第285話 プチロボットを観察します! その二
夕食後、黒乃は床に寝そべりケツをかいていた。目の前には小汚い部屋を完璧に再現したミニチュアハウスである、プチ小汚い部屋が置かれている。
「お、ちょうどプチ達も夕飯を終えたところだな」
プチ小汚い部屋の床に寝そべっているのは、手のひらサイズのロボットであるプチ黒だ。白ティー丸メガネ黒髪おさげの三頭身ボディでふてぶてしく寝転がる様は、愛らしくも憎らしい。
「プチメル子は、洗い物中か」
同じく三頭身のプチロボットであるプチメル子はシンクの前に立ちカップを洗っていた。夕飯はナノマシンスープであった。腰を振りながら楽しそうに洗い物をするプチメル子と、その向こうで洗い物をするビッグメル子。黒乃は視線を往復させて二人を見比べた。
「しかしそっくりだな。それに比べてプチ黒ときたら全く動こうとしない。誰に似たんだか」
黒乃は指でプチ黒の腹をつついた。プチ黒は面倒臭そうにその指を払いのけた。
「そういえば、流しの水って実際に流れるようになったんだね」
以前までは流しで食器を洗っている『フリ』をしていたプチメル子であった。今は実際に水が流れる蛇口にご満悦のようだ。
「はい! プチ小汚い部屋をバージョンアップしまして、水回りの実装をいたしました」
以前から電気は通っており、冷蔵庫などは稼働していた。今度は水道まで開通したのだ。ミニチュアハウスの側面には給水タンクと排水タンクが取り付けられている。
続いてプチメル子は風呂に水を溜め始めた。
「とうとう風呂にまで水が」
「ご主人様! お風呂を覗かないでくださいよ!」
「ぐへへ」
するとおもむろにプチ黒が服を脱ぎ出した。
「お、こいつ、いっちょまえに一番風呂に入るつもりだな」
すっぽんぽんになったプチ黒は風呂へと駆け込んだ。床に散乱した服を見つけたプチメル子は、両手を天井に突き出して怒りを表現した。
「プチロボットって風呂に入っても大丈夫なの?」
「防水はばっちりですよ。ですが……」
数秒後、プチ黒がプルプルと震えながら風呂場から出てきた。びしょ濡れである。慌ててプチメル子がタオルで体を拭った。
「あ〜あ。まだお湯が沸いていないでしょ」
「いえ、そもそも湯沸かし機能が実装されていません」
今までは風呂に入っている『フリ』をしていたプチ達であった。毎日メル子が二人の体を綺麗に拭いていたのだが、これからは自分で体を洗えるというわけだ。
「お世話する手間が少なくなるのは少し寂しいですね」
「まあね。でもその分プチ達が成長しているってことだから」
洗い物を終えたメル子も床に座り、プチ小汚い部屋を覗き込んだ。大きなメル子が見つめているのに気がついたプチメル子は元気よく手を振った。
まったりとした空気の中に呼び鈴の音が混じり込んだ。
「おっと、お客さんかな。どっこらしょ」
黒乃は重いケツをあげて玄関に向かった。
「どいてください!」
メル子は立ち上がり、黒乃を突き飛ばして扉に突進した。
「いたた、なになにもう」
メル子は扉を開けた。どうやら荷物の配達のようだ。興奮した様子で大きな箱を抱えて戻ってきた。
「なんか買ったの?」
「いえ、
「試供品?」
メル子は段ボール箱を開封した。中からさらに細かい箱がいくつも飛び出してきた。
「おお」
「すごいです! こんなに入っています!」
黒乃は手近な箱を開けた。中からは金属製の装置のようなものが出てきた。
「なにこれ?」
「それは湯沸かし器です!」
「これが!?」
メル子は湯沸かし器を給水タンクの横に取り付けた。
「これで温かいお風呂に入れます!」
「すげぇ!」
