第301話 ロボなる宇宙 その二

「ご主人様! 早くいきましょう!」


 赤いメイド服鎧を輝かせてメル子は馬で草原を駆けた。赤毛の駿馬しゅんめは蹄で地面を抉り、短い草を舞い上がらせた。


「おうおう、すごい! さすが冒険者! ちゃんと馬に乗れるぞ!」


 腰に黒いマワシを巻いた黒乃は不器用ながらも馬を操っている。先頭を走るメル子を必死に追いかけた。


「……お馬さん、かわいい」

「女将サン! 速いデスよ!」

「先輩、もうじき到着しますよ」


 ゲームスタジオ・クロノス一行が馬で目指しているのは大迷宮メトロだ。ここタイトクエストの世界、タイトバースの地下に広がる巨大なダンジョンである。


「いや〜、異世界といえばやっぱりダンジョンだよね」

「……楽しみ」

「女将サン! 大迷宮メトロにはナニがあるんデスか!?」


 メル子は体を震わせた。背中の刺股ドラゴンランスがそれに合わせて揺れる。


「ふふふ、では皆さん。このタイトバースの世界観についてご説明しましょう」


 

 台東区に存在する大手ゲームパブリッシャー、ロボクロソフトがサービスを開始したイマーシブ(没入型)ゲーム『タイトクエスト』。その舞台となる大陸『タイトバース』には三つの国家が存在する。


 『アサクサンドリア教国』

 大陸の北方に位置する国。サンジャリア大聖堂に鎮座する巫女を頂点に、三つの騎士団がそれを支える政治体制。高度に体系化された社会は、秩序と規律をもたらす。


 『アキハバランド機国』

 南方にあるロボット達の国。巨大な商会が権力を握り、彼らが作る評議会によって政治が行われる。商売が盛んであらゆる物、人材がこの国に集まる。


 『ウエノピア獣国』

 西方に存在するのは獣王による絶対君主制国家ウエノピアだ。弱肉強食の獣人達が作り上げた。命知らずの獣王軍は大陸最強を誇る。


 『大迷宮メトロ

 三つの国家の中心に存在する謎の地下ダンジョン。その大きさは大陸の端から端まで地下鉄のように張り巡らされていると噂されている。多くの冒険者が迷宮に挑み、富を得、名声を得、または帰らぬものとなった。

