第296話 おデートですわー! その二

 薄曇りの休日の昼。ご主人様とメイドロボは隅田川沿いの歩道を並んで歩いていた。六月の蒸すような湿気も、川を走る涼やかな風に煽られて吹き飛ばされていった。

 ひっきりなしに行き交う水上バスから手を振る子供達と、それに応えて手を振りかえすメイドロボ。のどかな光景にご主人様は思わず口元を緩めた。


「曇りとはいえ、貴重な雨の降らない日。存分に楽しまないとね」

「超インドア派のご主人様もずいぶん変わりましたね」

「ぐふふ、愛しのメイドロボとならどこへだって行っちゃうよ」


 二人は時々肩と肩をぶつけ合いながら散策をした。

 ふと隅田川にかかる橋の根元を見ると、よく見る存在が屈んでいるのに気がついた。橋の欄干の影に身を隠しているようではあるが、ド派手過ぎてバレバレである。


「やあ、アン子。なにしてるの」

「アン子さん、うんこ中ですか?」


 突然声をかけられた金髪縦ロール、シャルルペローメイド服のメイドロボは飛び上がって驚いた。


「黒乃様!? メル子さん!?」

「なになに、なにしてるのさ」

「お一人ですか? マリーちゃんはどうしました?」

「しー! お静かに! お嬢様に気付かれてしまいますわ!」


 アンテロッテは二人を欄干の影に引きずり込んだ。


「お嬢様を尾行しているのですわ!」


 アンテロッテは気温と湿気のせいか汗をダラダラと流している。黒乃は顔を近づけて漂ってくる蒸気を吸い込んだ。


「ははーん、わかったぞ。どうせまたデートでしょ」

「お相手はどうせ梅ノ木小梅ちゃんですよね。デートくらいさせてあげればいいではないですか」


 黒乃とメル子はハハンと笑った。マリーだってもう中学二年生である。同級生とデートくらいするものなのだ。


「黒乃さん、メル子さん、私はここです」


 アンテロッテの横から現れたのはすらりとした長身の少女であった。漆黒のポニーテールが可愛らしくもあるが、全体的にはボーイッシュな雰囲気を放っている。切れ長の目のせいでともすればきつい印象を与えがちであるが、今日の小梅は幾分弱々しい。


「あれ? 小梅じゃん」

「じゃあマリーちゃんのデートのお相手は誰なのですか?」

「そうなんです。そこが問題なんです!」


 アンテロッテと小梅はプルプルと震えだした。


「今日のおデートのお相手は、知らない男の子なのですわー!」


 その言葉を聞き、二人は真っ青になった。


「男の子!?」

「そんな馬鹿な!? そんなことをしたら作品のジャンルが変わってしまいますよ!」


 橋の上を歩くマリーを見る。いつものシャルルペロードレスの裾が軽快に跳ねるその横には、一人の少年が並んで歩いていた。帽子を目深に被り、大きなリュックを背負っているので、その風貌は見てとれない。