早速湯沸かし器を起動した。プチメル子は大喜びで風呂釜に湯を注いだ。小さな風呂釜なのであっという間に熱々の風呂が沸いた。
「へ〜、よくできてるわあ」
風呂が沸いたのを悟り、プチ黒は全裸のままバスルームへ駆け込んだ。にゅるりとバスタブに滑り込むと、恍惚の表情で湯に浮かんだ。
「プチご主人様がお風呂に入っています!」
「こいつぅ、贅沢しよって」
メル子は別の箱を開けた。中から出てきたのは一際大きな装置だ。
「それ洗濯機じゃん!」
「やりました! 全自動洗濯機です!」
まさに家庭にある縦型洗濯機をそのまま小さくしたものだ。あまりの精巧な作りに黒乃は感嘆した。
メル子は小汚い部屋に設置されているダミーの洗濯機を取り外し、新しいものに差し替えた。
プチメル子は目を輝かせ洗濯機に齧り付いた。蓋を開け閉めして、ボタンを一通りいじる。床に散らばったプチ黒の服をかき集めると、全て洗濯機にぶちこんだ。
「動いてる、動いてる!」
「やりました!」
プチメル子は力強く回る洗濯機の前でバンザイを繰り返している。今までメル子が代わりに衣装の洗濯をしていたのが、自分でできるようになったわけだ。
その後も箱を開け中身を確認した。食器セット、高効率充電布団、ガスコンロなど、有用なアイテムがいくつも含まれていた。
最後に残ったのは一際豪華な木箱だ。
「なにこれ?」
「これが今回の目玉です!」
メル子は震える手で木箱を開けた。慎重に中身を取り出して床に置く。それはグレーのモコモコとした塊であった。
「ええ!? うそでしょ!? これは!?」
「これはプチチャーリーです! 略してプッチャです!」
メル子は『Get Wild』を歌いながら、手のひらサイズの小さなロボット猫の耳の中に付属のスティックを差し込んだ。すると起動音と共にモコモコが動き出した。
「動いた!」
「動きました!」
「にゃー」
プッチャは大きく体を伸ばして欠伸をすると、尻尾を振って体の具合を確かめるように床を転がった。
「すげぇ! 動きがまんまチャーリーだ!」
「チャーリーは八又産業製のロボットなので、チャーリーのAIを元にしてプッチャのAIを作ったそうです」
メル子はプッチャをつまみ上げると、手のひらに乗せて頬擦りした。
「可愛いです!」
「え? その理屈でいくと、プチ黒のAIがどうやって作られたのかがわからないんだけど。ご主人様はAIじゃないんだから」
「あ、それはアイザック・アシモ風太郎先生が適当にプログラミング……あ」
騒ぎを聞きつけてプチメル子がプチ小汚い部屋から扉を開けて出てきた。プッチャを見つけると、走り寄ってグレーのモコモコに飛びついた。
「おお、モフモフしている」
「モフモフしています!」
「あれ……でもなんか縮尺がおかしいな? プチメル子とさほど変わらない大きさなんだけど。これ上に乗れそうだぞ」
湯気を立ち昇らせてプチ黒が風呂から出てきた。床を探し服がどこにもないことに気がつくと、全裸のまま扉を開けて外に出た。
「こいつ全裸で外に出るなあ。一応乙女だぞ」
「まあ、プチご主人様ですから……」
プチ黒もプッチャを見つけると全裸で走り寄った。プッチャはなんとも嫌そうに身をよじった。二人でプッチャの毛皮に顔を埋めて、存分にモフモフを堪能した。
プチ黒は調子に乗ってプッチャの上にまたがろうとした。さすがにプッチャは怒り、爪でプチ黒を引っ掻いた。その一撃を喰らったプチ黒は床を転げ回ってもだえた。
「あーあー、なにやってんだ」
「チャーリーは気高いので、他人を乗せるなんてことは絶対にしません」
その晩、三体のプチロボットは仲良く一つの布団で寝た。
——翌日の昼間。
プチメル子はいつものように食器を洗っていた。楽しげに洗濯機を回し、風呂の掃除をする。水道が開通したので、できることが圧倒的に増えたのだ。
