机に突っ伏して寝ていた。

 起きているのは黒乃とメル子だけだ。


「いや〜、タイトクエストってよくできてるゲームだなぁ」

「そうですか? バグで酷い目に遭いましたが」

「うへへ、まあね。でも楽しかったよ」


 黒乃はジョッキをメル子に向けて突き出した。


「はい! 楽しかったです!」


 メル子もジョッキを突き出し、お互いのジョッキを打ちつけあった。


「明日も楽しく冒険しましょうね!」


 太陽のように輝く笑顔。それが最後に見る愛しのメイドロボの笑顔であった。



 暗転。

 一瞬の明滅の後にホワイトイン。

 

「あれ? ここは?」


 黒乃は勢いよく起き上がった。透明ななにかに頭をぶつけて悶絶した。


「いでぇ! なんだ!?」


 手探りをするうちにようやく状況を飲み込めた。イマーシブマシンの中にいるのだ。身体中に貼り付けられたパッドをもぎ取り、手元の開閉スイッチを押す。


 ここは八又はちまた産業浅草工場のプレイルームだ。カプセルから降り、周囲を見た。たくさんのマシンがずらりと並んでいる。黒乃は隣のマシンに駆け寄った。


「メル子はまだタイトバースの中かな? おーい。イテッ」


 黒乃は硬いなにかに足を引っ掛けた。それは無言で床に転がる職人ロボのアイザック・アシモ風太郎であった。

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