 その最下層に辿り着いたものは、大陸の覇権を手にすることができるという。


「サービスが始まって間もないゲームですので、大迷宮メトロの奥になにが待ち構えているのかはわかりません!」

「ひょー! じゃあご主人様達が最初にそれを手に入れちゃおうよ!」



 一行がゲームのスタート地点であるアサクサンドリアの町を出発してから一日が経過した。その間、様々なモンスターと戦闘になったが、別段苦戦するようなことはなかった。


「この辺には強いモンスターはいないのかなあ」

「先輩、私の地図ぐるぐるまっぷによると、強敵はダンジョンや森の中にいるようです。この辺は街道沿いですので、比較的安全かと」


 桃ノ木は古びた地図を広げて周辺の状況を確認した。その地図の表面には小さな点が五つ動いている。黒乃達の座標がリアルタイムでわかる仕組みだ。


「桃ノ木サンの地図、便利デスね!」


 桃ノ木の地図は彼女のスキルによるものだ。通常の地図より遥かに多い情報が書き込まれている。さらにレベルを上げることでその情報は増していく。


「いいなあ、桃ノ木さんのスキル。私のなんてタレ魔法たれまじっくだからなあ。ペロペロ」


 黒乃は自分の指をしゃぶった。甘辛い味が口の中に広がった。


「手からタレが出てくる魔法って、なんの役に立つのよ。ペロペロ」

「……クロ社長、甘辛い匂いさせるのやめて。お腹減っちゃう」


 タイトクエストではプレイヤーにジョブ、スキル、装備、使命が付与される。これはシステム側が自動的に与えるものであるので、プレイヤーが好きに選ぶことはできない。

 しかし高額なプラチナチケットを使いログインすることで、より強力なジョブやスキルを得られるのだ。


「ご主人様! あまりタレを舐めないでください! 塩分過多になりますよ!」

「忘れてるかもしれないけど、ここゲームの中の世界だから平気でしょ」


 人間の黒乃ですら、タイトバースがゲームの世界だと認識できない。イマーシブマシンによって、全身に各種情報を入出力されているからだ。

 ロボットの場合はAIが丸ごとゲームの中にコピーされるので、よりリアルなのだ。


「ご主人様! 見えてきましたよ!」


 馬で先頭を走るメル子が叫んだ。ここは三国の国境が合わさるエリアだ。先ほどまでの爽やかな草原は消え失せ、おどろおどろしい霧が立ち込める峡谷にさしかかった。


 『霧の峡谷』

 岩石だらけの荒地に刻まれた深い谷。三方に伸びる底の見えないこの谷は、そのまま三国の国境になっている。

 一見なにもないように見えるが、冒険者が多く集まる場所として知られる。霧の峡谷には大迷宮メトロの入り口が多数発見されているのだ。


 一行は馬を降り、谷底へと向かった。霧が立ち込め、静けさが支配する岩肌に黒乃達の足音が響いた。湿気が体にまとわりつく感触が不愉快である。


「ふぅふぅ、なにも湿気まで再現しなくてもいいのになあ」

「ご主人様、リアリティがあっていいではないですか」

「ふぅふぅ、それにさ。ダンジョンの入り口まではワープできるようにしておいて欲しいよね。リアルにすればいいってもんじゃないよ」


 アサクサンドリアの町からここまで来るのに、馬で丸一日かかった。もっともその間、モンスターとの戦いやちょっとしたイベントがあったので、退屈することはなかったのだが。


「先輩、次からはワープで来られますから」

「はいはい、ファストトラベルね」


 一度いった場所へはワープで移動ができる。冒険者プレイヤー特権だ。


 一行は谷底へと降りてきた。まだ昼ではあるが、霧と谷の深さのせいで太陽が届いてこず、かなり薄暗い。


「桃ノ木さん、ダンジョンの入り口はある? できればだれにも発見されていないような入り口」


 桃ノ木は地図を広げた。


「あ、先輩ありますよ。ここからしばらく……だれかいます!」


 桃ノ木の地図には多数の動く点が記されていた。かなり近くだ。


「他の冒険者かな?」

「……それにしてはずいぶん数が多い」

「イヤァー! 敵ですか!?」


 フォトンとFORT蘭丸は黒乃の背中に張り付いた。


「ご主人様! あそこです!」


 メル子が指を差したのは崖の中腹にある横穴の付近だ。そこには白金の鎧の騎士達が大勢たむろしていた。


「あれはアサクサンドリアの騎士団のようですね」

「へー、タイト人もダンジョンに来るんだな」


 タイト人とはタイトバースの原住民のことである。イマーシブマシンを介してタイトバースに侵入しているプレイヤーとは違い、量子サーバ内で生成されたゲーム用AIだ。


「まあ、敵ではないようだから無視していこうか」

「「はい!」」


 こうしてクロノス一行は大迷宮メトロ内に侵入した。



 ——大迷宮メトロ第一層、『トレインワームの巣』


 迷宮とは名ばかりの、ごつごつとした岩肌が続く細いトンネルが連なった層。このトンネルは大峡谷に巣食う巨大ミミズ『トレインワーム』が掘ったものである。

 ここは正確には大迷宮メトロの一部ではない。地下深くに埋もれたダンジョンと地上を、トレインワームが掘って繋げてしまったことで生まれた層なのだ。

 彼らのおかげで大迷宮メトロの存在が明らかになったと言っていい。


 敵の感知に長けた盗賊の桃ノ木を先頭に、戦闘能力に長けた竜騎士のメル子をしんがりに一行は進んだ。

 ぬめぬめとした滑りやすいトンネルが、フォトンの魔法の灯りで怪しく照らされた。


「シャチョー! トレインワームに出会っタラ、ドウしまショウ!? 逃げマスか!?」

「蘭丸君、トレインワームはレアモンスターですので、滅多に会うことはありませんよ」

「安心しまシタ!」

「あ、先輩」

「桃ノ木さん、どしたの?」

「トレインワームが後方から近づいてきます」

 

 早速、一行に危機が訪れた。


 トレインワーム、ギンザ

 レベル 50

 全長二百メートル、黄色いボディが特徴。


「イヤァー! ナンデ!?」

「あかーん! レベル2の我々が勝てる相手じゃないよ!」

「先輩、横道に逃げ込みましょう!」


 一行は走った。まだ姿は見えないが、音で背後から迫ってきているのがわかった。あの巨大な塊に轢かれてはひとたまりもない。桃ノ木の地図を頼りに、横穴に入り込んだ。


「ご主人様! まだ後ろからきていますよ!?」

「……絶対追いかけられてる」


 メル子は後方の闇へ向けて竜の炎ドラゴンブレスを放った。真っ赤な炎で照らされ、トレインワームの黄色い体があらわになった。炎で炙られた怪物は一瞬体をよじらせたものの、構わず突き進んできた。