その様子を床に寝転んで見守るプチ黒と、大欠伸をしてうずくまるプッチャ。
プチメル子は一通りの家事を終えると、最後に風呂を沸かした。仕事終わりのひと風呂というわけだ。
服を脱ぎ、風呂に浸かる。至高のひと時が訪れた——。
しばらくしてプッチャは目を覚ました。すぐに異変を感じ取った。焦げ臭い匂いがするのだ。鋭敏な嗅覚でそれを感じ取った。
「にゃー」
床に寝転がって眠るプチ黒の顔面に前足を乗せた。プチ黒はジタバタともがいてパニックになったが、すぐに異変を感じ取った。風呂場から水が漏れてきているのだ。
駆け寄って中を確かめようとしたが思いとどまった。漏電している。焦げ臭い匂いはそれだ。今水に触れるのは危険である。
プチ黒はプチ小汚い部屋の扉を開けると外に飛び出た。そのまま部屋の裏側に回り込む。目的は壁に挿さっているコンセントだ。これを引っこ抜けばプチ小汚い部屋の電力供給は止まる。
人間用のコンセントなので、小さなプチロボットにとっては出雲大社のしめ縄に等しい。プチ黒とプッチャ、二人で協力してコードを全力で引っ張った。プラグが抜けて二人は後ろに転がった。
二人は息を切らして床に倒れ込んだ。しかしのんびりはしていられない。部屋に戻り風呂場の扉を開ける。
思った通り中ではプチメル子が湯船に浸かった状態で停止していた。立ち昇る湯気をかきわけ、バスタブから引きずり出して床に寝かせた。やはり漏電によってショートしているようだ。ボディの中から焦げ臭い匂いがしている。
プチ黒は床にあぐらをかいて考えた。どうやって助けを呼べばいいだろうか?
「にゃー」
プチ黒は鳴き声の主を見た。プッチャと目が合いお互い頷いた。
プチ黒は立ち上がり、プッチャの背にまたがった!
——ゲームスタジオ・クロノス。
浅草寺から数本外れた路地にある古民家で、皆懸命に業務に励んでいた。
お絵描きロボのフォトンは椅子の背にもたれかかり、しきりに指でペンを回して外を眺めていた。掃き出し窓から見える路地にはヴィクトリア朝のメイド服を纏ったメイドロボが、ホウキを片手に路地の掃除をしていた。
「……眠い」
「フォト子ちゃん、ちゃんとお昼寝したでしょ」
「……足りない」
フォトンは大欠伸をして外を眺めた。すると路地にいるルベールが慌てた様子でしゃがみ込んでいるのが見えた。
「……クロ社長」
「どしたん?」
「……ルーちゃんがなんかしてる」
「え?」
一行は事務所の外に飛び出た。
「ルベールさん、どうしました?」
ルベールは石畳に両膝をついて、なにかを掬い上げるような動作をしていた。
「黒乃様、この子達が」
その手のひらの上には小さなロボットと小さなロボット猫が横たわっていた。どちらもバッテリーが切れて動かなくなっているようだ。それを見たメル子は真っ青になって叫んだ。
「プチご主人様とプッチャです! どうして二人がここに!?」
「ルベールさん、プチメル子は見ませんでしたか!?」
黒乃の問いかけにルベールは首を横に振った。
「シャチョー! ドウいうことでショウ!?」
頭の発光素子を明滅させて慌てるFORT蘭丸。
「家でなにかあって、それを伝えにきたんじゃないかしら?」
桃ノ木が指摘すると、黒乃とメル子は顔を見合わせて走り出した。
こうして無事プチメル子は救助された。
試供品の湯沸かし器の不具合により、漏電が発生していたのだった。欠陥品を送ったアイザック・アシモ風太郎はこっぴどく怒られ、お詫びにプチ達に緊急通報装置が実装された。
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