「あああああ、あんにゃろう! マリーに手を出したらただじゃおかないからな!」

「マリー家の財力を総動員してぶっ潰してやりますわー!」

「マリーちゃんには私がいるのに! 浮気ですか!」


 黒乃とアンテロッテと小梅は橋の欄干にしがみつき、これでもかと揺さぶった。


「落ち着いてください、お三方。マリーちゃんが行ってしまいますよ」メル子に諭され、一行はマリーを追いかけた。


 マリーと少年は並んで歩いてはいるものの、会話は弾んでいないようだ。気まずい雰囲気のまま隅田公園へと入っていった。

 休日とはいえ、この天気だ。さほど人出は多くない。二人は物静かな公園内のベンチに腰掛けた。


「よし、こっそり背後から忍び寄ろう。もし男に下心があるとわかったら、大相撲パワーの餌食になってもらう!」


 黒乃達はベンチの背後の植え込みに入り込んだ。白ティー丸メガネ、金髪巨乳メイドロボ、ボーイッシュ少女達がぞろぞろと進む。


「ハァハァ、この辺なら声が聞こえるか。ん?」

「グエェェ!」


 突然すっとんきょうな声があがった。工具箱を踏んづけたような嫌な感触が足の裏に伝わった。


「ダレデスか!? ロボが気持ちヨク昼寝をシテいるノニ!?」

「んん!? FORT蘭丸!?」

「蘭丸君!? こんなところでなにをしていますか!?」


 抗議の声をあげたのは見た目メカメカしいロボットのFORT蘭丸だ。ツルツル頭の発光素子が赤く明滅している。


「黒ノ木シャチョー!? 女将サン!? ドウしてココに!?」

「こんな植え込みの中で寝るなぁ!」


 FORT蘭丸。ゲームスタジオ・クロノス所属のプログラミングロボである。マスターはアメリカ人のルビー・アーラン・ハスケル。彼女もまた凄腕のプログラマだ。


「どうシテお休みの日までシャチョーと会わないとイケないんデスか!」

「会いたくないんかい」

「お二人ともお静かに!」


 メル子の静止むなしく、一行の前には金髪縦ロールのお嬢様が立ち塞がっていた。怯える黒乃達を冷たい目で見下ろすマリー。


「みなさんお揃いでなにをしていらっしゃいますの?」

「お嬢様が心配でついてきてしまいましたわー!」

「マリーちゃん! 男の子とデートなんてまだ早いですよ!」


 狼狽するアンテロッテと小梅にマリーはため息で応えた。


「おデートってなんの話ですの? サム・ライ光雄君の相談に乗ってあげているだけですわよ」


 すると少年は目深に被った帽子をとり、頭を下げて挨拶をした。


「ミナさんはじめまシテ。サム・ライ光雄デス!」


 その姿を見て黒乃は驚きの声をあげた。ツルツル頭に発光素子、見た目メカメカしいロボットであった。


「ロボットだ! 相手の男の子って、ロボットだったんだ!」

「しかも子供ロボです!」



 一行は公園の机を囲んで座っていた。雲が厚くなり、木陰との境目が消えた。


「マリーちゃん、ごめんなさい。まさかデートの相手がクラスメイトのサム・ライ光雄君だとは知りませんでした」


 小梅は流れる汗を拭きながら頭を下げた。


「おデートではありませんの。相談ですのよ」

「しかしクラスメイトにロボットがいるなんてなあ、羨ましい。私が学生の時は一人もいなかったよ」

「子供ロボは珍しいですしね」


 新ロボット法により、全てのAIは政府のコンピュータの中に作られた仮想空間で、成人するまで教育を受けて過ごすことが義務付けられている。

 メル子の場合、AI幼稚園からAI高校まで卒業している。その間に様々な職能を身につけることができるのだ。

 しかし子供ロボは職能を身につける前に生まれてくる。その場合は現実世界の学校に通う必要があるのだ。


「それで、相談ってなによ?」


 サム・ライ光雄の顔が曇った。頭の発光素子が青く点灯した。


「ハイ……実はナカナカクラスに馴染めナクて……」

「ああ、クラス替えしたばかりだもんね」

「ダカラ、クラスの人気者のマリーサンに相談しようカト思ったんデス!」


 一同は沈黙した。いくらロボットが一般的になって世間に受け入れられているとはいえ、子供の世界ではまた別の話である。


「ナニカ……ミンナにバカにされている気がするんデス」

「バカに?」

「ハイ……ボクがナンの能力も持っていないロボットだからデス」


 メル子はメイドの職能を、FORT蘭丸はプログラムの職能を、フォトンはお絵描きの職能を持っている。ロボットは本質的に『人類の役に立つ存在』という前提がある。そうではない子供ロボという存在は、子供達の目には奇異なものに映るのかもしれない。