「ぎゃあ! だめです!」


 一行は走った。振り切れるように通路を選んでいるはずであるが、的確に追跡をしてきている。


「どうシテ、コッチの居場所がわかるんデスか!?」

「……匂いを追っているのかも」

「匂い!?」


 黒乃は足を止めて、地面にしゃがみ込んでしまった。


「ご主人様!? なにをしていますか!?」

「メル子! お願い!」


 メル子はブレスを吐いた。



 静けさがトンネルを支配した。ダンジョン中に漂っているのは甘辛いタレの匂いだ。


「シャチョー! ナイスアイディアデス!」

「はぁはぁ、どんなもんよ!」


 黒乃はタレ魔法を使い、ダンジョン内にタレを撒き散らしたのだ。それをメル子のブレスで炙った。強烈なタレの匂いによって、黒乃達の匂いをかき消したのだ。嗅覚を頼りに追跡をしていたトレインワームは、獲物の居場所を見失ってしまったのだ。


「さすがご主人様です!」

「先輩! やりましたね!」

「……でも匂いがひどい」


 ズズズ……。

 安堵でへたり込む一行の前に巨大な顔が現れた。それを見た一行は言葉を失った。


 トレインワーム、ハンゾー

 レベル 55

 全長二百メートル、シルバーのボディに紫のラインが特徴。

 

「なんでレアモンスターが二匹もいるの!?」

「ご主人様ー!」


 トレインワームが大きな口を開けた。一行を一口で丸呑みにできそうなその口を見た瞬間、黒乃は死を覚悟した。

 その時、迷宮の奥深くから聞こえるミノタウロスの咆哮がごとき恐ろしい声がトンネル内に響いた。

 オーホホホホ……オーホホホホ……。


「ぎゃあ! なんですかこの声は!?」

「ええ!? なになに!?」

「オーホホホホ! おピンチのようですわねー!」

「オーホホホホ! タレ臭いですわえー!」


 突如現れたのは金髪縦ロール、シャルルペロードレスの二人組であった。


「オーホホホホ! 蜂の巣ですわー!」


 マリーは手に持ったライフルを乱射した。それは全弾頭部に命中し、トレインワームはのたうち回った。


「オーホホホホ! トドメですわー!」


 アンテロッテは腰の剣を抜いた。光り輝く刃がその巨大な胴体を一刀両断した。モンスターは断末魔の叫びをあげて、霧のように消滅した。


「「オーホホホホ!」」


 黒乃達は地面にへたり込んで、光り輝くお嬢様たちを見上げた。


「まさか、異世界被りとはなあ……」

「被せすぎです……」


 黒乃達は見事第一層を突破した。




 ステータス一覧。


 大平原のホライゾニア黒乃

 レベル 2

 ジョブ 力士すもーふぁいたー

 スキル タレ魔法たれまじっく

 装備 マワシすもーあーまー

 使命 世界一美味い焼肉を作る


 八又のナーガメル子

 レベル 2

 ジョブ 竜騎士ドラグーン

 スキル 竜の炎ドラゴンブレス

 装備 刺股ドラゴンランスメイド服ドラゴンアーマー

 使命 竜王になる


 逃げ得のランナーFORT蘭丸

 レベル 2

 ジョブ 職人クラフトマスター

 スキル 大脱走グレートエスケープ

 装備 隠者のとんかちニートハンマー

 使命 のんびり暮らす


 色彩のカラフルフォトン

 レベル 2

 ジョブ 魔女ウィッチ

 スキル 色彩魔法カラフルマジカル

 装備 魔女の杖マジカルステッキ魔女の帽子マジカルハット魔女の外套マジカルマント

 使命 サンジャリア大聖堂に壁画を描く


 闇夜のダークネス桃智

 レベル 2

 ジョブ 盗賊シーフ

 スキル 地図ぐるぐるまっぷ

 装備 赤い短剣ぶっさしまる青い短剣くしざしまる

 使命 伝説の丸メガネを手に入れる


 黄金のゴールデンマリー

 レベル 5

 ジョブ 勇者ブレイヴ

 スキル 高笑いオーホホホホ

 装備 G5CarbineじーちゃんBarrettM82ばーちゃんドレスシャルルアーマー

 使命 世界を救う


 黄金のゴールデンアンテロッテ

 レベル 5

 ジョブ 剣聖ソードマスター

 スキル 高笑いオーホホホホ

 装備 草刈りの剣クサカリブレードドレスペローアーマー

 使命 マリーを助ける

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