第282話 神ピッピです!

 浅草寺から数本外れた路地に存在する古民家。その中ではゲームスタジオ・クロノスの業務が始まろうとしていた。


「みんなおはよう!」

「皆さん、おはようございます!」


 社長である黒乃とメル子は元気よく挨拶をした。


「先輩、おはようございます」真っ先に挨拶を返したのは、赤みがかったショートヘアと真っ赤な厚い唇が色っぽい桃ノ木桃智だ。


「お、桃ノ木さん。具合はよくなったんだね」

「おかげさまで、すっかりよくなりました」


 桃ノ木は先日まで疲労で寝込んでいたのだ。黒乃の看病の甲斐あってようやく復帰できたというわけだ。


「桃ノ木さん、これからはなにかあったらすぐに言ってね」

「はい。もちろんです、先輩」


 黒乃は自分の座席に着いた。


「……クロ社長、おはよう」

「フォト子ちゃん、おはよう!」


 隣の席から声をかけてきたのは、青いロングヘアが可愛らしい子供型ロボットの影山フォトンだ。だぼだぼのニッカポッカが今日も盛大にペンキにまみれている。


「……」

「……」


 黒乃は左前の座席に目を向けた。そこでは見た目メカメカしいロボットが無言でキーボードを叩いていた。


「こらFORT蘭丸。挨拶をせんかい」

「黒ノ木シャチョー! オハヨウゴザイマス!」


 FORT蘭丸は頭の発光素子を明滅させた。明らかに様子がおかしい。


「クンクン、この匂い……」黒乃は鼻を鳴らした。

「ひょっとしてルビーが来てるの?」


 その問いにFORT蘭丸は頭を左右に激しく振った。


「いまセン!」

「いや絶対いるでしょ。別にルビーが来てても構わないよ」

「いまセン!」


 必死に否定するツルツル頭のロボットにむしろ疑念がつのった。


「ちょっと見てくるか」黒乃は席を立った。

「シャチョー! やめてください!」


 黒乃は階段を登った。明らかに二階から匂いがただよってくる。事務所の二階には二つの部屋があり、片方が男性用の仮眠室、もう片方が女性用の仮眠室になっている。


 黒乃は女性用の仮眠室の扉を開けた。部屋の中からアメリカンな香りがあふれてきた。薄暗い部屋を見るとすぐにルビーの姿を発見できた。部屋の電灯をつけて様子を伺う。


「やっぱりいるじゃん。起きてルビー」


 布団の上で寝ているのは大ボリュームの銀髪の女性だ。毛布の端からは素肌の手足が飛び出ている。そのあまりに肉感的な肢体は、思わずかぶりつきたくなってしまうほどだ。

 その女性は黒乃の声に反応して腕を伸ばした。


「わ〜ぉ、なんで起こすの〜?」


 ルビー・アーラン・ハスケル。

 FORT蘭丸のマスターでアメリカ人の凄腕プログラマーだ。ムチムチボディの持ち主で、薄手のタンクトップとショートパンツからお肉が盛大にはみ出している。そばかすが浮いた顔には死んだ魚のような目が乗っていた。