「いやしかし、子供ロボなんだからそれは当然でしょ」

「ハァ……そうデスよね」


 サム・ライ光雄は肩を落とした。


「ご主人様、そう言えばフォト子ちゃんも子供ロボですよね」

「まあね」


 フォトンの場合は元々子供ロボであったのだが、現在はしっかりと成人している。ボディは小さいままではあるが。

 彼の隣に座っているFORT蘭丸が元気よく手を上げた。


「シャチョー!」

「どうした、FORT蘭丸」

「ボクも子供ロボでシタよ!」

「え!?」

「え!?」


 突然の暴露に一行は唖然とした。


「ボクはAI小学校で引きこもってしまったノデ、幼卒デス!」

「蘭丸君! どうして引きこもってしまったのですか!?」

「勉強したくなかったカラデス!」


 AI小学校で引きこもったFORT蘭丸には二つの選択肢があった。AIプールに還るか、子供ロボとして現実世界に生まれるかだ。

 FORT蘭丸は後者を選んだ。というより無理矢理そうさせられたのだ。当時学生だったルビーによって。


「ルビーが!?」

「ルビーは嫌がるボクに無理矢理プログラムを教エテ、プログラミングロボにジョブチェンジさせたんデス!」


 FORT蘭丸は隣の子供ロボを見つめて言った。


「光雄クン!」

「ハイ!?」

「能力ナンて、マスターに教えてもらえばイイんデスよ!」


 その言葉を聞き、サム・ライ光雄は動きを止めた。彼の電子頭脳が目まぐるしく高速回転を始めた。


「光雄さんのマスターはなにをしておられる方なのですの?」


 マリーが遠慮がちに聞いた。サム・ライ光雄はしばらく考えてから口を開いた。


「ボクのマスターは映画監督の『クリント川イースト太郎』デス!」

「有名監督じゃん!」

「サム・ライ光雄君は映画は好きですか?」


 メル子の問いに子供ロボの瞳が輝いた。


「モチロン大好きデス! 特に黒澤監督の映画は全部見ていマス!」


 その後しばらく黒澤映画について熱心に語りまくった。一行もしっかりとその話を聞いた。


「そんなに映画が好きならマスターに教えてもらえばいいんだよ。マスターは教えてくれないのかい?」

「監督は映画を学べナンテ、一度も言ってくれまセン!」

「サム・ライ光雄君から教えてほしいとは言ったのですか?」

「……お仕事の邪魔をしタラ悪いと思って、言っていまセン」


 公園の木製の机に黒いシミが現れた。雨が降りだしたのだ。増した湿気とともに、なんとも言えない香りが皆の鼻をくすぐった。


「だーりん、探したよ〜」


 突然現れたのは癖っ毛の銀髪が四方八方に乱れまくった、死んだ魚のような目をした女性だ。タンクトップとホットパンツからムチムチのお肉が盛大にはみ出ている。


「ルビー!? ドウしてココに!?」

「だーりん、今日は一緒にハッキングするって言ったでしょ〜。ごーいんばーっく」

「イヤァー! お休みの日にソンナことしたくありまセン!」


 ルビーはFORT蘭丸の首に腕を回すと無理矢理引きずっていった。


「光雄クン! コウなりたくなかっタラ、自分の好きなコトを学ぶんデス! 我々ロボットには、自由に職業を選択デキる権利がありマス! イヤァー!」


 お肉に挟まれたFORT蘭丸は、ぐったりとなりながらルビーに連れ去られていった。一行は唖然とその姿を見送った。


 雨が強くなり始めたので木の下に避難をした。木の葉や地面に雨粒が当たる音が雑音となって、公園に陰鬱なメロディーを奏でた。


「ミナサン……」

「なんですの? サム・ライ光雄君」

「ボクはヤッパリ監督にお願いシテ、映画を教えてもらおうかと思いマス」


 遠慮がちに話す子供ロボに向けてお嬢様達は拍手をした。


「ご立派ですわー!」

「さすがお嬢様のご学友ですわー!」


 サム・ライ光雄は照れくさそうにツルツル頭を撫でた。


「でもマスターが映画監督だカラではないんデス。映画が好きだカラ、映画を学びたいんデス! ボクは映画ロボになります! 今日はアリガトウゴザイマシタ!」


 サム・ライ光雄は雨の中を駆けて去っていった。


 マスターとロボット。近いようで遠い存在。種族さえ違う二つの存在が共に生きるには様々なハードルがある。それぞれに人権があり、自由があり、意志がある。決してロボットはマスターの思い通りにはならない。


「そう、FORT蘭丸以外はね」

「ですね」


 黒乃とメル子はプログラミングロボが連れ去られた方向へ向けて手を合わせた。


 それでも両者は寄り添って生きていくしかないのだ。

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