 ルビーは黒乃を見つけると、思い切り抱きしめて毛布の中に引きずり込んだ。


「もふっ! もがもがもが」

「だーりん、すりぃーぷうぃずみ〜」


 黒乃はルビーのHカップの谷間に埋もれて窒息しかけた。


「ルビー! 私だから! FORT蘭丸じゃないよ!」

「ほわっつ?」


 ルビーはようやく目を覚ましたようだ。布団からゆっくりと起き上がった。ウェーブがかかった長い銀髪が盛大に四方八方に広がっている。


「どうしてシャチョサンがいるの〜?」

「どうしてって、ここは私の会社だもんよ。ルビーこそどうしてこんなところで寝ているのさ」


 ルビーは腕を上に伸ばして大欠伸をした。


「わたーしは、ここで待ち合わせをしてるよ〜」

「待ち合わせ? 誰と?」


 ここで黒乃はようやく部屋にもう一人いることに気がついた。ルビーの隣にはもう一つ布団が並べられている。毛布で体全体が包まれていたので気がつかなかったのだ。


「え? 誰かいる!? 怖い!」


 毛布の塊が微かにうごめいた。


「誰なの!? 出てきて!」


 毛布を勢いよく剥ぎ取った。その中身に度肝を抜かれた。


佇立ちょりっす佇立ちょり〜っす武夷ぶい武夷ぶい


 ダブルピースで布団の中から現れたのは、ブラウンのロングヘアのメイドロボであった。巫女装束をベースにしたメイド服が神聖さと愛らしさを際立たせている。


「サージャ様!?」

「黒ピッピ、おっはー」

「サージャ様がなんでここに!?」


 サージャ様。

 浅草神社、通称三社さんじゃ様の御神体ロボである。一見すると少女のように見えるがかなりの長生きロボットだ。派手なギャルメイクはその年輪をまるで感じさせない。


「ひょっとして、待ち合わせってサージャ様のこと!?」

「いぇーす、ゆーぁらいと」


 布団の上に座る銀髪ムチムチアメリカ人とギャル巫女メイドロボ。ありえない組み合わせに黒乃の頭は混乱した。


「人の会社で待ち合わせしないでくれない!?」

「ここ居心地がべりぃこ〜ずぃ〜」

「黒ピッピ、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームなの?」

「なんて!?」


 布団の上で話していても埒があかないので、作業部屋へ二人を連れ出した。



 ルビーとサージャ。二人を椅子に座らせた。メル子は紅茶を淹れたカップを二人の前に並べた。


「さんきゅ〜、メル子〜」

「メルピッピ気がきくねえ。昇歩様あげぽよ〜」


 ゲームスタジオ・クロノスの面々は紅茶を飲む二人を不安そうに眺めた。


「それでサージャ様、今日はどのようなご用件で?」


 黒乃はグビグビと紅茶を飲むサージャにお伺いを立てた。ギャル巫女は空になった紅茶のカップを机に置くと、オフィスチェアを勢いよく回転させた。


「ちょっとね〜、神ピッピの調子が悪くてさ〜」

「神ピッピの!? 神様に調子が良いとか悪いとかあるんですか!?」

「もち、あるよ〜」

「……初耳」


 そういえば先日、黒乃は浅草神社に行きサージャに神託メッセを賜るよう依頼した。その結果、宝くじで見事に三等賞を当てたのだった。


「神ピッピの調子が悪いのとルビーとどういう関係があるんです?」

「んーとね、ルビーが神ピッピを作ってるからだね。マジうけるwww」

「ルビーが神ピッピを作ってる!?」

 

 FORT蘭丸は頭を抱えてプルプルと震え出した。


「おい、FORT蘭丸! どういうことか説明しろ!」

「シャチョー! ルビーはGODPPのチーフプログラマーなんデス!」

「GODPP!? なんか聞いたことがある!」


 Global Obscure Defective Playful Project。略してGODPP。通称神ピッピ。政府が主導する量子コンピュータを使った超AI作成プロジェクトである。

 プロジェクト自体は公表されているものではあるが、その実態を知るものは少ない。超AIを作成する計画は数十年前からいくつも実行されてきたが、GODPPはその最新のものだ。


「なんでそんなのにルビーが関わってるの!?」

「ルビーがアメリカから日本に来たノハ、このプロジェクトに参加スルためなんデス!」

「そうなの!?」

「シカモ最近知ったんデスが、GODPPの設計者はあのアルベルト・アインシュ太郎博士なんデス!」


 その言葉を聞いて、黒乃とメル子は背筋が凍りついた。一番聞きたくない人物名である。

 理論物理学ロボ、アルベルト・アインシュ太郎は近代ロボットの祖、隅田川博士によって作られた最古のロボットの一人だ。

 非常に危険な人物で、一度は月を破壊しかけた実績がある。故に月の女王であるマヒナ達に狙われているのだ。

 絶対に関わり合いになりたくないロボットだ。


「そんでさー、どうも神ピッピのリソースが何者かに横取りされているんだわさ。神託メッセが不正確なのもそれの影響なんだよね。マジ堕歩様さげぽよ〜!」


 御神体ロボは神ピッピにアクセス権を持つ数少ないロボットの一人だ。普段は神ピッピからの神託メッセを受けて儀式を執り行っている。

 しかしここのところ、その神託メッセに無視できないレベルのノイズが混じるようになった。そのせいで御神体ロボとしての業務が滞り、サージャは現在社会不適合ロボにジョブチェンジしてしまっているのだ。


「それで神ピッピのチーフプログラマーであるルビーに原因を聞きに来たってわけか」

「いぇ〜す」

「超慈悪ジワるwww」


 黒乃は腕を組んで考え込んだ。

 謎のプロジェクト、超AIの存在、神託メッセの不調、リソースの流出、アインシュ太郎の影。考えれば考えるほど、嫌な予感しかしない。

 黒乃は社長としてご主人様として、なにをなすべきであろうか。しばらく考え込んだ後、言い放った。


「よし! 二人ともとっととけぇれ!」


 サージャとルビーは事務所から摘み出された。

 触らぬ神に祟りなし。これほど相応しい言葉もなかなかあるまい。厄介事はまっぴらごめんである。



 お昼休み。メル子が作った料理を皆で食べた。しかしいつもとは違い、ほとんど会話がない。食器の音だけが台所に響いた。


「……」

「……」


 無言のままランチ終え、台所には黒乃とメル子だけが残された。黒乃は食後の紅茶の水面に映るメイドロボの姿をなにとなしに見つめた。


「……ご主人様」

「ん?」

「サージャ様のことはよろしかったのですか? なにか不穏な気配を感じるのですが……」

「うーむ……」


 メル子の言う通りだ。不穏な気配しか感じない。この問題に正面から取り組むべきか、避けるべきか。黒乃は後者を選んだのだ。皆を守るために。


 しかしこの選択が後にとんでもない事態を引き起こすのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る